第4話 ハルカ、異世界生活のスタートを切る
異世界転生二日目、朝。
ハルカside
朝、起きたら、目の前におっぱいが有った。何を言っているのかと思われるだろうし、僕自身、何を言っているのかと思った。夢か幻覚か何かの見間違いかと思い、触ってみたら……。
…………とりあえず、素晴らしい感触だったとだけ。
そして気付いた。僕にも有る!! ……そこで思い出した。そうだ、僕は事故に遭って死んで、異世界に転生したんだ。
……信じられないような事だけど、間違いない。全て事実。僕は冥界の支配者、全ての魂の管理者である死神ヨミとの取引により、下級転生者抹殺の任と引き換えに、異世界に転生。『名無しの魔女』と名乗る女性の元に送り込まれた。そして彼女に弟子入りしたんだ。
で、昨日は添い寝してもらったんだっけ。……昔から、眠れない時は母さんに添い寝してもらっていたから……。だから、朝一におっぱいを見た訳か……。
見れば、僕の師匠。『名無しの魔女』改め、ナナさんはまだ寝てる。……やっぱり綺麗な女性だな。魔女だと言っていたけど、世間一般の魔女のイメージ。不気味な老婆とはかけ離れているな。そうじゃなくて良かった。そういう点では、僕をここに送り込んだ死神ヨミに感謝。
時計を見たら、午前五時半。普段が午前六時起きだから、少し早い。
……寝直す気にもなれないし、せっかく起きたんだ、シャワーを浴びて着替えよう。昨日脱いだパジャマと下着は畳んで置いていたから、それを着て一階の浴室に向かう。今日から、勉強と基礎鍛錬が始まる。頑張らないと。何せ、役立たずと判断したら、即、追い出すと言われているし。
ナナside
「……行ったね。しっかし、いきなり胸を触るかね? まぁ、寝起きだし、頭がはっきりしていなかったんだろうね。まぁ良いか。別に減るもんでもなし」
実は起きていた私。私クラスの実力者ともなれば、睡眠、食事を摂らずとも生きていける。だからオンラインゲームにおいて、無双ができるのさ。今回はハルカに合わせて寝たけどね。あの子はまだ、そこまでの域には達していないし。
「さ〜て。今日のスケジュールを考えるとするかね」
寝直す気にもなれないので、今日のスケジュールを考える。初弟子相手の初修行だからね。しっかり考えないと。
今までは自分だけだったから、やりたいようにやってきたけど、弟子を取ったからには、そうはいかない。ましてや、ハルカは底知れぬ才能を持つ逸材。そんな逸材をあっさり潰したら、私は魔女界の笑い者だ。
「まずは文字、言語から始まって、世界地理、歴史、文化といった一般教養。午後からは、あの子の適性を見た上で、それに合わせた基礎鍛錬メニューを作るか」
ハルカは才能は有れど、素人。いきなり本格的な戦闘をやれなんて言えない。私は根拠の無い精神論を振りかざすバカじゃない。そんなもん、単なる時間の無駄。効率良くやらないとね。そこで、ハルカが来たときから気になっていた事が。
「あの子、こっちに来た際、真っ裸だったけど、なぜか、『鉄扇』を持っていたね。それも風の魔力持ちの魔扇。あの時は状況が状況だったから、あえて触れなかったけど。……あの子が生前の品を持ち込んだとは思えないし、やはり、死神ヨミが持たせたんだろうね。そんなもんより、服を渡せっての!」
とはいえ、死神ヨミが無意味に鉄扇を持たせるはずがない。護身用として持たせたと考えるのが妥当。しかし、普通、護身用に持たせるなら、短剣辺りが定番。なのに鉄扇。……死神ヨミなりの思惑なり、何なり、有るんだろう。
「後でハルカに話を聞いた上で、見せてもらおう」
後でハルカに詳細を聞くと決める。今後の育成計画の為にも、しっかりハルカの情報を把握しておかないといけないからね。
「とりあえず、私もシャワーを浴びてくるかね。それから、ハルカの為の教材をあちこちから引っ張り出さないとね。……師匠も大変だ」
師匠になった以上、今までみたいにはいかない。きちんとやるべき事をやらないとね。空中からナイトローブを取り出し羽織ると、どこに何をしまったか思い出しながら、浴室へ。
エーミーヤside
私の名は、エーミーヤ。しがないブラウニーさ。家事代行業をしていてね。依頼を受けては東西南北駆け巡る日々。
で、今回、旧知であり、上得意先の一人である『名無しの魔女』から、半月、専属で雇いたい。報酬は通常の三倍出すとの依頼。これは何か有るな? と思い、報酬四倍をふっかけてやったら、何と、その条件を呑んだ。普段なら、絶対にない。
面白そうだった事も有り、他の顧客達には悪いが、依頼をキャンセルして、『名無しの魔女』の屋敷へと向かった。
すると屋敷には、見知らぬ銀髪碧眼の若く美しいメイドのお嬢さんがいるじゃないか。やれやれ、また、いつもの悪趣味が出たかと思ったら、違った。
驚いたことに弟子を取ったと。銀髪碧眼のメイドのお嬢さんがそうだと。お嬢さんはハルカ・アマノガワと名乗った。しかも上位転生者だそうだ。
つくづく驚かされる日だ。あの『名無しの魔女』が弟子を取り、しかも、その弟子は上位転生者。このような事が有るものか。事実は小説より奇なりとはよく言ったものだ。
その後、夕食の準備となったのだが、お嬢さんは手伝いを申し出た。早くキッチンに慣れたいからと。異世界転生などという大変な体験をしながら、早くも異世界に慣れようとしている辺りは好感が持てる。実際、お嬢さんの調理の腕前は素晴らしかった。本当に大したもの。
……しかし、あの『名無しの魔女』が弟子を取るとはね……。魔女にとって、弟子取りは生涯一度だけ、一人だけと定められた、極めて重要事項。彼女の性格からして、弟子取りなどしないと思っていたがね。
などと考え事をしながら、朝食の準備を進めていたら、お嬢さんがやってきた。
「おはようございます、エーミーヤさん。早いですね」
「おはよう、お嬢さん。よく眠れたかね? まぁ、早いのは仕事柄ね。とりあえず、席に着きたまえ。じきに朝食ができる」
まずはお互いに、朝の挨拶。
「手伝いましょうか?」
「いや、もうできるから、構わないよ。その気持ちだけで十分。何より、君は今日から魔女修行が始まるんだ。しっかり食べて、今後に備えたまえ。言っておくが、君の師は甘くない。あれは無能が大嫌いだ。君が結果を出せなければ、即座に切り捨てる。覚悟しておきたまえ」
お嬢さんが朝食の支度の手伝いを申し出てくれたが、気持ちだけ受け取る。彼女は自分が客人でないことを理解した上で、早くこの世界に慣れようと努力している。さすがは上位転生者。主人公気取りの下級転生者共とは雲泥の差だ。あの連中は、何より努力が嫌いだからな。そんなのだから、負け組だというのに。まぁ、それはそれとして、今朝のメニューだ。
「さて、今朝のメニューだが、昨日のカレーが残っていたから、それとトーストにサラダとポタージュスープ。以上だ」
「ありがとうございます。本来なら、僕の仕事ですが、準備期間中はよろしくお願いします」
朝食のメニューを話すと、素直に感謝するお嬢さん。本来なら、自分の仕事ですが、準備期間中はよろしくお願いしますと。
「任せたまえ。その代わり、君は準備期間中はしっかりと学ぶことだ。でなければ、君の師が私を雇った意味が無い」
「はい、頑張ります」
「期待しているよ」
実際、期待している。滅多に現れない上位転生者にして、あの『名無しの魔女』が弟子に取った逸材。計り知れない才能を秘めた新人。この先どうなるのか、見届けたいものだ。
「ところでお嬢さん、君の師はまだ起きてこないのかね?」
「そういえばそうですね。起こしてきます」
いつまでたっても『名無しの魔女』が来ないことに触れ、お嬢さんが起こしにいくと言ったが、ちょうどその時ドアが開いて、本人登場。
「もう来てるよ。おはよう」
噂をすれば影がさす、か。これで全員揃ったな。
「おはようございます」
「おはよう。私は君が弟子を取ったことを忘れて、寝ているのかと思っていたよ。これは失礼なことをしたな」
「その発言自体が失礼なんだよ! この野郎!」
弟子を取ったことを忘れて寝ているのかと思ったと言ったら、怒る『名無しの魔女』。怒るぐらいなら、普段からそう思われないようにしたまえ。
「さ、全員揃ったことだし、朝食にしよう」
「勝手に仕切るんじゃないよ!」
「まぁまぁ、ナナさん」
とにかく全員揃ったのだ。冷めない内に朝食にしよう。
ハルカside
朝食の席。テーブルの上には、カレートーストとサラダとポタージュスープ。ちなみにカレートーストは三種類。普通の奴。チーズを乗せて焼いた奴。目玉焼きが乗っている奴。
「昨日のカレーが残っていたのでね」
「手抜きだね」
「文句が有るなら、君が作りたまえ」
昨日のカレーが残っていたからと話すエーミーヤさんに対し、手抜きと噛み付くナナさん。文句が有るなら、君が作りたまえと言い返すエーミーヤさんと、朝から険悪な空気。これはいけない。これ以上悪化する前に止める。
「朝から喧嘩しないでください。ほら、食べましょう。今日からやる事が色々有るんですから」
「……確かに。これは失礼」
「……まぁ、仕方ないね」
幸い、二人共、引き下がってくれた。変にこじれなくて良かった。で、朝食を食べながら、ナナさんから、今日の予定について語られた。
「今日の予定だけどね。午前八時から、大広間でやるよ。午前は、一般教養。今日は異世界生活における基本の心構え。それから、基本の言語。文字の読み書き。午後からは、実戦に向けての基礎鍛錬、及び、実戦知識と技術を学ぶ。まずは、あんたの適性を見極め、それから合う内容を決める」
「わかりました」
いよいよ始まる、異世界生活。しっかり学び、きっちり身に付けないと。改めて気を引き締める。結果を出せなければ、ナナさんに追い出されてしまう。それにしても……。
異世界生活における基本の心構え、か。
明らかに含みを持たせた言い方だったね。とりあえず、今は朝食。
午前八時、大広間。既にそこには授業の準備が整えられていた。教壇にホワイトボード。そして、机と椅子。机の上には筆記用具とノート。席に着いて待っていると、ナナさんがやってきた。
「待たせたね。教材を持ってきたから、受け取りな」
ナナさんから数冊の本を受け取り、席に戻る。
「まずは始める前に。はっきり言って、私のやり方は我流だ。学校の教師みたいな教え方は期待するんじゃないよ。私は魔女で、教師じゃないからね。あと、できない奴は切り捨てる。私のモットーは『無能は死ね』だ。覚えときな」
「はい」
授業開始前にナナさんからの事前説明。できない奴は切り捨てるとはっきり言われた。そして私のモットーは『無能は死ね』だと。ナナさんはあくまで魔女。正義の味方じゃないと痛感する。この人、無能と判断したら、一切、躊躇なく、僕を切り捨てる。頑張らないと。
「それじゃ、始めるよ」
「はい。よろしくお願いします」
かくして、異世界での初授業が始まる。
「まず、教えるのは、異世界生活における基本の心構えだ。こいつは基本中の基本。同時に極意中の極意でもある。これをわからない奴は、異世界に来てもすぐ死ぬ。ハルカ。よく聞くんだよ。そして、しっかり覚えときな」
「はい!」
僕はこの時ナナさんから言われた言葉を、生涯忘れず、心に刻み込むこととなる。
『この世界は現実だ。アニメ、漫画、ゲーム、小説といった、フィクションの世界じゃない。理想郷でも楽園でもない。あんたは主人公じゃない。当然、主人公補正なんて御都合主義は無い。コンティニューやリセットも無い。都合の良いバグや裏技も無い。死ねば終わり。あんたは転生者だけど、それは例外中の例外。転生は一度だけ。次は無い』
……のっけから、強烈な内容が来た。しかし、正論だ。否定できない。
更に、転生は一度だけ。次は無いとも言われた。
「ありがたいお言葉、痛み入ります。しかと心に刻み込みます」
非常に強烈な内容だけど、一字一句、心に刻み込む。ここは、異世界。元いた世界の法など、何の役にも立たない。
「良い返事だ。この教え、絶対に忘れるんじゃないよ。バカは自分はアニメやゲームの世界に来た。自分は主人公だ。なんて思い込んで、無茶苦茶した挙げ句、死ぬ」
やはり、異世界は厳しい。油断したら、あっさり死んで終わる。そんなにあっさり死んでたまるか!
「そもそもだ。アニメやゲームといった、フィクションの世界に来た。なんて考えること自体が、バカ。なぜかわかるかい? ハルカ」
ここで僕に質問を振ってきたナナさん。この程度わからないバカなら、いらないという事か。実際、楽勝。
「それはそうでしょう。アニメやゲームは全て、フィクション。架空の物語。つまり、存在しません。存在しない世界に行ける訳ないです」
ゲームや、小説の世界への転生物。僕の元いた世界でもよく見かけたけど、ありえないと思っていた。異世界なら、可能性が有るかもしれないけど、フィクションの世界は最初から存在しないんだから。異世界とフィクションの世界をごっちゃにしてはいけないと思う。
「御名答。あんたの言う通り。異世界は存在するけど、フィクションの世界は存在しない。所詮は架空の物語。ぶっちゃけ『嘘』なんだからね。だから、『原作知識で無双! 楽勝♪』なんて事はできないよ。下級転生者のバカ共の定番だけど、すぐに現実の非情さに潰されて終わってる」
「下級転生者って、本当にバカなんですね。フィクションの世界は存在しないという、当たり前の事がわからないなんて」
「だから、使い捨ての下級転生者なのさ。優秀なら、上位転生者になれる。クズは所詮、クズ。クズはおとなしく、地べたを這いつくばって、私やあんたみたいなエリートの踏み台やってりゃ良いんだよ」
ナナさん、本当に無能には容赦ないな……。
「後、異種族転生はまともな感性の持ち主なら、とても耐えられない。蜘蛛やら、スライムやらに転生した奴がいたけど、全員、気狂い。平気で虫やら、死体やら、生きた人間さえ食っていたよ。あんた、虫やら、死体やら、生きた人間やら、食えるかい?」
「無理です」
「ま、それが普通だね。そういう意味でも、死神ヨミは良い仕事をしたよ」
良かった。銀髪碧眼美少女に転生して、本当に良かった。それにしても、下級転生者は狂っているな。異種族転生したとはいえ、虫やら、死体やら、挙げ句、生きた人間まで食べるなんて。完全に化け物に成り果てている訳か。恐ろしい。
「では、次行くよ。そうだね、転生者について話そうか。あんたも転生者だしね。転生者は二種類。上位と下級。で、あんたは上位な訳だ。そして、死神ヨミから、下級連中の抹殺の任を受けたと」
「そうです」
「転生者について、死神ヨミから何か聞いてないかい?」
「一応、下級転生者については説明は受けています。でも、上位転生者については聞いていませんね」
僕自身が転生者なこともあり、転生者についての話になった。転生者は二種類。上位と下級。その内、下級については死神ヨミから聞かされたけど、上位については聞いていない。名前からして、下級より上なのはわかるけど。
「そうかい。下級について知ってるなら、上位について説明するよ。本来、転生者とは、上位転生者を指す。こいつらは、良くも悪くも何か大きな役割を持って生み出される存在で、それだけに優れた奴が選ばれる。ただし、必ずしも正義の味方って訳じゃないからね。悪い奴、イカれた奴もいる。油断するんじゃないよ」
ナナさんから聞かされた、上位転生者についての事。良くも悪くも何か大きな役割を持って生み出され、優れた者が選ばれると。僕の場合は、下級転生者の抹殺の任を受けた訳だけど……。そんなに僕は優れているかな? 無能ではないつもりだけど……。
その一方で注意事項も。上位転生者は善悪両方いる。気狂いもいる。油断はならない。
「さて、前置きはこれぐらいにして、授業を始めるよ。最初は読み書き。手元の教本を開きな」
前置きが終わり、いよいよ授業開始。最初は読み書き。ナナさんが用意してくれたのは幼児向けの読み書きの本。良い選択。
「良い教本ですね」
「……怒らないんだね。幼児向けの教本なんて馬鹿にしてんのか! ぐらい言うかと思ったんだけどね」
幼児向けの教本を使うことに僕が怒らないことが、ナナさんには意外だったらしい。
「むしろ、良い選択だと思います。読み書きの基本を学ぶんですから。いきなり専門書を出す方が問題です」
「よくわかっているようで結構。やりやすくて助かる。じゃ、最初のページを開いて。この世界における、共通文字。コモンワードだ。これの読み書きさえできれば、どこに行ってもどうにかなる」
ナナさんに言われ、教本の最初のページを開く。文字一覧表になっている。この世界における、共通文字。コモンワードだそうだけど……。アルファベットに見える。文法は英語に近いな。
試しに読んでみる。
「エー、ビー、シー……」
「初めてにしちゃ、上手いね」
「このコモンワード、僕の世界の文字に似ていまして。これなら、早く覚えられます」
発音まで似ている。不思議だ。でも、それ以上に不思議な事が有る。
「そもそも、なぜ、言葉が通じているんでしょう? 異世界ですよ?」
これは、ここに来た時点から思っていたこと。外国どころか、異世界。なのに、なぜか言葉が通じている。……ありがたいけど、不思議。すると、ナナさんが答えてくれた。
「死神ヨミの仕業だろうね。あんたが転生する際に、翻訳能力を付けたんだろう。せっかく送り込んだ転生者が、言葉が通じなくて役に立たないでは、困るだろうし」
死神ヨミが転生時に翻訳能力を付けたんだろうと。確かに、せっかく送り込んだ転生者が、言葉の壁に阻まれ、役に立たないでは困る。
「とりあえず、読み書きをみっちりやるよ。いずれ、古代文字や、古代言語も教えてやるから」
とりあえず、今は基本の読み書き。元の世界の英語に似ているけど、同じではない。似て非なるもの。きちんと覚えないと。
それから時間は進み、地理、歴史についての話になった。
「この世界には大陸が四つ有る。東の扶桑大陸。西のエウトース大陸。南のロピルカ大陸。そして北の極地に有る、北極大陸だ。この内、人が住んでるのは、扶桑、エウトース、ロピルカの三つ。一番大きいのはエウトース。次に扶桑、ロピルカ、北極だ」
ホワイトボードに貼り付けた世界地図を指差しながら、説明するナナさん。当然、元の世界とは違う。この世界、北極に大陸が有るんだ。
「で、私達が今いるのがここ。かなり北極に近い所にいる。この辺りは海流が激しい上、岩礁も多い、海の難所でね。まず、誰も来ない。しかも、この島は霊脈の集まる……あ、霊脈ってわかるかい?」
「わかります。大地のエネルギーの流れとかですよね? 更に、そのエネルギーが集中する要が有るとも聞いた事が有ります」
「理解が早くて助かるよ。その通り。この島は霊脈の集まる地で、屋敷の建つこの場所こそ、霊脈の要なんだ。おかげで、この屋敷内は豊富な魔力に満ちている。その魔力を使い、各種施設を運用しているし、この屋敷内で休めば、魔力の回復も早いのさ。魔道の使い手にとって、極めて価値の高い場所なんだ」
僕が今いる所はかなり北極に近い、北の孤島。にもかかわらず寒くないのは、ナナさんが島全体に結界を張って気候を調整しているからだそうだ。更にこの島は霊脈の集まる地であり、屋敷の建つこの場所こそ、霊脈の要。魔道の使い手にとって、極めて価値の高い場所だと。
「さて、一番近い、エウトース大陸について話そうか。ここは東西南北、四つの大勢力を中心に、幾つもの小国が存在している。四つの大勢力は、東の龍華帝国。西のアルトバイン王国。南のバニゲゼ通商連合。北のルコード教国」
世界地図を指差し、説明するナナさん。それを聞きながら、せっせとノートを取る。
「私が比較的よく行くのが、南のバニゲゼ通商連合。通称、『連合』。ここは厳密には国家じゃない。通商ギルドの集合体。しかし、その経済力は世界一。だから、誰も文句は言えないのさ」
「お金の力って凄いんですね」
「そうだね。平時において、金は無類の強さを発揮する。実際、連合じゃ、金こそ全て。金さえ払えば何でも買える。金になるなら、何でも売れる。良かったね、ハルカ。私の元に来て。連合に来てたら、速攻で売り飛ばされてたよ。あんた程の上玉なら、さぞかし高く売れるだろうしね」
ナナさんから聞かされた、南の大勢力。バニゲゼ通商連合。金こそ全ての、商業国家。金次第で何でもできる。しかし、恐ろしい国家だ。もし、僕が連合に来ていたら、速攻で売り飛ばされていただろうと。……人身売買もやっているのか……。本当にナナさんの元に来て良かった。
その後も、残り三勢力について聞かされた。領土拡大に執着し、度々、周辺国家と争っている、東の龍華帝国。三人の王子達を中心に御家騒動中の、西のアルトバイン王国。基本的に沈黙しているが、侮れない戦力を持つ、北のルコード教国。特に、国家元首の教皇直属部隊。護教聖堂騎士団は危険だと。
「まぁ、いずれ、世界各地に連れていってやるよ。最初は連合かね? 私と一緒なら、問題ない。世界一の経済大国だけに、娯楽に関しても世界一。面白いよ。この世の楽しみの全てがここに有るとさえ言われてるぐらいだからね」
いずれ、世界各地に連れていってくれると言うナナさん。異世界に来て、確かに不安は有るけれど、同時に見知らぬ異世界への興味も有る。見てみたい、知りたい、異世界の事を。その為にも、今はしっかり学ばないと。
「さて、次は歴史だよ。この世界で起きた出来事について話してやるよ」
「はい。よろしくお願いします」
歴史の授業も、実に楽しかった。群雄割拠の戦国時代。その中から、今の四勢力に繋がる流れ。欲望と権謀術数が渦巻く、壮大な人間ドラマだった。そして、それは今も終わってはいない。
「さて、そろそろ、昼だね。午前の授業はここまで。昼からは、実戦に向けた基礎鍛錬に入るよ。自分の命が掛かっているんだ。気合いを入れてやるんだよ? 基礎鍛錬といえど、下手したら怪我どころじゃ済まないからね?」
「……頑張ります!」
「よしよし。じゃ、昼飯だ」
ナナさんと一緒に、昼食を食べにダイニングへ。
ナナside
午前の授業が終わり、昼飯を食いに、ハルカと共にダイニングへ。やる気の有る、頭の良い子で助かる。
教えを凄い勢いで吸収するし、質問もガンガンしてくる。本人曰く、この世界について何も知らない以上、一刻も早く知らねばならないから、と。ハルカは異世界転生した事の恐ろしさをよくわかっている。異世界キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!! なんて浮かれる、下級転生者のバカ共とは違うね。事実、そういうバカ共は全員死んだ。現実は厳しくてね。ハルカにも言ったけど、クズは所詮、クズなんだよ。クズが力を得たぐらいで成り上がろうなんざ、片腹痛い。
さて、昼飯、昼飯。ダイニングに着いたら、ちょうどエーミーヤの奴がテーブルに料理を並べている所だった。
「おや、そろそろ昼食にしないかと呼びに行くつもりだったのだがね」
「そいつはすまなかったね。ちょうど昼時だからね。とりあえず昼飯にしようと思ってさ」
昼飯のメニューはオムレツか。それにサラダにライス、コンソメスープ。ハルカが卵料理が好きって言ってたからね。そんな訳で昼飯。
「初授業はどうだったかね? お嬢さん」
昼飯を食いながら、ハルカに初授業の感想を聞くエーミーヤ。
「はい。とてもやりがいが有ります。単なる勉強ではなく、実際に生きていくのに必要な事ですし、見知らぬ異世界の事を知るのは楽しいです」
「それは結構な事だ。頑張りたまえ。どこまでいっても、最後に頼れるのは自分だけだ。自己鍛錬を欠かさぬことが異世界で生き抜く秘訣。無能は淘汰されて、消えるだけだからな」
「忠告痛み入ります」
「君は素直で良いな。君のような相手ならば、私も助力は惜しまん。何か有れば言いたまえ。力になろう」
こりゃ珍しい。滅多に他人を褒めない、皮肉屋で守銭奴のエーミーヤが助力を申し出るとはね。それだけハルカがよくできた子だってことか。
「ところで『名無しの魔女』。君から見て、お嬢さんはどうかな?」
今度は私に振ってきた。
「実に教えがいの有る、優秀な子だよ。砂が水を吸うように教えを吸収するし、質問もガンガンしてくる。気になる事、わからない事をそのままにせず、すぐに解決に掛かるね。良い事だよ」
「ふむ。優秀でやる気の有る教え子か。つくづく良い子だな、お嬢さんは」
「全くだよ。死神ヨミの奴、良い仕事をしたよ」
いきなり現れ、ハルカを送り込んできやがったが、結果としては、私はやりがいの有る事ができたし、ハルカは見知らぬ異世界での居場所を得た。お互いに万々歳。良い事ずくめだ。
「さて、ハルカ。昼飯を食ったら、しばらく休憩。午後一時から、五時まで、基礎鍛錬をするよ。まずは身体を作る。武術にしろ、魔法にしろ、身体に負担が掛かる。それに耐えられる身体を作るよ。良いね?」
「わかりました」
午後からの予定をハルカに伝える。午後からは、基礎鍛錬。何事も身体が資本。健康、健全な身体でなくては戦えない。そしてしっかりと基礎を学ばねば、応用などできない。
下級転生者のバカ共は、基礎を全くやらず、いきなり強大な力を振るうから、破滅する羽目になる。強大な力は、相応の負担が掛かるからね。最初の内は、下級神魔が与えた加護が負担を肩代わりしているが、それが切れたら終わり。死ぬ。所詮は、使い捨ての連中さ。そんな奴らが主人公気取りなんだから、救えない。ハルカの世界じゃ、知らぬが仏って言うらしいね。
さて、午後の内容はどうするかね? ハルカは戦いに関しては全くの素人だそうだし、いきなり組手は無理。とりあえず、基礎体力を作る方向でいくか。それと、戦い方の適性も見ないとね。得意、苦手属性も見ないといけないし。こりゃ、忙しいね。
午後からも、やる事は山盛り。優秀な弟子の才能を伸ばすのは師匠の務め。弟子が頑張る以上、師匠の私も頑張らないとね。
ハルカ、異世界生活二日目。
師匠のナナさんの元で、異世界について学ぶハルカ。まずは基本的な知識から。文字の読み書き、言語を学び、世界地理、歴史を学ぶ。異世界キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!! などと浮かれる馬鹿な下級転生者と違い、ハルカは異世界に来た事に対し、危機感を持っているので、一生懸命に異世界知識を学びます。真面目なので。そんな真面目で優秀なハルカにナナさんもご満悦。『無能は死ね』がモットーの人ですから。役立たずと判断したら、追い出すとは、本気で言っています。
エーミーヤの作った昼食を食べて休憩したら、午後からは基礎鍛錬。何事も身体が資本。ナナさんは、戦いに関しては全くの素人なハルカの為に、鍛錬の内容を考慮中。
次回、ハルカ、初の鍛錬