5.失言
どうしたのだろうとキャンベルですら疑問に思うほどだったが、それに関してはあとで確認することにして、さらに話を続ける。
「それに、やはりお話を聞いていて思ったのです。このままでは何も解決しませんし、ロボロフ様が爵位を継がれるまでは今までと同じように、いつ何時ハムスターの姿になってしまわれるかも予想がつかないのであれば、婚姻後も大変苦労するのではありませんか? でしたらやはり、一度真剣に呪いを解く方法を探すのが賢明なのではないでしょうか」
彼女の一番の懸念事項は、そこだった。嫡子に発動してしまう呪いということであれば、そこから解放されるのはまだまだ先のこと。そもそも嫡子であるロボロフが十八歳であることを考えれば、ダルメン侯爵もまだまだ若い。実際に彼が先々代から侯爵位を継いだのは、つい数年前の話なのだ。
だがここで、キャンベルだけが知らなかった新たな事実が判明する。
「いや、そこは心配しなくていい。理屈は分からないが、この呪いは婚姻を結んだ相手には発動しないようになっているんだ」
「まぁ!」
驚きに口元を両手の指先で覆うキャンベルだったが、同時にロボロフの言葉にふと疑問が浮かんだ。
「……あら? 魔女の呪いというのは、お相手がいて初めて発動するような仕組みになっているのですか?」
「っ!!」
今度はロボロフのほうが驚いたような顔をして、そのサファイアブルーの目を大きく見開いている。だが実際、彼が口にした言葉をよくよく考えてみると、そういうことだとしか思えなかった。そうでなければ、わざわざ「婚姻を結んだ相手には発動しない」などという言い方はしないだろう。
とここで、今まで黙って二人の会話を聞いていたダルメン侯爵が、息子に呆れたような視線を向けて口を挟んだ。
「ロボロフ、お前は本当に……。キャンベル嬢にまで指摘されているようでは、まだまだ未熟だ。それ以前に、今のお前では誘導尋問にも簡単に引っかかってしまうだろうし、会話の主導権を握ることすら不可能なのだろうな」
「うっ……。返す言葉も、ございません……」
辛辣な父の言葉に、明らかにダメージを受けているようなロボロフの表情だったが。出てきた言葉は、ただただ素直なものだった。おそらく本人にも自覚があるのだろう。だから誘導するつもりもなかったキャンベルの言葉に、思わず何も考えないまま答え。結果、ボロを出してしまったのだから。
「キャンベル嬢、大変申し訳ない。実は初めて顔合わせをした際に、あえて伏せさせてもらった情報があるんだよ」
「あえて伏せていた情報、ですか? 今のお話ではなく?」
不甲斐ない息子に代わって、キャンベルに向き直って会話の続きを引き取ったダルメン侯爵が、その言葉に小さく首を振る。言葉はなくとも、それは明らかな否定だった。
「本来ならば、あの場で全てを伝えるべきだということは重々承知していたのだけれどね。ブラントとも話し合って、そこまではさすがにロボロフが可哀想だから、せめて本人の口から言わせてあげようという結論になっていたのだよ。ただ、愚息はこれだけの期間があったにもかかわらず、結局自らの口で婚約者に話すどころか、伝えようとすることすらできていなかったみたいだが。なぁ、ロボロフ」
「……はい」
最後だけは隣に座る息子に向かって、冷たく言い放った侯爵だったが。言われたロボロフ本人はただ、そうひと言返事をすることしかできず、うなだれる。
それもそうだろう。ことこの状況に至ってもまだ、彼は自らの口で隠し続けてきた真実を語ろうとはしないのだから。
「まぁ、なんだ。この状況下で本人の口から話せというのも、酷な話だろう」
今度は、そんな親子のやり取りを見ていたハロラーク侯爵が口を挟んでくる。これはこれで、ロボロフがあまりにも可哀想に見えてしまったからだ。
だが息子には辛辣なダルメン侯爵の言葉は、この程度では止まらない。
「以前もブラントがそう言ってくれたから、私もここまで待っていたが……。これではあまりにも、キャンベル嬢に失礼じゃないか」
「いや、まぁ、そう言ってくれるのはありがたいことだがな」
「それに、私は当時まだ婚約者でしかなかった妻に、しっかりと自分の口で真実を伝えた。それなのに、まさか息子がそれすらできない臆病者に育つなど、想像すらしていなかった」
「いやいやジャンガル、それは言いすぎだろう。それにお前の場合は、それすら婚約者を口説く材料にしていたじゃないか」
父侯爵同士の会話は、婚約者である二人を完全に置き去りにしたまま、どんどん進んでいってしまう。
だがそこで、キャンベルは気になる言葉を耳にした。
「口説く? 女性を口説けるような内容なのですか?」
そしてこの見た目だけは完璧な美少女の中身は、第三騎士団長を務めるハロラーク侯爵と瓜二つ。つまりこの場においても決して物怖じせず質問できてしまうほどの、素直さと豪胆さを持ち合わせていた。それは息子に対して辛辣な言葉ばかりを紡いでいたダルメン侯爵ですら、驚きに若干言葉を失いつつも目を見張るようなもので。
「あ、あぁ、うん、そうだね。呪いの発動条件は、正式に婚姻を結んだ相手以外の異性にときめきを覚えること、だからね」
そして同時に、ダルメン侯爵の口を滑らせる効果まで伴っていた。彼のがその真実を口にした瞬間、ハロラーク侯爵とロボロフだけではなく、応接室の中にいる使用人も含めてキャンベル以外の全員が、同時に目を見開いてダルメン侯爵を凝視したのだから。
それを受けて、ようやく自らの失言に気付いたのだろう。
「……あ」
たったひと言、ダルメン侯爵は小さくそう呟いたのだった。