1.ダルメン侯爵親子
キャンベルが帰ったあとのダルメン侯爵邸では、ロボロフが父親であるダルメン侯爵の元を訪れ、相談を持ち掛けていた。
「呪いを解く以外の方法、か」
「はい。そもそも私たちだけでなく代々のダルメン侯爵家でも、呪いを解く方法ばかりを探していました。ですが、呪いを肩代わりできる我が家の体質のように、呪いそのものを他の何かに移す能力もしくはそういった体質を持つ、特殊な一族が存在している可能性もあるのではないか、と」
「なるほど。確かに魔女を探し出すよりは、まだ可能性がありそうではある」
当然のことながらロボロフもダルメン侯爵も、自分たちと同じように誰かに呪いを肩代わりしてもらおうとは、一切考えていなかった。むしろこんな思いをする人物がこれ以上増えてしまわないように、という前提で話は進むのだが。
「そこで、父上にお願いがございます」
「お願い? 珍しい」
同じ色をしたサファイアブルーの瞳が、お互いをまっすぐに見つめている。だがその視線は、ロボロフはただひたすらに真剣であるのに対して、ダルメン侯爵はどこかその奥の考えを探るようでもあった。そして実際に息子の口から飛び出してきた「お願い」に、侯爵は一瞬虚を突かれたかのように目を見開いたのだった。
「国外にそういった能力もしくは体質を持つ人物が存在しているかどうかを探るため、王家のお力をお借りすることはできませんでしょうか?」
「っ!」
ダルメン侯爵家が直接動くには、あまりにも社交界とは距離を置きすぎてきた。だが同時にそれは、王家のためでもあった。かつての王子が魔女から受けた呪いを今も侯爵家が引き継ぐことで、王家は呪いに脅かされることなく長い時を平穏に過ごしてきて今があり、さらには醜聞になるような噂からも逃れることができたのだ。つまり、呪いに関することであれば王家も動かざるを得ない可能性が高いということ。
「……確かに我が家は、長い間王家の呪いを肩代わりしてきた。であれば陛下も、協力していただくことに異を唱えるようなことはなさらないだろう」
「では……!」
「あぁ。陛下への謁見を申し込んで、直接私が掛け合ってみよう」
「ありがとうございます!」
力強くうなずいた父の言葉に、ロボロフは明るい表情で頭を下げる。すぐに目的の能力を持つ人物を見つけられるわけではないだろうが、それでも国内で最も強い権力を持つ存在の協力が得られるのであれば、その可能性は格段に高くなるからだ。
その根底には王家への信頼があるからこそ成り立つのであって、ここで万が一断られでもすれば、ダルメン侯爵家は裏切られたと判断するだろう。そうなれば、王家は隠したかった秘密を暴露されてしまう危機に瀕する。だからこそ、そんな愚かな判断を王家が下すはずがないだろうという、そういった意味での信頼でもあった。
「しかし、呪いを解かずに、か」
「今まで魔女の介入が一度もなかったのは、おそらく呪い自体が持続しているからではないかと思うのです」
「だが、呪いをかけられた王子殿下ご本人はとうの昔に亡くなられているというのに、不思議な話だとは思わないか?」
「疑問がないわけではありません。ですが同時に、魔女が気付いていればその時点で、何らかの接触があったはずではないでしょうか」
「それすらなかったということは、魔女本人はすでに忘れているのか、もしくは関心がなくなったのか。あるいは、本当に何も気付いていないのか」
「いずれにせよ、今さら呪いに気付かれて怒りを買うようなことだけは、どうしても避けたいのです」
息子の真剣な表情に、侯爵もまた同じ表情をしてうなずく。もはや本当の関係者が誰一人いなくなったこの状況下で、再び面倒なことを引き寄せたくないという気持ちは、完全に共通していた。むしろダルメン侯爵家としては呪いから解放された後、そのまま王家からも特殊な体質のことなど忘れ去られてしまえばいいとすら思っている。
「まずは陛下へ詳細をお伝えしてから、だな。その時点で何かご存じであれば、思っているよりも早く解決するかもしれないが……」
「万が一そのようなことがあれば、おそらくすでに父上に何らかの情報が伝えられているはずかと」
「そうだろうな」
つまり、ここからは王家の力も借りて資料だけでなく、人探しまで新たに始めなければならないということなのだが。それでも、今までの長い時間を考えればよほど手掛かりは多そうだと、わずかに希望を持つことができたダルメン侯爵は。
「ところでロボロフ」
「はい」
「キャンベル嬢とは、仲良くやっているのか?」
「っ!?」
話題の転換もかねて、息子にそう問いかけたのだった。途端、首から上が真っ赤に染まるロボロフ。そしてその様子を目の当たりにして、侯爵は父の顔をして満足そうにうなずくと。
「そうかそうか。その調子で、婚姻までにしっかりと仲を深めておきなさい」
先ほどまで真剣な会話をしていたとは思えないほど落ち着いた様子で、少しだけぬるくなった紅茶を口に含んだのだった。