第7話 ハルカ、魔道開眼
ハルカside
魔道の基礎中の基礎にして、必修の技能。魔力を感じる事。本来、魔道を学ぶ者は幼い頃から英才教育を受ける。
しかし、僕は魔道とは無縁に育ってきた上、既に十六歳。魔道を学ぶには遅い。だから、始めるのが遅い分は、邪道なやり方で補う。
眠りに就いた状態から、ナナさんの放つ魔力を感じ取り、戻ってくるという儀式。できなければ、そのまま死ぬという、極めて危険な儀式。しかし、今後を見据えれば、避けては通れない。かくして、儀式を受け、今に至る。それにしても……。
『何も無い空間だ……』
全方位、見渡す限り何も無い。完全な『闇』。地面すら無い。水中に浮かんでいるような感じだ。無重力状態か。幸い、息苦しいとかは無いし、上下左右の方向感覚は有る。
『航空機パイロットが恐れる空間識失調にならなくて、良かった』
空中での方向感覚を失う、空間識失調は怖いからね。それでパニックを起こしたら、もうどうしようもない。そういう意味では、冷静に判断できる今の状態はありがたい。しかし……。
『ナナさんは魔力を感じ取り、それを辿って戻ってこいと言っていたけど、何をどうしたら良いのか、全くわからないな……』
魔力を感じる為の儀式ながら、肝心の魔力がどういう物かわからない。どうしたら感じ取れるのかわからない。ナナさん曰く、魔力の感じ方は人それぞれ、十人十色らしいけど……。
『僕の場合、どういう風に感じるのかな?』
色? 音? 匂い? 肌感覚? もしかしたら、味かも? 色々候補を上げるけど、わからない。そもそも、魔力とはどういうものか見当がつかない。これでは、やる事の方向性すら定まらない。困ったな。
『それにしても、不思議な空間。息苦しくないし、地面を感じないけど、落ちる感覚も無い。何より、真っ暗なのに怖くない。むしろ落ち着くな』
どうしたら良いのかわからないけど、冷静に物事を考えられる精神状態であるのは、救いと言える。でも、このままでは詰みだ。自力で何とかしないと。そもそも、そういう儀式だし。
誰も助けてはくれない。頼れるのは自分だけ。できなければ死ぬだけ。
『…………とりあえず、目を閉じて集中してみよう』
見えないものを見る際の定番をやってみることに。どうなるかな? そう思ってやってみた。すると……。
流れを感じた。
目を開けると何も感じない。もう一度、目を閉じ、先程の『流れ』を意識する。
感じる。確かに『流れ』を感じる。例えるなら、水中で水流を感じるような……。もしかして、これが僕の魔力の感じ方なのかな? 確証は無い。間違っているかもしれない。しかし、他に当ては無い。
『…………流れを遡ってみよう。ナナさんが送り込んでいる魔力なら、それを遡ればナナさんの元に辿り着けるはず』
流れが有るなら、遡ればその源に辿り着くはず。そう考え、流れを遡ることに。幸い、水中を泳ぐ感じで闇の空間の中を進むことができた。流れを意識しながら、遡る。その源を目指して進む。必ず戻れると信じて。
……あれから、どれだけ時間がたったのか? 何も変化の無い闇の空間だから、時間感覚がわからなくなった……。
流れを感じ、それを遡って泳ぐ形で進み続けたものの、何の変化も無い。何か出口らしい物が見えるかと思ったんだけど……。やはり、間違っていたんだろうか? 不安に襲われる。
……落ち着け! こういう時こそ冷静にならないと。パニックを起こしたら、それこそ終わりだ。考えろ。考えるんだ。僕はこの儀式を受ける際にナナさんから言われた事を、一から考える。
………………そうだ。ナナさんはこう言った。
『私の魔力を感じ、それを辿って戻ってこい』
確かにそう言った。ナナさんは戻ってこいとは言ったが、出口が有るとは言ってない。出迎えるとも言ってない。
『単に魔力を感じるだけでは駄目。そこからプラスアルファがいるって事か』
ナナさんは言っていた。この儀式は邪道だと。単に魔力を感じるだけで終わりじゃないのか。ナナさん、こうもいっていたな。私は教師じゃない、と。一から十まで教えてはくれない。自分で考えろって事か。
魔力を感じる事はできた。つまり、魔力を扱う上での基礎中の基礎はできた。ならば、次は魔力を扱う。だけど、僕は魔道に関しては全くの素人。やり方がわからない。しかし、やるしかない。できなければ死ぬだけだ。それに不思議なことにできる気がした。
『僕の最も得意な属性は水。そこへ僕が一番慣れ親しんだ御津池神楽を組み合わせる。魔力を扱う上で大切なのはイメージとナナさんが教えてくれた』
まずは扇を出す。死神ヨミから貰った鉄扇をイメージすると、出た。やはりそうか。この世界は精神世界。イメージが形となり、力となる。続いては御津池神楽。その正体は舞に偽装した武術。そこへ水を従え、操り、使いこなす。手にした鉄扇に、水の魔力を集中させる。イメージするのは、獲物に飛び掛かる蛇の一撃。
『御津池神楽、蛇襲突!』
畳んだ状態の鉄扇による、突きの一撃を繰り出す。すると……。
本当に水の大蛇が出た!
ナナside
ハルカが眠って七時間経過。まだ起きる気配は無い。エーミーヤが持ってきたツナサンドとハムサンドはとっくに食べた。紅茶も空だ。
「…………やはり、駄目かね?」
そもそもが、強引なやり方。やはり時間は掛かれど、基本に忠実にやるべきだっただろうか?
「……いや、それは駄目だね。ハルカには下級転生者抹殺の任が有る。悠長な事をしている場合じゃない。しかし……」
ハルカは転生する条件として、下級転生者抹殺の任を受けた身。焦る訳にはいかないが、かといって、のんびりもしていられない。結果を出さねば、死神ヨミがどう出るかわからない。神からすれば、人間なんぞ、幾らでも替えの利く駒でしかないからね。……それをわからないバカが下級転生者。本当にバカだ。
「…………まだ起きてこないのかね?」
いつの間にか来ていたエーミーヤ。
「まだ起きないね」
「そうか。私としては、早く起きて欲しいのだがね。夕食を作るにも、人数が決まらないでは困る」
「確かに。二人分か、三人分か、決まらないと困るね」
エーミーヤも、エーミーヤなりに、心配しているらしい。基本的に冷淡な性格のこいつにしては珍しい。それだけハルカに対する評価が高いってことか。
「……全く、さっさと起きろってんだよ、このガキ」
相変わらず眠り続けるハルカ。……このまま起きずに死ぬのだろうか?
「私が言った言葉の裏を読めるかどうか。それが生きて帰るか、死ぬかの分かれ道」
私は私の魔力を辿って戻ってこいとは言ったが、出口が有るとか、出迎えるとは言ってない。この儀式は魔力を感じ、更には扱う為の儀式だ。魔力を感じたなら、更に一歩踏み出し、魔力を扱い、自力で脱出する。それがこの儀式の正体。邪道なやり方、荒っぽいやり方とは、こういう意味だ。
「ハルカ。魔力を感じたなら、そこから一歩でも良い。自分の足で踏み出してみせろ。それが魔力を扱う第一歩となる。……できなければ死ぬだけ」
幼い子供ならいざ知らず、あの子は既に十六歳。自力で何とかしてみせろ。できないなら死ね。『無能は死ね』が私のモットーだからね。
誰かが何とかしてくれるなんて、単なる甘えだ。世の中甘くない。……下級転生者は皆、甘ったれたクズばかり。自分は優秀、自分は正しい。周りは無能、周りが悪い。いつもこれだ。徹頭徹尾、自己正当化と他責思考。反省、改善という概念が根本的に無い。だから、何の成長も進歩も無い。これが下級転生者が生前からクズたる理由。
何度も言うが、どんなに凄い力を得ようが、クズはクズ。その腐り切った性根が変わらない限り、結局、同じ事の繰り返し。下級神魔に使い捨てにされて終わり。もしくは、抑止力がやってきて殺す。私でも抑止力は敵に回したくないからね。目を付けられないように気を遣ったもんさ。
下級転生者は、力、知識、技術が有れば、物事が上手くいくと考えているが、そんな訳ない。
人は機械じゃない。理論理屈通りに動くとは限らない。何せ、人は感情の生き物だからね。時には非効率、理不尽な事もする。だから厄介。
それがわからないから、下級転生者は皆、失敗、破滅する。要はバカ。
「あの子はそんなバカじゃないと思うけど……」
やはり、駄目なのか? そう思っていたら……。突如、魔力の高まりを感じた。ハルカからだ。って、この魔力は! 私はとっさに叫んだ。
「伏せろ!」
慌てて私とエーミーヤはその場に伏せる。正に間一髪。伏せた私達の頭上を水の大蛇が通り抜けていった。そして、トレーニングルームの壁を粉砕しやがった。危なかった……。なんて威力だい。このトレーニングルームはその性質上、極めて頑丈に作られている。その壁を粉砕するとは。
「……危なかった。久しぶりに死ぬかと思った。礼を言う」
「ふん。あんたに死なれたら困るからね」
さすがのエーミーヤも今回は肝が冷えたらしく、珍しく礼を言われた。で、肝心のハルカだけど……。
「……とりあえず、おはようございます」
起きたよ! ……状況がよくわかっていないみたいだけど。
「おはよう。よく起きてきたね。その分だと、今回の儀式の本質は理解したみたいだね。ま、でなけりゃ、起きられずに死ぬんだけど」
「はい。単に魔力を感じるだけではなく、そこから更に一歩踏み出す。魔力を扱う事。それが、今回の儀式の本質。そして、相手の言葉の裏を読む事も」
「御名答。私の言った言葉の裏を読む。それが今回の一番の要。私は私の魔力を辿って戻ってこいとは言ったけど、出口が有るとも、出迎えるとも言ってない。誘導はするけど、脱出は自力でやる。魔力を扱う事で、戻れる仕組みなのさ。とはいえ、ヒントも無しでよくわかったね。褒めてやるよ」
「ありがとうございます」
本当に大した子だ。ヒントも無しで脱出法に辿り着くとは。しかし、これから先を考えれば、この程度できないようでは困る。相手の言葉の裏を読めないバカに先は無い。
「ところで……なぜ、壁に大きな穴が空いているんですか?」
ここで、ハルカも壁に空いた大きな穴に触れてきた。まぁ、見りゃわかるしね……。この際だから、はっきり言うか。
「あんたが放った魔力で空いたんだよ。安心しな、弁償しろとは言わないから。不幸な事故って奴さ」
「すみません!」
ハルカの放った魔力で空いた穴だと伝えると、即座に謝られた。不幸な事故だし、何より、ハルカの魔力の強大さを知る事ができた。この程度の穴、すぐに直せるしね。
「ところでナナさん。すみませんが軽食か何か有りませんか? お腹が空いて……」
ハルカは、腹が減ったと。そりゃそうだ。七時間以上眠っていた上、水の大蛇を放つという大技まで使ったんだ。消耗が激しい。普通、初心者があれだけの大技を出せば、消耗の激しさから倒れてもおかしくない。
「それなら、エーミーヤに作らせた卵サンドが有るよ」
「少し待っていたまえ。ホットミルクも持ってこよう。今は、とにかく栄養補給が肝心だ」
これまで空気を読んで黙っていたエーミーヤが、ここで口を挟む。飲み物もいるね。それも栄養補給できる奴。
「ありがとうございます」
「すぐに用意してこよう。とにかく、今は休みたまえ。初めての魔力の行使は、かなりの負担が掛かるからな」
そう言って、キッチンに向かうエーミーヤ。さて、私もやるべき事をやるか。
エーミーヤがキッチンに向かったのを見送り、改めてハルカと話す。
「では、改めて。よくぞ、この儀式を乗り越えたね。これで、あんたは魔道の第一歩を踏み出した訳だ」
「ありがとうございます」
「礼には及ばないよ。できなけりゃ死ぬ、危険な儀式だった訳だし。本当によくやった。だけど、あんた怒ってないかい? 今回の儀式について。肝心要の脱出法については話してなかったからね」
私は気になっている事について聞いてみた。今回の儀式は、ある意味、ハルカに対する騙し討ちだからね。
「別に怒っていません。そもそもナナさんは言いましたよね。私は教師じゃないと。ここは学校じゃない。手取り足取り、一から十まで教えてはくれない。ヒントは与えてくれても、答えは自力で得ないといけない。それができない奴は死ね。そういう事だと考えています」
「……本当に大した子だよ、あんたは」
ハルカは私の問いに怒らず、冷静に答えた。普通なら、文句の一つも言うのが人情だろうに。恐ろしいまでの自制心。
さすがは上位転生者。物語の主人公気取りの下級転生者とは違う。ここは異世界。元いた世界の法など役に立たないとわかっている。一つ間違えたら、すぐに死ぬとわかっている。その上で生きていこうとしている。
ならば、私も師として、やる事をやらないといけないね。
「良い覚悟だ。そうでないといけない。あんたの言う通り、ここは学校じゃない。私は教師じゃない。親切丁寧に教えはしないし、できない奴は即座に切り捨てる。何度も言ってるけど、私のモットーは『無能は死ね』。というか、無能は駆逐されるのさ。現実は厳しくてね。まぁ、それがわからない無能が下級転生者な訳だ。あいつら、頭がおかしいからね」
「ゲームや小説の世界に来た。自分は主人公、他人は全てモブ。力、知識、技術が有れば全て上手くいく。そう考えている気狂いですからね。全く理解できません。したくもないですが。しかし、力だけは有る連中です。そして、奴らを抹殺できるだけの力が僕には必要なんです。下級転生者抹殺、それが死神ヨミとの契約ですから」
あくまで淡々とした物言い。しかし、その言葉には確かな重みが有った。繰り返すが、さすがは上位転生者。物語の主人公気取りの下級転生者とは違う。
奴らは現実を見ず、都合の良い妄想に生きるが、上位転生者は妄想を否定し、現実を直視する。そりゃ、下級転生者じゃ、上位転生者には勝てないわ。根本的な部分から違う。
ハルカも自身の置かれた現状を理解している。転生できたのは、死神ヨミとの契約故。だからこそ、契約を果たさなければ、死神ヨミがどう出るかわからないという事も。無能と見なされたら、冥界に戻されるかもしれないしね。神にとって、人間なんぞ、その程度の存在でしかない。
最近、神が手違いで死なせたから、お詫びに特典を与えて異世界転生するって作品が流行りだけど、そんな事は断じて無い。上位存在である神が、たかが人間なんぞという下等生物に謝罪なんかするものか。謝罪に見せかけた詐欺だよ。そんな見え透いた詐欺に引っ掛かるバカが、下級転生者。
そうこうしている内に、エーミーヤがホットミルクを持ってきた。
「待たせてすまない。ホットミルクだ。砂糖と私特製の疲労回復に効くスパイス入りだ。熱いから、気をつけて飲みたまえ」
「ありがとうございます。いただきます」
ハルカはそう言ってホットミルク入りのマグカップを受け取り、ホットミルクを飲みつつ、卵サンドを食べ始める。そして、すぐに食べ終わった。相当、腹が減っていたらしい。魔力の行使はとにかく消耗が激しいからね。その辺の加減は経験を積むしかない。努力と経験。それが強くなる為の必須条件。どんなに素晴らしい原石も、磨かなければただの石。さて、ハルカはどんな輝きを見せてくれるのかね?
「ふぅ。ごちそうさまでした」
「おそまつさま。で、儀式の成果の方はどうだったのかね?」
卵サンドとホットミルクを平らげ、ようやく人心地付いたらしいハルカ。そこへ、エーミーヤが儀式の成果について聞いた。確かにそこが一番肝心。果たして、ハルカは何を得たのか?
「そうですね。儀式前は魔力を感じる、扱うと言われても、どうにもピンと来なかったんですが……。精神世界の中で、初めて魔力を感じ、そして発動させた時、何かがストンと自分の中に落ちたような感じがしました。理論、理屈ではなく、感じたんです。ある意味、自転車に乗れるようになる感じでしょうか。そういう感じです。まぁ、実際に見せた方が早いですね」
エーミーヤの問いにそう答えたハルカは、右手の人差し指を立てる。すると、その先に小さな水の玉が現れる。全く形を崩さず、安定した水の玉。大したもんだ。
普通、魔道の初心者は魔力を発動しても、不定形のモヤみたいなのしか出せない。それが、いきなり水の玉を出せるか。それだけでも上出来なんだけど……。
「更にここから……」
ハルカはそう言うや、水の玉を更に変化させた。それは水の蛇。まるで生きている蛇のように動き、ハルカの周りの空中を舞う。正直、言葉が無かった。なんて子だい。初心者が形有る魔力を扱えるだけでも大したもんなのに、更に蛇を形作り、それをここまで見事に制御してみせるとは……。改めて、恐ろしい才能だと思う。これが上位転生者か。下級転生者とは次元が違う。
「どうでしょうか?」
ハルカが感想を聞いてきた。ハルカの恐るべき才能に言葉が無かったが、ちゃんと答えてやらないと。
「大したもんだ。普通、初心者が魔力を扱っても、不定形のモヤみたいなのしか出せない。それをあんたは、水の玉から、蛇を作り出し、自在に操作してみせた。本当に大したもんだよ」
「私からも称賛の言葉を贈ろう。見事だった。だからこそ、この言葉も贈ろう。『いい気になるな』」
私は素直にハルカを褒めたが、エーミーヤは、称賛しつつ、釘も刺した。
「忠告、痛み入ります」
ハルカもまた、その忠告を素直に受け入れた。確かにハルカは、危険な儀式を乗り越え、魔道開眼を果たした。優れた才能も見せた。だが、あくまで、魔道の第一歩を踏み出したに過ぎない。
ハルカもそれがわかっているからこそ、エーミーヤの忠告を受け入れた。……下級転生者じゃ、こうはいくまい。あいつら、自分は最強、絶対正義と思い込んでいるからね。他人の忠告、警告なんか絶対に聞かない。で、最終的に破滅する訳だ。バカが。身の程を知れってんだよ。
ともあれ、ハルカは儀式を無事、乗り越え、魔道の第一歩を踏み出した。まだ、第一歩に過ぎないが、それは大きな第一歩。第一歩すら踏み出せずに終わる奴も多いからね。
『これがあんたの始まりの第一歩。そして……私の終わりに至る第一歩な訳だ』
「? ナナさん、何か言いました?」
「いや、何も。さ、早いとこ飯にしよう。腹減っただろ? 今回は相当、消耗したはず。卵サンドとホットミルクだけじゃ足りないからね。エーミーヤ! さっさと飯の支度をしな! 大至急だよ! 今回はハルカが魔道開眼した記念だ、ハルカの食べたい物で!」
「言われるまでもない。大至急、夕食の支度をしよう。何が食べたいかね? お嬢さん」
「……そうですね。ハンバーグが食べたいです。半熟目玉焼きを乗せて、デミグラスソースをかけて」
「了解だ。大至急作ろう」
ハルカが魔道開眼した記念すべき日だ。そのお祝いに今日の夕食はハルカの食べたい物にしよう。エーミーヤにそう言い、ハルカも食べたい料理を告げる。そして、キッチンに向かうエーミーヤ。今日は本当に良い日だ。
???side
「いやはや、実にくだらない。『英雄がいないから、英雄を作る』。本当にくだらない計画ですな。狐月斎殿が聞いたら、鼻で笑うでしょうな。ま、今となっては、全て終わったこと」
某の名は朧 狂月。しがない刀匠の端くれ。人は、某を『妖匠』などと呼びますが、某はそんな大それた者ではありませぬ。たかが大業物をコンスタントに打てるぐらいで。
そんな、しがない刀匠の某ですが、時々、冥界の支配者である死神ヨミから依頼をされる事が有りまして。某はあくまで刀匠。余計なことにかかわりたくないのですが、死神ヨミからの依頼は報酬が良いですからな。多少、時間を割いても受ける価値は有ります。
で、今回の依頼ですが、地上で好き勝手している下級神魔及び、その眷属の抹殺。聞けば、地上の者達に『祝福』を授け、眷属という名の手駒にし、勝手なことをしている。挙げ句、とある神が『英雄』を作り出そうとしている。その為に、壮大な茶番劇を企んでいると。死神ヨミ曰く、『英雄を作る、など断じて認められない。企んだ神、作り物の英雄、その関係者全て抹殺すべし』。
某はその依頼を二つ返事で引き受けました。某は思うのです。英雄とはなろうとして、なるものではない。ましてや、ならせてもらうものでもない。
結果的になってしまうもの
神の仕組んだ茶番劇で作られた、まがい物の英雄など、某は断じて認めませぬ。
……ま、本物の英雄も最終的に破滅しますがな。
勇者、英雄、聞こえは良いですが、その実態は、危機には重用されるが、危機が去れば途端に掌返しを食らい、処分される存在。要は使い捨て。
ぶっちゃけ、勇者、英雄とは破滅フラグでしかないのです。実際、世界各地の英雄譚の結末は基本的に破滅、死ですからな。
……例外と言えば、かつて某の元に来た天才軍師の青年。主君が天下取りを果たしたのを見届け、表舞台から姿を消した。
わかっていたのでしょうな。天下取りを成すまでは自身は必要とされるが、天下取りを果たした今、もはや、自身は不要。それどころか、邪魔だと。主君は誰より、彼の頭脳の優秀さ、敵に回した際の恐ろしさを知っていますからな。必ず、自身を殺しに掛かると。だから、その前に、自ら姿を消した。
ちなみに、天下取りを果たした主君ですが、その天下は十年ともたずに崩壊しました。ま、よく有る話ですな。所詮、成り上がり者はその程度。
さて、依頼は果たしましたし、帰るとしましょう。と、その時でした。何者かが、某の右足首を掴みました。おや、まだ生きている者がいましたか。誰かと思えば、今回の抹殺対象の一人。英雄となるべく選ばれた少年でした。ふむ、英雄となるべく選ばれただけにしぶとい。
「……なぜ……こんな…事……を……」
そう言いたくなる気持ちはわからなくもないですな。何せ、世界丸ごと滅ぼされた訳ですし。しかし、仕方ない。この世界の住人達は腐り切っていた。神からの『祝福』が絶対。『祝福』を与えられていない者は全てクズ。
愚かな。何が『祝福』か。そんな物は祝福と言いませぬ。それは『呪縛』。
『祝福』。その実態は神による『支配』。ある程度の力を与え、その一方で、その者の成長を支配、管理。一度『祝福』を受けたら、どんなに努力、修行をしても、成長はしない。神の『許可』を得なければ、永遠に変わらない。恐ろしい事です。
この世界の神魔はかつて、人間と争い、最終的に勝ったものの、深手を負わされた過去が有ります。だからこそ、奴らは人間に対し、徹底的に刷り込んだ。
『神が絶対。神の『祝福』が無ければ、人間は何もできない。故に、人間は神に従え』
その結果が、今の腐り切った世界。神の玩具に成り下がった、くだらない人間ばかりの世界。英雄がいない? 単なる自業自得でしょう。
で、今回、英雄となるべく選ばれた、線の細い、銀髪碧眼の美少年。まだ十代前半とか。選んだ神の悪趣味ぶり全開ですな。彼は、既に致命傷を負い、死にゆく中、なぜ、こんな事をしたのかと、最後の力を振り絞って某に問いました。ふむ、死にゆく者への手向け。答えてあげましょう。
「簡単な事ですな。この世界は腐り切った。もはや存在価値が無い。故に処分。それだけのこと。恨むなら、神魔に踊らされた愚かな自分を恨むのですな。某からの情。終わらせてあげましょう」
苦しみを長引かせるのも気の毒ですからな。某は愛用の長柄の槌を振り上げると、一気に振り下ろし、少年の頭を粉砕、即死させました。
「……来世は下級神魔に踊らされぬことですな」
はっきり言って、彼も被害者。下級神のくだらない計画のせいで、人生を狂わされた。彼の来世が良きものとなることを願い、合掌。
「さて、今度こそ帰りますか。狐月斎殿に頼まれた、お弟子さんの小太刀も打たねばなりませんしな」
某の古い友人。夜光院 狐月斎殿。数年前に弟子を取りまして。これがまた、非常に優秀な弟子で、ぜひ、某に弟子の為の小太刀を打って欲しいと頼まれましてな。
身の程知らずの下級転生者なら相手にしませんが、他ならぬ狐月斎殿の頼み。そして、狐月斎殿が選んだ弟子ならば、某も打とうという気になるもの。何せ、狐月斎殿の弟子。その時点で実力はお墨付き。
「久しぶりに、大仕事になりそうですな」
魔力を感じる為の儀式。その実態は、魔力を感じ、扱う為の儀式。言われた事だけでなく、その裏を読むのが目的の儀式でした。
ヒントは与えるが、答えは教えない。自分で考えろ。それがナナさんのやり方。本人も、私は教師じゃないと言っています。
ハルカもまた、その事を理解し、自力で儀式を乗り越え、魔道開眼を果たしました。
実は、水の大蛇を放つなどと大技を使わなくても、魔力を発動できれば、儀式は合格でした。でないと、周囲の被害が甚大ですし。ともあれ、ハルカは魔道の第一歩を踏み出した訳です。
……ナナさん曰く、私の終わりの第一歩でもあると。
その頃、どこかの世界が終わりました。あまりにも腐り切ったが故に、存在価値無しと見なされ、『抑止力』が派遣されました。
朧 狂月。『妖匠』の異名を取る、刀匠。大業物をコンスタントに打てるという名工にして、恐るべき実力者。たった一人で、神の『祝福』を得た者達を殲滅し、世界を終わらせた。
狂月曰く、『祝福』の正体は『呪縛』。神による人間の成長の支配、管理。人間が神に迫る、神を超えるような力を得る事を阻止する為の物。
まず飴として、ある程度の力を与え、その後の成長を阻害。成長するにしても、神の許可が必要かつ、その成長は神が自由に設定できる。そうやって、神に都合の良い駒に仕立て上げる。
ま、最終的に死神ヨミの怒りを買い、『抑止力』を派遣され、世界丸ごと滅ぼされる羽目に。
結論。つまらない欲や野心は身を滅ぼす。
そもそも、英雄とは作る物でも、ならせてもらう物でもない。結果的になってしまう物だと、作者は考えています。
もっとも、英雄の末路は破滅というのも、相場ですが。ヘラクレス、ジークフリード、クー・フーリン、皆、最期は破滅。英雄とは破滅フラグでしかない。ちなみにハルカはそれを分かっているので、英雄願望は有りません。死にたくないので。
これを読んでいる貴方に問います。それでも英雄になりたいですか?
次回、水蛇と氷狐