第36話『魔獣』異世界の大地に立つ
イナバside
第八十四支部を発端とする一連の騒動。その後始末で本部に連日の泊まり込み。それがやっと終わって、ネコちゃんと一緒にラーメンを食べたその帰り。
突如現れた、火球(特に明るい大型の流れ星)。あれはただの火球ではないと悟った私達は火球の落下予測地点に向かい、そこで一つの出会いを果たす。
落ちてきたのは隕石ではなく、何らかの乗り物。そこから出てきたのが異世界からの来訪者。自称、フリーランスの賞金稼ぎ。ザヤン・ルゲーブという、悪人面の男だった。
その見るからに粗暴そうな外見とは裏腹に、ザヤンはかなりの知性派。下手に騒がず、穏便に事を運ぼうとしていた。彼はネコちゃんから、ここが異世界イメムンイドーメである事を聞かされ、自分がこの世界において孤立無援の根無し草である事を鑑み、冷静に今後の身の振り方について考えた。
やはり、彼は頭が切れる。異世界に来た事の危険性を正確に把握している。『異世界キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!』なんて浮かれる馬鹿共とは違う。異世界よりの来訪者は無戸籍、無国籍。そして無戸籍、無国籍の者は人として扱われない。単なる物扱い。その恐ろしさを彼は理解している。
ならば、手を差し伸べるのもやぶさかではない。彼は有能。他所に取られる前に、こちらで確保する。だから、私は彼にギルド本部での保護及び、ギルド本部付きのエージェントになる道を提示した。そして、彼もそれを受け入れた。
本部に連絡を取り、許可を得た。ただし、所長直々に面接するそうだけど。しかし、ここで思わぬ乱入者が現れた。
『ウヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇっ!! どいつもこいつもみんな殺してやるぅっ!!』
現れたのは猫族の少女。恐らく年齢は十代半ば。しかし、明らかに狂っていた。元凶は彼女が手にする、彼女の身長程も有る諸刃の大剣。その大剣が彼女を煽り立てる。
『そうだキャット! 殺せ! 殺せ! お前に逆らう奴はみんな殺してしまえ!! お前は強い! お前は最強だ!』
『そうよ私は最強! 私は最強! 邪魔する奴、逆らう奴、見下す奴……みんなみんなみんな殺してやるぅ!! サイキョーサイキョーサイキョーサイキョーサイキョーサイキョーサイキョー!! ウヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!!』
……とにかくうるさい。あと、鬱陶しい。狂った猫族の少女は涎をダラダラ垂らし、狂気に満ちた笑い声を上げて、ネコちゃんを斬り殺そうと大剣を振り回し襲い掛かる。しかも、あの喋る大剣、魔剣らしく、振り抜かれる度、見えない斬撃が放たれる。
……無駄だけど。
ネコちゃんの家。ネコ家は猫族の長。そのネコ家を猫族の長たらしめているのが、類稀なる、強大な『空間操作能力』。中でもネコちゃんは一族屈指の使い手。
しかも、ネコちゃんは『空間操作能力』抜きでもとても強い。私と肉弾戦でタメを張った数少ない一人。本部でそれができるのは、他にヤタ先輩と所長ぐらい。
ギルド本部若手の中でもトップクラスの実力者。そんなネコちゃんからすれば、たかが魔剣を得た程度の奴なんか敵じゃない。しかも、達人ならいざ知らず、明らかに魔剣に取り憑かれて狂った奴じゃ話にならない。単に大剣を力任せに振り回しているだけでは、ネコちゃんは万年経っても斬れない。
何より、あの馬鹿ガキとクソ大剣はネコちゃんにとって最大の地雷を盛大に踏み抜いた。あと、あの喋る大剣、単なる魔剣じゃない。
私にはわかる。あれは下級転生者。
時たま、ああいう器物に転生する下級転生者がいる。で、器物に転生した奴は基本的に誰かをたぶらかし、自分を手に取らせて取り憑く。仮に使い手が死んでも本体が無事なら、また新たな使い手を探して取り憑く。あの猫族の馬鹿ガキもまんまとたぶらかされて取り憑かれたクチか。
私はギルド本部のデータベースにアクセス。最近の殺人事件について検索。……ヒット。最近、若い女性狙いの殺人事件が起きていた。犠牲者は皆、鋭利かつ、大きな刃物で斬殺、刺殺されていた。
しかも現場から逃走する血塗れの大剣を手にした猫族の少女が目撃されていた。更には防犯カメラにバッチリ映っていた。馬鹿過ぎる。で、その映像と、今、ネコちゃんを襲っている猫族の馬鹿ガキの顔が一致した。間違いなく、本人。
更にデータベースで調べると、こいつ、元は奴隷で主人の元から逃げ出したらしい。で、魔剣を手に戻ってきて、最初に殺したのが当の主人。悪徳商人だし、殺された事に同情はしないけど、それでも殺人は殺人。その後も女性狙いで殺人を繰り返し、賞金首として指名手配された。もっとも、賞金首としては小物だから、賞金額もそれ程じゃないけど。
『……ネコちゃん、臨時収入確定』
『何だ? あの猫耳のガキ、賞金首なのか?』
私の呟きを耳聡く聞いたザヤンがそう聞いてきた。彼はフリーランスの賞金稼ぎらしいし、聞き逃がせない情報。
『……うん。あの馬鹿ガキには連続婦女殺害犯として、賞金が掛かっている。大物じゃないから、そんなに高額じゃないけど』
『……馬鹿なガキだぜ。何が有ったか知らねぇが、明らかにあの喋る大剣に取り憑かれてるよな。挙げ句、殺人犯からの賞金首か。胸糞悪い話だ』
『……それは仕方ない。どこまでいっても、結局、自己責任。魔剣に取り憑かれるのが悪い。理由の如何を問わず、殺人犯は殺人犯。犯罪者は裁かれねばならない。罰せられなくてはならない。それが法治国家。殺人犯は死刑。特に重罪の奴は賞金首指定される』
『殺人犯はブッ殺せってか。わかりやすいな。でもって、たちの悪い奴は賞金首か。つまり、この世界にも賞金稼ぎはいるんだな?』
『……うん』
『そうか〜。とりあえず、最初の内はギルドのエージェントをやって、それから独立して賞金稼ぎになるってのも有りか?』
『……ギルドで実績を積み、評価を上げれば』
『そうかい。こりゃ、頑張らないとな』
この世界、イメムンイドーメにおいて、殺人犯は原則、死刑。それどころか抹殺許可が出ている。殺人犯を殺しても罪に問われない。特に賞金首を殺せば、賞金を得られる。だから、この世界にも賞金稼ぎがいる。
理由は様々だけど、大部分は賞金目当て。あと、合法的に殺人ができるから。
『……ザヤン。あなたはなぜ、賞金稼ぎに?』
とても大切な事を確認する。ザヤン・ルゲーブ。彼はなぜ賞金稼ぎになったのか? その問いに彼は明快に答えた。
『俺が賞金稼ぎになった理由か? そんな大層なもんじゃねぇ。俺、生まれも育ちもスラム街の、貧乏人でな。まともな職に就けなかった。そんな奴がでっかく稼ぐにゃ、賞金稼ぎが一番早かったからさ。あと、強い奴とバチバチにやり合いたかったってのも有る』
『……要するに、金と強敵との戦いを求めて?』
『ま、ぶっちゃけな。でも、その結果、異世界に飛ばされるとは思わなかったぜ』
ザヤンは賞金稼ぎになった理由として、金。そして強敵との戦いと答えた。実に単純明快。しかし、そこに下賤な卑しさ、浅ましさは無かった。
『…………しかし、あの猫耳ねーちゃん、馬鹿ガキの攻撃を完全に見切ってんな。さっきから掠らせもしねぇ。見えない飛ぶ斬撃を見切るとはすげぇな』
『……それぐらい冒険者ギルド本部職員なら当たり前』
『おっかねぇな、冒険者ギルド本部職員。そんなに強いのか……。だったら、そろそろ終わりだな』
『……うん。もうネコちゃんはあいつの底を見切った。ならば、終わらせるだけ』
攻撃を完全に見切り、最小限の動きで躱すネコちゃんに対し、馬鹿ガキは力任せかつ、滅茶苦茶に大剣を振り回し続けてきた。
その結果、ネコちゃんはまだまだ余裕綽々に対し、馬鹿ガキの方は既に息が上がりつつあった。そして遂に限界を迎えたらしく、とうとう、大剣を地に突き、へたり込んだ。明らかにまだ若く、ろくに鍛えていない上、あんな滅茶苦茶な動きをすれば当然。
『ハァ……ハァ……クソッ! クソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!! 何で当たらないのよーーーーーーーーーーっ!!!!!!!! 私は最強、最強、サイキョーサイキョーサイキョーサイキョーサイサイサイサイサイサササササササササササササササササササササササササササササササササササササ!!!!』
へたり込みながらも怨嗟の絶叫を上げる馬鹿ガキ。遂には壊れたらしく、意味不明な奇声を上げて転げ回る。涙、鼻水、涎、更には失禁し、その場で糞尿を垂れ流し、周囲に悪臭が立ち込める。
『…………ひでぇ。完全に壊れやがった。魔剣なんかに手を出すからだ、馬鹿が』
『……魔剣に取り憑かれた馬鹿の末路。肉体も脳も、魂さえも限界を超えて酷使された結果。もう手遅れ。治す術は無い』
完全に壊れ、尊厳の全てを失い、奇声を上げて転げ回る馬鹿ガキにザヤンは憐憫の眼差しを向ける。
対し、ネコちゃんは馬鹿ガキに冷たい視線を送る。
『簡単よ。あんたが弱いから。無能だから。雑魚だから。そして私は強いから。優秀だから。エリートだから。ま、壊れた以上、何言っても無駄か。さて、そろそろ終わりにしない? ねぇ、下級転生者? いつまでそんな馬鹿ガキを使っているつもり? しかも壊れたし。壊れた馬鹿ガキ共々、スクラップにしてあげようか? いや、あんたの場合、鉄屑かな? 安そう、プッ!(笑)』
更に煽りの追撃。仕上げに口元に手をやっての嫌味たっぷりの失笑。
『……猫耳ねーちゃん、嫌味がキレッキレだな』
『……今日は特に切れ味抜群』
猫族の馬鹿ガキは完全に壊れ、意味不明の奇声を上げて転げ回るばかり。下級転生者である魔剣に取り憑かれ、限界以上に肉体と脳、そして魂を酷使した結果。もはや、再起不能。本当に馬鹿。
しかし、本番はここから。あくまで猫族の馬鹿ガキは単なる駒に過ぎない。本体は下級転生者である大剣。
そして下級転生者は負けなど認めない。失敗など認めない。自分の非を絶対に認めない。
自分は誰よりも優秀。絶対に正しい。自分のやる事は全て上手くいく。他者は全て無能。間違っている。自分こそ唯一絶対、究極至高。自分以外は全てカス。異常な自己愛と他者蔑視に凝り固まった狂人。それが下級転生者。
そんな下級転生者である大剣が、ネコちゃんに対し敗北など認める訳がない。そして、それがわからないネコちゃんじゃない。案の定、大剣は悪あがきをしてきた。
『…………黙れ…………黙れ、黙れ! 黙れーーーーーーーーーーっ!!!!!! 女が俺を見下すなーーーーーーーっ!!!!!!!!馬鹿にするなーーーーーーっ!!!!!!!!!! 殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる女は全て殺してやる皆殺しだぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!!』
どうやら、生前から、女に対し相当な恨みが有るらしい。殺意全開の絶叫を上げた。そして……。
『殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる』
殺してやると連呼するや、大剣から無数の黒く細い触手が現れた。蠢く触手は、近くで奇声を上げて転げ回る馬鹿ガキに襲い掛かり、その身体に無数の触手が突き刺さる。
ドス! ドス! ドスドスドスドスドス…………
『ササササササササササ!! ギ?! ギアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!! ……………』
馬鹿ガキは最初の内は悲鳴を上げたものの、すぐに沈黙。白目を剥き、口から泡を吹いて、全身を激しく痙攣させる。その間も触手は体内へと侵入していく。
『うわっ!! 何だありゃ?! 気持ち悪い! おい! 兎耳ねーちゃん! あれ絶対ヤバいだろ!!』
『……どうやら、ネコちゃんに煽られてキレたみたい。あの馬鹿ガキを完全に乗っ取る気。駒の乗り換えができなくなる代わり、単に取り憑いているだけより格段に強くなれる』
大剣から無数の黒く細い触手が現れ、少女に突き刺さり、その体内に侵入していく光景にザヤンも顔を引きつらせる。確かにグロい。
こういう使い手に取り憑く器物タイプの奥の手。それが使い手、駒との融合。器物タイプの強みは、使い手が死んでも自身はノーダメージ。また新たな使い手を探して取り憑けば良い。そうやって、何人もの使い手を犠牲にしながら生きていく。
その強みを捨てる奥の手が融合。使い手と完全に融合、一体化。単に取り憑いているだけとは比較にならない力を発揮できる。
ただし、その代償として、もう『乗り換え』はできなくなる。死ねば終わり。だから、器物タイプの奴は滅多に融合を選ばない。
しかし、今回の奴はネコちゃんの煽りにキレて融合を選んだ。……全てはネコちゃんの思惑通り。
あ、融合が終わった。全身メタリックブラックに変色し、右腕の肘から先が大剣と化した猫族の馬鹿ガキ……だったものが立ち上がる。
【ウヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!!!!!!】
これまでにも増して、狂気に満ちた。いや、狂気そのものの哄笑を上げる『融合体』。
【馬鹿ガ!! 油断シタナ!! コレコソ俺ノ切リ札『融合』ダ!! モウサッキマデノヨウニハイカンゾ!! ヨクモ好キ放題ニ侮辱シテクレタナ、クソ猫ガ!! 切リ刻ンデ、ミンチニシテヤル!!】
融合体となったことで、爆発的に強化され、自信に満ち溢れる下級転生者。しかし……。
『あっそ。わざわざ融合が完了するまで待ってあげたのにその程度なのね。可哀想。あと、勝てないから変身するって、典型的な負けフラグなんだけど? プッ!(笑)』
全く気に留めず、それどころか更なる煽りをかまして、とどめは口元に手を当てての、本日二回目の嫌味たっぷりの失笑。そのネコちゃんの態度に『融合体』はキレた。
【】
しかし何かを言おうとした瞬間、『融合体』は細かく微塵切りにされ、ミンチになって崩れ去った。
『だから、言ったでしょ? 勝てないから変身するって、典型的な負けフラグだって。万が一、駒を乗り捨てて逃げられたら困るからね。器物タイプはそれが有るし。本当に馬鹿は単純で助かるわ。安い挑発に引っ掛かって、引き際を誤るから。とりあえず、終わりっと』
あっさりと終わらせたネコちゃん。結局のところ、下級転生者はネコちゃんの手の上で踊らされていただけ。確実に始末する為に。
『散々引っ張ったわりには呆気ないな、おい。つーか、いきなりミンチになったぞ!! どうなってんだ?!』
その一方で、『融合体』が突然ミンチになった事に驚くザヤン。彼は異能や魔法を知らない以上、仕方ない。
『驚かせてごめんなさい。あれは私の『空間操作能力』による切断。空間そのものを切断する事で、あらゆる物質を切断できるの。音も光も無いから便利よ。ちなみに今回は微塵切り』
『……『空間切断』か。おっかねぇな。空間そのものを切断する性質上、物理的防御は不可能。しかも光も音も無いから、見えない、聞こえないときた。あと、化け物だけが微塵切りになった事から見て、座標指定もできるな。狙った場所をピンポイントで攻撃できる。そりゃ強いわ。さすが冒険者ギルド本部職員だな。……しかもそれを俺に話す辺りもな。恐れ入ったぜ』
ネコちゃんが説明し、ザヤンは理解を示す。やはり、彼は頭が切れる。少なくとも単なる銭ゲバ、戦闘狂じゃない。彼はネコちゃんの能力を正しく理解。更にはネコちゃんが自身の能力を明かした裏を見抜いた。
【お前など、いつでも殺せる。死にたくなければ、馬鹿な真似はするな】
ネコちゃんは言外にそう語り、ザヤンもそれを理解した。
『へぇ。思ったより理解が早いわね。少なくともそこの不味そうなミンチとは違うようね』
『褒め言葉と受け取っておくぜ。ミンチにされたくねぇからな』
ニッコリ笑うネコちゃんと、ガハハと豪快に笑うザヤン。『魔猫』と『魔獣』のファーストコンタクトはかくして終わった。
ザヤンside
いきなり現れた、大剣持ちのイカれた猫耳のガキによる襲撃。猫耳ねーちゃんの活躍で実に呆気なく終わったが、何か猫耳ねーちゃん、滅茶苦茶キレてたな。……聞いてみっか。本人に聞くのは怖いから、相方の兎耳ねーちゃんに。
『なぁ、兎耳ねーちゃん。ちょっと聞きたい事が有るんだが、今、良いか?』
『……何が聞きたいの?』
幸い、無視されなかった。今、ねーちゃん達は化け物の成れの果てのミンチを片付け、ギルド本部に向かう準備をしている最中だからな。悪いとは思うが、気になる事は確かめないとな。ましてや、ここは異世界だ。一つ間違えば命取りだ。
『いやな。さっきの猫耳のガキが姿を現した時、猫耳ねーちゃん、明らかにあいつにキレてたよな? 何か恨みでもあんのか?』
俺が気になっていたのは、さっきの猫耳のガキが現れた時の猫耳ねーちゃんの様子。明らかにキレてた。事実、その後の戦い。つーか、猫耳ねーちゃんが終始圧倒した挙げ句、終わった訳だが、とにかく猫耳ねーちゃんは猫耳のガキに対し、辛辣だった。
ありゃ、明らかに地雷を踏んだ奴に対するやり方だ。俺としても猫耳ねーちゃんの地雷は踏みたくない。微塵切りは御免だぜ。
『……あまり、他人に話す事ではないけど。とはいえ、知らずにネコちゃんの地雷を踏み抜くのも不味い。だから話す』
すると兎耳ねーちゃんは、あまり他人に話す事ではないと前置きしつつ、その上で、知らずに猫耳ねーちゃんの地雷を踏み抜くのも不味いからと、話してくれた。
『……ネコちゃんには姉がいた。優秀な人だった。でも悪い奴に騙され、利用され、大量殺人テロを犯した挙げ句、その悪い奴に捨てられて亡くなった』
のっけから重い話が来た。しかし、それだけじゃ、猫耳ねーちゃんがああもキレた理由としては弱い。続きが有るはずだ。事実、有った。
『……ネコちゃんの姉を騙し、利用し、大量殺人テロ犯にした挙げ句、死に追いやった奴。それがさっきの大剣の同類。『下級転生者』。だから、ネコちゃんは下級転生者及び、下級転生者と結託している奴が大嫌い。ネコちゃんにとって最大の地雷。さっきの馬鹿ガキも正にそう。下級転生者である大剣と結託。厳密には取り憑かれていた訳だけど、下級転生者と共に殺人を繰り返していた時点でネコちゃん的にダウト。逆鱗に触れた』
猫耳ねーちゃんの姉を騙し、最終的に死に追いやった悪い奴。そいつはさっきの喋る大剣の同類だと兎耳ねーちゃんは言った。だが、その中で妙な言葉が有った。
『カキューテンセーシャ』
何だそりゃ? わからない事を聞いたら、わからない事が増えたぞ。
『重ね重ね、質問悪いが、兎耳ねーちゃん。『カキューテンセーシャ』って何だ? しかも、あの喋る大剣の同類ってどういう事だ? あんな喋る大剣みたいなのが他にもいるのか?』
『……それは』
兎耳ねーちゃんが話そうとしたところで、猫耳ねーちゃんが来た。
『私から説明するわ』
猫耳ねーちゃんが説明を代わるとの事なので、兎耳ねーちゃんと交代。
兎耳ねーちゃんと交代し、説明を始めた猫耳ねーちゃん。その内容は無茶苦茶だった。
『下級転生者。ざっくり言えば、生前、負け組のクズだった連中に下級神魔。あ、神魔って神と魔を引っくるめた言い方ね。それが強大な『力』を与えて生み出した存在。そして、この世に送り込まれてくるの』
『それって、要は死んだクズが下っ端の神や魔から、凄い力を得て、この世に戻ってきたって事か?』
『まぁ、ぶっちゃけね』
『マジかよ……』
死んだクズが下っ端の神や魔から凄い力を得て、この世に戻ってきた。それがカキューテンセーシャらしい。のっけから、生と死の法則ガン無視かよ。しかしだな……。
『ちょっと良いか? カキューテンセーシャって奴は下っ端の神や魔が生み出したっつーが、それ、絶対詐欺だよな?』
下っ端の神や魔が死んだ負け組のクズに凄い力を与えて、この世に送り込んだ、だと? 笑わせんじゃねぇ。どっからどう見てもあからさまな詐欺だ。そう指摘すると猫耳ねーちゃんはニコニコしてやがる。
『はい、正解。その通り。典型的な詐欺。下級転生者に力を与えて、後で利息付きで回収し、自身の力を増大させる。それが下級神魔の目的。ちなみに力の回収は下級転生者の死よ』
『へっ! やっぱりな! 要するにカキューテンセーシャは下っ端の神や魔が強くなる為の餌。もしくは家畜か。太るだけ太らせてから、屠殺ってか』
『理解が早くて助かるわ。そういう事よ。下級神魔にとって、下級転生者は家畜に過ぎない。太るだけ太らせてから、屠殺』
『つまり、さっきの喋る大剣もいずれ屠殺予定だった訳だな』
『そう。下級転生者に明日は無いの。どうあがいても三年後に死ぬように設定されているわ』
『……哀れだな。所詮、負け組は負け組だな。良いように利用された挙げ句、切り捨てられて終わりか』
『そんな見え透いた詐欺に引っ掛かるのが悪いのよ』
『正論だな。ガチ正論だ』
結局のところ、それなんだよな。うまい話には裏が有る。異世界でも変わらねぇか。
『……そろそろ出発したいんだけど』
ちょうどそこへ兎耳ねーちゃんが来た。そろそろ本部に向かって出発らしい。……冒険者ギルド本部か。まさか、本当に行く日が来るとはな。世の中わからねぇもんだ。ジジイとアカツキも連れていってやりたかったぜ。
『うん、わかった。とりあえず、この話はここまで。本部に行きましょうか。本部の最高責任者である本部長。私達は所長って呼んでるけど。待たせるとうるさいからね。それにあなたの今後についても、色々決めないといけないしね』
『そうだな。見ず知らずの異世界に飛ばされちまったしな。今後についてきちんと決めて、書面に残さないとな。下手な口約束は後で揉める元だからな』
口約束は当てにならない。人は平気で嘘をつく、裏切る、白を切る。だから、必ず書面に残せ。契約の鉄則だ。それは異世界だろうが変わらねぇ。
『あぁ、そこは大丈夫。所長はそういう契約絡みに関しては、滅茶苦茶厳格だから。……同時に滅茶苦茶銭ゲバだけどね。こき使われる覚悟はしておいてね。あの人、優秀な人材は徹底的にこき使うから。その分、働きに応じた報酬は支払ってくれるけど。……ただし、使えないと判断したら、即座に切り捨てる。所長に無能と判断されて切られた職員は、後を絶たないわ』
『……随分とやり手らしいな』
『うん。性格はともかく、ギルド本部最高責任者としての手腕。そして、戦闘における実力。どちらも超一流の凄いお方よ。歴代本部長最強にして、現ギルド本部最強。絶対に敵に回したら駄目だからね? 本当に駄目だからね!!』
『お、おう! わかったぜ。絶対に敵に回すなんて真似はしねぇよ』
ギルド本部長とやらは、猫耳ねーちゃんがビビる程の実力者らしい。忠告は素直に聞こう。繰り返すがここは異世界で、俺はこの世界において、孤立無援の根無し草だからな。敵を増やすような真似は慎まないと不味い。
『それは結構。じゃ、そろそろ行くわよ。イナバ、こっち来て。本部に『跳ぶ』わよ』
『……ん。わかった』
どうやら、出発らしい。猫耳ねーちゃんは兎耳ねーちゃんを呼ぶ。で、兎耳ねーちゃんは猫耳ねーちゃんの手を握る。更に猫耳ねーちゃんは俺にも手を差し出す。
『握って。私一人ならともかく、複数人数まとめて空間転移をする際は、使い手と直接触れているのが無難なのよ。……空間転移の事故は怖いからね。下手すると亜空間を永久にさまよう羽目になるわよ』
『握らせていただきます!』
空間転移、テレポート。便利な能力だが、事故ったら洒落にならねぇ。それを防ぐ為に猫耳ねーちゃんの差し出した手を握る。
小さくて柔らかい手だな。……アカツキを思い出すぜ。
『それじゃ、本部に行くよ』
『おう、ひとっ飛び頼むぜ』
『……私は慣れたけど』
はてさて、冒険者ギルド本部か。冒険ファンタジー物の定番だが、実際はどんな所なんだろうな? それと最高責任者の本部長か。随分な曲者らしいが……。ともあれ今は、行くしかないな。
『出発! 次元魔猫』
猫耳ねーちゃんがそう言った次の瞬間、俺は賑やかな大都市の、これまた立派な建物の前にいた。
『着いたよ。バニゲゼ通商連合首都、リーカモマッカ。そしてここが冒険者ギルド本部。所長がお待ちかねよ。さっきも言ったけど、くれぐれも失礼のないようにね?』
『……ないように』
猫耳ねーちゃんはここがバニゲゼ通商連合首都、リーカモマッカ。そしてこの立派な建物が冒険者ギルド本部だと説明。ギルド本部最高責任者の本部長が既に待っているらしい。失礼のないようにと猫耳ねーちゃん、兎耳ねーちゃんの二人から改めて釘を刺された。
『わかってる。それぐらいの礼儀作法はわきまえてるさ。じゃ、案内してくれ』
『わかった。付いてきて』
猫耳ねーちゃんの案内の元、職員用出入口から、冒険者ギルド本部の中へ。正面から行かないのは余計なトラブルを避ける為と言われた。
廊下を歩く事、しばらく。着いたのは応接間。
『ここよ。所長があなたと直接面接したいんだって』
立派かつ、重厚な木製のドア。この向こうに所長がいるのか。……柄にもなく緊張するぜ。ここでヘマをやらかしたら、俺の異世界デビューは即、終了だからな。
コンコン
猫耳ねーちゃんが二回ドアをノックする。
『所長、チェシャー・ネコです。既に報告に上げました異世界よりの来訪者。ザヤン・ルゲーブを連れてきました』
そして俺を連れてきた事を告げる。
『うむ。入れ』
するとドアの向こうからおっさんの声。これが所長か。
『失礼します』
そう言って猫耳ねーちゃんがドアを開け、俺達は応接間に入る。すると、見るからに高級品の立派な革張りのソファーに座る、脂ぎったデブのおっさんがいた。おっさんは俺を一瞥すると、言った。
『よく来たな、異世界よりの来訪者よ。儂が冒険者ギルド本部、本部長。ミシェル・コダギア・キネガスカだ。ま、よろしく頼む』
……こいつが、冒険者ギルド本部のトップか。猫耳ねーちゃん、兎耳ねーちゃんの言ってた通りだな。
とんでもない怪物だ、このおっさん。
『まぁ、そう固くならんでも良い。さっそくだが、面接を始めよう。お前をギルド本部のエージェントとして採用するかどうか、のな』
『……よろしくお願いします』
半端じゃねぇぞ、このおっさん。こりゃ気合い入れて掛からないとな。
空間消滅兵器イレイザーの攻撃を受け、異世界イメムンイドーメに飛ばされた、『魔獣』ザヤン・ルゲーブ。そこで、冒険者ギルド本部の若手コンビ。チェシャー、イナバと遭遇。お互いに接触を計るものの、突然の乱入者により一時中断。もっとも、場違いな乱入者はチェシャーの怒りを買い、微塵切りにされて終了。
そして、ザヤンはチェシャー、イナバと共に冒険者ギルド本部へ。そこで、所長こと、冒険者ギルド本部最高責任者。本部長である、ミシェル・コダギア・キネガスカと対面。
見た目は脂ぎったデブのおっさん。しかし、ザヤンはとんでもない怪物と看破。かくして始まる、所長によるザヤンへの面接。
では、また次回。
今回の馬鹿 大剣になった下級転生者&猫族の少女
大剣になった下級転生者
典型的ななろう系作品好き。出会い系で知り合った女に入れ上げた挙げ句、案の定、切り捨てられ、莫大な借金をこしらえてしまい、最終的に首吊り自殺。
その後、下級神魔に魂を拾われ、下級転生者になる。ただし、大剣に。
異世界に転生したは良いが、地面に刺さりっぱなしの状態。自分では全く身動きできず、途方に暮れていたが、たまたま通りがかった猫族の少女をたぶらかし取り憑く。
生前の女に対する恨みから、取り憑いた猫族の少女をそそのかし、女性狙いの連続殺人を起こす。しかも殺す度に力が増す事を知り、更なる殺人にのめり込んでいった。
猫族の少女
元は奴隷。とある女悪徳商人に買われて、日夜こき使われ、暴力を振るわれ、性的虐待を受け続けてきた悲惨な経歴持ち。
ある日、隙を見て脱走。森へと逃げ込む。しかし行く当てなど無く、道もわからず、空腹と疲労で行き倒れ直前に、地面に突き刺さる謎の大剣。下級転生者と出会う。
喋る大剣に驚くも、力を与えるとの言葉を聞き、かつての主人及び、周囲への復讐の為に大剣を手に取る。そして、女悪徳商人を滅多斬りにして惨殺。その後も大剣にそそのかされるままに、次々と女性を殺害。大剣による精神侵食により、復讐を忘れ、単なる快楽殺人者と化した。
だが、よりによって、チェシャーの前に姿を現したのが両者の運の尽き。チェシャーは姉絡みの一件で、下級転生者及び、下級転生者と結託している奴が大嫌い。文字通り、チェシャーの逆鱗に触れ、圧倒的な実力差を見せ付けられた挙げ句、彼女の空間操作能力の一つ。空間切断により、微塵切りにされて死亡。
なお、猫族の少女は連続婦女殺害犯として賞金首指定されていた為、後にチェシャーは賞金を貰った。
追記
台詞の『』は、翻訳術式を通じた会話の表現。




