4.特殊な体質
「キャンベル嬢」
「はい」
その瞳の奥に宿っていたのは、おそらく覚悟なのだろう。ならばまっすぐに見つめてくる視線を正面から受け止めるのが、今自分のやるべきことだろうとキャンベルは判断し、しっかりとした声でうなずきを返す。
「聞いてほしいことが、ある」
「はい、なんでしょうか」
「実は……ダルメン侯爵家の嫡子に代々受け継がれているこの魔女の呪いを受けたのは、ダルメン家の祖先ではなく古い王族だったと伝えられているんだ」
「……え」
だがあまりにも予想外な展開に、キャンベルは驚きのあまり両手の指先で口元を覆ってしまう。そんな彼女の戸惑いを感じ取ったのか、ロボロフは続きを話すべきか少し待つべきかと考えながら、無意識のうちに膝の上に置いていた両手の指を組み替えたのだった。
だがその結論を彼が出すよりも先に、驚きから戻ってきたキャンベルが口を開く。
「それは、つまり……ダルメン侯爵家の皆様が王家から直々に任命されているという極秘任務と、なにか関係があったりするのですか?」
王家とダルメン侯爵家の関係性で一番最初にキャンベルの頭に浮かんだのは、誰もがそのことを知っているはずなのに内容は一切知られていないという、謎に包まれた任務のことだった。
そもそも、偶発的に人からハムスターの姿へと変化してしまうような呪いをかけられていると知ってから、いったいどうやって任務にあたっているのかと疑問に思っていた部分ではあった。だが同時に最初の説明で嫡子だけが呪いを受けているのだと勝手に認識していたため、侯爵位を継ぐことで呪いからは解放されるものだと理解していた。だから、ダルメン侯爵がハムスターの姿になったところを一度も見たことがないのだ、と。
(けれど、もし……)
魔女の呪いそのものを引き受けることこそが、ダルメン侯爵家が王家より受けた任務の内容だったとするならば。それが露呈することを恐れている王家からすれば、ダルメン侯爵家が社交界に一切顔を出さないほうが安心できるだろう。
そう考えたキャンベルの予想を、まるで全て知った上で肯定するかのように。
「あぁ、ある。むしろそれこそが、呪いが発動しなくなったあとも代々のダルメン侯爵が社交界に顔を出さなかった、最大の理由だ」
強い光を宿したサファイアブルーの瞳で、まっすぐにキャンベルのアイスグリーンの大きな瞳を見つめながら、ロボロフは頷いたのだった。
そして彼の話は、さらに続く。
「そもそもの始まりは、美しい王子を手に入れることができなかった魔女の嫉妬により、一方的に王子に呪いがかけられてしまったことだったらしい。それに心を痛めた当時のダルメン侯爵が、自らその呪いを肩代わりすると名乗り出たことが始まりと聞いている」
「呪いを肩代わり、ですか?」
途中までは黙って聞いていたのだが、そこに引っ掛かりを覚えてしまったキャンベルは、思わずそう問いかけてしまっていた。だがそれを受けたロボロフは、嫌な顔一つ見せることもなく。むしろ真剣な表情のまま、しっかりと頷いてくれたのだった。
「どうやらそういう特殊な体質だったようで、これといって特別な魔法を使っているわけではないんだ。ただそのせいなのか、一代限りで終わると思われていた魔女の呪いがなぜか現在も受け継がれてしまっているというのが、真相だったりする。つまり王家の呪いを肩代わりしている関係上、下手に貴族との関係を持つわけにはいかないので、社交界にも基本的に顔を出さない。もちろんそれは王家公認であり、そして妻を迎え入れる際にもこの事実を知ることが許されるのは本人とその両親までと決まっており、当然その契約は当主同士だけではなく国王陛下も確認しサインを入れているんだ」
つまりダルメン侯爵家にとってはこの婚約自体、国王公認であり他に替えの存在しない重要な任務の一つでもあるということだ。そしてそれは、ダルメン侯爵家に娘を嫁がせるハロラーク侯爵家も同様ということ。
「そう、だったのですね」
思いがけず王家までが関係してくるような呪いの渦中にいたのだと知り、あまりの衝撃に言葉を失ってしまうキャンベルだったが、同時に深く納得している部分もあった。これまでの長い間、決して両侯爵が顔合わせをしようと言い出さなかったのも、その事実にハロラーク侯爵家最強であるはずの母が一度も異を唱えなかったのも、全ては王家に関わる事柄だったから。
(それは確かに、慎重にならざるを得ない内容、ですもの)
ダルメン侯爵家にかけられた呪いだと思っていたものが、まさか古の王族の、しかも魔女が嫉妬に狂った先での行動だったとは、さすがに予想していなかった。
そんな驚きと納得を同時に受け入れてしまったキャンベルは、ゆっくりと詰めていた息を吐き出す。どうやら気付かぬうちに、体に力が入っていたようだ。
だが体から力が抜けたことで、冷静な思考力も徐々に戻ってくる。そうして、気付いてしまったのだ。ここまでの話の流れの中で、一つだけ腑に落ちない点があるということに。
「……あら? けれどそれならば、初めてお会いした際にお聞きしても問題のない内容のように感じたのですけれど。ロボロフ様がわたくしにお話ししてくださらなかったのは、なにか別の理由がおありなのですか?」
だからこそ、純粋な疑問として。それはそれはキレイなアイスグリーンの大きな瞳を、まっすぐロボロフへと向けて問いかけるキャンベルだが。
「いやっ、そのっ」
対するロボロフは、先ほどまでの真剣な表情はどこへやら。急に慌てだして、ふいとその視線をキャンベルからそらしてしまったのだった。