第28話 ハルカ、外の世界へ 冥医編5
ハルカside
闘技場での戦いを終え、遂に院長室への道が開かれた。ここに着けば終わり……のはずなんだけど、そうはいかないだろうな。
闘技場の壁に開かれた穴。そこを進むが、白一色の無機質な通路が続くばかり。本当に院長室に通じているのかな?
「ナナさん、本当にルーナさんは会ってくれると思いますか?」
ナナさんに聞いてみた。ナナさんなら、直接知っているからね。
「あいつはルールは厳守する。会うと言った以上は会う。ただし、いつとは指定していないけどね。何なら、百万年先とか平気で言うよ」
「……そうですか」
嫌な答えが返ってきた。確かにいつ会うとは指定していなかったな。ならば、百万年先と言われても文句は言えない。納得はできないけど。
『失礼な事言わないでよね〜。ルーナ様はちゃんと会うよ。せっかくの上位転生者、会わないなんて損じゃない』
すると、本人からメッセージが来た。
「本当にちゃんと会ってくれるんですか?」
『会うよ。ハーちゃんは闘技場をクリアした。ならば、ルーナ様は会うよ。ちゃんとお茶とお菓子の用意もしたからね。もう少ししたら院長室に着くよ。待ってるからね〜』
本当にちゃんと会ってくれるのか確認したら、会うと返事。お茶とお菓子も用意したと。
「……言っとくけどルーナ。市販の奴にするんだよ? あんた特製の奴はいらないからね。あんなもん、口にできるか!」
そこへナナさんが口を挟んだ。お茶とお菓子は
市販の奴にしろと。あんた特製の奴はいらないと。
『え〜! せっかくルーナ様が材料から吟味して作った特製の『エルフ妊婦の胎盤茶』に『すり潰したエルフ胎児入りクッキー』なのに〜!』
……とんでもないゲテモノだった。これはいらない。
「相変わらずエルフ嫌いだねぇ。気持ちはわからなくもないけど。とりあえず、さっさと市販の品に代えろ。私達はあんたみたいな悪食じゃないんだよ」
『……美味しいのにな〜』
残念そうな声と共に、通話は終わる。考えていた以上に、ろくでもない人だな。そりゃ、『腐れ医者』『人でなし』呼ばわりも納得だよ。それにしても、エルフ嫌いか……。
「ナナさん、聞きたい事が有るんですが」
「何を聞きたいんだい?」
「ルーナさんのエルフ嫌いについてです。ナナさん、気持ちはわからなくもないと仰ってましたよね?」
ファンタジー物の定番キャラ、エルフ。人気の種族だけど、ルーナさんはエルフ嫌い。ナナさんも気持ちはわからなくもないと言った。……どうにも引っ掛かる。気になる事はすぐさま解決すべき。そう思って聞いた。すると……。
「その質問に答える前に、私からも聞こう。ハルカ、あんたエルフに対し、どんなイメージを持っている?」
僕の質問に答える前に、逆に質問してきた。エルフに対し、どんなイメージを持っているかと。
「……そうですね。森に住んでいて、耳が尖っていて、弓の名手。あと、美形揃いで、プライドの高い種族でしょうか」
とりあえず、僕の中のエルフ像を話す。
「ふむ。そんなに外れちゃいないが、足りない部分が有るね。『エルフこそ至高の種族。それ以外は等しくカス』。それがエルフの共通思想さ。オークやゴブリンの方がよっぽど友好的だよ」
「僕の世界のエルフ好きが聞いたら、憤死しそうです」
「現実は厳しいんだよ。おとなしくて優しいエルフなんか、私は見た事も聞いた事も無いね。どいつもこいつも、高慢ちきなクソばかりさ。ハルカ、エルフ絡みで名言が有る。かつて、エルフを徹底的に殺しまくった、エルフスレイヤーと呼ばれた奴がいてね。そいつが口癖にしていた言葉」
『エルフ死すべし、慈悲は無い』
『死んだエルフだけが、良いエルフ』
シンプルな言葉ながら、エルフに対する殺意が凄い。
「こいつ、一族郎党、エルフに皆殺しにされたそうでね。以来、エルフ専門の復讐鬼と化した。そりゃもう、徹底的に殺し尽くした。当然、エルフ側も奴を殺そうとしたが、その全てを返り討ちにし、生涯、エルフ殺しを全うしたそうだよ。ちなみに本人もエルフだったけどね」
「……皮肉ですね」
「まぁね。ちなみにそもそもの原因は、エルフ同士の派閥争い。別にエルフに限った事じゃないけど」
そういう点はどこの世界でも、どの種族でも、変わらないらしい。……理想郷、楽園なんて絵空事でしかないな。ま、下級転生者を始めとする、頭お花畑にはわからないんだろうけどね。
『エルフって嫌な奴らだよねー。僕も何度か会った事有るんだけどさ。本当にひどいよ。ろくな奴がいない』
「個難君、エルフに会った事が有るの?」
『まぁね〜。色々有ってさ』
おかしいな。個難君は今回のゲームのNPCのはずなんだけど……。
それからしばらくすると、向こうに扉が見えた。木製の立派なドア。
「あれでしょうか?」
「多分ね」
扉の前に向かい、確認する。ドアには『院長室』と書かれたプレートが付いていた。ここで間違いなさそう。
「私が開ける。あんた達は下がってな。開けた途端にドカン!ぐらいは平気でやるからね、ルーナは」
「……確かにやりそうです」
『性格悪いな〜』
だけど、すぐには開けない。何を仕掛けているかわからない。ナナさんが開けると言い、僕達には下がるように指示。言われた通りに下がる。
まずはナナさんがドアをノック。
『どうぞ〜』
中から返事。
「……本当にいるみたいだね。確かにルーナの気配だ」
どうやら、本当に中にいるらしい。そしてナナさんがドアを開ける。
「いらっしゃ〜い! そして久しぶりだね〜、ナッちゃん」
ドアの向こう。院長室の中には立派な木製のデスクが有り、そこに座する赤毛の若い女性。……見た目は僕と年齢が近い。
「ふん。久しぶりだね、ルーナ。相変わらず、『乗り換え』を繰り返しているみたいだね」
「まぁね〜。良いでしょ? この身体。去年、手に入れたんだ〜。元の持ち主は才能は有れど、全く活かせない無能。だったら、ルーナ様が有効活用してあげようと思ってさ〜」
「あの赤毛の無能姫か。確かに名門出身で力は有るけど、全く使いこなせていないわ、使いこなす為の努力もしないわ、務めは果たさないわ、そのくせ、権利の主張だけは人一倍の阿呆だったからね。確かにあんたが有効活用した方がよっぽどマシ。しかし、『悪魔』の身体すら自分の物にするとはね。さすがは『冥医』。ついでに言うとその悪魔の名門、その後、一族郎党、一人残らず消えたそうだけど。あんたの仕業だね?」
「まぁね〜。良い研究サンプルになったよ」
「……ふん。まぁ、好きにしな。ただ、私としては、コロコロ姿形を変えられるのは良い気がしないね」
「自身のバージョンアップに余念がないと言ってほしいね〜」
……何か、嫌な話をしているな。しかし、今の身体の優秀さよ。それなりに離れているのに、会話を聞き取れる。
「ま、ルーナ様としては、そんな些細な事より、本題に移りたいね。弟子との顔合わせに来たんでしょ?」
「まぁね。ハルカ! 入ってきな!」
ナナさんに呼ばれたので、院長室へ。遂に、『冥医』ルーナ・イメナトアと対面だ。とりあえず、文句は言いたい。……が、それはそれとして、ミッションを果たさないとね。
「個難君、行くよ」
『ようやっとゴールだね』
今回のゲームの追加ミッション。『個難君を院長室に連れていく』。彼はこのホワイトホスピタル唯一の生存者という設定であり、彼を院長室に連れていき、脱出するというのがミッション内容。
……しかし、ミッションを達成したとして、その場合、個難君はどうなるんだろう? 彼は確かにゲームのNPCだけど、単なるゲーム上のデータじゃない。きちんと現実に存在している。本当にどうなるんだろう? 残念ながら、僕にはわからないし、どうにもならない。ともあれ、呼ばれた訳だし、院長室へ。
「やぁやぁ! はじめまして、ハーちゃん! ルーナ様だよ!」
「……はじめまして。ハルカ・アマノガワと申します」
既に通話という形で会話はしていたけど、実際に会うのはこれが初。それにしても、テンション高いな。見るからにご機嫌。着ている白衣が血塗れだけどね。しかも、床に血が垂れているし。……見なかった事にしよう。
ついでに言うと、院長室の向こう側。ガラス張りの窓から見える手術室。その手術台に横たわる、切り刻まれた死体も。
「あ、後ろの奴、気になる? あれね、下級転生者。元は引きこもりのニート。典型的な社会のゴミ。宇宙戦争やってる世界に最強宇宙船持ちで転生したそうでね〜」
しかし、聞いてもいないのに、わざわざ説明を始めるルーナさん。
「ハルカ、諦めな。ルーナは話し出したら長いよ。あと、無理に話を遮ると怒る」
「そうですか」
正直、下級転生者の話なんかどうでもいいんだけど、無理に話を遮ると怒るらしいから、仕方なく聞く。
「で、最強宇宙船で異世界無双! そして次々と若い女達が群がってきてハーレム! と浮かれていたんだけどね〜」
「どうなりました?」
ここは話の流れに逆らわず、あえて乗る。
「傑作だよ〜。最強宇宙船で異世界無双と調子に乗っていたけど、そのせいで、本物のエースが出てきたの。その世界で『魔獣』の異名を取る最強パイロットにして、賞金稼ぎ。ザヤン・ルゲーブって男。ちなみにこれがザヤン・ルゲーブ」
そう言って、ルーナさんは一枚の写真を見せてくれた。そこには、金髪を短く刈り込んだ、人相の悪い男が写っていた。特に目付きが悪い。殺し屋みたいだ。
「で、最強宇宙船で異世界無双と調子に乗っていた下級転生者の前にザヤンが立ち塞がったの。その理由は二つ。一つは下級転生者に掛けられた賞金。この馬鹿、やり過ぎたんだよ。あちこちの組織、国から恨みを買ってね。そして賞金首として手配されたの」
「……馬鹿ですね」
典型的な下級転生者。なろう系思考。自分は最強と思い上がり、無茶苦茶する。
「もう一つの理由は、ザヤンが最近評判の未知の機体を操るパイロットと殺り合いたかったから。ザヤンはとても好戦的な男でね。賞金稼ぎやってるのも、賞金と強敵との戦いを求めての事。だから、ザヤンはやってきた」
「わざわざ下級転生者と戦いたがるとは……。確かにあいつらは性根の腐り切ったクズですが、それでも普通の人間からすれば、恐るべき存在。そのザヤンという人は何らかの異能持ちなんですか?」
下級転生者は性根の腐り切ったクズだけど、力は有る。異能を持たない普通の人間からすれば、恐るべき脅威。
「違うよ。ザヤン・ルゲーブは異能を持たない人間」
「異能を持っていないのに、下級転生者に戦いを挑んだんですか?!」
「そうだよ」
異能を持たない人間でありながら、下級転生者に戦いを挑むとは……。だけど、単なる無謀とは思えない。
「ちなみに勝ったのはザヤン。そりゃもう、完膚なきまでの大勝利。確かに下級転生者の機体は最強クラス。でもね、肝心のパイロットが無能過ぎ。対し、ザヤンは超一流のパイロット。機体もまた、稼いだ賞金を注ぎ込み、ザヤン専用にカスタマイズされた特別製。とんでもない加速度を誇り、並の人間じゃ、加速によるGに耐えられずに死ぬ、殺人マシン。それをザヤンは自在に乗りこなすの」
「……本当に人間ですか?」
「間違いなく、ザヤン・ルゲーブは何の異能も持たない人間。ただし、普通の人間を超越した『超人』ではあったけどね」
「『超人』ですか」
「まぁ、ぶっちゃけ天才ね。所詮、機体に頼り切りの下級転生者と、本物のエースであるザヤンじゃ、勝負にならなかった。下級転生者の攻撃は全て見切られ、逆にザヤンの攻撃は次々と命中。下級転生者ご自慢の最強宇宙船はボロッカスにやられてね。あまりに弱くて、ザヤンに見逃されたんだよ」
『最近評判の奴だから期待していたのに、とんだ期待外れだ。お前みたいな機体の性能に頼り切り、全く使いこなせていないカスなんか、殺す気も失せた。見逃してやるから、さっさと消えろ! 二度とその面見せるな!』
「これがその時のザヤンの言葉。強敵とのバチバチの命の取り合いをしたかったのに、とんだ雑魚でがっかりしたみたいでね」
「そりゃ、怒りますね。しかし、見逃してあげるとは甘い。僕ならしませんよ? 下級転生者は皆殺しです」
「辛辣〜。ちなみにまだこの話には続きが有ってね? これがまた、笑えるの」
「どうなったんですか?」
「ザヤンにボロッカスにやられた挙げ句、見逃され這々の体で拠点。小惑星を改造したドックに逃げ帰ったものの、下級転生者は当然、ブチ切れてね。機体の修理完了次第、ザヤンを絶対に殺してやると息巻いていたんだけど……」
「無理ですって。機体の性能に頼り切りの雑魚じゃ、本物のエースパイロットには勝てませんよ」
「うん、そうだね。勝てないね、というか、二度とザヤンと会う事は無かったんだけどね。なぜなら、ハーレムの一員にして、自身の右腕と頼みにするメイドの女が裏切ったから。実はこの女、敵勢力から送り込まれたスパイ。下級転生者に取り入り、情報を得、最終的には機体を奪うのが目的。そして頃合いと見たらしくて、機体修理が完了したタイミングで裏切った。既に機体の情報は入手済み。機体の制御も拠点の制御も掌握済み。もはや、下級転生者には何の価値も無くなった。つまり、用済み」
「やっぱり。金や力を得た途端に近付いてくる奴なんて、信用できませんね」
「この世の真理だよね~。下級転生者はフルボッコにされ、機体を奪われ、ドックに置き去りにされたの。秘匿されたドックだから、誰も来ない。水も食料も全て持ち去られた。もはや、死を待つばかり」
「それをルーナさんが回収したんですね」
「そういう事。くだらないクズでも、実験材料としては優秀だからね〜。徹底的に解剖したよ。ちなみに、まだ殺してないよ。まだまだ実験材料として使うよ~」
「良い事です。くだらないクズなんだから、せめて実験材料として有効活用されるべきです」
案の定、破滅したのか、下級転生者。本当に馬鹿だな。力を得ただけのクズが、本物のエースパイロットに勝てる訳ない。あと、金や力を得た途端に近付いてくる女なんか信用するから、騙されるんだ。昔からの定番じゃないか。
「……意外と話が合ってるねぇ」
『銀髪のお姉さんも大概、サディストだよね~』
サディストとは失礼な。僕は無能が嫌いなだけ。『無能は死ね』。
まぁ、クズが破滅した事なんかどうでもいい。それよりもだ……。
「そろそろ本題に移りたいのですが? そちらとて、こんな話をする為に僕達を招いた訳ではないでしょう? あと、そちらからのミッション。『個難君を院長室に連れていく』は達成しましたが?」
いい加減、本題に移りたい。こんなどうでもいい事を聞かせる為に僕達を院長室に招いた訳がない。
「……まぁね〜。じゃ、本題に移ろうか。ハーちゃん。君の強さはよくわかった。元は戦いとは無縁の素人ながら、異世界転生を果たしてほんの数日で、よくぞここまで強くなったね。ルーナ様、褒めてあげる。さすが、上位転生者。下級のボンクラ共とは違うね。でもね、まだ、足りないな〜。だ・か・ら。これから、最終試練。五階のボスと戦ってもらいま〜す!」
五階のボスが出てこなかったから、おかしいとは思っていたけど、そう来たか。
「繰り返すけど、ハーちゃんが強い事はよくわかった。でもね~。強いだけじゃ、下級転生者と同じ。ルーナ様は認めてあげない。だからこそ、五階のボスと戦ってもらうよ。これまでの奴とは一味違うからね〜」
ルーナさん曰く、僕が強いのはよくわかったが、強いだけでは、下級転生者と同じ。認めないと。
確かに。強いだけでは、下級転生者のクズ共と変わらない。違いを見せろという事。その為の五階のボス。これまでの奴とは一味違うらしいけど……。
「という訳で。コードBD。よろしくね〜」
『了解。連れてきてくれてありがとうね、お姉さん達。だけど、これも仕事だから。悪く思わないでね』
ルーナさんが口にした『コードBD』という言葉。そして、それに対する返事。
「……まぁ、そんなこったろうとは思っていたよ。クソガキ」
『コードBD』。その正体は僕達が院長室まで連れてきた、ゲームのNPCだと思っていた少年。穢土山 個難だった。
「君が最後の敵か。まぁ、よく有る奴だよね。最後の最後で敵に回る展開」
そもそも存在自体、不自然で怪しかったからね。
『ともあれ、やろうか。僕に勝てたら、ゲームクリアだよ。……ちなみに僕はこれまで下級転生者相手に無敗だからね。銀髪のお姉さんは上位転生者なんでしょ? ぜひとも、下級転生者との違いを見せてほしいね。でないと殺しちゃうよ?』
「言われずとも」
本性を現したなクソガキが。しかし、下級転生者相手に無敗程度で調子に乗るな。僕は上位転生者。格の差を見せてやる。
「はいはい。それじゃ場所を変えるよ〜。ここじゃ狭いからね〜」
実に楽しそうなルーナさん。ニコニコ笑顔で、勝負の場へと案内してくれる。
「相変わらず、ひん曲がった性格してやがる」
ナナさんの皮肉もどこ吹く風。
ナナside
遂に辿り着いた、ホワイトホスピタル五階、院長室。確かにルーナはそこにいた。ハルカの強さを認め、褒めた。ひん曲がった性格のルーナだが、事実は事実として、不都合な内容であっても認める。
だが、ルーナは強いだけでは認めないと、ホワイトホスピタル五階のボスとの対決を要求してきた。その正体は、三階で出会ったクソガキ。穢土山 個難。
これまでもそうだったが、単純な力押しでは勝てないはず。ルーナはハルカの観察力、洞察力、機転といった部分を見たいらしい。
単なる力押ししかできないなら、下級転生者と変わらないからね。さて、どうなるかね?
ルーナの案内で、特設の広間へ向かう。その間もよく喋るルーナ。
「ここ数年で、急激に下級転生者が増えてさ〜。本当に馬鹿ばっかり。この前もね。『買い物スキルで強力なアイテムを買って、強化して最強!』なんて抜かす奴がいてさ〜。あっという間に『加護』切れで死んだの」
「単なる自業自得ですね。下級転生者のくせに調子に乗るからです。下級転生者が力を使えるのは、下級神魔が与えた『加護』のおかげ。そして『加護』は有限で、補充されない。『加護』が尽きれば、負荷の肩代わりが無くなって死ぬ。師に教わりました」
「うんうん。よく勉強しているね〜。下級転生者は本当に勉強しないからね〜。知識は最強の剣であり、盾なのに。ま、『加護』云々以前に、『異能封じ』『異能返し』をされた時点で、下級転生者は詰むんだけどね〜。割と簡単だし。少なくとも、第二級冒険者以上なら普通に使うよ」
「だから下級転生者なんですよ」
「他にもさ〜。昔、アルトバイン王国に双子の兄弟がいてね〜。この国では王族は十四歳になると、次期国王を決めるの。闇属性魔法を自在に使いこなす優秀な兄王子と、光属性だけど、まるで魔法が使えない無能な弟王子。ところが選ばれたのは、無能な弟王子の方だったの。逆に優秀な兄王子は廃嫡、国外追放に処されたの。不思議だと思わない?」
「アルトバイン王国、最大の黒歴史と呼ばれている『双子王子』ですね。本で読みました。単に能力面だけを見るなら、おかしな話です。能力面だけ、を見るならですが」
「さすがハーちゃん。よくわかってるね〜。で、廃嫡、国外追放された兄王子は、北方の未開の地へと消えた。それから程なくして、国王が急死したの。急遽、新国王として、無能な弟王子が即位。それからはもう大変だったんだよ〜」
「でも、何とかなったから、今もアルトバイン王国は有ります」
「うん、途中、何度も危機に見舞われたけど、どうにかこうにか、乗り越えたの。奇跡と言われてるね。で、弟が国王に即位してから十年後、アルトバイン王国、最大の危機が訪れたの。歴史の教科書にも載ってるよ」
「『黒王の変』ですね。北から『黒王』と名乗る、闇魔法の使い手が、魔物、亜人の大軍勢を率いて攻めてきたと。そのやり方は非道の極み。道中の国、街、村、更には民家に至るまで、徹底的に滅ぼし、老若男女、皆殺しにしたと」
「そうだよ。なら知ってるだろうけど、『黒王』の正体は十年前に廃嫡、国外追放された兄王子。十年越しの復讐って訳。そして、遂にアルトバイン王国首都。リオンに攻め込んできて、国王になった弟と再会したのよ」
「それも本に載っていました。見開きで挿絵付きで」
「『二王相対す』のシーンね。何度も舞台劇にもなった有名なシーンだしね。だったら、両者のやりとりについても知ってるよね?」
「はい。『黒王』は魔の大軍勢を率い、更に自身の強大な闇魔法を国王となった弟に見せつけ、『国を明け渡して処刑されるか、この場で自分に殺されるか選べ』と迫りました。それに対し弟、国王は『お断りだ。廃嫡野郎』と言い返した。更に、『なぜ、父上が優秀な兄ではなく、無能な弟を次期国王に指名したか、わかるか?』と聞いた。『黒王』は『私が世間から忌み嫌われる闇魔法の使い手だから、父上は外聞を気にして、私を廃嫡し、光属性なだけの無能なお前を次期国王に指名した。愚かな父上だ』と語った。それを聞いて国王は笑ったそうですね。『愚かなのはあんただ、兄上! 父上がそんな理由であんたを廃嫡し、俺を次期国王に指名する訳がないだろうが!』と」
『双子王子』の物語。有名だからね。中でも有名な、『二王相対す』のシーン。魔の大軍勢を率い、更に強大な闇魔法を見せつける『黒王』に対し、一歩も引かなかった『無能王』。
「それを聞いて『黒王』は怒ってね。『悪いのは愚かな父上と、無能なお前だ! 私こそ、次期国王にふさわしい! なのに父上は私を廃嫡し、無能なお前を次期国王に指名する愚を犯した!』と。自己正当化と他責思考の極みだよ」
「更に言うと、前国王の急死も『黒王』の仕業だったそうですね。廃嫡された仕返しに父殺しを」
「その事を国王に指摘されても、全く悪びれず、開き直る辺り、『黒王』はクソだよね~。そりゃ廃嫡されるわ」
「前国王はわかっていたんですね。兄王子は優秀だけど、王の器じゃない。独善が過ぎる。魔法が使えなくても、弟王子の方がマシと判断した。実際、『黒王』は『最高の仲間達と理想国家建国』をお題目にしていましたが、理想国家の正体は、『黒王』による独裁国家。いえ、国とすら言えませんね。周囲を自身のイエスマンだけで固めた、単なる独り善がり。ルーナさんの言う通り、廃嫡されるのも当然。むしろ、処刑されなかっただけでも温情ですよ」
兄王子は個人としては優秀。だが、王の器ではなかった。故に弟王子が次期国王に選ばれた。もっとも、それが兄王子としては気に食わなかった訳だ。
「じゃ、二人の結末も知っているよね?」
「はい。弟、国王が勝ちました。後にこう語ったそうですね。『愚兄が自分は優秀、弟は魔法を使えない無能と見下していたおかげ』と」
二王の対決だけど、制したのは弟、『無能王』。自分は優秀、弟は無能と見下していた『黒王』はあっさり、一撃で死んだ。本当にあっけなく死んだ。弟の放った拳の一撃で粉砕されて死んだ。
魔法が使えないと見下されていた弟。だけど、それは間違い。彼は魔法が使えないのではなかったのさ。
魔力を放つ才能が無かっただけ。
実は弟は兄を上回る強大な魔力と優れた魔道の才能が有った。だけど、魔力を放つ才能だけは無かった。故に魔法を放てず、周囲からは魔法を使えないと思われていた。
そして本人もまた、その事を早くから知っており、わざと魔法を使えない無能を演じていた。陰では、修練を積み重ねながら。そして彼は、いわゆる、付与魔法を会得。魔力を放てないなら、放たずに、自身に纏う形で使えば良いと。特に拳に全魔力を凝縮して放つ魔拳は一撃必殺。その威力は兄の最強の闇魔法すら凌駕する程。
かくして、双子王子の因縁は終わりを告げ、『黒王』亡き後の魔軍はあっさり崩壊。大部分の奴は『黒王』の力に従っていただけ。忠誠心など無かった。一部の狂信者だけは残ったものの、数の暴力の前に潰され消えた。ま、所詮、『黒王』はその程度の器でしかなかった。弟王子を次期国王に指名した前国王の慧眼は大したもんだ。
「ハーちゃん。強いだけじゃ駄目なんだよ。特に人の上に立つ者はね」
「僕は別に人の上に立ちたい訳ではありません。興味無いですし、そんな器でもないので」
「無欲だね〜。謙虚だね〜。さすが上位転生者。下級転生者を始めとする馬鹿は、成り上がり、成り上がりってうるさいからね〜。……みんな破滅したけどね」
「そいつらが馬鹿なだけです」
アルトバイン王国最大の黒歴史。『双子王子』について話し終わり、次の話題へ。
「ハーちゃんは異世界で何をしたいの? なぜ強くなろうとするの?」
ハルカに対し、異世界で何をしたい? なぜ強くなろうとする? そう問い掛けてきたルーナ。クローネも同じ事を聞いていたね。その時と同じ返事。
「僕は転生した今の自分に何ができるか知りたい。どこまで行けるのか知りたい。そして、師に一人前と認められたい。それだけです」
「……前二つはともかく、最後は難しいよ〜。ナッちゃん厳しいからね〜」
「承知の上です」
前二つはともかく、私に一人前と認められるのは難しいと語るルーナ。事実、私としても、そう簡単には認めてやらない。
「さて、と。お喋りもここまでにしようか。着いたしね。ここが最終決戦の場。相手の殺害、もしくは降参させる事が勝利条件。今回に関しては時間無制限。それとコードBD。再生能力はカットするからね。でないと、勝負にならないし」
『了解』
長々とお喋りをしていたけど、遂に最終決戦の場に到着。辺り一面、白一色の何も無い広間。果てが見えない。ルーナが展開した空間か。
『それじゃ、やろうか銀髪のお姉さん。あっさり死なないでね?』
「そちらこそ、再生能力をカットされている事を忘れないでね?」
観客である私とルーナは下がり、ハルカとクソガキは相対する。
腰のホルダーから鉄扇を抜き、構えるハルカ。対し、クソガキは何もしない。
「構えないの?」
構えないクソガキにハルカが問う。
『……お姉さん、僕、言ったよね? 下級転生者相手に無敗だって。それがどういう事か見せてあげるよ』
その問いにクソガキは行動で返してきた。その身体が粘液化して崩れたと思ったら、再び盛り上がり、人型へと変わっていく。ハルカ曰く、某少年探偵のパチモンから、私のよく知る姿へと。
腰まで有る長い銀髪。サファイアブルーの瞳。新雪のような白い肌。そして黒と白を基調としたメイド服。手には銀色に輝く鉄扇。
つまり、ハルカ自身だ。
『では、改めて名乗ろうか、銀髪のお姉さん。僕は穢土山 個難改め、生体兵器、コードBD。正式名称ブーステッド・ドッペルゲンガーだよ。じゃ、やろうか?』
そう言うと、鉄扇を構えるクソガキ、改め、生体兵器、コードBDこと、ブーステッド・ドッペルゲンガー。
……これは不味いね。ブーステッド・ドッペルゲンガー。すなわち、強化された分身ってか。ルーナめ、最後の最後にえらいのぶっ込んできやがった。ハルカもブーステッド・ドッペルゲンガーの意味がわかったらしく、その表情は険しい。
「それじゃ……始め!!」
ルーナの掛け声で、最後の戦いが始まる。強化された自身の分身相手にどうするハルカ? 力ずくでは勝てないよ。
ホワイトホスピタル五階。院長室に辿り着いた、ハルカ達。特にハルカはルーナと初対面。
ルーナはハルカの強さを認めはしたものの、それだけでは認められないと。故に五階のボスと戦ってもらうと宣言。
五階のボスは、ハルカ達がホワイトホスピタル三階で出会い連れてきた、某少年探偵のパチモン、穢土山 個難。その正体は生体兵器、コードBD。正式名称、ブーステッド・ドッペルゲンガー。
某少年探偵のパチモンから、今度はハルカのパチモンに変身。ただし、オリジナルより強いパチモン。力ずくでは勝てない相手。ハルカはルーナに試されている。
今回の馬鹿
エルフ∶エルフこそ至高の種族。それ以外は全て等しくカスと見下す、最低最悪のクソ種族。とにかく、全てにおいて上から目線。デリカシー皆無。某葬送のあいつを見ればわかる。たかが百年云々と平気で言う辺り、種族の違いに対する理解の無さ。共感性の無さが。故にエルフは蛇蝎の如く嫌われている。ファンタジー物定番の穏やかなエルフなんかいない。あと、ハーフエルフを出来損ない、半端者と徹底的に蔑み、弾圧している。しかし、実は裏が有る。
確かにハーフエルフは純血エルフと比べると弱い。が、極稀に、純血エルフを上回る強大な力を持つ変異種が生まれる。かつて変異種に徹底的にやられた過去が有る故に、純血エルフはハーフエルフを徹底的に弾圧する。
最強宇宙船を得て異世界転生した奴∶ただの馬鹿。最強宇宙船を得て異世界無双、美少女、美女か集まってきてハーレムと浮かれていたが、所詮、機体の性能に頼り切りの雑魚。本物のエースパイロット。ザヤン・ルゲーブにボロ負けして、這々の体で逃げる羽目に。
その後、ハーレムの一員。右腕と頼りにしていたメイドの女。実は敵勢力の送り込んだスパイに裏切られ、宇宙船を奪われて終了。先の異世界のんびり農家の馬鹿と同じ。金や力を得た途端に近付いてきた女を信用するから裏切られる。昔からの定番。
『黒王』∶アルトバイン王国最大の黒歴史。『双子王子』の兄。強大な魔力を持ち、闇魔法の名手。優秀な人物。しかし、次期国王に指名されたのは、光属性だが、魔法を使えない無能な弟。更に自分は廃嫡、追放処分。未開の地の北へと姿を消す。
その事を恨み、北で魔物、亜人をまとめ上げ、魔軍結成。父である国王を闇魔法で殺害。追放から十年の潜伏を経て、アルトバイン王国に攻め込んだ。
そして国王となった弟。『無能王』と対峙。亡き父と無能な弟を蔑んだが、その見下してきた無能な弟に拳一撃で粉砕され、死亡。
弟は魔法が使えないのではなく、放てないだけ。魔力、魔道の才は兄より上。そうとも知らず、知ろうともしなかった事が兄の敗因。
そもそも国王に指名されず、廃嫡、追放されたのは、そのあまりにも独善が過ぎる性格故に。
『黒王』と名乗り、魔軍を率いるも、所詮、力ずく。とても国とは言えない寄せ集め。事実、『黒王』の死が知れ渡ると、あっさり崩壊。
では、また次回。




