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森の貴族様

作者: 夏目彩生

森のくまさんの歌を聞いて思いつきました。

「まずいわ、道に迷って しまいました……」


 ラスティナは 腰を悪くした祖母のため、お菓子を持ってお見舞いに行くところだった。

 祖母の家は森深くにある。とはいえラスティナにとっては慣れた道だったし、何のことなく行けるはずだったのだ。トラブルさえなければ……。


(まさか怪我をしたうさぎさんが心配で、追っかけているうちに道に迷ったなんて知られたら、村中の笑い者になってしまいます……。 結局うさぎは 無事に手当できたから良かったのですが)


 誰が見ているわけではないのに、ラスティナは頬を赤くしてはぁとため息を吐いた。


(本当にここはどこなのでしょう?)


 見慣れない森の道はただただたくさんの花が咲いているだけで、どこまでも似たような景色が広がっていた。ラスティナはだんだんと目に涙をうかばせる。

 すると──

がさり

と 木陰の方から音がした。


「だ、誰です!?」


 ラスティナが 身を縮こませながら辺りを見回すと、木陰の方からぬっと大きな獣の塊が現れたではないか。


「く、熊ー!!」


 あまりの恐ろしさにラスティナは腰を抜かしてしまった。

 獣は申し訳なさそうにペコリと頭を下げる。そして──


「一応、人間です」


 申し訳なさそうな、男の声がぽつりと聞こえた。熊は一応人間であるらしかった。




「どうもありがとうございます。私、すっかり道に迷っていて」

「いいえ、お礼などいりません。私にとって この森は庭のようなものですから、たやすいことです」


 男はラスティナを無事に 祖母の家まで送り届けると申し出てくれたのだ 。

ラスティナは ちらりと男の方を 盗み見る。


(この方、熊の毛皮をかぶっていて顔はすっかり見えないけれども、とても 優しそうな声……。 道案内だけではなく、わざわざ送り届けてまでくれるなんて……この方は本当にいい人に違いありません)


「……」


(ああ顔を そらされてしまいました。 私ってば、ぶしつけに人の顔じろじろ見るだなんて失礼だったわ。本当に申し訳ない!)


 ラスティナはまたもや 顔が赤くなるのを止められなかった 。



 男は一言も喋らないまま、あっという間に 祖母の家についてしまった。


「ありがとうございます。あ──」


 お礼を言い終わるより先に、男は踵を返して 立ち去ろうとしていた。


「あ、あの……待ってください!」

「……?」


(ああ、なんだか名残惜しくて、つい呼び止めてしまったけれど、 私はこの次に何と言えばいいのでしょうか?『 祖母の家 で ご一緒にお菓子でもどうですか』と言っても、絶対に絶対に断られる確信しかないのですが。 あーもう!!)


「あああのお顔を見せていただけないでしょうか?」


「……」

「……っ」


(……私ってば!!)


 絶句。 人間 パニックになると自分でも思ってもみなかったことを言ってしまったりするものだが、これはまさに その類だった。


「あー、あの今のは忘れてください!バカなことを言ってしまいました……」


 あまりの 恥ずかしさに顔を青ざめさせながら、目に涙を浮かべながらラスティナは ペコペコと頭を下げた。


「……いえ、謝らないでください 。顔も分からない男 と一緒に山道を歩くのは、さぞ不安だったでしょう。 私こそ気が利きませんでした」


 そうして男は毛皮のフードになっている部分を持ち上げて、ペコリと頭をさげた。


「いえ、そんな……。わ……」


(な、なんて綺麗な顔をしているんだろう、この人は……)


 ラスティナが男のあまりの整った顔立ちに呆然としている間に、男は今度こそ立ち去ってしまったのだった。



「それは貴族様だね」


 あれからラスティナは、祖母とお菓子を 食べつつ今日の不思議な出来事を語った。すると祖母はそんなことを言ったのだった。 


「おばあちゃん。貴族様ってお城に住んでいるのではないのですか?」

「ほとんどはね 、けど中には 王様を守るために代々修行している貴族様もいるんだよ。そういう貴族様は若いうちに何年も森にこもって、そうしてうんと強くなってから城に戻って王様をお守りするんだねえ」

「そうだったんですか。そんな立派な方に私は……」


 ラスティナは先ほどの男の端正な顔立ち、優しい声を思い出す。これはラスティナにとって初恋であり、強烈な一目惚れだった。





「ラスティナってば、そんなの無理なことだよ」


 けれどもそのことは胸に秘めて、ずっと誰にも言うべきではなかった。そんな風に思ったのはあの日から ちょうど1週間後のことだった。

 ラスティナは村の学校で いわゆる恋愛についての話題になった時に、つい森での出来事の話を幼なじみ達にしてしまったのだ。


「そうでしょうか……」

「そうだよそうだよ!うちなんて貧乏村だしさ、貴族様に相手にしてもらえるわけないって」


 そんな風に肩をすくめるのは、ラスティナの幼なじみの少女エリーだ。


「いいとこ 遊ばれるのがオチ!さっさと諦めて、村の中で気になる人を探した方がいいって!」


 エリー はラスティナの肩をポンと叩いた。


「でもさ」


次に口を開いたのはラスティナの幼なじみ その二のサクナだ。


「村娘と貴族、結婚する人が全くいないわけではないよ」


サクナはこちらに目線を向けることなく、本を読みながらの雑談だ。この村一番の読書好きのサクナは 一番の物知りでもあった。


「貴族様から紋章をいただければいいんだよ」

「はい?」「はぁ?」


 ラスティナとエリーは同時に首をかしげた。


「紋章とはどういうことでしょうか?サクナ」


 隣で、エリーはそうだそうだと頷いている。


「うん。つまりね──」


 サクナの 言うことはこうだった。

 貴族というものは 生まれつき二つの紋章を渡される。

 一つは自分の紋章。もう一つは 他人に渡す為の紋章だ。

 その紋章を渡した人間に一代限りだが、貴族の権利を与えることができるのだそうだ。


「だいたいはその紋章は、優秀な人間を部下にするために使っているそうだけれども、 中には 一般の人と結婚するために使う貴族様もいるんだって。 この村じゃないけど、どこかでそうやって結婚した貴族様と村娘のカップルもいたそうだよ」

「そうなんですか……」


 この村じゃなくとも、貴族様と村娘で結婚した人たちがいる。

 それだけでラスティナの胸は希望で溢れで暖かくなっていった。


「まあ村どころか国の中でも一二を争うほどの美人だったそうだけれどもね。その村娘は」


しかしその希望は一瞬で破れた。


(村一番の、美人……)


 ラスティナは目元 こそ大きめで可愛らしいが、輪郭は丸顔でどちらかというと美人というより愛嬌のあるタイプだ。いいところ中の中、いや 髪の毛がかなりくせっ毛 すぎるので、それを減点と考えると中の下だ。スタイルだって 特別いいわけではない。

 およそ 貴族様を見た目だけで惚れさせるようなルックスではないだろう。 エリーとサクラはチラリとラスティナを見て、そっと目をそらした。


「まあ、やっぱりそうだよね。そういうおオチだよねー」


 エリーはやれやれ と首を振って、パンパンとラスティナの肩を叩いた。


「あー無駄話 聞いちまったね。ま、この村の男もそう悪いもんじゃないよ!ラスティナ!」

「……」




(はぁ)


学校が終わりラスティナは家の手伝いで、庭の井戸のそばで洗濯をしていた。

ラスティナの頭は悲しいやら恥ずかしいやらで、この洗っている最中の服のようにぐちゃぐちゃだ。


(先ほどの会話と、帰りしなサクナからいただいた本で嫌というほどわかりました。やはり貴族様と村人というのは超えられない格差というものが、ある 。そもそも私は、あの日あの方をお目にかかれたことが、すでに奇跡で、 私には過ぎたこと だったのです……)


 ラスティナはまるで八つ当たりのようにぐちゃぐちゃと洗濯物を洗う。


(ああ、やはり儚い夢でした。 最初から欲なんか張らず、ただただこの気持ちを大切に胸に秘めておけばよかったのです。もうこんなことは、こんなことは……けど……)


 ふとラスティナは。遠い異世界で言い伝えられている民謡の歌を思い出していた。

  森の中にいる熊が少女の忘れ物のイヤリングを届けるために、どこまでも追いかけてくる歌。


(──私もイヤリングをしてくればよかったのかな。そうすれば追いかけてはくれなくても、また会いに行く口実ができたのに……。って、私ってば何を馬鹿な……)


ポタリ。


(馬鹿でもあの人に、会いたい……)


 ラスティナは気がつくとどんどんと涙が溢れていた。 何度拭っても止まらない。


(たとえ叶わない恋だとわかっていても、私はもう一度あの人に会いたい。……けれど私は、あなたを探したりはしません。きっと 次に会ったら想いが溢れて、あなたに迷惑をかけてしまうと思うから……)






 まるでラスティナの心模様のように、その夜、村の 天気は荒れに荒れ果てた。


「お父さんお母さん、とんでもない嵐ですね」

「そうだね。でも森の方で嵐を受け止めてくれてるから、こっちにはそこまで甚大な被害は来なさそうだ」

「そうね。ラスティナ、ちょうどおばあちゃんは隣村の病院に行っていたそうよ。とりあえずはそのまま入院だって。あの森はおばあちゃん以外家はないはずだから被害については安心だわ。よかったわね」

「嵐が止んだら僕が家の修理をしよう」


(え……)


 あの森は家は一軒かもしれないけれども、 動物たちがたくさんいる。 それに、修行している人が、一人いるのだ。


(森の方の嵐はそんなに酷いの?それならあの人は……!)




「はぁはぁはぁ」


気がつくと体が勝手に、森の方へ向かっていた。


(お父さんお母さん。勝手にこっそり出て行って、今頃心配かけてしまってますね。ごめんなさい)


 ラスティナはいても立ってもいられなくて、ついリュックサックに荷物をまとめて飛び出してしまった 。

 リュックはいつも祖母のお見舞いに行く時に使っていて、お菓子や応急処置の包帯 薬やらが、全て揃えられている。

 その代わり、わりと重いのだが。



(森に咲いている花たちが、全てしおれてしまっています)


 森に着くと中はひどい惨状 だった 。

 どこもぬかるみ、今にも 土砂崩れをしてしまいそうだ。


(森の花はとても生命力が強い花たちばかり。嵐さえ過ぎれば 再び咲き続けるでしょう。問題は動物たちです。この間のうさぎさんは、どこかに隠れられているでしょうか?それに──)


 ラスティナは悪い意味でドキドキと心臓が高鳴り、嫌な予感 に支配されていた。


(あの人は こんな状態の森の中で無事なの でしょうか?早くはやく探し出さないと)



 ラスティナは決して体力のある方ではない。加えて嵐の中森の中を歩くのは 生まれて初めてのことで、そしてそれは思ったより困難なことであると気づいたのは、森の奥深く入ってからだった。


(まずいわ、また迷ってしまった……あ──)


 足を滑らせてズルズルと坂道を転がり落ちていく。ラスティナは 意識が朦朧となってしまった。




「あなたは……なぜここに!?」


 音を駆けつけてやってきた男は、この信じられない状況に思わず大きな声をあげてしまった。


(あの方は無事だったんですね……。よかった)


「大変だ、怪我をしています!早く捕まって」



 気がつくとラスティナは男に抱きかかえられていた。男は雨道を獣のように走る。


 今まで経験したことのないスピードと、男にお姫様抱っこをされているこの状況。本来のラスティナなら思わず悲鳴を上げていたかもしれない。

 しかし ラスティナの体力はもうとっくに 限界で思考も鈍りに鈍っていた。


「あなたは……」


男はゆっくりと口を開いた。


「あなたはもしかして、動物たちが心配でここに来たのではないですか?実は前々から あなたが怪我をした動物をほっとけなくて、 手当てに奔走する様子を陰ながら見ていました。本当に優しい方だなと……。本当は修行中の身ですから、人に話しかけては いけない決まりなんです。けれどあの日はあなたが困っているところを見て、どうしても我慢できなかった……」


「そうだったんですか……」


ラスティナはゆっくりと目を閉じた。


「確かに うさぎさんのことはとても、今でも心配です。けれど 私が一番心配だったのは、 あなたです」

「え……?」

「だって私は、あなたのことが好きなのですから……」 







(さ最悪です~~!!)


 気がつくとラスティナは、家のベッドの中にいた。

 両親が言うにはラスティナが行方不明になってから、村中で探し回ったそうだ。

 とうとう 見つからないと一度家に戻ったら、ラスティナは 家の玄関の中ですやすやと寝ていたというのだ 。

 なんとひと騒がせなと、ラスティナの両親は今もカンカンだ。


(昨日私は あれから足を滑らせて……どうしたのでしょうか?)


 ラスティナには昨日の記憶がほとんどない。

 なんとなくあの人に案内された洞窟の中で、あの日のうさぎや動物たちと一緒に、楽しくダンスしたような、そんなような気がするのだけれど。


(けれどそんなのはあんまりにも都合がいい 夢……。疲れきっていた私が見た幻覚に違いありません)


「はー最悪です…。」


 ラスティナは ベッドの中でサメザメと泣いた。

 リュックの底の底に貴族の紋章が入っていることに気がついたのは、それから三日後のことだった。


お読みいただき有難うございました!

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