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世にも奇妙なランダム小説  作者: すくらった
4/5

夜のコンベア

夜の街は、まるで生き物のように息づいていた。ネオンの光がビルのガラスに反射し、歩道を歩く人々の顔を一瞬だけ照らし出す。だが、その喧騒の中、佐藤美咲の心はひどく静かだった。彼女はイヤホンを耳に差し込み、好きなバンドの曲を聴きながら、いつものように一人で歩いていた。ソロ。それが彼女の生き方だった。



美咲は28歳、独身。友達はいたが、深い付き合いは避けてきた。誰かと一緒に過ごすのは面倒で、気楽な一人の時間が何よりも好きだった。彼女のボーイフレンド、健太は、唯一の例外だった。彼は美咲の気まぐれな性格を受け入れ、彼女のペースに合わせてくれる優しい男だった。だが、最近、健太の態度に微妙な変化を感じていた。LINEの返信が遅くなり、会う回数も減っていた。「忙しいだけだよ」と彼は笑って言ったが、美咲の胸には小さな不安が芽生えていた。

その夜、美咲はいつものコンビニで買い物を済ませ、帰り道を急いでいた。時計は22時を回っていた。住宅街に入ると、街灯の光がまばらになり、道は静寂に包まれた。ふと、彼女は背後に気配を感じた。振り返ると、誰もいない。だが、足音のようなものが、遠くでかすかに響いている気がした。イヤホンを外し、耳を澄ませた。確かに、誰かが歩いている音だ。だが、暗闇の中には人影一つなかった。



「気のせいか…」美咲は自分に言い聞かせ、歩き出した。だが、足音は止まなかった。それどころか、だんだん近づいてくる。彼女の心臓が早鐘を打つ。慌ててスマホを取り出し、健太に電話をかけた。呼び出し音が鳴るが、誰も出ない。「こんな時に…!」美咲は舌打ちし、走り出した。

住宅街の奥に、ひときわ暗い路地があった。普段なら絶対に近づかない場所だ。だが、足音が追いかけてくる恐怖に駆られ、彼女はその路地に飛び込んだ。路地の先には、古びたビルの裏口が見えた。錆びた鉄扉が半開きになっている。美咲は迷わず中へ滑り込み、扉を閉めた。背後で足音が止んだ。彼女は息を殺し、扉に耳を当てた。静寂。誰もいない。ほっと息をつき、辺りを見回した。



そこは、薄暗い廊下だった。蛍光灯がチカチカと点滅し、壁には剥がれかけたポスターが貼られている。まるで時間が止まったような空間だった。廊下の奥に、エレベーターがあった。古いタイプのものだ。美咲はスマホを確認したが、電波がなかった。「ここ、どこ…?」彼女は呟き、エレベーターのボタンを押した。こんな場所にいるより、どこかに出たほうがマシだと思ったのだ。

エレベーターの扉が開き、中に乗り込む。ボタンには「B1」「1」「2」とだけ書かれていた。美咲は「1」を押した。だが、エレベーターはガタンと揺れ、下降を始めた。「え、なんで…?」パニックになりながらも、彼女は落ち着こうと深呼吸した。やがて、エレベーターが止まり、扉が開いた。



そこは、まるで工場のようだった。広い空間に、ベルトコンベアがいくつも並び、何かを運んでいる。だが、運ばれているのは、商品や部品ではなかった。人形だ。無数のマネキンのような人形が、コンベアの上を流れていく。顔はどれも同じ、微笑みを浮かべたプラスチックの顔。美咲は凍りついた。「何、これ…?」

工場の中は、機械の単調な音だけが響いていた。まるで流れ作業のようだった。誰もいない。だが、人形たちは規則正しく動いていく。美咲はコンベアのそばに近づき、一つを手に取った。冷たく、軽いプラスチック製。だが、その目が、まるで彼女を見つめているように感じた。ゾッとして人形を放り投げ、彼女は後ずさった。



その時、背後で声がした。「美咲?」振り向くと、そこに健太が立っていた。白いシャツにジーンズ、いつもの彼の姿だ。美咲は安堵のあまり駆け寄った。「健太!なんでここに?!助けて、変なところに迷い込んじゃって…!」だが、健太は微笑むだけで、答えない。彼の目は、どこか焦点が合っていないように見えた。「健太…?」美咲が手を伸ばすと、彼はスッと後ろに下がった。「こっちだよ」とだけ言い、工場の奥へ歩き始めた。

美咲は迷ったが、健太の後を追った。一人ではこの不気味な場所から抜け出せそうになかった。健太は無言で歩き続け、工場の奥にある扉を開けた。その先は、狭い部屋だった。部屋の中央には、大きな鏡があった。鏡の前には、椅子が一つ。そして、テーブルの上には、プラスチックの部品が山積みにされている。まるで、人形を作るためのパーツのようだった。



「健太、ここは何?説明してよ!」美咲は叫んだ。だが、健太は振り返り、静かに言った。「君も、流れに乗ってみない?」その言葉に、美咲の背筋が凍った。健太の声は、いつもと違っていた。機械的で、感情が感じられない。「何…?何を言ってるの?」彼女が後ずさると、健太は一歩近づいてきた。「君はいつも一人でいいって言ってたよね。でも、本当は寂しかったんじゃない?僕には分かるよ。だって、僕も…」

彼の言葉が途切れ、突然、健太の顔がガクンと傾いた。まるで首が折れたかのように。美咲は悲鳴を上げ、部屋の隅に逃げた。健太の体がカクカクと動き、まるで壊れたロボットのようにぎこちなく彼女に近づいてくる。「美咲…一緒に…流れよう…」その声は、まるで複数の声が重なったように聞こえた。



美咲は必死で部屋を見回し、出口を探した。だが、扉は一つしかなく、健太がその前に立っている。彼女の視線が、テーブルの上のパーツに止まった。そこには、プラスチックの目玉や、人工的な髪の束、そして…健太の顔にそっくりなマスクがあった。「うそ…!」美咲は震えながら、そのマスクを手に取った。裏側には、細かな回路のようなものが埋め込まれている。まるで、生きているかのように。

「君も、作れるよ」健太が囁いた。その瞬間、美咲は気づいた。この工場は、人形を作る場所ではない。人間を、人形に変える場所だ。彼女はマスクを投げつけ、健太を押しのけて扉に飛びついた。だが、扉は固く閉ざされている。振り返ると、健太がすぐそこにいた。彼の手が、美咲の肩をつかむ。冷たい、プラスチックのような感触だった。



「やめて!お願い!」美咲は叫び、必死でもがいた。その時、鏡に映る自分の姿が見えた。だが、そこに映っていたのは、美咲ではなかった。微笑みを浮かべた、プラスチックの人形。彼女は凍りつき、鏡を凝視した。人形の目は、ゆっくりと動き、彼女を見つめ返した。

次の瞬間、彼女の意識は途切れた。

目を開けると、美咲は自分の部屋にいた。ベッドの上、朝の光がカーテンの隙間から差し込んでいる。時計は7時を指していた。「夢…?」彼女は額に汗をかいていた。昨夜の記憶が、まるで悪夢のように頭をよぎる。コンビニ、路地、工場…そして健太。だが、部屋はいつも通りで、何も変わっていない。彼女はスマホを手に取り、健太にメッセージを送った。「昨日、大丈夫だった?変な夢見たんだけど…」

数分後、返信が来た。「おはよ!変な夢?w どんなの?今夜会って話そうよ」美咲はほっと胸を撫で下ろした。健太のいつもの口調だ。彼女はシャワーを浴び、朝食を済ませ、仕事に向かった。だが、どこか胸の奥に、違和感が残っていた。



その夜、健太と待ち合わせたカフェで、美咲は昨夜の夢を話した。「めっちゃ怖かったんだから!なんか、工場で人形作ってるみたいな…」健太は笑いながら聞いていた。「やばいね、それ。映画みたいじゃん」彼の笑顔は、いつも通りだった。だが、美咲はふと気づいた。健太の目が、どこか不自然に光っている。まるで、プラスチックのようだ。

「ねえ、健太…昨日、どこにいたの?」美咲は冗談めかして聞いた。だが、健太の笑顔が一瞬、凍りついた。「昨日?家にいたよ。美咲こそ、変な路地とか歩いてたんじゃない?」彼の言葉に、美咲の心臓がドクンと跳ねた。彼女は昨夜の路地のことを、話していなかった。



「どうしたの?顔色悪いよ」健太が手を伸ばし、美咲の頬に触れた。その手は、冷たかった。彼女は反射的に立ち上がり、鞄をつかんだ。「ごめん、ちょっと…帰るね」健太は微笑んだまま、彼女を見送った。「またね、美咲。流れに乗って、ね」

家に帰り、美咲は鏡の前に立った。自分の顔をじっと見つめる。普通の顔。だが、なぜか、目がいつもより大きく見えた。彼女は震える手で顔を触った。肌は柔らかく、温かい。なのに、どこか、違和感があった。鏡の中の自分が、ほんの一瞬、微笑んだ気がした。

その夜、彼女は再び夢を見た。工場の中、コンベアの上で、彼女自身が流れていく。無数の手が、彼女の体にパーツを取り付けていく。目、鼻、口…。そして、最後に、微笑むマスクが彼女の顔に被せられた。「完成」と、誰かの声が響いた。



翌朝、美咲は目を覚ました。だが、ベッドにいるのは彼女ではなかった。鏡の中には、微笑む人形が立っていた。彼女は動けなかった。声も出せなかった。ただ、コンベアの音が、頭の中で響き続けていた。

どこか遠くの路地で、夜がまた始まる。ネオンの光がビルのガラスに反射し、歩道を歩く人々の顔を一瞬だけ照らし出す。誰もが、流れに乗って歩いていく。ソロで、ボーイフレンドと、誰かと、誰も知らない場所へ。

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