3.魔女の呪い
「やはり日記には、挑戦からの失敗という流れしかありませんね」
代々のダルメン侯爵が試してきた、魔女の呪いを解くための数々の方法。そのどれもが一つも成果を残せず、ことごとく失敗に終わっていた。
「まぁ、そうだろうな。成功していれば、今頃こんなことで悩んでなどいないさ」
自嘲気味に言葉を吐き出したロボロフのサファイアブルーの瞳に、髪と同じ色のプラチナシルバーのまつ毛が影を落としていて。不覚にもキャンベルはその横顔を、美しいと思ってしまった。
そんな自分にハッとして。
(い、いけませんわね……!)
真剣に悩んでいるロボロフを、美しいなどと。本人は本気で困っていることなのだから、不謹慎にもほどがある。
だが、そんなことを考えているキャンベルに気付くことなく、ロボロフはさらに言葉を続けた。
「苦労も不自由も、呪いを解くことを諦めた時点で受け入れた気になっていたが……。こうしていざキャンベル嬢と交流を開始すると、どれだけ周りにも迷惑をかけるような呪いなのかがよく分かる。本当に、こんなもの最初からなければよかったのにな」
両手のひらを見つめるその表情にも、瞳と同じで影が落ちる。それはまるで、彼の懺悔のようにも見えたのだが。
「迷惑、ですか? わたくしはロボロフ様のハムスター姿を大変可愛らしいと思っておりますので、個人的には迷惑だと思ったことは一度もございませんよ?」
キョトンとした顔で、つい素直にそう答えてしまったキャンベルは、驚いたような顔で自分を凝視してくるロボロフの表情に、ようやく自分が何を口にしたのかを気付いたのだった。そうして慌てて、両手と首を振って否定の言葉を紡ぐ。
「い、いえっ! 決して、そのままでいいと申し上げているわけではなくっ……! 実際にロボロフ様も代々のダルメン侯爵様方も、大変苦労していらっしゃることは重々承知の上なのですが……! ただ個人的には、大変好ましく可愛らしいお姿だなと思っているというだけであって……! 実はその触り心地の良い毛並みを堪能してみたいだとか、そういったことは全てわたくしの勝手な考えなのです……!」
ただし、それが本当に弁明として意味を成しているかどうかは、また別問題だった。事実、ロボロフのサファイアブルーの瞳は、先ほど以上に大きく見開かれていたのだから。
「そ、そのっ……。ですから、少なくともわたくしは迷惑だと思っておりませんので、気にしないでくださいませとお伝えしたかったのであって、ですね……。決して触らせていただきたいだとか、そういった邪心があったわけではっ……」
しかも今のキャンベルは、何を言っても墓穴を掘ることにしかならず。自らその深みにはまっていくという、大変おかしな状態になっていた。
だがきっと、それが逆によかったのだろう。必死なキャンベルの姿を瞬きもせず見つめていたロボロフが、突然堰を切ったように笑いだしたのだ。
「ははっ! 君は、本当に予想外でっ……! 一緒にいると色々なことがどうでもよくなって、ただ楽しくなってしまうよっ……!」
笑いが止まらないのか、言葉を口にする間も腹を抱えている姿は、心の底から楽しそうで。今度はキャンベルのほうが、初めて見るそんなロボロフの姿に驚いてしまう。
(あぁ、でも……)
こうして笑ってくれているほうが、よっぽど嬉しくて楽しい、と。不思議とどこか満たされていくような感覚に、キャンベルは知らず知らずのうちに穏やかな笑みを浮かべていたのだった。
そして、少しだけ笑いがおさまってきたらしいロボロフがふと、隣に座るキャンベルのその笑顔を目の当たりにして。一瞬、息を飲んだかと思えば。
「あ……」
例のごとくポンッという間抜けな音がして、次の瞬間には椅子の上にパサリと落ちる服たち。そうして少しの間を開けて、もぞもぞとそこから這い出てきた、白い毛並みのハムスター。
「……」
「……」
思わず、お互い無言で見つめ合ってしまうことしばし。
けれどその沈黙を破ったのは、当然のことながら。
「……触ってみても、よろしいでしょうか?」
その可愛い姿に耐えきれなくなった、キャンベルのほうだった。