室内遊戯
それは、春の長閑な昼下がりのことだった。
柔らかな陽射しが差し込む室内で、三人の男女が言い争っていた。
緩やかにウェーブした金髪をリボンで飾った令嬢が持っていた扇子をビシリッと相手に突きつける。
「殿下から離れなさいっ!この泥棒猫っ」
「まぁ、こわいお顔ですこと。殿下に嫌われましてよ」
「なんですって!」
「ほら。そんなに目を吊り上げると、怖いお顔がますます恐ろしくなってしまいますわよ」
おほほほほ。と、高笑いをするのは鮮やかな緋色の髪をくるくると綺麗に巻いた令嬢だった。
「ふん。頭の軽い女よりはマシですわ」
「こうまんな貴女より安らぎを感じるそうですわよ」
扇をぱちんと閉じた緋色の髪の令嬢はふふんと見下すよう笑い、金髪の令嬢は顔を赤くして相手を睨みつけた。
「お黙りなさいっ」
「まぁいやだわ。大きなお声」
「伯爵家ごときが、この私に意見するというのっ」
「お金で地位を買った侯爵家ごときに、王家の覚えもめでたい我が伯爵家がおとるとでもお思いなの?」
「何のこうけんもしないでただのらりくらりと家を繋いできただけのくせに」
「歴史をけいしょうしてるとおっしゃいな。歴史もない成金にはお分かりにならないと思いますけれど」
「ドレス一枚にもこんきゅうする生活なんて、確かに分かりませんわぁ」
二人の距離はどんどんと縮まり、手を伸ばせば相手に触れそうなほどになっている。
いまにもつかみ合いになりそうな二人の間に挟まれた殿下は、眉を八の字に下げて両手を上にあげた。
「ねぇ、ナビアもリジーも、もうやめようよ。楽しくないよ」
殿下に言われて、少し乱れた金の髪を後ろに払ったナビアが呆れた声をあげた。
「まぁ、オリバーさま。ここからが本番ですわよ」
ピンクの愛らしい扇子を閉じたリジーは小さく頬を膨らませて口を尖らせた。
「そうですわ。オリバー様の番はもう少しですから、お待ちになって」
二人の可愛らしい令嬢に咎められたオリバーは、疲れたように床に座るとむぅと二人を睨め付けた。
「僕、もう飽きたよ。そんなことより他のことをして遊ぼうよ」
さっきまで楽しく本を読んでいたのに、急にナビアが「劇をしましょう」と言い出し、リジーが楽しげにタイトルを選び出したのだ。オリバーの意見どころか発言さえ二人の耳には入ってなかった。
女性には優しくと常々母親に言われていたオリバーになす術はなく、小劇という名のおままごとに付き合わされる羽目になってしまった。
「もう。仕方ありませんわね」
「ではまたの機会にいたしましょう」
「えぇぇ、またやるの?」
「今度は『愛は雨上がりのあとで』にしましょう」
「『強奪愛の末に』はもうしませんの?」
「一度中断するとやる気が減りますもの」
「分かる気がしますわ。……もう、我慢できない殿方はモテませんわよ」
「そうですわ。お母さまも叔母さまも性急すぎるのは良くないと言ってましたわ」
「速かったらいけないの?」
「でも、遅くて疲れるとも言ってらしたわ」
「速くても遅くてもダメなの?」
オリバーの問いにナビアとリジーは顔を見合わせて首を捻った。いつの間にか三人で円を囲むように座っている。
「なにかしら?」
「分からないけど、お母さまも叔母さまも笑ってらしたから、悪いことではないのよ」
「悪くないのにいけないの?」
三人は分からなくなって揃って首を傾げる。
大人の真似をしてみたい六歳のお子ちゃまたちは、すぐに飽きて他の遊びを始めてしまう。
「き、きさまとは婚約を破棄するっ!」
「どういうことですの?それに、なぜ、その女がお側にいるのです」
「ああ。殿下。恐ろしゅうございます。助けてくださいませ」
ぬいぐるみを使った小劇『婚約破棄はご自由に』が始まり、やる気のないオリバーは二人の令嬢に演技指導されながらなんとか終演を迎えることができた。
「お母様。女の人って大変なんだね……」
劇を通して、女性の愛憎を叩き込まれたオリバーは遠い目をしてそう語ったという。
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【主演】
伯爵令嬢ナビア
伯爵令嬢エリザベス(リジー)
【助演】
第一王子オリバー
【脚本】
母親たちの愛読書