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第3話 魔女見習い ハルカ・アマノガワ

 あのさぁ、死神ヨミ。確かに私は、あんたの創った上位転生者を受け入れるとは言ったよ?


 でもね、送り込み方ってもんがあるだろうが! 雑な仕事しやがって!


 まさか、素っ裸の銀髪碧眼美少女に正面衝突されるとは思わなかったよ。しかも、銀髪碧眼美少女のその、何だ、股間の、女として一番大事な所を私の顔面に直撃という、色々な意味で衝撃的な出会いを果たす羽目に。


 死神ヨミ。せめて服ぐらい着せるなり、持たせるなりしろ。……なぜか鉄扇持ってるけど。ただの鉄扇じゃないね、風の魔力を感じる。魔扇か。中々の業物。素人が持つような品じゃないんだけどね……。でも、今はそんな事を指摘している状況じゃない。


 当初は無我夢中だったのか、気付いていなかったみたいだけど、自分が素っ裸の上、見知らぬ若い女性の顔面に股間を直撃させるという状況に気付いた銀髪碧眼美少女は、完全にパニックを起こし、今度はその場にへたり込んで泣き出す始末。


「女の子になってる!!」とか、「チ○コが無くなった!!」とか、「お婿に行けない!!」とか。


 あ、この子、元は男だな。まぁ、ショックだよねぇ。いきなり女になったんじゃ。生まれながらの相棒も無くなったし。多分、童貞だな。かわいそうに。しかし、このままじゃ話にならないから、何とか泣きやませないと。最悪、殴って気絶させるけどね。……そういう訳にもいかないか。何せ、本当に美少女なんだ。今まで美女、美少女は大勢見てきたし、何なら私自身、美貌には自信が有る。


 しかし、この子は格が、いや、次元が違うね。煌めく長い銀髪。美の女神を名乗れる、美しい顔立ち。新雪のような白く瑞々しい肌。身体付きも出る所は出て、引っ込む所は引っ込む、理想的なプロポーション。極めつけが、深い蒼い瞳。最高級の宝石すら、この瞳の美しさの前にはその辺の石だよ。


 死神ヨミの奴、容姿は保証すると言っていたけど、こりゃたまげた。私の予想を遥かに超えてきたよ。しかし、泣きやまないねぇ。どうしよう? 魔法で眠らせるかね。魔法を使おうかと考えていたら、どうやら、多少、落ち着いてきたらしい。


「ヒグッ……グスッ……うぅ……」


 まだしゃくりあげてはいるものの、とりあえず、パニックは収まりつつあるらしい。こういう時は刺激しない。できるだけ優しく、穏便に。まずは、タオルケットを掛けてやるか。さすがにいつまでも素っ裸じゃ、まずい。風邪をひきかねない。何より、本人が恥ずかしいだろうし。


「ほら、これ」


 空中から、タオルケットを取り出し、そっと掛けてやる。拒絶するかと思ったけど、素直に受け入れた。


「グスッ……ありがとう……ございます……」


 しかも、こんな無茶苦茶な状況なのに、きちんと礼を言った。中々に礼儀ができているじゃないか。実際、この子からは悪意や敵意、殺意を感じない。ひたすら困惑し、羞恥を感じてはいるけど。


「ちょっと待ってな。今、温かいコーヒーを淹れてやるよ」


 気分を落ち着かせるには、温かい飲み物が定番。コーヒーを淹れてやる事に。


「……グスッ……苦いのは嫌なんで、砂糖とミルクをお願いします……」


「……わかったよ」


 案外、したたかな子なのかもしれないね。ま、とりあえず、マグカップにコーヒーを淹れて、砂糖にミルクと。そして持っていってやる。


「インスタントで悪いけど」


「……ありがとうございます。いただきます」


 私がマグカップを差し出すとお礼を言って受け取り、チビチビと飲み始める。それからしばらくして飲み干すと、ようやく落ち着いたらしく、きちんと三つ指突いて平伏すると、私を正面から見つめ、こう名乗った。


「コーヒーごちそうさまでした。そして、お騒がせしてすみませんでした。では、遅れましたが、名乗らせていただきます。はじめまして。僕は死神ヨミから、こちらに送り込まれてきました、ハルカ・アマノガワと申します」


 コーヒーごちそうさまでしたと礼を言い、騒がせた事を謝罪した上で、きちんと名乗った。私としてもあの出会いは驚いたが、きちんと謝罪してきたし、礼儀もわきまえている。何よりあれは不幸な事故だ。ならば、私もとやかく言うまい。


「気にしなくて良いよ。あれは不幸な事故さ。そっちこそ大丈夫かい? えらくパニックを起こしていたけど?」


「もう大丈夫です。最初はびっくりしましたけど、どうにか落ち着きました。あの、あなたが死神ヨミの言っていた、僕の受け入れ先の方ですか?」


 もう大丈夫か? と聞いたら、もう大丈夫、落ち着いたと返事。これなら、話ができるね。その上で、あなたが僕の受け入れ先の方ですか? と聞かれたので答える。


「あぁ、そうだよ。死神ヨミから、あんたを受け入れるように頼まれてね。さて、あんたが名乗った以上、私も名乗ろう。私は『名無しの魔女』。世間一般からはそう呼ばれているよ。私には決まった名が無くてね。適当に色々名乗っていたのさ。だから『名無しの魔女』。何なら、あんたが私の新しい名を決めてくれるかい?」


 既に私の中では、この子を弟子にする事は決定事項。容姿良し、性格良し、そして……才能に関しては、計り知れない。私クラスの実力者ともなれば、相手の実力、才能を読める。しかし、この子の才能は底が見えない。底無しの奈落を覗いた気分になったよ。死神ヨミの奴、容姿、性格、実力を保証すると言っていたけど、本当にとんでもない逸材をよこしてきやがった。最高傑作と言うだけあるね。こりゃ、育てがいが有るよ。


「良いんですか?」


「あぁ、構わないよ。これから私はあんたの師匠となる以上、いつまでも『名無しの魔女』じゃ困るからね。一つ頼むよ。これがあんたにとって、弟子としての最初のお務めさ」


 弟子を取り、師匠となる以上、これまでみたいに『名無しの魔女』じゃ格好が付かない。ここは、心機一転、新しい名を名乗るとしよう。そしてその名は弟子に任せる。さて、どんな名にする気だろうね? 極端におかしな名でなけりゃ文句は無い。


 ハルカはしばらく考え、『安直かな? でも、パッと思い付いたし……』などと呟いていたが、決めたらしい。


「決めました。安直ですが、『名無しの魔女』だから、『ナナ・ネームレス』で」


 本当に安直だねぇ。まぁ、良いか。せっかく弟子が考えてくれた名だ。


「『ナナ・ネームレス』か。ありがたくいただくよ」


 さて、私の新しい名は決まったし、今後について話を詰めていかないとね。現状、最優先事項は、ハルカの服だね。タオルケットを羽織っているだけの状態だし。


「ちょっと待ってな。あんたに合う服を探してくる」


「はい、わかりました」


 昔、ハーレムを作っていた頃、色々なプレイ用に、色々な服を用意したんだ。まだ使っていない服も有る。確か、あの子に似合いそうな服が有ったね。







 様々な衣装がしまい込まれた倉庫。久しぶりに来るね。各ジャンルごとに区分けされた棚の中、目当ての奴を見つける。これだ。


 棚から衣装箱を取り出し、更に衣装箱の蓋を開ける。魔力で保護された衣装は染み一つ無く、新品の美しさを保っていた。その中から、衣装一式を取り出す。サイズも合っているね。私クラスの実力者ともなれば、一目で相手のスリーサイズや、服のサイズも分かるのさ。


「さて、お目当ての服も見つかったし、戻るか。あの子もいつまでも裸じゃ嫌だろうし」


 見つけた衣装一式を持って、ハルカの元へ。







「服と下着を持ってきたよ。早く着替えな」


「……今、この場でですか? おまけにそれ、メイド服ですよね? 後、下着まで 」


「ゴチャゴチャ言わずに早く着替えな。女同士、問題ないだろ?」


「……そういう問題じゃないんですけど……。仕方ない、既に裸を見られた訳だし……」


 わざわざ服を持ってきてやったのに、不満そう。贅沢な。とはいえ、他に服が無いし、裸は嫌らしく、渋々ながら着替え始める。


「下着はこのスポーツブラと、ショーツ。とりあえず、間に合わせの服と下着だから、すぐにあんたに合わせた服と下着を用意するよ」


「わかりました。ありがとうございます」


 今の服と下着はあくまで間に合わせ。すぐにハルカに合わせた服と下着を用意すると伝えたら、きちんと礼を言われた。本当に礼儀のなっている子だ。育ちが良いんだろう。







 ハルカが着替え終わり、メイド姿になった所で、いよいよ、今後について話を詰めていく。


「さて、今後について話を詰めていくよ。大体の話は、あんたも死神ヨミから聞いてると思うけど……」


「はい、こちらに住み込みの弟子と聞きました」


「その通り。魔女の弟子は師匠の元で住み込みで働きながら、学ぶんだ。あんたの場合、弟子兼、メイドとして、家事全般をやってもらうよ。できるかい?」


「はい、任せてください。家事全般は得意です」


「そりゃ良かった。助かるね。これでブラウニー達に支払う費用が浮く。高いんだよ、雇う費用」


「ブラウニーって確か、家事をしてくれる妖精ですよね。その代わり、きちんと報酬を支払わないと、ひどい仕返しをしてくると聞いた事が有ります」


「へぇ。ブラウニーを知ってるのかい。中々、やるね。その通りだよ。あいつら、仕事は確かだけど、その分、報酬をケチったり、ましてや不払いなんかしようもんなら、ひどい仕返しをされる。私は、きちんと報酬を払っているけど」


「そういう費用をケチったら駄目なんですね」


「そういう事さ。私は無駄金は払わないけど、必要経費はケチらないよ。金の使い方、使い所を間違えてはいけない」


「為になります」


 素直な子だね。このぐらいの歳にしちゃ、珍しい。ますます気に入ったよ。







 さて、本格的に話を詰めていこう。


「まずは、この屋敷について説明しようか。あんたの仕事場になる訳だし」


「はい、お願いします」


「とりあえず、椅子を出してやるから座りな」


 立ち話もなんだし、椅子を空中から出してやる。


「さっきのタオルケットもそうですけど、空中から物を出しましたね。魔法ですか?」


 ハルカは私が空中から物を出したことに対し、魔法ですか? と聞いてきたから答えてやる。


「そうだよ。空間操作系の亜空間収納さ。便利な魔法だから、後で教えてやるよ」


「僕のいた世界では、魔法はおとぎ話でしたから。楽しみです」


「へぇ。あんたの世界じゃ、魔法はおとぎ話かい。そういや、死神ヨミがあんたのことを、戦い、武術、魔法に関しては全くの素人って言ってたね。ま、頑張りな。それはそれとして、ほら、この屋敷内の見取り図」


 屋敷内の見取り図を空中から二枚取り出し、一枚をハルカに渡し、もう一枚は私が持つ。


「この屋敷は、地上二階。地下に複数階層の構造になってる。今いるのは二階、私の部屋。じゃ、実際に屋敷内を案内してやるよ。付いてきな」


 屋敷内の見取り図を手に説明。そして実際に屋敷内を案内する事に。ハルカを連れ、部屋の外へ。







「ここが二階。居住区だね。見ての通り、複数の部屋が有る。後、私が暇潰しに集めた本を収めた図書室もね。あんたは隣の部屋を使いな」


 住み込みの弟子兼、メイドのハルカの為、一部屋割り当てる。幸い、部屋は多いからね。


「この部屋だよ。入りな」


 ドアを開け、中に入る。かつての悪趣味を反省し、余計な装飾は無いけど、必要最低限の物は有る。机、椅子、ベッド、鏡台、クローゼット。


「良い部屋ですね。ありがとうございます」


「気に入ってもらえて何よりだよ。他に必要な物が有れば言いな。すぐに用意するから。服と下着は明日には届くよ」


「助かります」


「さて、次行くよ」


 ハルカの部屋を出て、次にいく。







「トイレだけど、一階、二階、地下一階に有る。ここ、二階のトイレはこの廊下の突き当たり」


「わかりました」


「じゃ、一階に降りるよ」


「はい」


 ハルカを連れて一階へ降りる。







「ここが一階。玄関、リビング、ダイニング、キッチン、応接間、大広間、洗面、浴場、トイレが有る。それぞれ見て回るよ」


 ハルカを連れて、今度は一階の案内。ハルカは家事が得意と言うだけに、最新鋭のキッチンに特に感心し、他の施設も興味深そうに見ていた。後、浴場の広さに驚いていたね。私は、風呂にはこだわりが有ってね。狭い風呂は嫌い。ゆっくりと身体を伸ばせる広い風呂が好きなんだ。


 ……後、風呂場でのプレイもね。


 続いて地下へ。







「ここが地下一階。ここには、酒蔵、食料庫、倉庫、トレーニングルームが有る。見て回るよ」


「はい」


 ハルカを連れて、地下一階の各施設を回る。


「地下階はまだ下が有るけど、現状、あんたが入って良いのは地下一階まで。その下は立ち入り禁止。危険な品とかを封印している施設とかが有るからね。相応の実力を身に付けるまでは駄目」


「わかりました」


 素直で結構。いきなり死なれたら困る。さて、一通りは見たし、私の部屋に戻るか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「じゃ、私の部屋に戻るよ。あんたを弟子に取るにあたって、やらなきゃならない事が有る」


「契約書ですか?」


「まぁ、そんなもんさ」


 少なからず驚くだろうけど、師弟になる以上、絶対に必要な事だからね。ハルカを連れ、二階の私の部屋に戻る。







 さて、戻ってきた、私の部屋。


「ハルカ、あんたを弟子に取るにあたり、やらないといけない事が有る。『師弟の契り』を交わすんだ。これをして初めて、正式な魔女の師弟となれる。準備するから、ちょっと待ちな」


「はい」


 魔女が弟子を取る時に交わす、『師弟の契り』。やり方は知ってるけど、私がやる日が来るとはね。まぁ、やり方は簡単だけど。


 愛用のナイフを取り出し、右手の人差し指の先を少し切る。多少、痛いが我慢。傷口から鮮血がにじみ出てくる。良し。


「ハルカ、今から『師弟の契り』を交わす。師匠の血を弟子が飲む事で成立する。良いかい?」


「血、ですか」


「気持ち悪いだろうけど、必要な事なんだ。ちょっとだけだから、我慢しな。ほら、口開けて」


「……わかりました」


 血を飲むと聞かされて嫌そうな顔をするハルカだけど、必要な事なので、仕方ない。本人も覚悟したのか、口を開ける。そしてその口に、血のにじみ出た人差し指を突っ込む。


「指を吸って。血を飲み込むんだ」


 嫌そうなものの、言われた通り、人差し指を吸い、血を飲み込む。


 ちゃんと血を飲み込んだのを確認し、人差し指を引き抜く。傷口を水洗いし、回復魔法でふさぐ。これで『師弟の契り』は完了。


「これで終わり。私とあんたは正式に師弟となり、あんたは魔女の仲間入りをした。自分の胸元を見てみな。『師弟の証』ができているはずさ。ちなみに魔女としては一番下の『魔女見習い』」


 言われて、自分の胸元を見るハルカ。そこには紫の百合の花の形をした、小さな痣ができていた。ちなみに私の胸元にも同じ痣ができている。


「痣ができています」


「それが『師弟の契り』を交わした証。私にも同じ痣ができている。私とあんた、どちらかが死ぬか、あんたが破門されない限りは消えない」


「そうなんですか」


「おや、あっさり受け入れるね。文句の一つぐらいは言うかと思ったんだけどね」


「派手な刺青ならともかく、この程度なら許容範囲内です。ともあれ、これで正式な師弟関係になったんですね。では、改めて、よろしくお願いします」


 そう言って、頭を下げるハルカ。ならば私も師匠として言おう。


「こちらこそ、よろしく頼むよ。頑張るんだよ、我が弟子。早く見習いから上がってきな」


 才能も有るけど、何より性格と態度が良い。本当に良い子だ。死神ヨミ、送り込み方はともかく、良い仕事をしたね。やっぱり、上位転生者は違う。礼儀や常識をわきまえている。


 それに比べて、下級転生者のクソっぷりは……。礼儀、常識、全てガン無視。ひたすら自分上げ、周囲下げ、異世界下げに終始してやがる、あのクズ共は。しかも、何かと喧嘩を売ってくるから、うっとうしくて仕方ない。全て殺したけど。雑魚が。







「さて、今後について話すよ。よく聞きな」


「はい」


『師弟の契り』を交わし、正式に師弟になった私とハルカ。まずは師匠としての初仕事。ハルカを育てるにあたっての教育方針について話す。


「ハルカ、あんたは私の弟子兼、メイドになった訳だけど、さすがにいきなり働けとは言わないよ。何せ、あんたはこの世界に来たばかり。この屋敷に慣れていないし、何より、この世界について知らない。後、あんた、戦いや魔法についても全くの素人だし。だから、この半月は準備期間とする。午前中は勉強。午後からは基礎鍛錬。良いね?」


「はい、わかりました。よろしくお願いします」


「良い返事だね。実に結構」


 幾ら、死神ヨミの最高傑作たる上位転生者といえど、ハルカはこの世界に来たばかり。この世界について知らないし、戦いや魔法に関しては全くの素人。そんなハルカにいきなり、弟子兼、メイドとして働けと言う程、私は鬼じゃない。これ程の希少な逸材をあっさり潰すような愚行はしない。手塩に掛けて育てよう。


「でも、その間の家事とかはどうするんですか? やっぱり、ブラウニーを雇うんですか?」


 ハルカから質問。準備期間中の家事とかはどうするのかと。ブラウニーを雇うのかと。


「まぁ、そうなるね。安くはないけど、弟子を育てるにあたっての必要経費って奴さ。どれ、さっそく、呼ぶとするかね。ハルカ、あんたも今後かかわる事になるから、顔合わせしときな」


「わかりました」


 相変わらず、良い返事。さて、呼ぶか。私はスマホを取り出し、何かとひいきにしているブラウニーを呼ぶ事に。口と態度は悪いが、腕は確か。値段もその分、高いけど……。まぁ、弟子取り記念だ。奮発しよう。こいつを呼べば家事全般は丸投げできる。その分、ハルカの育成に注力できるよ。


「もしもし、ブラウニー派遣組合かい?『名無しの魔女』だけど。()()()()()()()を頼むよ。とりあえず、半月、専属で。え? 一番人気を独占されたら困る? わかったよ。報酬を通常の三倍出す。これでどうだい? え? 本人に代わる? あぁ、あんたかい。聞いただろうけど、半月、専属で雇いたい。報酬は通常の三倍。何? 四倍だぁ? 予定が詰まってる? 知るか! 何だって? 嫌なら他、当たれ? ……ちっ! わかったよ。四倍で良い。その代わり、大至急で頼むよ。はい、それじゃ」


 ブラウニー派遣組合に伝話(この世界ではこう書く)をかけ、一番人気で私もよく利用するブラウニーを半月、専属で派遣するように頼んだら、渋られたあげく、本人が出てきて、ふっかけてきやがった。普段なら、即座に切るが、今回はハルカの為。腹立たしいが、向こうの出した条件を呑む。その代わり、大至急と頼んだ。高い料金払うんだ。それぐらいはさせる。


「……大丈夫なんですか? 何か、報酬が三倍とか、四倍とか聞こえましたけど……」


 ハルカが心配そうに聞いてくる。気遣いのできる良い子だ。


「気にしなくて良いよ。さっきも言っただろ? 必要経費って奴さ。それにしても、大至急って言ったんだから、すぐに来やがれってんだよ」


 ハルカに気にしなくて良いと言い、大至急と言ったのにすぐに来ない、あのブラウニーに悪態を突く。


「もう来ているがね」


「うわっ?!」


 いきなり背後から知らない若い男の声がした事にびっくりするハルカ。私の弟子を驚かせるんじゃないよ。相変わらず、嫌な奴だね。腕は確かだけど。


「おや? 見かけないお嬢さんだな。やれやれ、()()自分好みの娘をさらってきたのかね? そういう悪趣味は感心しないと以前、言ったはずだがね」


「うるさい!! 余計な事を言うんじゃないよ!!」


 このクソブラウニー、余計な事を。ほら、ハルカが私に疑惑の眼差しを向けてるじゃないか。


「さて、今回は半月、専属。及び、大至急と聞いて来たが、このお嬢さん絡みかね?」


 このクソブラウニー、ハルカが私に疑惑の眼差しを向けてるのがわかってるくせに、涼しい顔で流しやがって。とりあえず、今回の契約について詰めるか。


「あぁ、そうだよ。この度、私はこの子、ハルカを弟子に取ってね。しかし、ハルカは異世界からやってきた上位転生者。この世界の事を知らないし、戦いや魔法に関しては全くの素人。とりあえず、この世界に関する知識を教えたり、基礎鍛錬をしなきゃならないからね。その間の家事全般をやってほしくてね。わざわざ四倍の報酬を払うんだ。しっかりやっとくれよ?」


 すると、クソブラウニーの奴、珍しく驚きの表情を見せた。いつもスカしてやがるからね、こいつ。


「……これは驚いたな。まさか君が弟子を取るとは。明日辺り、天変地異でも起きなければ良いがね」


「悪かったね!」


 このクソブラウニー、腕は確かだけど、本当にムカつく性格してやがる。一々、嫌味と皮肉を言うからね。


「ともあれ、私の弟子との初顔合わせなんだ。挨拶しな。それが礼儀ってもんだろ?」


「確かに。しかし、君に礼儀を説かれるとはな。本当に天変地異が起きなければ良いがね」


「うるさい!! とっとと、挨拶しやがれ!!」


 本当に一々、嫌味な! で、ハルカに対し挨拶するクソブラウニー。


「騒がしくしてすまなかったな、お嬢さん。では、名乗らせてもらおう。私はブラウニーの『エーミーヤ』。家事全般の代行業を務めている。これでもブラウニーの中で一番の腕利きと評判なんだ。君の師、『名無しの魔女』とは古い付き合いでね。私の上得意様の一人。君とも良い関係を築きたいね。何せ、()()『名無しの魔女』の弟子。間違いなく、将来有望だからね」


 ハルカに挨拶するついでに、きっちり自分を売り込む事も抜かりない、クソブラウニーこと、エーミーヤ。さすがは一番の売れっ子ブラウニー。人を見る目は確かだね。


「ご丁寧な挨拶、ありがとうございます。では、僕からも。僕はハルカ・アマノガワと申します。この度、縁有って、『名無しの魔女』に弟子入りしました。未熟者、若輩者ですが、どうぞよろしくお願いします」


 エーミーヤの挨拶を受け、ハルカも挨拶を返す。やはり、真面目で礼儀正しい子だ。つくづく、この子の育ちの良さを感じる。かなり恵まれた環境で育ったんだろうね。こういうのは、一朝一夕で身に付くものじゃないし。


「ほう。『名無しの魔女』の弟子とは思えない程、礼儀正しいな。気に入ったよ。最近、()()()()()()()()が増えてうんざりしていたからな。……下級転生者がな」


「言い方が引っ掛かるけど、大目に見てやるよ。しかし、あんたも下級転生者に迷惑してるのかい」


「実に迷惑している。いきなり呼び付けては、できもしないことをやれと言い、無理だと言えば、わめき散らして暴れ回るから、始末に負えん」


 どうやら、エーミーヤも下級転生者に迷惑しているらしい。珍しくうんざり顔。


「そりゃご愁傷さま。ともあれ、半月間、家事全般を頼むよ」


「引き受けた。では、まず報酬を貰おうか。知っての通り、私は報酬前払い方式だ。報酬を踏み倒されてはたまらんからな」


「はいはい、今回の報酬だよ。通常の四倍。その代わり、きちんと仕事はしてもらうからね」


「言われずとも」


 脇道にそれたりしたが、交渉成立。エーミーヤに今回の報酬を全額前払い。エーミーヤはそれを確認した上で懐に納める。守銭奴め。







「さて、そろそろ食事にしてはどうかな? 時間帯的に、夕食の時間だが?」


 ハルカが突然来て、何やかんやしていたせいで、結構な時間が経っていた。言われてみりゃ、確かに夕食時。


「そうだね、夕食にしよう。それじゃエーミーヤ、頼んだよ。ハルカが来た記念だ。ハルカ、あんたの食べたい物を言いな」


「ふむ。それは良い考えだ。お嬢さん、食べたい料理は有るかね?」


 今日は記念すべき弟子取り、弟子入りの日。せっかくだから、ハルカの食べたい料理にすることに。幸い、エーミーヤの家事の腕は最強クラス。できない料理は無いとまで豪語している。


「ありがとうございます。それではお言葉に甘えて。カレーライスが食べたいです。エーミーヤさん、カレーライスってわかります? できます?」


「無論だ。任せておきたまえ。このエーミーヤ、記念すべきこの日にふさわしい、素晴らしいカレーライスを作ろう。……しかし、なぜ、カレーライスなのかね? もっと豪勢な料理でも、私は問題ないのだがね? 食材が無ければさすがに無理だが」


「うるさいね! 食材ぐらい用意してるよ! ゴチャゴチャ言わずに早く作れ! とはいえ、確かに気になるね。なぜカレーライスなんだい? ハルカ」


 ハルカからの料理のリクエストはカレーライス。意外と地味。せっかくの記念すべき日なんだから、もっと豪勢な料理を頼めば良いのに……。私もエーミーヤもそう思った。だが、その後、ハルカの口から出た言葉は重かった。聞いた事を後悔する程に……。


「……僕は夕食にカレーライスを作ろうと思って買い物に出て、その帰りに暴走車にはねられて死んだんです。だから、カレーライスを作りそこねた、家族と食べそこねたことが引っ掛かっていて……」


 ハルカから語られた重い事情。聞くんじゃなかったと思ったが、後の祭り。


「……すまなかった。余計な事を聞いてしまった」


 エーミーヤも気まずかったのか、謝罪。私もかなり気まずいが、これ以上、余計な事は言わないことにする。


「いえ、気にしないでください。それよりも、早く夕食にしましょう」


 ハルカの方も気を遣ったのか、早々に話題を切り上げ、早く夕食にしましょうとの事。……人間のできた子だよ。


「そうだな。すぐに調理に取り掛かろう」


 エーミーヤもハルカの気遣いを受け、夕食に向けて動き始める。


「僕も手伝います。早く、ここのキッチンに慣れたいので」


「君は本当によくできた子だな。ならば、頼むとしよう。君の家事の腕を見せてくれたまえ」


 夕食の準備にハルカも手伝うと申し出た。早くここのキッチンに慣れたいからと。エーミーヤじゃないけど、本当によくできた子だよ。そして二人でキッチンへ。それからしばらくして、料理ができ、夕食に。


 ちなみに、ハルカの家事の腕前は、家事妖精ブラウニーの中でも、一番の腕利きであるエーミーヤが称賛する程、見事なものだった。本当に大したもんだ。エーミーヤは皮肉屋で、滅多に褒めないからね。







 そして、夕食の席。エーミーヤがまた、余計な事を言いやがった。


「『名無しの魔女』。君の過去の所業について、弟子に話しておくべきだと私は思うがね。言いたくない気持ちはわからんでもないが、下手に隠し立てすると、知られた際に間違いなくこじれるぞ。隠したとしても、いずれは知られるだろうしな。こういう事は、早めに済ませておくべきと思うぞ。私はね」


 この野郎、痛い所を突きやがって! ……しかし、正論ではある。私の過去の所業はとても隠し切れるものじゃないからね。遅かれ早かれ、いずれ知られる。ならば、早めに済ませておくべきか。


「……さっき、エーミーヤさんの言っていた、好みの娘をさらってきた、に関する事ですよね」


 ハルカも察しているらしい。私が悪事に手を染めてきたことに。頭の良い子だけど、今回ばかりは恨めしい。仕方ない、話すしかないね。下手に隠し立てしたら、それこそこじれる。


「ハルカ、私はね……」


 私は意を決し、ハルカに自分の過去を話した。数え切れないほどの悪事を行い、罪を重ねてきたことを。正直、あまりにも多過ぎて、覚えている限りだけど。こりゃ、早々に愛想を尽かされるかと思いきや、ハルカは何も言わず、静かに聞いていた。







「……なるほど。よくわかりました」


 私の過去の所業を聞いて怒るかと思いきや、意外とハルカは冷静だった。


「怒らないのかい?」


 意外に思い、私はそう聞いた。それに対し、ハルカはこう答えた。


「確かにナナさんの過去の所業は許されるものではありません。しかし、過去は今更、変えられません。無かったことにはできません。ならば、これからに向けてのことを考えましょう。過去に悪事を働いたなら、今後は極力しないようにしましょう。あくまで極力です。絶対にするなとは言いません。時と場合によります。何より僕自身、下級転生者抹殺の任を受けて転生した身です。他人をとやかく言う筋合いは無いですから。後、あなたは僕の異世界における師匠にして、拠り所ですし」


 ハルカは私の過去の所業を知った上で、それを責めなかった。過去は変えられない。無かったことにはできない。過去に悪事を働いたなら、今後は極力しないようにと。あくまで極力。時と場合によると。自分も下級転生者抹殺の任を受けて転生した身、他人をとやかく言う筋合いは無い。後、あなたは自分の異世界における師匠にして、拠り所だからと。……案外、計算高い。単なる良い子って訳じゃないね。エーミーヤの奴も、面白そうに眺めてやがった。







 その後、夕食も終わり、エーミーヤとハルカの二人で後片付けを済ませ、入浴、寝ることになったんだけど……。


 私の部屋にハルカがやってきた。何用かと思ったら、一緒に寝てほしいと。聞けば、ハルカは眠れない時は母親に添い寝をしてもらっていたらしい。で、私に添い寝をしてほしいと。……この子、十六歳のはずなんだけど。


 しかし、断る理由は無い。いきなり死んで、姿も性別も変わって異世界転生。しかも下級転生者抹殺の任を受けるという、重圧を背負っているんだ。色々と一杯一杯なんだろう。だったら、弟子の為に一肌脱ぐのが、師匠の務め。しかし、単に添い寝してやるだけじゃ、つまらないね。私はハルカをちょっとからかうことにした。


「別に良いけど、私は裸で寝る主義でね。だから、私と一緒に寝るなら、あんたも裸になりな。でないと一緒に寝てやらないよ」


 私は裸で寝る主義だ。だから、ハルカにも、一緒に寝てほしいなら、裸になれと言った。


 冗談だったんだけど……。


 するとハルカは恥ずかしそうにしながらも、その場でパジャマを脱いで、裸になった。胸元と股間は手で隠してはいるけれど。


「……これで良いですか?」


 消え入りそうな小さな声でそう聞いてくるハルカ。……どうしよう? 本当に裸になるなんて。素直なのは良いけど、今更、冗談だなんて言えない。仕方ない……。


「あぁ、それで良いよ。ほら、おいで」


 ハルカをベッドに招くと、素直に入ってくる。


「……失礼します」


 事前にきちんと断りを入れるハルカ。ベッドに入ると、私にピッタリくっついてきた。と言っても、いやらしい感じではなく、子供が母親に甘える感じ。


「……ありがとうございます。それと、おやすみなさい……」


 私にくっつき、甘えるハルカ。眠かったのか、すぐに寝てしまった。……まぁ、色々有ったからね。疲れたんだろう。ゆっくり寝な。私は安らかな寝息を立てるハルカの頭を優しく撫でてやる。指通りの良い髪の毛だね。サラサラだよ。しばらくハルカの寝顔を眺めていたけど、思う所が有り、ハルカを起こさないように、そっとベッドから抜け出す。







 向かった先はダイニング。そこにはエーミーヤがいた。テーブルの上には酒とつまみ。晩酌をしていたらしい。


「来たかね」


「まぁね」


 お互いに多くは語らない。私も椅子に座り、酒とグラスを空中から取り出し、酒を注ぐ。


「……既に言ったが、まさか君が弟子を取るとはね。そんな日が来るとは思わなかったよ。君もバカではあるまい。魔女が弟子を取る事の重大さ、わかっているはずだ」


 酒の入ったグラスを片手にそう言うエーミーヤ。


「当たり前だろ。私を誰だと思ってるんだい?」


「それもそうだな。これは失礼」


 本当に嫌味な奴だね。腕利きのブラウニーでなけりゃ、殺しているよ。


「ともあれ、弟子を取ったということは()()()()()()と考えて良いのかな?」


「……その通りだよ。それが魔女の掟。私といえども、掟には従うさ」


「君がそう言うなら、私は何も言わんよ。所詮、他人事だしな。だが、ひどい掟だな。いつか、あの子は泣くだろうな」


「余計なお世話だよ。あんたは自分の仕事をきっちりやれ。わざわざ四倍の報酬を前払いしたんだからね」


「言われずとも、報酬に見合うだけの仕事はするさ」


 酒を酌み交わしながら、夜は更けていく。


「さて、そろそろ戻ってはどうかね? お嬢さんが起きて、君がいないと知ったら、面倒だろう?」


「聞いてたのかい? 悪趣味な奴だね」


「私は耳が良くてね。ほら、早く戻りたまえ」


「……ふん。そうさせてもらうよ」


 そう言って私はダイニングを後にする。わかっているさ。魔女が弟子を取る意味。


「それだけの意味と価値の有る子なんだよ、ハルカは 」




ハルカが正式に弟子入り。そして『名無しの魔女』改め、ナナ・ネームレス誕生。


そして、前作ではいなかった新キャラ。ブラウニーのエーミーヤ登場。見た目は某作品の赤い弓兵そっくり。ただし、彼は英霊ではなく妖精。ハルカも彼を見て、聖杯を巡る戦争に参加していませんでしたか? 正義の味方を目指していませんでしたか? 等と聞き、君は何を言っているのかね? と呆れられた。


家事妖精ブラウニーの中でも一番の腕利きと評判で、あちこちから引っ張りだこの、売れっ子ブラウニー。


ちなみに、普通のブラウニーは小人なのに、彼は成人男性の姿。突然変異らしい。


次回、ハルカ、異世界生活のスタートを切る




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