3.話し合いの場
キャンベルがダルメン侯爵邸を訪れなくなって、十二日目のことだった。さすがにこのままではいけないと判断した両侯爵が、それぞれの言い分も聞いた上で話し合った結果、もう一度初顔合わせの時と同じように、両侯爵自身が同席して話し合いの場を設けるべきだと結論づけられた。その際どちらの口からも発せられたのは、キャンベルに対して情報を与えなさすぎていた、というものだったことをキャンベルはもちろんのこと、この時はまだロボロフも知らない。
そもそも今回の言い合いの発端は、ロボロフの婚約者でありダルメン侯爵家に嫁ぐ当事者であるにもかかわらず、キャンベルの言い分通り彼女が何も知らなかったことだ。となれば、全てを説明してしまうのが手っ取り早い解決方法であることは間違いないので、先に予定を決めてしまってから当日に当事者の二人へ日程を伝えるという、かなりの荒業が使われたのだった。
というのも、実は以前の初顔合わせの際にわざと伏せた情報をキャンベルに開示するということを、ロボロフが拒否する可能性があると侯爵たちは考えたからだ。それだけ彼にとっては知られたくない内容も含まれているということなのだが、そこはダルメン侯爵の説得により、案の定予定を聞かされてすぐに否を唱えたロボロフを納得させることに成功した。とはいえ「キャンベル嬢一人にだけ真実を伝えないまま、お前はこの先同じことを繰り返さないと言い切れるのか?」という、半ば脅しにも近い言葉選びであったことだけは確かだが。
「何度も呼びつけてすまない、ブラント」
「いや、こちらこそ手間をかけさせたようですまなかったな」
「キャンベル嬢は何も悪くないさ。愚息が小心者だっただけだよ」
「いやいや、ジャンガル。それを言うならお前だって、今でも社交の場には基本的に顔を出さないじゃないか」
そういった事情もあってか、まずは侯爵同士が和やかに会話を進める場になってしまい、当事者二人は目も合わせられずに黙ったままで話し合いがスタートしてしまったのだった。
「私の場合は今さら出て行くのも面倒だからであって、ロボロフとは意味合いが違う。それに下手に詮索されると、色々と困るだろう?」
「それは否定しないが、そうは言っても限度というものがあるだろう」
「ダルメン侯爵家が魔女の呪いから完全に解放されない限りは、今後も難しいだろうな」
だが、そこはそもそも生きてきた年数が違う。本題へとスムーズに話題を移行させたかと思えば、ダルメン侯爵はハロラーク侯爵の横で小さくなっているキャンベルへと、その優し気なサファイアブルーの眼差しを向けると。
「キャンベル嬢、今日は魔女の呪いの真実をあなたに知ってもらいたくて、この場を設けさせてもらったのだよ」
そう、穏やかな声で話し始めたのだった。
「呪いの真実、ですか?」
「そう、真実。そもそもキャンベル嬢は、我が家の嫡子が受けている魔女の呪いについて、ロボロフからはどこまで聞いているのかな?」
「どこまで……。その……最初にダルメン侯爵様よりご説明いただいた以上のことは、特には何もお聞きしておりません……」
「あぁ、やっぱりか」
キャンベルは心の内で、それは自分が婚約者であるロボロフに信頼されていないからなのだと母に言われた言葉を完全に信じ切っていたせいで、自らのことを恥じていた。だからこそ歯切れの悪い言葉選びになってしまったし、ダルメン侯爵の返答に思わず俯いてしまったのだが。
「お前は本当に……。少しはキャンベル嬢の気持ちも考えないか」
続いて侯爵が、ため息交じりにロボロフに向かって口にした言葉に驚き、顔を上げた。その言い方がまるで、自分が母に注意された時と同じ意味合いを含んでいるように聞こえたからだ。
「ですが、父上――」
「言い訳は結構。そもそも呪いの真実とは本来、自らの口で婚約者へと説明すべきことだ。ダルメン家の嫡子は代々、そうやって婚約者からの信頼を勝ち得てきた」
「っ……」
「それをお前は……まったく。これではキャンベル嬢が不安に思ってしまうのも致し方ない。逆の立場で物事を考えてみなかったのか? 一人だけ何も知らされず、それでいて毎度まともに人としての交流すらままならないとなれば、安心できるような材料は一つもないだろう」
本来ならばこういったやり取りは、他家の人間がいない場所で行われるもののはずである。だがダルメン侯爵は、あえて客人の目の前で息子を叱責しているようにキャンベルの目には映っていた。それはまるで、何かを自覚させようとしているようにも見えて。
(もしかしたらダルメン侯爵様は、ロボロフ様に次期侯爵としてのさらなる自覚を促しておいでなのでは?)
だからこそ、今この場でのこの行動。むしろそうでなければ、どうしてロボロフにとって恥となりそうなことを他家の、しかも婚約者の前でする必要があるというのだろう。
キャンベルがそう結論づけている間にも、二人の間で話は進んでいたようで。意を決した様子のロボロフが、今日初めて父親と同じ色合いのサファイアブルーの瞳を、婚約者へと向けたのだった。