2.お茶会への参加
ロボロフが父侯爵に相談を持ち掛けていた、その頃。まだ馬車からハロラーク侯爵邸へと戻ったばかりのキャンベルは、自室のソファーでクッションを抱えながら、一人ため息をついていた。
「お嬢様? どうなさいましたか?」
その様子に、使用人の一人がキャンベルにそう問いかける。以前にも突然婚約者の元へ通わなくなってしまったことがあったので、今回も何か問題が発生したのかもしれないと心配してくれたのだろう。そう判断して。
「いいえ、大丈夫よ。ただ少しだけ、過去の自分の言動を反省していただけなの」
キャンベルは苦笑しながら、彼女に向かって答えたのだった。
今回のことで、キャンベルは色々と学んだのだ。たとえ自分は正しいと思っていても、相手からすればそうとは限らないということ。自分の意見ばかりを押し付けるのではなく、しっかりと相手の言葉を聞いてその意見も取り入れて、参考にすべきだということ。そして何よりも、自分はまだまだ世間知らずだったということを。
そもそもこの国で十六歳の貴族女性といえば、母親と共にお茶会に参加することはできても、正式に社交界へとデビューするまでは二年もある。そういった意味では、世間的にもまだまだ彼女は子供として見られているし扱われているということ。そのことの意味も、今回ロボロフと呪いのことについて真剣に向き合ったからこそ、得られた結果ではあった。
(けれど、まさかロボロフ様の前であんなに泣いてしまうなんて)
今まで呪いのせいで本当につらい思いや大変な思いをしてきたのは、目の前にいたロボロフだというのに。その本人を差し置いて、どうして自分が泣く権利があるというのか。
(あぁ、もう。本当に、わたくしったら)
思い出すと、また泣きたくなってきてしまって。こみ上げてくるものを誤魔化すように、ゆっくりと深呼吸をする。
あの場でロボロフは、呪いを解くだけではない別の方法がないか探してみようと、新しい提案をしてくれた。それは経験の浅いキャンベルには、思いつかなかった発想で。
(まだまだ、わたくしはロボロフ様のお隣に立つには、知識も経験も少なすぎるわ)
二歳差というのは思っている以上に大きいのかもしれないと、初めて実感させられた。そして同時に、もっと多くのことを学びたいとも思わせてくれて。
「そういえば、お母様が参加される予定のお茶会の中に、わたくしも参加できるものはあるのかしら?」
だからこそ、今までならば婚約者との交流を深めたいからと断っていたであろう、淑女のたしなみ。それにも、しっかりと参加してみようと決意できた。
意外なキャンベルのその言葉を聞いて、一番喜んでいたのは母であるハロラーク侯爵夫人だったと彼女が知るのは、この日の夕食の席で。
「あなた、聞いてくださいな! あのキャンベルが、わたくしと一緒にお茶会に参加したいと言ってくれたのですよ!」
と、珍しくはしゃいだような声でハロラーク侯爵へと報告している姿を見た時だった。
それが、数週間ほど前のこと。
上機嫌で準備をしていた母に連れられて、招待を受けた公爵家の屋敷へと足を踏み入れたキャンベルは、さっそくご婦人方に捕まっていた。
「まぁまぁ! 可愛らしいお嬢さんだこと!」
「あなたがハロラーク侯爵令嬢なのね」
「夫人にはいつもお世話になっているのよ」
普段とは全く違う世界に、若干の戸惑いを覚えながらも。今までの淑女教育で培ってきたものを総動員して、まずはしっかりとカーテシーをしてみせる。
「本日はお会いできて光栄です、ハロラーク侯爵家のキャンベルと申します。以後お見知りおきいただけますと幸いです」
「まぁ! さすが侯爵家のご令嬢ね!」
「ハロラーク侯爵夫人は、本当にしっかりとした教育をしていらっしゃるわ」
「いえいえ。娘の努力の賜物ですわ」
どうやらキャンベルの判断は間違っていなかったらしく、想像していた以上の好感触だった。実際ここからは大勢のご婦人方の中に混ざりながら、お茶やお菓子をすすめられつつも一人の淑女としてしっかりと扱ってもらえたのだから、上出来といって差し支えないだろう。
「それにしても、本当に可愛いお嬢さんで羨ましいわ」
「あなたのところは、全員男の子だものね」
「そうなのよ!」
和やかに進む会話だが、同時に彼女たちの口からは流行のドレスの型や新しい商人の話など、様々な有益な情報が飛び出してくることも往々にしてあるので、実は油断ならないのがこのお茶会という場なのだ。
しかも今日に限って、キャンベルにとって大変興味のある話題が出てくることになるとは、想像すらしていなかったので。
「わたくしはむしろ、その若いお肌が羨ましいわ」
「まぁ。でしたら、魔女が作る様々なお薬を試してみるのはいかがですか? 噂によると病だけではなく、肌の張りや艶がよくなるお薬もあるのだとか」
「その噂でしたらわたくしも聞いたことがありますけれど、実際に試してみた方はいらっしゃるのかしら?」
「わたくしの親戚は、そのお薬のおかげで長年苦しめられてきた病が治ったそうですので、病のお薬に関しては信ぴょう性があるかとは存じますが……」
驚きから思わず紅茶を口に運ぼうとしていた手が止まってしまい、キャンベルは目を見開いたまま少しの間動作が停止してしまったのだった。けれどちょうどカップを口に付けたばかりのタイミングだったので、誰かにあやしまれるようなことがなかったのは幸いだったのかもしれない。
ただここで会話が流れてしまっては、せっかくの「魔女」の手掛かりがなくなってしまうので。
「魔女のお薬、ですか?」
あえてカップを手にしたまま、今初めて知りましたというようなキョトンとした表情で、小首をかしげてみせたのだった。