第27話 ハルカ、外の世界へ 冥医編4
ナナside
『ちょっと、巨乳のお姉さん。銀髪のお姉さんを助けなくて良いの? 苦戦してるよ』
「うるさいねクソガキ。助けないんじゃなくて、助けられないんだよ」
ルーナ主催のリアルゲーム。そのルール上、私は一切手出しができない。した時点でルール違反。ハルカは死ぬ。
ホワイトホスピタル四階。そこのボス、餡泥井戸に遭遇。これまでの悪趣味なデザインの生体兵器と違い、見た目はただの若い人間の男。
……ただし、完全に狂っているけどね。
女に対し、相当な恨みが有るらしく、女であるハルカに異常な殺意を向けて殺しに掛かっている。ハルカは関係ないだろ。これだから下級転生者は……。
ま、そんな話が通じる奴じゃない。下級転生者は皆、狂っているからね。中でもこいつは重症。こいつにとって、女は全て敵。抹殺対象。
しかし、ハルカからすれば迷惑な話。関係ないのに、一方的に殺意を向けられているんだからね。何より、奴の異能が厄介。
「泥使いか。戦場で一番厄介な奴だね。ルーナめ。相変わらず嫌らしい事をしやがる」
戦場において特に恐れられるのが、ぬかるみ。人間、車を問わず、足を潰される。ハルカとて例外じゃない。得意技の御津池神楽も、こんなぬかるみでは満足に使えない。
「さすがにハルカも攻めあぐねているね」
もちろん、ハルカとて馬鹿じゃない。御津池神楽を封じられた時点で、戦闘スタイルを切り替えた。鉄扇の力を借りた風に。
しかし、ここで障害となるのがまた、泥。風の刃を放つも、全て泥の壁に防がれる。重く、厚く、粘りの有る泥の壁をハルカの風では貫けない。ある程度は入るが、泥故に、すぐに塞がってしまう。
「ある意味、僕の上位互換ですか。参考になります」
ハルカは水使い。対し、向こうは水と土の合わせ技である泥使い。土が混ざっている分、質量が有る。それは攻防共に、大きな力となる。
『女は死ね女は死ね女は死ね女は死ね女は死ね女は死ね女は死ね女は死ね女は死ね女は死ね女は死ね女は死ね女は死ね女は死ね女は死ね女は死ね女は死ね女は死ね女は死ね女は死ね女は死ね女は死ね女は死ね女は死ね女は死ね女は死ね女は死女は死ね女は死ね女は死ね女は死ね女は死ね女は死ね女は死ね女は死ね女は死ね女は死ね女は死ね』
ひたすら『女は死ね』と連呼する餡泥井戸。ぬかるみから幾つもの泥の触手が出てきて、ハルカを狙う。
『お姉さん危ない!!』
クソガキが叫ぶ。ぬかるみに足を取られ、機動力を潰されているハルカ。
『女は死ね女は死ね女は死ね女は死ね女は死ね女は……』
満足に動けないハルカ。そして、ひたすら『女は死ね』と連呼する餡泥井戸。だが……。
「ふぅ……。たかが足を潰したぐらいで僕に勝てるとでも? 舐めるなクズ! 御津池神楽、蛇円舞!」
その場で鉄扇を手に高速回転。襲い掛かってきた触手を全て斬り捨てた。
しかし、あくまで一時しのぎ。斬られた触手はぬかるみに落ちて回収されてしまう。本体を倒さない限り、このままではジリ貧で負ける。
『駄目だ。あれじゃ勝てない。銀髪のお姉さんじゃ火力が足りない。奴の防御を貫けない』
クソガキも状況不利である事を指摘する。その通り。ハルカ最大の欠点。『火力不足』。
確かにハルカは天才だ。上位転生者とはいえ、戦いの素人だったにもかかわらず、この数日で飛躍的に強くなった。
しかし、どうにもならない問題が有る。ハルカは水使い。汎用性の高さは抜群だが、その反面、火力に欠ける。
私なら、水系でも大火力を出せるが、ハルカはまだその域には達していない。単純に未熟だ。こればかりは、如何に天才でもどうにもならない。御都合主義で塗り固めたフィクションなら、主人公がいきなり最強魔法をぶっ放すなりするんだろうが、現実は甘くない。できない事はできない。
どうするハルカ? あくまでゲームである以上、ルーナの奴は絶対に勝てない奴は出さない。攻略法は必ず有る。弱点なり、何なり、有る。
……もっとも、それが何かわからないのが問題だけど。前回の百面瘡と違い、戦略的撤退も無理だね。どうにかして切り抜けないと。ハルカの力量、センスが問われている。ルーナめ、今頃、大笑いしてるんだろうね。
ハルカside
不味いな。泥使いがここまで手強いとは。重く、粘着質の泥。攻防共に優れた能力。今の僕では奴の泥の壁を貫けない。しかも足元がぬかるみで上手く動けない。体力を浪費する。戦場でぬかるみが恐れられたと聞いた事が有るけど、当事者になって納得だよ。これは厄介だ。
前回の百面瘡みたいに、再生能力を封じるワクチンなんて物も無い。ぬかるみで足を潰してくる辺り、逃がす気も無さそう。戦略的撤退も無理か。そもそも、殺意剥き出し。……気狂いめ。
『女は死ね女は死ね女は死ね女は死ね女は死ね女は死ね女は(以下略)』
本当に下級転生者はよく喋る。……『弱い犬程、よく吠える』。至言だね。うるさいから黙れ。しかし、このままではジリ貧で負ける。どうにか事態を変えないといけないけど……。
泥の触手を鉄扇で捌きつつ、考えを巡らせる。とにかく、泥が厄介。重い! 粘着質! 幾ら斬っても効かない。斬ってもすぐに塞がってしまう。先の百面瘡の上位互換だ。
泥の壁で攻撃は届かず、泥の触手は幾ら斬ってもすぐ再生。きりがない。しかも、ぬかるみで足を取られる。炎か雷系なら、焼き尽くせるものを……。水使いである事が恨めしい。
しかし、いくら嘆いても状況は変わらない。できない事はできない。いきなり炎、雷を使えるようにはならない。そんな御都合主義は無い。
ならば、できる事をやろう。水使いとして。冷静になって考えたら、泥の攻略法が見えた。
生体兵器とはいえ、所詮、下級転生者。しかも、まともな思考ができない完全な狂人。 魔力の流れを感じ取れる僕にはわかる。あいつの魔力の使い方は雑過ぎる。ならば、付け入る隙は有る。
敵が『泥使い』で良かった。それ以外だったら、お手上げだったよ。
さて、狂人にはご退場願おうか。冥界にね。
ナナside
「……何か思い付いたみたいだね」
ぬかるみで得意の御津池神楽を封じられ、重く粘着質な泥の防御を破れず苦戦していたハルカ。
だが、ここにきて、様子が変わった。あれは何かを狙う目だ。勝ちに行く目。さて、何をする気かね?
そう思い、ハルカの打つ手を見ていたが、えらい事をしやがった。
構えを解くと鉄扇を閉じ、餡泥井戸へと向ける。諦めた? そんな訳がない。もっとも、私はともかく、狂人である餡泥井戸にはわからない。ハルカが構えを解いたのを好機と見たか、辺り一面のぬかるみから鋭い泥の触手が現れ、一斉にハルカ目掛けて襲い掛かる。
『女は死ね女は死ね女は死ね女は死ね女は死ねウヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!』
勝利を確信したのか、気色悪い笑い声を上げる餡泥井戸。下級転生者は本当に品性下劣だねぇ。もっとも、その笑いが絶望に変わるのはすぐだった。
ハルカに襲い掛かるはずの泥の触手。その全てが止まった。震えるばかりで、ハルカに向かわない。
『ウヒ?』
ハルカを泥の触手で串刺しにするはずが、そうならず、事態が理解できないらしい餡泥井戸。それに対し、ハルカは畳んだ鉄扇を手に餡泥井戸を睨みつけながら、明らかに集中していた。
『触手が止まった!』
驚くクソガキ。一方、私には何が起きたか。ハルカが何をしたかわかった。だからこそ、内心、舌を巻く。
「これだから天才って奴は……」
ハルカは水使いの力を持ってして、餡泥井戸の操る泥の水分に干渉。その制御を妨害した。あの子は魔力の流れを感じ取れる。その応用か。要はハッキングだ。
しかし………敵の魔力の流れを感じ取り、それに干渉、妨害する。言うのは簡単だけど、実際にやるとなれば難しい。自分の魔力ならともかく、他人。しかも敵の魔力に干渉するのはね。しかし、ハルカはやってのけた。
繰り返すが、これだから天才って奴は……。あの子はほんの数日前まで、魔道とは全く無縁の素人だった。魔道における基礎。魔力を感じ取る事。魔力を扱う事の初歩は学んだが、その先はまだ教えていない。
にもかかわらず、ハルカは高等技術である魔力のハッキングをぶっつけ本番でやってのけた。命懸けの戦いの中でだ。一つ間違えば死ぬ状況で、何という才能と度胸。おとなしいくせに、たまにとんでもない事をする。
だが、これで状況は変わった。狂人である餡泥井戸に論理的な思考はできない。要は想定外の事態に弱い。
『ウヒ? ウフヒハホフヘフヒーッ?!』
餡泥井戸は泥が制御できない事態に奇声を上げるばかり。まともな奴なら、すぐさま別の手に切り替えるだろうが、所詮、狂人。できない。そしてそんな隙を見逃すハルカじゃない。当然、反撃に出る。もはや、辺り一面のぬかるみすらハルカの支配下になり、強固な地盤に固められていた。こうなれば、ハルカの勝ちだ。
「死ね」
ぬかるみに足を取られ続けた事に対する憂さ晴らしも兼ねてか、ダッシュからの斬首……ではなく、餡泥井戸の持っている鍬を斬った。
「ウヒギャアァァァァァァアッ!!!!」
斬られた鍬から鮮血が噴き出し、男の身体が泥に変わって崩れていく。さすがは魂の熱を感じ取れるだけはある。男は泥人形。鍬こそが本体と見抜いていたか。こういう本体が他所に有る奴は、本体をやられたら終わりだけど、逆に本体さえ無事なら死なないから厄介。
……普通は本体を安全な所に隠すんだけどねぇ。所詮、狂人。そして使い捨てか。ともあれ、これで四階もクリア。残るは最上階の五階だけ。
それにしてもだ。水と土の混合物である泥使いが相手だったからこそ、ハルカは水使いの力でハッキングからの、逆転勝利ができた。もしこれが、火、雷とかだったら、最悪、詰んでいた。ルーナの奴め。本当に加減が上手い。単なる力押し、考え無しでは勝てない相手を差し向けてきやがる。逆に言えば、ちゃんと考えれば勝てる相手だ。
……下級転生者を始めとする、力押ししかできない馬鹿には無理だけどね。
ともあれ、四階のボスを倒した事で、私達の前に階段が現れる。最上階、五階への階段だ。残る階層は一つ。五階に有る院長室がゴール。
「……終わったみたいですね。では、行きましょうか」
餡泥井戸が崩れ去った後も鉄扇を構え、残心をしていたハルカ。五階への階段が現れた事で終わったと察し、ようやく残心を解く。……本当に数日前まで素人だったとは思えないね。敵が完全に死んだと確認するまで油断しない。案外、できないんだよ、これが。そして、最後の反撃を食らって死ぬ奴も後を絶たない。本当に大した子だよ。
「そうだね、行こうか。いよいよ最上階。ゴールは近い。とはいえ、油断するんじゃないよ。最後の最後で何かを仕掛けてくるのは定番だからね」
「同感です」
あの性格のひん曲がったルーナの事だ。すんなりゴールに行かせる訳がない。とびきりの嫌がらせを用意しているのは明白。
だからといって、引き返すという選択肢は無い。進むしかない。
そして私達は五階へと歩を進める。この階の院長室に着けば終わり、のはずだけどね。
ルーナside
「あ〜、やっぱりやられたか〜。ハッキングで泥の制御を奪うとはね〜」
異世界でのんびり農家なんて寝言を抜かし、次々とやってくる女達を受け入れた挙げ句、裏切られた馬鹿な下級転生者を元にした、泥使いの生体兵器、餡泥井戸。
辺り一面をぬかるみに変えて、ハーちゃんの足を潰し、攻防共に優れた泥の異能で苦しめたものの、泥が水と土の混合物であるが故に、水使いの力で泥を構成する水分に干渉され、封じられた。
しかも、本体が鍬の方だと見破られ、あっさり斬られて終了。……先の百面瘡の方がまだマシだったんじゃない? 所詮、馬鹿だね〜。
「ハーちゃんは水使い。火、雷は使えない。泥を焼き払う事はできない。ならば、水使いとしてどうにかするしかない。その事に気付くかどうかを試したんだけど、ちゃんと気付いたね。ルーナ様、感心感心」
御都合主義なんて無いからね〜。できない事はできない。奇跡は起きない。自分の手札を如何に上手く使うか? それが今回のテーマ。見事、ハーちゃんは応えてみせた。
「あれで魔道開眼して数日とはね〜。本当に上位転生者は凄い。……いや、ハーちゃんが凄いと言うべきだね〜」
魔道開眼を果たしたとはいえ、まだ、魔力の扱いは基本中の基本しか学んでいないはず。にもかかわらず、急速に魔力の扱いが上達している。恐るべき成長力。そして学習力。あらゆる経験を糧とし、成長している。今まで見てきた上位転生者と比べても別格。そりゃ、ナッちゃんも弟子に取るよ。むしろ、取らない理由が無い。こんな類稀なる逸材を逃がすなんて、馬鹿のやる事。……下手すると、最大の敵になるからね。確保するのは当然。
「さてさて、餡泥井戸もやられて、とうとうハーちゃん達は五階に来たね。せっかくだから、歓迎してあげようか。盛大にね」
割とサクッと各階のボスを倒されちゃって、つまらないからね〜。ここは大盤振る舞いしてあげよう!
「という訳で〜、不良在庫一掃処分しま〜す!」
下級転生者を素材にした生体兵器達をまとめて放出。どうせ幾らでも替えの利くクズ共だしね〜。ちょっとは盛り上げる役に立ちなさいっての!
本当につまらない連中。下級神魔の甘言にホイホイ飛び付き、最強、無双、ハーレム、成り上がりと調子に乗る。あからさまな詐欺なのに。そんなのだから、負け組なのにね〜。
浅い知識、技術しかないくせに、異世界を見下し、超一流気取り。で、破滅する。
……約二百年前。龍華帝国で幼い皇子をみすみす死なせた、下級転生者。元、看護師の馬鹿女。こいつも異世界を舐めていた。
この馬鹿女、宮廷内の清掃係として採用されてね。おとなしく仕事に徹していれば良いものを、わざわざ宮廷内の権力闘争に首を突っ込む愚行。最終的に斬首に処される羽目に。
その当時の龍華帝国は、先帝が若くして亡くなり(暗殺)、次期皇帝の座を巡っての暗闘が繰り広げられていた。
次期皇帝候補は二人。先帝の息子、皇子。先帝の弟、皇弟。どちらも正統な帝位継承権が有り、どちらが次期皇帝の座に就くか? 皇子派と皇弟派。二つの派閥の者達の利害関係やら、思惑やら、複雑に絡み、宮廷内は混沌としていた。
お互いに相手が邪魔。何としても、蹴落としたい。始末したい。
お互いに蹴落とされたくない。始末されたくない。
裏では双方による攻防が日夜繰り広げられていた。
そんな中、下級転生者の馬鹿女が宮廷内の清掃係として採用された。そして、事件は起こった。
突然、皇子が全身に発疹が出る謎の病に冒された。原因不明な上、様々な薬を処方しても治らず、周囲は呪いだと大騒ぎ。
そこで出しゃばってきたのが、清掃係の馬鹿女。下級転生者の定番。前世の知識ガーで、事態を解決しようとした。
周りが呪いと騒ぐ中、『呪いなんか存在しない』と断言。自分が原因を突き止め、解決すると豪語。そして実行に移した。ま、行動力だけは買ってあげる。……それ以外は論外だけどね。
元、看護師だけに、皇子の症状がアレルギー反応である事。卵が原因の卵アレルギーである事を見抜いたまでは良かった。要はアレルゲンである卵を避ければ良い。今回の件は明らかに皇子の命を狙った犯行。
すぐさま、内部監査が行われ、卵入りの料理を皇子に供していた女官が逮捕された。以降、皇子に卵を使った料理は供されなくなり、これで、一件落着……と、馬鹿女は思っていたみたいだけどね〜。
所詮、元、看護師。下級転生者。宮廷内の権力闘争を甘く見ていた。あと、プロの暗殺者を。
アレルゲンである卵を避ける事で、一件落着と思われた皇子の病。ところが、事態は一変、大変な事に!
まだ病み上がりという事で、卵抜きのお粥を食べていた皇子。その時だった。突然、皇子が激しい吐血。更に、全身が爛れ、崩れていく。給仕の女官がすぐさま医師を呼ぶも、もはや手遅れ。哀れ、皇子は僅か五歳にして、その生涯を閉じた。
病が解決したはずの皇子の、突然の怪死。当然、宮廷内は上を下への大騒ぎに。そして、その矛先は、あの清掃係の女。元、看護師の下級転生者に向いた。あの女が卵が原因だと言い、卵を皇子の料理の食材から外したら、皇子が突然の怪死。明らかに怪しい。かくして馬鹿女は皇子怪死の『犯人』として捕らえられて、即日、斬首に処された。
……いわゆる『蜥蜴の尻尾切り』。全ての罪を馬鹿女になすり付けて、真犯人はまんまと逃げ切り。その後、皇子が亡くなったせいで、皇子派は失墜。皇弟が次期皇帝の座に就いた。
さて、馬鹿女はどこで間違ったのか? 何を間違ったのか?
ルーナ様に言わせてもらえば、ぶっちゃけ、最初から全部。
まず、天才ならともかく、元、看護師の下級転生者の分際で、宮廷内の権力闘争に首を突っ込む事自体が致命的な間違い。権謀術数渦巻く宮廷内を舐め過ぎ。
続いて、『呪いなんか存在しない』と否定した事。あのさ、ここ異世界だよ? 元の世界とは違うんだよ? 下手すると物理法則すら違うんだよ? 馬鹿女はそれを理解しなかった。異世界では元の世界の常識が通じるとは限らない。
事実、この世界には魔法を始めとした様々な術が存在する。ちなみに皇子を死に追いやったのは呪詛だった。それもプロの暗殺者の仕業。
まず皇子の卵アレルギーを利用しての殺害狙い。それが見破られ、卵を避けられたら今度はそれを条件に呪詛発動。その呪詛を破られたら、更にそれを条件に、既に仕込んでいた毒が発動。それを解毒しようとすれば、自殺するように、皇子に暗示が仕込まれていた。実に念入りに皇子殺害の手段が練られていた。
プロの暗殺者はね。何重にも策を巡らせる。より確実に標的を殺害する為に。たかが策の一つを潰されたぐらいで暗殺失敗するようじゃ、プロの暗殺者は名乗れない。
馬鹿女は皆が呪いと騒ぐ中、卵アレルギーを見抜いた自分凄いと、優越感に浸りたかったんだろうけど、所詮、元、看護師風情ではプロの暗殺者の足元にも及ばない。余計な事をしたばっかりに、みすみす皇子を死なせ、更に自分は皇子殺害犯として斬首される羽目に。本当に不様なオチ。
ちなみにルーナ様だったら、皇子を治せたよ。『冥医』の異名は伊達じゃないの。ただし、出す物出せばだけどね〜。ルーナ様、無償じゃ何もしないよ。相応の対価は頂くからね〜。
「さて、不良在庫一掃処分に対し、ハーちゃんはどうするかな〜?」
これまではあえて、戦力の逐次投入をしてきた。戦場において、一番やってはいけないと言われる悪手を。
だけど、遊びはもうおしまい。大軍で押し潰しに掛かる。単純ながら、これ程有効な戦術は無い。数の暴力。
「数の暴力を切り抜けられたなら、直接会ってあげる。ハーちゃんなら、できなくはないはずだよ」
今回はクリアできるかどうか、ギリギリ。お手並み拝見。
ハルカside
最上階の五階。ゴールである院長室を探し、探索中。ナナさんは院内の案内板を見たそうだけど、この階に限らず、明らかに内容が一致していないらしい。構造を変えたという事か。残念ながら、自力で探すしかない。
「……何も出てきませんね」
「気を付けなハルカ。油断させておいて、不意を突くのは定番だよ」
「そうですね」
これまでの階では度々、雑魚の襲撃が有ったのに、五階に来てからは一切の襲撃が無い。その静けさが逆に不気味。ナナさんの言うように、油断させて、不意を突くつもりか? そんな中、事態は動いた。
通路の先。行き止まり、と思いきや、扉が有る。あからさまに不自然。
「ナナさん、あれ、どう思います? 僕は怪しいと思います」
「そうだね。露骨に怪しいね」
『怪し過ぎるよね』
あまりにも怪しい扉。ナナさんに意見を聞くと、露骨に怪しいとの事。個難君も怪し過ぎると、扉に疑いの目を向ける。
しかし、別ルートを選ぶという選択肢は無かった。なぜなら……。
ビシビシ! ガラガラガラ!!
背後から聞こえてきたのは破壊音。振り返れば、後ろの通路がひび割れ、崩落している。しかも、こちらに向かっている。
「走れ!」
ナナさんに言われるまでもなく、僕達は前に向かって走る! 背後で通路が崩落していく中、間一髪で扉へ辿り着き、その向こうへ。あからさまな誘導ながら、他に選択肢は無かった。なんて強引なんだ。
「大丈夫かい?」
「はい、何とか……」
『何あれ。欠陥構造じゃないの?』
幸い、扉の向こうは崩落しなかった。とりあえず、全員無事。しかし、明らかな誘導。ここは一体何だろう? 辺りを見渡してみる。
扉を抜けた先は、相変わらずの白一色。しかし、見覚えの有る構造をしていた。広い円形の地面をグルっと囲む、階段所の観客席。
色こそ違うけど、その形は古代ローマ時代の闘技場そのもの。
「ナナさん。ここ、僕の世界で古代に作られた闘技場にそっくりなんですが……」
「へぇ。あんたの世界でもかい。確かにこいつは闘技場だね。となれば、次の展開は読めるね」
ナナさんに僕の世界で古代に作られた闘技場にそっくりと言ったら、この世界でも、これは闘技場らしい。そして次の展開は読めると言われた。僕も同感。
『ちょっとお姉さん達。嫌な事、言わないでよ』
個難君に文句を言われたが、ごめん、それどころじゃない。案の定、大量の化け物達。生体兵器が現れた。これまでは数体だけだったのが、一気に出てきた。
「やっぱり、こうなりますよね!」
大量の生体兵器を投入する為に、この場所を用意したのか。しかし、なんて数だ。たちどころに辺り一面を埋め尽くしていく。
……まぁ、殺すけど。どいつもこいつも、くだらない下級転生者の成れの果て。存在自体が不愉快極まりない。『無能は死ね』。
「狐月斎さんに感謝。本当に良い技を見せてもらいました。あと、死神ヨミにも感謝。確かに優れた身体です」
鉄扇を開き、構える。思い出せ、あの時、大量の怪植物トライフィートを一掃した狐月斎さんのあの技を。あの時の魔力の流れを。そして自分なりに取り込み、再現。
イメージするのは、狐月斎さんの使った大技。無数の三日月を周囲に放ち、トライフィートを一掃したあの技。
「技の名前を聞いておけば良かったかな」
とりあえず、やってみる。見様見真似狐月剣、大量バージョン!
鉄扇を振るうと水の三日月が大量に現れ、更に風の刃が荒れ狂い、生体兵器の大群を切り刻む。さすがに本家本元には及ばないけど、それでも敵を一掃するには十分だった。改めて、狐月斎さんと死神ヨミに感謝。
しかし……。
その直後に来た凄まじい疲労感に、堪らず膝を付いてしまう。この技、とんでもなく魔力、体力を食う。こんな技を使って平然としている辺り、狐月斎さんの凄さを思い知らされる。ともあれ、これで敵は全て片付いた。
『コングラッチュレーション!! おめでとう!! 院長室への道は開かれた!!』
祝福のメッセージが流れ、闘技場の壁に穴が開いた。どうやら、これが院長室への道らしい。
……しかし、僕はこれで終わったとは思っていない。なぜなら。
五階のボスを倒していない。
先程、皆殺しにした連中だけど、ボスの証の頭上のフロアボスの表示持ちが見当たらなかった。
単に見落としただけかもしれないけど、まがりなりにもボスをあんな使い捨てにするとは思えない。盛り上がりに欠ける。つまらない。少なくとも、僕ならしない。
「まだ終わりじゃない」
しくじったな。力の配分を間違えた。思った以上に狐月斎さんの大技の真似は消耗が激しかった。完全に僕の判断ミス。一人だったら詰んでいた。
「そういう事さ。ほら、とりあえず、これ飲みな」
だが、幸い、僕は一人じゃない。ナナさんがいる。回復薬を渡された。
「ありがとうございます。でも、これはルール違反にならないんですか?」
「ルール上、あんたに加勢するのは駄目だけど、戦闘後に回復薬を渡す事は禁止されてない」
「助かりました」
ナナさんから渡された回復薬を飲むと、消耗していた体力、魔力が元通りに。凄い効き目だ。でも、その上で猛省する。まだまだ未熟者だと。
「さ、回復したなら行くよ。院長室はもうすぐだ。でも、油断するんじゃないよ。ルーナは性格がひん曲がっているからね。最後の最後で何かろくでもない事を仕掛けてくるはずさ。あいつはやる。絶対やる。もしやらなかったら、帰りに連合で美味い飯を奢ってやるよ」
「……そうですか」
いよいよ院長室へ。しかし、ナナさん曰く、ルーナさんは最後の最後で何かろくでもない事を仕掛けてくると断言。もしやらなかったら、帰りに美味い飯を奢ってくれると。なるほど、絶対にやるという事ですね。
でも、進むより他に道は無い。僕達は院長室へと向かう。
ナナside
……我ながら、とんでもない子を弟子にしたもんだ。死神ヨミめ。
ルーナによる強制的な誘導により、闘技場へと来てしまった私達。そこへ現れたのは、生体兵器の大群。これまではチマチマと小出しにしていたが、ここにきて、一気に出してきやがった。
そもそも、戦力の逐次投入は悪手。やるなら、大戦力を一気に投入、殲滅が定石。数の暴力。単純だが、最強の一手。要は手抜きから、本腰を入れてきた訳だ。
私が出れば即座に終わるが、ルール上、それはできない。ハルカは水使い、しかも未熟者。大量の敵を即時殲滅できる大火力は出せない。
……と思っていた時が私にも有ったよ。
ハルカは生体兵器の大群を前に一切、怯む事なく、鉄扇を開き、構えを取った。魔力、集中力を高めていくのがわかる。何をする気かと思ったら、先の怪植物トライフィート戦で、狐月斎がトライフィート達を殲滅した大技。あれを繰り出した!
ハルカを中心に全方位に放たれる、大量の水の三日月と吹き荒れる暴風。水の刃の三日月と、暴風の刃が生体兵器共を切り刻む。圧倒的な暴威。正に破壊の嵐。
三日月と暴風の嵐が納まると、生体兵器共の残骸と、その中心で荒い息をしながら膝を付くハルカがいた。こりゃ不味い、あんな大技を使ったせいで、激しく消耗している。早く回復してやらないと。幾ら天才とはいえ、ハルカはまだ十六歳。精神も身体も未完成だからね。
秘蔵の回復薬、エリクサーを取り出し、ハルカに飲ませる。死んでいなければ完全回復できる、最高クラスの回復薬。当然、高価、貴重品だが、こういう時に使わなくてどうする? 私は物や金の使い所は間違えないよ。
幸い、ルール上、私が直接手出しするのは禁止だけど、回復薬を渡す事は禁止されていない。エリクサーを飲んでハルカは完全回復。いよいよ、院長室へと向かう。
それにしても、ハルカには驚かされてばかりだ。恐るべき成長力、学習力、応用力。ハルカは魔力の流れを感じ取れるが、それを応用し、一度見ただけの狐月斎の大技の魔力の流れを真似て、技を再現してみせた。それも単なる真似ではなく、独自のアレンジを加えてだ。つい先日まで、全くの素人だったのに。
「これだから天才って奴は……」
凡人がどんなに努力しても越えられない壁の向こう側にいやがる。
「私の元に来て正解だったね」
これが凡人共の中にいたら、その天才ぶりを恨まれ、憎まれ、妬まれて、潰されていただろう。私は過去、そうして周囲に潰された天才達を何人も見てきた。
『凄かったよ、お姉さん! 正に超必殺技って感じ!』
クソガキはハルカの繰り出した大技の凄さに素直に感動したらしく、騒がしい。
「ありがとう。でも、もうやらない。消耗が激し過ぎる。実用的じゃない。あれ、先日会った人の技の真似なんだけど、その人はこの技を出しても息一つ乱さなかった。威力も範囲もこんな程度じゃなかった。それと比べればまだまだだね」
それに対しハルカは礼を言いつつ、反省。狐月斎の大技を真似したは良いが、消耗が激し過ぎ、実用的ではないと。更に、狐月斎と比べれば劣ると、冷静かつ、客観的に評価している。これが下級転生者だったら、自画自賛の嵐だろうさ。あいつら、客観的に物事を見る事ができないからね。そんなのだから負け組なんだよ、クズが。
さて、いよいよ院長室だけど、これで終わりな訳がない。まだ、五階のボスが出てきていない。ルーナはルールは厳守する。各階にボスがいると明言した以上、必ずいる。
だから、ハルカに告げた。ルーナは最後の最後で何かろくでもない事を仕掛けてくると。あいつはやる。絶対やる。そういう奴だ。
ルーナside
「…………驚いたね〜! 不良在庫一掃処分とはいえ、生体兵器の大群をあっさり一掃しちゃったよ!」
いやはや、本当にびっくり! 数の暴力を、それを上回る個の暴力で叩き潰した。あいつら、平均レベル、百以上なんだけどな〜。瞬間的にだけど、ハーちゃんのレベルは三百超えを果たしていた。今は約、八十〜九十ぐらい。
「あんな技はナッちゃんは使わない、となれば、他所で覚えてきたんだろうね。だけど、覚えるのと、使えるのは違う。知っている事を実現する。言うのは易く、行うのは難い。……とんでもない才能だよ」
パクリ? 何が悪いの? 漫画や小説の盗作は悪いけど、戦いで他者の技を盗むのはむしろ称賛すべき事。優れた技はどんどん盗むべし。
もっとも、単なる真似で終わる奴は駄目だけどね。下級転生者によくいる、コピー能力者。あいつらは単にコピーするだけ。何も考えていない。
だから、手に負えない能力までコピーして破滅する。コピーするのと、使えるのは違うのに。強い力には相応の負荷が掛かるんだよ。それに耐えられない奴には死有るのみ。
で、先程のハーちゃんの大技だけど、単なる真似じゃない。独自のアレンジを加えての再現らしい。本家本元と比べれば劣るそうだけど。でも、できた時点で凄い。
「上位転生者という事を差し引いてもなお、凄い。単なる真似じゃない。優れた技を貪欲に盗み、更に自分なりに取り込んでいる。強くなるよ、ハーちゃんは」
異世界キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!! と浮かれるだけの下級転生者とは違う。異世界の恐ろしさを正しく理解し、故に強くなろうとしている。
「だからといって、最強には興味無さそう。馬鹿は最強、最強とうるさいけどね」
強くなろうとしているハーちゃんだけど、彼女の目的は最強になる事ではないだろうね。彼女にとって、戦いは手段に過ぎない。仮に最強を目指すとしても、それは目的ではなく、目的達成の為の手段でしかないと思う。
「下級転生者は欲望でギラギラしてるけど、上位転生者は皆、落ち着いている。ずっと先を見ている。ハーちゃんも例外じゃない。これから先の未来を見据えている。何より、これが現実だと理解している。原作知識ガーと、馬鹿丸出しの連中とは違う」
下級転生者の定番。ゲームやラノベの世界に転生した。原作知識で無双!
……馬〜鹿。そんな事できる訳ないでしょ。それらは全てフィクション、架空の物語。要は『嘘』。
つまり、存在しない。存在しない世界には行けない。当たり前。最近、この手の作品が流行りだけどさ〜。ルーナ様に言わせてもらえば、異世界と架空の世界を一緒くたにするな、馬鹿。
でも現実逃避する馬鹿は後を絶たない。悲しいね〜、負け組は。そんなのだから負け組なんだけどね。(笑)
あとね、異世界は理想郷でも楽園でもないの。異世界で活躍する奴は、元の世界の時点で優秀。負け組のクズは異世界に来たって無駄。破滅するだけ。クズが大好きなゲームで例えたら、難易度イージーでも駄目な奴が、難易度ルナティックで通用する訳ないじゃない。何が異世界で無双よ、馬鹿過ぎ。
他にも、ハーレムだの、成り上がりだの、改革だの、最高の仲間達と理想国家建国だの……。どいつもこいつも絵空事ばかり口にしては、破滅に向かって一直線。お前ら馬鹿なんだから、おとなしくすれば? 無理か、馬鹿だから。ルーナ様、大爆笑!
ま、そんな馬鹿のおかげでルーナ様、人体実験の素材に困らないんだけどね。あんなクズ共、幾らいなくなろうが誰も困らないし。
「さて、と。闘技場を制した訳だし、いよいよハーちゃん達とご対面。お茶とお菓子は用意したし、準備は万全。さすがルーナ様、仕事が完璧」
ルーナ様特製のお茶とクッキーを用意し、人数分のティーセット一式も用意した。
「早く来ないかな〜。対面はしてあげるよ。対面はね」
闘技場を制した以上、院長室には迎え入れるし、対面もしてあげる。ルーナ様の決めたルールだからね。ちゃんと守るよ。
「だからこそ、最後の壁。五階のボスがお相手するよ。ルーナ様言ったよね? 各階にボスがいるって。最後のボス、勝てるかな〜?」
ルーナ様が作った生体兵器の中でも、下級転生者が素材じゃない、上位種。これまで下級転生者を最も多く葬り去ってきた、ルーナ様のお気に入り。
「力ずくじゃ勝てないよ? ハーちゃんの頭の柔らかさを試させてもらうね」
力ずくしかできない馬鹿では、絶対に勝てない上位生体兵器。
「出番だよ、コードBD」
???side
『はいはい、わかっていますよ。あ〜ぁ、嫌だね、生体兵器遣いが荒くて。クズならともかく、綺麗なお姉さん相手は本当に嫌だなぁ……』
ホワイトホスピタル四階のボス。泥使いの生体兵器、餡泥井戸。重く、粘着質な泥にハルカは苦戦を強いられる。ぬかるみに足を取られて機動力を潰され、更に泥の壁に攻撃は阻まれてしまう。そして泥の触手が襲い掛かる不利な状況。
火、雷なら泥を焼き払えるが、ハルカは水使い。しかし、ハルカは水使いならではの逆転の一手を打つ。水使いとして、泥を構成する水分に干渉。泥の制御を妨害、更には奪い取った。
こうなれば、もはやハルカの勝ち。所詮、狂人。しかも本体は鍬と見破り、一太刀で斬り捨てた。
そして遂に最上階、五階到着。ルーナも本腰を入れ、生体兵器の大量投入。しかし、それさえも、ハルカは狐月斎の大技を真似て一掃。
遂に開かれた院長室への道。その先にルーナが待つ。そして動き出す、五階のボス。コードBD。力ずくでは勝てない、上位生体兵器。
今回の馬鹿
元、看護師の下級転生者の女。約二百年前に東の大国。龍華帝国に転生。その知識を活かし、宮廷内の清掃係に就く。
よせば良いのに、皇子派、皇弟派による次期皇帝の座を巡る権力闘争に首を突っ込む。下級転生者定番の『現代知識ガー』で、皇子の病が卵アレルギーである事を見抜き、卵を食事から除外させたまでは良し。
しかし、まがりなりにも皇子を狙う程の暗殺者が、たかが、一つ手を潰されたぐらいでどうにかなる訳もなく。
二の矢である、卵を食べない事を条件とする呪詛が発動。皇子は突然の怪死。清掃係の女は真っ先に皇子殺しの容疑者として捕らえられて、裁きもすっ飛ばし、即日斬首。
敗因は、自信過剰と異世界軽視。たかが元、看護師風情にしてやられる程、プロの暗殺者は甘くない。
そして、呪いなど存在しないと思っていたが、ここは異世界。元の世界の常識が通用するとは限らない。事実、皇子を殺したのは呪詛。
異世界は理想郷でも楽園でもない。行動、判断を誤った者には容赦なく死が降り掛かる。




