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世にも奇妙なランダム小説  作者: すくらった
1/5

白米中止ファーストクラス

「白米」「中止」「ファーストクラス」

飛行機のエンジン音が低く唸る中、田中一郎はファーストクラスのシートに沈み込んでいた。目の前には豪華なディナーメニュー。キャビア、フォアグラ、トリュフを添えた和牛ステーキ――どれも舌を唸らせる品々だ。だが、一郎の視線はメニューの中の一文に釘付けだった。

「白飯 ありません」

たったこれだけ。だが、その言葉は一郎の胸に奇妙な棘を刺した。白飯がない? なぜ? ファーストクラスなのに米すら出せないのか? 一郎は首を振った。きっと印刷ミスだろう。だが、心のどこかで苛立ちが芽生えていた。

「何かお飲み物はいかがですか?」

キャビンアテンダントの女性が、完璧な笑顔で尋ねた。制服はピシッと整い、名札には「佐藤」とある。一郎はメニューから目を離し、彼女を見上げた。

「シャンパンで」

「かしこまりました」

佐藤は軽やかに踵を返し、通路の奥に消えた。一郎は再びメニューに目を落とした。「白飯ありません」がどうしても気になる。隣の席は空で、ファーストクラスのキャビンはまばら。窓の外は真っ暗で、飛行機がどこを飛んでいるのかわからない。

佐藤がシャンパンをトレイに載せて戻ってきた。グラスを丁寧に置き、微笑んだ。

「お食事のご注文は?」

一郎は好奇心と苛立ちの混じった声で言った。

「この白飯ありませんって、どういう意味だ?」

佐藤が一瞬戸惑った顔をする。だが、すぐにプロの表情に戻った。

「申し訳ございません。メニューにそのような表記はございません。失礼ですがお客様は何か勘違いを」

一郎は眉をひそめ、メニューを指さした。

「ここに書いてある。白飯ありませんって。見ろよ」

佐藤はメニューを覗き込んだ。彼女の瞳が揺れた。

「……おや、確かに。申し訳ございません、確認いたします」

彼女はメニューを手に、急いでキャビンの奥へ去った。一郎はシャンパンを一口飲んだ。白飯もないなんて、どうなってるんだ。数分後、佐藤が戻ってきた。背の高い男性クルー、山本と名札に書かれた男が一緒だ。山本は落ち着いた声で言った。

「田中様、メニューでご不便をおかけし、申し訳ございません。ライスは手違いにより、本日はご用意できません。代わりの特別な一皿をご用意いたしますので……」

一郎の苛立ちが膨らんだ。

「手違い? それで白飯が出せない? ふざけてるのか?」

山本は微笑んだが、その目は冷たい。

「データベースの誤入力です。お気になさらず。ご希望のメニューを」

「和牛ステーキでいい。…でも、白飯は本当にないのか? 一人分くらいあるだろ?」

佐藤と山本が顔を見合わせる。視線に緊張が漂う。

「ライスは…本日はご用意がございません」山本が言った。

「なぜだ?」

一郎は食い下がった。

「ファーストクラスだぞ。米もないのか?」

佐藤が慌てて口を挟む。

「代わりにフランスパンをご用意いたしますので」

一郎は黙って二人を見た。彼らの態度は不自然だ。まるで「ライス」「白飯」が禁忌の言葉のよう。

「……それでいい」

「かしこまりました」

山本は一礼し、佐藤と去った。

一郎はシャンパンを飲み干し、窓の外の闇を見た。東京からニューヨーク行きのはずだが、時間が曖昧だ。機内の時計は12時。昼か夜かもわからない。苛立ちが胸に溜まる。白飯がない? ふざけるな。

ステーキが運ばれてきた。皿には和牛ステーキ。付け合わせはマッシュポテトとアスパラガス。そしてフランスパン。だが白飯はない。

「本日は、メニューに不備があり、大変申し訳ありませんでした」

「いい。食べればいいんだろ」

一郎はナイフを握った。肉は柔らかく、味も悪くない。だが、物足りない。白飯がないからだ。米があれば完璧なのに。頭の中で「白飯ありません」がぐるぐる回る。

食事を終え、一郎はシートを倒した。だが、苛立ちが収まらない。なぜ白飯がない?一郎の頭には、白米のことが浮かんで離れない。炊きたての白米。ふっくらとした粒が輝き、ほのかな甘みと柔らかな香りが広がる。一粒一粒が口の中でほどけ、噛むほどに自然な旨味が感じられる。どんなおかずとも相性が良く、醤油の効いた焼き魚や濃厚なカレー、シンプルな漬物とも絶妙に調和し、料理の味わいを引き立てる。温かいご飯に海苔を巻いたり、お茶漬けにしたりと、アレンジの幅も広い。白米は、日本人の心を満たす特別な美味しさを持っている。とてもフランスパンごときが代わりを努められるものではない。ああ、白米。白米が、白米が食べたい。それにクルーはなぜあんな態度なんだ? 考えるほど怒りが湧いた。米一つ出せないファーストクラスなんてありえない。気づけば彼は立ち上がり、ギャレーに向かっていた。

「おい、キャビンアテンダント!」一郎はカーテンを開け、叫んだ。佐藤と山本が驚いた顔で振り返る。

「田中様、どうなさいました?」

佐藤の声が震える。

「白飯だ! なぜないんだ! 米くらいあるだろ!」

山本が前に出た。

「田中様、落ち着いてください。ライスはご用意が――」

「ふざけるな!」

一郎はテーブルを叩いた。

「米がないなんてありえない! 隠してるんだろ!」

「田中様、困ります!」

佐藤が懇願する。だが、一郎の怒りは止まらない。

「白飯を出せ! 今すぐだ!」

彼はギャレーを飛び出し、コックピットのドアにたどり着いた。ドアを叩き、叫んだ。

「白飯を出せ! 米がないなんてありえない!」

ドアが開き、パイロットが顔を出した。

「お客様、何事ですか?」

「白飯だ! なぜない! 米を出せ!」

一郎はパイロットを押しのけ、コックピットに踏み込んだ。計器が光る中、彼は叫び続けた。

「お客様、おやめください!」

「白飯! 白飯はどこだ!」  

一郎はパイロットと揉み合いになり、操縦桿に体がぶつかった。その瞬間、機体が激しく揺れた。警告音が鳴り響き、計器が赤く点滅する機体が急降下。警告音が鳴り響く中、一郎は悲鳴をあげた。闇が一郎を飲み込んだ。


目を開けると、一郎はファーストクラスのシートに座っていた。目の前にはメニュー。「白飯ありません」の文字はない。まるで最初からなかったように。

「田中様、お飲み物はいかがですか?」

佐藤が微笑んでいる。一郎は息を呑んだ。記憶が蘇る。白飯を求め、コックピットで暴れ、墜落――なのに、なぜここに?

「シャンパンで」一郎は声を絞り出した。

「かしこまりました」

佐藤は去った。一郎はメニューを手に取った。確かに白飯についての記載はない。だが、彼は理解していた。白飯を求めると、何かが起こる。あの墜落は現実だったのか、幻だったのか。わからない。だが、もう同じ過ちは繰り返さない。

佐藤がシャンパンを運んできた。「お食事のご注文は?」

一郎は一瞬迷い、口を開いた。

「白飯は…ありますか?」

「はい、ライスございますよ」

佐藤はにっこりと微笑んだ。

「そうですか。うーん、でも今日は……いらないかな」

佐藤の表情に安堵が浮かんだ、ように見えた。

「かしこまりました」

一郎はシャンパンを飲み、窓の外を見た。真っ暗な空。だが、今はそれでいい。白飯を求めなければ、何も起こらない。彼は静かに目を閉じた。

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