4.ズレている
キャンベルにとって婚約者が自分にときめきを覚えてくれるということは、大変嬉しい事実であり。そしてそれを認識できるというのは、彼女にとっては悪いことではなかった。
ただし残念ながら、ロボロフにとっては真逆の意味を持つことにもなるが。
「き……」
「き?」
「君はもう少し、この状況に何か思うことはないのか!? 本当に第一声がそれで合っているのか!?」
目の前でその微笑みを目にした瞬間、ハムスターの姿になってしまった婚約者に対してどうしてそんな言葉が最初に出てくるのかが、ロボロフは不思議でならなかった。思わず勢いに任せて問いかけてしまうくらいには。
それもそうだろう。キャンベルはすでに、ダルメン侯爵家の嫡子が姿を変えてしまう理由もその条件も、全て知っているはずなのだから。にもかかわらず、ロボロフがときめきを覚えたことに対して、何の恥じらいもなければ驚きもなかったのだ。そのくせ先ほど口にしていた通り、「触りたい」と正直に言葉にしてくる。
この時初めて、ロボロフの心に焦りが生まれた。もしかしたら自分は、婚約者に異性として意識してもらえていないのではないか、意識しているのは自分のほうだけなのではないか、と。
厳密に言えば、それも少し違った解釈の仕方なのだが。この状況下でのキャンベルの発言を考えると、致し方なかったとも言える。そういう意味では、一方的にロボロフだけを非難することはできないだろう。
「え、っと……。人間の姿にお戻りになられる際には、やはり、その……お召し物は、一切まとっていらっしゃらないのでしょうか?」
なにせ、ロボロフからの質問の答えがこれだ。ダルメン侯爵邸から出たことがないロボロフでも、明らかに彼女が少し世間からズレていることは容易に理解できた。
だからこそ、つい先ほどまでの勢いのまま。
「だから! どうしてそうなる!」
そう、返してしまったのだが。
「いえ、その……実は毎回、気になっていたのです。必ずお召し物が回収されているので、もしも予期せぬ瞬間に人間の姿にお戻りになられてしまったら、わたくしはどうすればいいのか、と」
それに対する返答ですら、やはりどこかズレていた。
そのせいというべきか、それともそんなキャンベルに引っ張られてというべきか。気が付けば、なぜかロボロフもそれに答えるように。
「確かに衣服は身にまとっていない状態にはなるが、人の姿に戻る際は感覚で分かるから、君がそこまで心配する必要はない」
そう、口にしてしまっていたのだった。ただし、小さなハムスターの姿のまま、片手……ではなく片前足で、額のあたりを押さえるような格好をしながら、だったが。ついでに言い切ったと同時に、その小さな口からため息をこぼす。
だがキャンベルの好奇心は、そこで止まることはなかった。返答がもらえたことで、むしろ火が着いてしまったのだ。気になっていたことを全て解消するまで、その可憐な唇から出てくる質問は尽きない。
「感覚というのは、どのようなものなのですか? こう、体が大きくなるような? それとも、全く別の?」
「え? いや、まぁ、なんというか……ムズムズするような、というか……」
「まぁ! その情報は、歴代のどのダルメン侯爵様の日記にも書かれてはいませんでしたわ! やはりご本人から色々とお聞きしないと分からないことが、たくさんありますね!」
そのアイスグリーンの瞳は、いつになく輝いていて。そしてその姿を見て、ロボロフは思い出したのだった。キャンベル・ハロラークという人物は初対面の時にも、同じように父親であるハロラーク侯爵に質問攻めをしていたな、と。
「ということは、わたくしが知らない共通認識がまだまだあるかもしれないと。そういうことですよね!」
「いや、その……それは、私にはよく分からないが……」
「ぜひ色々とロボロフ様のことを教えてくださいませ! そこに呪いを解くための糸口が隠されている可能性だって、否定できませんもの!」
「あ、あぁ……」
そのままキャンベルの勢いに押されてしまったロボロフは、ついそう答えてしまって。根掘り葉掘り、様々なことを聞かれることになってしまうのだが。図らずともこれが二人の仲を深めることになるなどとは、この時はどちらも一切考えていなかった。
ただ、一つだけ言えることは。時折キャンベルから向けられる、屈託のない笑顔に思わずときめきを覚えてしまったロボロフは、結局キャンベルが帰る時間になるまで一度も、人の姿に戻れることはなかったということだけだ。