6.ときめき
「……父上?」
思わず、といったふうに問いかけるロボロフの声に、ダルメン侯爵は口元を覆いながら。
「すまない、その……つい。私も息子のことを言えないほど、愚かだったな……」
そう、申し訳なさそうに口にした。
そんな様子を、ただジッと見つめていたキャンベルが、その大きなアイスグリーンの目を数回パチパチと瞬かせると。淡い桃色の唇を、そっと開いて。
「ロボロフ様、今のお話は本当なのですか?」
小さく首をかしげながら、問いかける。
キャンベルとしては、少々信じられないような不思議な気持ちでの発言でしかなかったのだが、その外見と相まってそれはそれは大変可憐に見えた。ただし、それを直視したロボロフがこの時感じたのは、胸の高鳴りなどではなく。
「っ……」
焦りや困惑ばかりで、気まずそうにキャンベルから顔をそらしただけだった。
そんな彼の様子を間近で見たことで、逆にそれが真実だったのだと確信を持ったキャンベルはあまりの驚きに声も出せないまま、自分から目をそらしてしまったロボロフの横顔を見つめるしかできず。そしてこの状況を作り出してしまったダルメン侯爵もまた、気まずそうに顔をそらしていたせいで、図らずも似た者親子なのだと示してしまっていたのだが。
(そんな……! まさか、ロボロフ様が、わたくしに……!?)
とはいえキャンベルからすれば、今はそれどころではなかったし。そもそも二人が血の繋がった親子であるということは重々承知していたので、今さらそれを改めて認識したところで何の意味もなかったのだ。
むしろここで一番うろたえていたのは、キャンベルの父親であるハロラーク侯爵だった。なにせ自分の娘の言動が、期せずしてダルメン侯爵家の二人から失言ともとれるような方法で情報を引き出しただけでなく、同時にこの微妙な雰囲気を作り出してしまったのだから。彼がどうにかしてこの空気を変えようとするのは、もはや必然だったと言わざるを得ないだろう。
「そ、そういうことだ、キャンベル。だからジャンガルが言ったように、婚姻後はお前に対して呪いは発動しなくなる。つまり、気にする必要はないんだ」
それが果たして、ダルメン侯爵家の二人に対して効果があったのかどうかは不明であるが。キャンベルの視線をロボロフから外すことには成功したので、少なくともこれで気持ちを持ち直すための猶予が与えられたのは確かだ。
「……そう、だったのですね」
「あぁ。だからほら、これで誤解も解けただろう? それに逆の立場で考えたら、自分の口からは少し言いにくい真実だとは思わないか?」
「それは……」
父にそう聞かれて、キャンベルは今初めて考えてみた。もしも自分が、ロボロフの立場だったのならば、と。
婚姻を結んでいない異性に対して、ときめきを覚えてしまうだけでハムスターの姿へと突然変わってしまう呪い。それを解決する手段も持たないまま、何も知らない婚約者と定期的に会わなければならないとなった時に、自らの口でそのことを伝えなければならないのは……。
「……確かに、少し恥ずかしいかもしれません」
「だろう?」
それは裏を返せば、あなたに今ときめいていますと伝えているようなものなのだから。
(いえ。ような、ではありませんね)
確実に、今あなたにときめきました、と。姿が変わるたびにそう伝えていることに他ならない。そうなれば真実を伝えた次からは、ハムスターの姿になった瞬間に相手にもそれが伝わってしまうということ。
「だから、ほら、その……なんだ。ちょっとした説明不足からの行き違いというか、だな。キャンベルなら、分かるだろう?」
必死に弁明のようなことを口にしているハロラーク侯爵は、娘に向けて同意を求めるようにグレーの瞳を向けているが、このとき彼はすっかり忘れていたのだ。自分の娘が、どういった性格をしているのかということを。
「はい、分かります」
そしてだからこそ、キャンベルがうなずいた瞬間、思わず安心してしまって。
「ですが、婚約者同士ですから。ときめくことは決して悪いことではありませんし、ロボロフ様が少しでもわたくしをそんなふうに見てくださっていたのであれば、むしろ嬉しいです」
「え……」
続く娘の言葉に、ハロラーク侯爵は口も目も開いたまま、しばらくの間言葉を失ってしまうことになるのだった。
「そもそもそういった理由だったのであれば、むしろ早く教えていただきたかったです。婚約者ですもの、仲を深めることは大切でしょう? わたくしのどういったところがロボロフ様に好んでいただけるのかを知る、とてもよい機会ではありませんか」
白い頬を、少しだけ赤らめながら。まんざらでもなさそうな表情でそう言い切ると、恥ずかしそうに「きゃっ」と言いつつ、その頬に両手を添えるキャンベル。
そんな乙女のような様子とは裏腹に、ハッキリと言葉にも態度にも表すという若干のちぐはぐさを感じたのは、なにもハロラーク侯爵だけではなく。ダルメン侯爵親子やその場にいた使用人たちも含め、全員が驚いたような視線をキャンベルに向けていたのだった。