2.夫人が最強
貴族というものは、たとえ相手の家に向かう場合でも必ず使用人を連れて行く。それはここエーフェルス王国においても、同じことだった。つまりキャンベルとロボロフがケンカをしたことも、その日キャンベルが連れていた使用人の口からハロラーク侯爵の耳へと入っていたのだが。さすがに初めてのことだからと、しばらくは様子見ということで密かに決定が下されていた。
だがそれも、十日過ぎても一向に改善される兆しもないままとなれば、話は別だ。特に今回は特殊な事例で、本来ならば幼い頃から少しずつお互いのことを知っていくべきところを、つい先日まで顔合わせすらしたことがなかった二人となれば、周りのフォローも必要になってくるだろうというハロラーク侯爵の判断でもあった。当然、親心込みの結論である。
「それで?」
ただ残念ながら、それを決して許してはくれない人物が一人。
「どうしてあなたは、婚約者の元へ会いに行こうとしないのかしら?」
談話室に呼び出されたキャンベルは、ハロラーク侯爵夫人である自らの母親と対面する形で座っていることに、それはそれは緊張していた。そして夫人の隣に座っているハロラーク侯爵自身もまた、大きなはずの体が普段より小さく見えてしまうほど、おとなしく縮こまっていたのだった。
屋敷の主まで震え上がらせている夫人は、美しいミントグリーンの瞳に艶やかなプラチナブロンドの髪を持つ、社交界でも名の知れた人物で。かつては社交界の妖精とまで呼ばれていた美貌は今も健在で、年齢よりも幼く見えるのだが。侯爵が夫人にベタ惚れのため、家の中では決して機嫌を損ねないように気を付けているせいで夫人が誰よりも強い権限を持っているということは、ハロラーク侯爵家では誰もが知る当然の事実になってしまっている。
「それは、その……」
「婚約者であるダルメン侯爵子息と口論になったと、わたくしは聞いているのですけれど?」
そのため、彼女を止められる者は誰一人として存在していないこの状況下で味方はいないのだと、キャンベルは早々に悟っていた。だからこそ、覚悟を決める。母に向かって自分の意見を口にする、その覚悟を。
「わ、わたくしはただ、問題の根本解決がしたいと申し上げただけなのです……! それなのに、ロボロフ様はそのことに対してとても消極的で……」
「えぇ、そのようですね」
「このままでは、本当に何も変わりません。それではこの先も、ロボロフ様が大変な思いをされるだけなのです。だから……!」
「だから、あなたは自分の意見だけを押し付けようとして、口論になったのでしょう?」
「っ……」
ダルメン侯爵家の特殊な事情を考慮して、ここではそれに関する具体的なことは口にしていなかったが。母親であるハロラーク侯爵夫人が、真実を知らないはずがなかった。むしろそうでなければ、本来は幼少期に初顔合わせを終わらせているはずの二人が、つい最近まで手紙でのやり取りしかしたことがなかったという事実が彼女に許されているはずがないのだから。
ただやはり、それは他家に関する重要な事柄。そして、だからこそ夫人は娘に対してこう告げるのだ。
「あなたはハロラーク侯爵家の者で、ダルメン侯爵家の血縁者ではないのです。それを勝手に、しかも事情も詳しく知らぬまま口出しなど、何様ですか。恥を知りなさい」
「っ……ですが、お母様っ。わたくしだって、何も教えていただけない状況下では判断も下せませんわっ」
「キャンベル」
だが、まだ言い募ろうとするキャンベル。それに夫人は娘の名を呼ぶだけで、その口を閉じさせると。
「何も教えていただけないということは、そこまでまだあなたが信頼されていないのか、あるいは教えられない事情があるかもしれないでしょう。それを考慮せずに、相手のことばかり悪く言うのはおやめなさい」
そう、きっぱりと言い切ったのだった。
確かにキャンベルは、ロボロフの大きな秘密は知っている。だが逆に言えば、それだけしか知らされていない、教えてもらえていないということ。
「っ……」
母の言葉は耳に痛く、そして同時にロボロフの気持ちやダルメン侯爵家の事情を考慮できていなかったことを今さらながらに思い知らされて、深く反省することになるのだった。
とはいえ、そこで終わるハロラーク侯爵家ではない。
「すまない、キャンベル。私もジャンガルもロボロフの事情ばかり考えてしまっていて、全てを伝えないことでお前がどう思うのかをしっかりと考えられていなかった。今回のことは、私たちが父親として未熟だったせいもあるのだ」
「お父様……」
珍しく自分に頭を下げる父の姿に、思わずそのアイスグリーンの瞳を潤ませながら、両手の指先で口元を覆うキャンベルだったが。
「えぇ、その通りです。元はと言えば、あなたがちゃんと説明してくださらなかったから、こうしてわたくしがキャンベルに言い聞かせなければならなくなったのです。お相手に事情があることは重々承知していますが、何も知らずに長い年月特殊な状況下に耐えてきたのは、他ならぬキャンベル自身なのですから。しっかりしてもらわなければ困ります」
「うっ……そ、そうだな。悪かった」
「お母様……」
最終的には、ハロラーク侯爵も夫人からお小言をもらう羽目になってしまい。先ほどまでの父と娘の感動はどこへやら、今度は娘から母へ感動と尊敬のまなざしが注がれていた。
こうして結局ハロラーク侯爵邸では、改めて夫人が最強なのだと使用人たちにも再認識されていた頃。同じようにダルメン侯爵邸でも、父親であるダルメン侯爵から「婚約者を不安にさせるものではない」と説教されているロボロフの姿があったのだが。そちらはしっかりと父親として当主としての威厳があるからなのか、ハロラーク侯爵のように夫人が同席しているということはなかった。
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