乾き
コンテスト用の短編です。
小学生の頃、夏休みになると父の実家に親戚一同集まるのが、毎年の恒例行事だった。
お昼ご飯を食べた後、自分を含めた子供達は、大広間の縁側で寝転び、昼寝をするのが慣例だった。
その時間、父方の祖母が子供達を団扇で扇ぎながら、地域に伝わる昔話をしてくれていた。
色々な話を聞いた気がするが、子供の頃の記憶なので、霧がかかった様に不完全で、上手く思い出すことができない。
だが、一つだけ印象深くて大人になった今でも覚えている話がある。
「おばあ、今日の話はどんなの?」
親戚の子の一人が問う。
「さぁてねぇ、今日は池に住むニンギョ様の話でもしようかねぇ。」
ニンギョと聴いて、女の子達は俄に瞳を煌めかせる。
童話の生物の話が聴けるとは思ってもみなかったのだろう。
トントン、と子供達をあやしながら、祖母の話は始まった。
「皆んなが知ってると思うがね、裏山の入り口近くに、中くらいの池があるだろう、そこにはそれはもう美しいニンギョ様が住んでいるんだよ。だけどそのニンギョ様は大層な悪戯好きでねぇ、気に入った動物や、人間までもを池の中に引きづり込んで自分の仲間にしちまうのさ。だから夜にはあの池には近付いたらいけないよ。夜はニンギョ様の力が増すからあっという間にお仲間になっちまうからねぇ。」
予想外に恐ろしい話に、子供達は引き攣った顔をしていたが、話をしている祖母は、反対に、にこにことしていて、そのアンバランスさが強烈に自分の中に印象を残した。
それから時が立ち、大人になった自分は久しぶりに祖母の家を訪れていた。
祖母が亡くなったのだ。
田舎の葬式らしく、親族は火葬が終わると宴会を始め、それぞれの近況や、祖母の話など、会話に花を咲かせている。
自分はその中に混ざる気になれず、一人縁側に腰掛けている祖父の隣に座った。
「おお、あんたかい。どうだい、一杯。」
祖父は自分にコップを渡して、ビールを注いでくれた。
お礼を言って、ゴクリ、とビールを一口飲む。
と、その時、何故かあの時の祖母のにこにことした顔が脳裏によぎった。
「あいつはずっと魅入られてるんだ。」
急に祖父が、ポツリと呟いた。
自分はその意味が分からず、どういう意味?と尋ねる。
「乾いて、乾いて、しゃあなくて、遂に向こうにいっちまったんだ。」
祖父からかえってきたのはそれだけで、あとは何を聴いても、遠くを見つめているだけだった。
その夜、夢を見た。
ニンギョと、若かりし頃の祖母が指切りをしている夢だった。その祖母の手には、池の水を入れた瓶が握られていた。
次の日の晩も、親戚一同は宴会騒ぎに忙しい。
また混ざる気にならなかった自分は、夢に見たあの池に行ってみる事にした。
子供の頃に遊んだ記憶より、裏山への道は荒れており、懐中電灯を持ってきて良かったと思う。
ザザザザ、とヤマネコか何かが後ろの草むらを横切っていく。
自分は池に近づくにつれ、段々喉が乾いてきた。
頭の中で水がぴちょん、ぴちょん、という音が響く。
戻ったら美味しいお酒や飲み物があるのに、足は自然と池の方に向かって進んで行く。
(喉が乾いた、喉ガ乾いタ、ノドガ乾いタ、ノドガ……乾いタ)
気がつくと自分は、例の池の水を掬って、ごくごくと飲んでいた。
頭の中にぴちょん、と水の音が響く。そこにまじって人ではないナニカの声が聴こえた。
『カワイイコ、カワイイネ、乾いタラマタオイデ』
そして翌日、自分は帰路についた。
手に池の水を入れた瓶を持って。