5.まさかの真実
二人がダルメン侯爵邸の図書室で資料を読み漁り始めて、八日目のことだった。
「っ! ロボロフ様っ」
「どうした? 何か見つけたのか?」
ふいに目に飛び込んできた内容にキャンベルが、思わず隣に座るロボロフへとそのアイスグリーンの大きな瞳を向けて声をかけ、同時に手に持っていた本を彼のほうへと差し出す。
「こちらに、魔女は大変長い時を生きると書かれているのですがっ。もしかしてロボロフ様の呪いに関係する魔女も、まだどこかで生きていることをご存じだったりしませんかっ!?」
実はその一文を読んで、今まで疑問に感じたことすらなかった事実に思い至ったのだ。
以前ロボロフは魔女の怒りに触れることを大変恐れていたが、魔女が今も生きているかどうかなど、キャンベルは考えたこともなかった。だがよくよく思い直してみれば、彼のその言い方はまるで魔女が生きていることを確信しているかのようで。
「わたくし、古の王族に呪いをかけた魔女の生死など、気にしたことがなかったのです。ですが……」
「あぁ、そうか。私が今もその魔女本人が生きている前提でいることに、疑問を持ったのか」
「はい。なぜ、それをご存じなのか、と」
真剣な表情で見つめるアイスグリーンの瞳と、その視線を受け止めるサファイアブルーの瞳。宝石のような輝きを持つ二対のそれは、しばし互いに向けられ合い。やがてサファイアブルーが先に、小さなため息とともにその視線をそらすことで、その均衡は破られたのだった。
「死に際にかけられた強い呪いではない限り、その効果が続くのは本人が生きている証拠。呪いと言ってはいるが、実際には魔法でしかないからこそ、ただの体質で肩代わりができただけなんだ」
「つまりその効力が続く限りは、呪いをかけた魔女自身が生きている証拠になっている、ということでしょうか?」
「あぁ。ついでに言うと、あまりに強すぎる魔法は肩代わりできないらしい。まぁ、肩代わりして自分が命を落とすようじゃ困るから、それはそうだろうが」
ダルメン侯爵家の体質に関わる内容であるからこそ、口伝でしか残していないのだとロボロフは語る。確かにこのことが大勢に知られてしまえば、利用される可能性も高くなるだろう。それを防ぐために、あえて文字では残さないことにしているのだそうだ。
「そうだったのですね」
「だから正直、呪いをかけた魔女本人に魔法を解除してもらうか、もしくはその魔女よりも強い力を持つ魔女を見つけ出して、強引に呪いを解いてもらうか。今のところはそのどちらかしか方法はないのではないかと、私は考えている」
そして前者はもちろんのこと、後者だって探し出すのは容易ではない。それが分かっているからこそ、代々のダルメン侯爵もその嫡子も最終的には諦めてしまっていたらしいと知り、手にしていた本を閉じて胸元で強く抱くキャンベル。同時に彼女のアイスグリーンの瞳が、顔合わせをしたその日から初めて曇りを見せた。
その姿に思わず心配になってしまうロボロフだが、そのまま俯いてしまったキャンベルは彼の様子には気付くことなく、胸に抱いたままの本をギュっと握りしめて、その可憐な桃色の唇を開く。
「それは……たとえ呪いをかけた魔女を見つけ出したとしても、強い魔女を見つけたとしても、本当のことを話さなければならないのは同じこと、なのですよね?」
「あ、あぁ。とはいえ名前も見た目も知らない以上、本人を見つけるには手掛かりが一つもないので不可能ではあるが」
女性と接する機会があまりにもなさすぎるロボロフにとって、普段から明るく元気なキャンベルが沈んでいるように見えても、どう対応すればいいのかが分からない。その証拠に中途半端に持ち上げた両手が行き場を失い、空中でただ力なく揺れているだけ。その動きはまるで、彼の動揺を如実に表しているかのようだった。
「それでは、確かにロボロフ様がおっしゃっていた通り魔女の怒りを買ってしまう可能性があるというのも、頷けます。魔女の魔法を軽く扱ったと思われた場合には、下手をすれば今度は国自体に呪いをかけられてしまう事態になってしまうかもしれないのですもの」
「いや、まぁ、それはそうなんだが……。急に、規模が大きくなっていないか?」
魔女本人が生きていることを知ってからのキャンベルの想像力の飛躍は、ある意味で彼女の思い込みの強さを表しているようで。同時にまだ社交界デビュー前の少女らしいといってしまえば、それまでなのかもしれない。
ただキャンベルの想像している通り、そもそも万が一に国が呪われでもしたら、それはもう誰にも手が付けられないだろう。エーフェルスというこの王国の名前そのものに対しての呪いなのだとすれば、名前を変更してしまえばいいだけだが。土地そのものに呪いをかけられてしまった場合が、一番厄介だ。
とはいえ、そこまで強い魔法を扱える魔女を敵に回した時点で、もはや国自体がその瞬間そこに存在しているのかもあやしいのだが。
「わたくしの願いは、ロボロフ様の呪いを解くことです。けれど、そのためにこの国まで巻き込むようなこともしたくはないのです」
「あぁ。気持ちは分かる」
「ですが、どうしたら魔女を見つけ出して説得できるのかも、わたくしには思いつかなくて……。ロボロフ様……いったい、どうしたらいいのでしょうか?」
今までキャンベルは、単純に魔法を解く方法を見つければいいだけだと考えていた。もちろんそれも大変なことに変わりはなく、すぐに見つけられるようなものではないと理解はしていたが、ここにきてまさかの真実が発覚したのだ。呪いをかけた魔女本人が、確実にまだどこかで生きているなどとは思ってもみなくて。
キャンベルは心のどこかで、すでに魔女はどこかで儚くなっているものだと勝手に考えていた。だからこそ代々のダルメン侯爵の日記の中で、どんなに呪いを解こうと様々なことを試行したところで、魔女から邪魔が入ったりその怒りを買ったという一文は出てこなかったのだと。魔女の怒りというのも、古い歴史の中での考え方が残ってしまっただけだったのだ、と。
だが、実際には違った。その呪いの効力が続く限り、魔女もまた生きているのだと今初めて知って、気が付いてしまったのだ。勝手に呪いを解いた場合にも、魔女にそれを知られ怒りを買う可能性があるのだということに。
「わたくしは……わたくしは、だめな婚約者ですっ……」
だからこそ、初めからその事実を知っていたロボロフはあんなにも呪いを解くことを恐れていたのだと、ようやく知って。あの時なぜもっとちゃんと婚約者の話を真剣に聞かなかったのかと、キャンベルは後悔する。そして同時に、すでにロボロフが……いや。ダルメン侯爵家が一つの答えにたどり着いていたことも、その気持ちに拍車をかけた。
つまりキャンベルがやろうとしていたことは、下手をすれば大勢を巻き込む可能性があったのだと。それでも必死な自分の言葉に耳を傾けて、ダルメン侯爵もロボロフも協力してくれていたのだ、と。
自分にそんな資格はないと分かっているのに、キャンベルは溢れ出す涙を止めることができなかった。
ぶ、ブクマ登録31件!?Σ(゜д゜;)
あ、あれ…? この間20件とかだったような気が…。
まだ14話の時点で、こんなにも続けて読んでくださっている方がいるなんて…!
しかも評価してくださっている方まで増えている…!
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