3.薬売りの魔女
キャンベルがこの話題に食いついたことに違和感を覚えたのは、おそらくこの中では母親であるハロラーク侯爵夫人だけであっただろう。そもそも今日会ったばかりのご婦人方は、キャンベルの本当の姿を知り得ないのだから、当然といえば当然だ。
だが、だからこそ余計に口が軽くなる。若く可愛い娘のような年代の令嬢が、自分たちの話題に興味を持ってくれたのだから。色々と教えてあげたくなってしまうのが、老婆心というものだろう。
「そう、魔女。実在していたなんて、驚きよね」
「なんでも各地を旅してまわっている魔女らしく、最近入国したばかりらしいわ」
「今は王都で薬を売って、今後の旅費を稼いでいるそうよ」
「とある伯爵家の老婦人が、最近その魔女のお店で買ったお薬のおかげで若返って見えると聞いたのだけれど、本当なのかしらね?」
次から次へと、キャンベルが知らなかった情報が出てくる。しかも思っていた以上に、その魔女に興味を持つご婦人方は多かったようで。
「まぁ。そのお話、わたくしも詳しくお聞きしたいですわ」
「若返りなんて、本当だったら夢のようですものね」
キャンベルが質問する必要があったのは最初だけで、そこから話題の中心は自然とその魔女の詳細へと移っていった。特にその内容が若返りとなると、どのご婦人も大なり小なり興味はそそられるようで、次から次へと魔女のことを知っている人物へ質問が飛び交う。
ただ、どうやら薬の専門家のようなので、この場で呪いについてどの程度知識があるのかは知ることができなかった。さすがのキャンベルも、この和やかな雰囲気の中で「呪い」などという物騒な単語を発することは、難しいと判断したのだ。
(けれど、かなりの収穫ですわね)
まさか、お茶会に出てみたら思わぬところに魔女がいた事実を知ることになるとは、思ってもみなかったけれど。むしろ、これはチャンスでもあった。
そもそも、本来ならば魔女という存在を見つけること自体が困難なはずで、だからこそ代々のダルメン侯爵は様々な方法で呪いを解こうとしていたのだから。それがまさか、こんなにも近いところに存在していたとは、さすがに想像すらしていなかった。
ご婦人方の話をまとめると、どうやら魔女は最近になってエーフェルス王国に入国したばかりで、今は王都のとある場所で様々な薬を売ることで旅費を稼いでいるそうで、いつまで滞在しているのかは不明とのこと。だが同時に、身元がハッキリとした人物からの紹介かつ事前にしっかりと予約を取っていれば、基本的には誰とでも会ってくれるのだそうだ。
「それでしたら、ぜひ親族の方にご紹介いただきたいですわ」
「わたくしも」
そしてそうなれば当然、大勢が薬の購入を希望する。ということは、簡単に予約を取ることも今後は難しくなるだろう。
(そうなる前に、どうにかしてお会いできないかしら)
呪いの詳細を知っているとは、限らない。そもそも解き方どころか、呪いに関しては専門外だと言われてしまう可能性だって、否定はできない。それでも、少しだけでもいい。何か手掛かりになるようなことさえあれば、今のこの状況を少しでも変えられるかもしれないのだから、とキャンベルは思う。
(まずは、すぐにロボロフ様にお伝えしないと)
呪いに悩む張本人が外出できないとはいえ、何も知らないまま一人で行動するわけにもいかない。ロボロフとともに魔女の元へ出向くことは不可能だったとしても、たとえば呪いの詳細を知っているダルメン侯爵に同行してもらうなど、そういったことが必要になるかもしれないのだから。
そうでなくとも、今のこの様子では予約を取ることすら難しくなりそうでもあり、また時間もかかるだろうから、そのあたりのことも一度しっかりと話し合っておくべきだろう。そうキャンベルは判断して、ここではこれ以上口を挟まないことに決めたのだった。
ここで必要以上に噂が広がっていけばいくほど、予約は取りにくくなるだろうが。逆に紹介してくれる人物は増えていくだろうという打算も、彼女の頭の中にはあった。そして唯一それに気付いていたのであろうハロラーク侯爵夫人は、娘を横目で確認した後、紅茶を飲むふりをしてカップの中にそっとため息をこぼしたのだが。それに気付いた人物はキャンベル含め、誰一人いなかった。