第24話 ハルカ、外の世界へ 冥医編
ハルカside
三大魔女、最後の一人。『冥医』ルーナ・イメナトア。その人に会うべく、東の大陸、扶桑に向かう事に。
ナナさんから、ルーナは私やクローネ程、甘くない。私から離れるんじゃないと言われた。自分以外は実験台としか思っていないと。
趣味からして、新薬開発、人体実験、拷問、解剖という、恐ろしい人。特に下級転生者を捕らえては、人体実験、拷問、解剖を繰り返しているそうだ。ましてや、上位転生者である僕相手なら、何をするかわからない。
そして見えてきた、扶桑大陸。そこから更に進むと大きな湖が見えてきた。琵琶湖ぐらいは有るんじゃないかな?
「ハルカ、あれが東方最大の湖。冥鏡止水。同時に扶桑における最大の禁足地でもある。そこにルーナは住んでいる」
「禁足地って、いわゆる入ってはいけない、禁断の地ですよね? そんな所に住んでいるんですか?」
禁足地と言えば、入ってはいけないといわれる場所。僕の元いた世界だと、『八幡の藪知らず』が有名だ。小さな森だけど、入ったら出られないと言われている。
「そうだよ。あいつはここに居を構え、今でも実験台として、せっせと下級転生者狩りをしてる。だから、気を付けるんだよ。あんたは上位転生者だ。ルーナからすれば最高の研究材料。捕まったら、帰れないからね」
「気を付けます」
「そうしな。向こうに着いたら、絶対に一人になるな。恥ずかしいだろうけど、花を摘みに行く際も私が同行するからね。今回に限らず、その時は拉致、暗殺の絶好のチャンス。ましてや、今回の場合、あいつが見逃す訳ない。絶対やる。私やクローネとは違う」
改めて、異世界の恐ろしさ。危険性を思い知らされた。『冥医』ルーナ・イメナトア。知的探究心の為なら、何でもやる。元いた世界では、こんな恐ろしい人と関わる事は無かった。
だが、ここは異世界。そして今の僕は魔女見習い。こんな恐ろしい人とも、関わらなければならない。
「ハルカ、何度でも言うよ。異世界は理想郷でも、楽園でもない。油断してたら、すぐ死ぬよ」
「はい」
「それで良い。馬鹿が幾ら死のうが知ったこっちゃないが、あんたに死なれたら困る。さ、もうすぐ着くよ。繰り返すけど、油断するな。私から離れるな」
そしてバイクは大きな湖のほとりへと辿り着いた。ナナさんがバイクから降り、僕も続く。
「さ〜て。久しぶりのご対面といくか」
岸辺に立ち、そう言うナナさん。目の前には湖が広がるばかりで何も無い。しかし、気味の悪い湖だな。こんなに大きな湖なのに、生き物の姿が全く無い。
「ハルカ。ここ冥鏡止水がなぜ、禁足地なのか教えてやるよ」
すると、ナナさんがこの湖、冥鏡止水が禁足地である理由を話してくれた。
「世界には境界が有り、それぞれ独立している。故にそう簡単には異世界に行けない。しかしだ。その境界が曖昧になっている箇所が幾つか有る。その一つがここさ。世界の境界が曖昧なのは、極めて危険。どこへ通じているかわからないし、何が来るかわからない。だから、結界で湖ごと封鎖され、禁足地指定されたのさ。ちなみにゲームでお馴染み、『ダンジョン』はこの一種」
「そういえば、ギルド本部に行った際、冒険者免許の件でダンジョンの事に触れていましたね」
「よく覚えていたね。もっとも、ゲームなんかで出てくる奴と同じと考えていたら死ぬよ。冥鏡止水は『門』に対し、ダンジョンは『迷宮』。しかも、その形態は固定ではなく、常に変化し続ける。揺らいでいる空間なんだ。よって通常のマッピングなんざクソの役にも立たない。揺らぐ空間内でも空間座標を把握する能力が不可欠。更に異世界の存在が跋扈する途轍もなく危険な場所さ。だが、見返りもまた大きい。この世界には無い、異世界の物品。運が良ければ、今では失われた旧世界の遺物。大当たりなら、アーティファクトさえ見つかる。だから、ダンジョン探索を生業とする者は後を絶たない。一攫千金、人生一発大逆転を狙ってね。ま、ほとんどが失敗して死ぬけど」
ナナさん曰く、この辺りは世界の境界が曖昧であり、どこへ通じているかわからない。何が来るかわからない。極めて危険な場所であり、湖ごと、結界で封鎖され、禁足地指定されたと。
そして、ゲームでお馴染みのダンジョン。それもこの一種だと。冥鏡止水は門に対し、ダンジョンは常に変化し続ける迷宮。
通常のマッピングなんか役に立たない。常識が通じない場所。途轍もなく危険な反面、見返りもまた大きい。異世界の物品が手に入るチャンス。運が良ければ、今では失われた旧世界の遺物。大当たりなら、アーティファクトが見つかる事も有るそうだ。だから、ダンジョン探索者は後を絶たない。一攫千金、人生一発大逆転を夢見て。……ほとんどが失敗して死ぬらしいけど。
「さて、ルーナがここに居を構えている理由。既に話したけど、あいつの行動理念は知的探究心。ここなら色々な存在がやってくるから、面白いらしい」
「僕だったら、こんな所に住みたくないです。何が出てくるかわからないなんて、怖いじゃないですか」
「それは同感だね。ルーナは奇人変人だからね」
随分と変わった人らしい。その時だった。突然、湖の水面に両開きの扉が映し出された。
「ふん。向こうからわざわざ扉を出してくれたよ。道を開く手間が省けたね。行くよ、ハルカ」
「はい」
水面に映し出された扉が開く。ナナさんの魔法で二人、宙を舞い、扉の中へ。
ナナside
ルーナの奴、わざわざ扉を開くとはね。……それだけハルカに注目しているって事か。
あいつは一見、陽気な性格だが、その本質はとにかく傲慢、自己中、排他的な奴。自分以外は基本的に実験台としか思っていない。邪魔な存在、不快な存在は徹底的に排除。逆に欲しければ力ずくで奪い取る。そんなルーナがわざわざ私達を招き入れた。はっきり言って、破格の扱い。
「何考えているんだか知らないけど、私の弟子に手を出したら承知しないよ」
ハルカの手を握ると、握り返してくる。良い子だ。それで良い。油断も隙もない奴だからね。
宙を舞い、水面に開いた扉をくぐると、扉が閉まる。着いた先は、白一色の無機質な通路。
「病院みたいです」
「それで合ってるよ。ここはルーナの経営する病院であり、研究所。ホワイトホスピタル」
ルーナがその魔力で生み出した、固有領域『ホワイトホスピタル』。あいつの性格そのものを表している、白一色の不気味な場所だ。本当にいつ見ても気味の悪い場所だよ。ホラーゲームかっての。
「白一色ですね。病院でも、もう少し配色ってものが……」
ハルカも白一色で誰もいない病院という状況が怖いらしく、私の腕にしがみつく。そりゃ怖いわ、こんな場所。
「ルーナは傲慢、自己中、排他的の三拍子でね。あいつから見た世の中。無味乾燥でつまらないという事の表現さ。事実、それだけの実力が有る」
「……ナナさんが人でなしと言った事に納得です」
「だろ?」
だから怖いんだよ。あいつは基本的に無関心な反面、興味を持った対象にはとことん執着するからね。邪魔する奴には容赦ない。
「とりあえず、行くよ。行き先は院長室。ルーナはそこにいる」
壁の案内板を見て、院長室の場所を確認。前回来た時と構造が変わってやがる。あいつ、自身の拠点であるホワイトホスピタルを度々、弄ってるからね。
さて、あいつがこのまますんなり会ってくれるとは思えない。ハルカに対し、何らかのリアクションは起こす。絶対やる。それも悪趣味な奴を。
ハルカside
湖の水面に映し出された扉。それを抜けた先は、白一色の病院らしき不気味な場所。ナナさんは、ここがルーナさんの経営する病院であり、研究所。ホワイトホスピタルだと教えてくれた。
しかし、本当に辺り一面、白一色。あと、僕とナナさん以外は誰もいない。物音一つしない。病院を舞台にしたホラーゲームみたいだ。怪物とか、ゾンビとか出てきそう。
その間にナナさんは壁の案内板を見ていた。院長室に行くと。そこにルーナさんがいるらしい。
「くどいけど、気を付けるんだよ。ルーナは甘くない。あいつはほとんどの事に興味が無い反面、興味深い対象には、とことん執着する。ましてや、あんたは滅多に現れない上位転生者。間違いなく、あんたに興味を持っている。何か仕掛けてくるよ。絶対やる。しかもあいつは悪趣味だからね。ろくでもない内容なのは確か」
「無人の病院だけに、怪物や、ゾンビが出てくるとかですか?」
するとナナさんは返事の代わりにナイフを出した。
「構えな、ハルカ! お出ましだよ!」
言われて、すぐさま腰のホルダーから鉄扇を抜いて構える。通路の向こうから現れたのは、病院でよく見る緑色の病衣を着た何かが複数。
一応、人型。なぜか、頭が三角コーン。よく工事現場とかに有る奴。繰り返す。頭が三角コーン。……某漫画家ですか?
ふざけた外見。しかし、ナナさんからの叱責が飛ぶ。
「ふざけた外見だけど油断するんじゃないよ! 『尖り頭』は、ルーナが下級転生者共を素材にしてほんの暇潰しに作った生体兵器。今回は一番下っ端の『三角コーン頭』だけど、平均レベル三十。まともに戦ったら勝ち目は無いよ」
ルーナさんが下級転生者を素材にしてほんの暇潰しに作った生体兵器か。悪趣味だな。見た目はふざけているけど、平均レベル三十。僕より格段に強い。(ハルカはレベル十二ぐらい)
三角コーン頭達は、空中より取り出した三角コーンを振りかざし、襲い掛かってきた。狙いは僕か。
「ルーナからのテストだね。この程度で死ぬならいらない。会う価値無しって事さ。私は手伝わないよ。自力で切り抜けな」
「わかりました!」
これはテスト。僕が会うに値する相手かどうかの。この程度で死ぬようなら、会う価値無し。格上相手にどう立ち回るかを見られている。とりあえず、まずは様子見。三角コーン頭がどんな奴か、どんな戦い方をするか見極める。
ふざけた外見の怪人、三角コーン頭。数は五体。全員、武器も三角コーン。片手でブンブン振り回して攻撃してくる。振り回す速さもかなりのもの。
ゴォンッ!!
咄嗟に避けた攻撃。床に叩き付けられた三角コーンが凄い音を立てる。普通の三角コーンが出せる音じゃない。何製なんだ? なんて言ってる場合じゃないな!
すぐさま他の三角コーン頭が三角コーンを振り回して攻撃してくる。
その後も五体が三角コーンを振り回して攻撃してきたが、とにかく回避に専念。幸い、攻撃自体は速いけど大振り。それに三角コーン頭自身は遅い。あと、チームワーク皆無。各自、僕を狙うばかりで、好き勝手に行動しているから、同士討ち、足の引っ張り合い連発。……馬鹿だこいつら。元が下級転生者じゃねぇ。素材が悪いよ、素材が。
ともあれ、もはや、こいつらは見切った。確かに力は有るけどそれだけ。所詮、下級転生者が素材。ゴミから作られたガラクタ。
「見切ったみたいだね。だったら、さっさと片付けな。その鉄扇が飾りじゃないならね。御津池神楽、見せてもらおうか」
「はい!」
さ、ゴミから作られたガラクタは処分しよう。
三角コーン頭は平均レベル三十。それが五体。対し、僕はレベル十二。単純にレベル差で言えば、向こうが二倍以上、上。勝ち目は無さそう。
実際、レベル七十の下級転生者、マセカ・ヌイはレベル七億のクローネさんに一方的に負けた。まぁ、レベル差一千万倍だし……。
しかし、マセカ戦後の夕食の席で言われた事。
『レベルはあくまで総合的な実力から算出された目安に過ぎない。過信するな』
つまり同じレベルでも、実際にはそれぞれ違いが有る。片や怪力鈍足。片や非力俊足。これでもレベルは同じ。能力の平均値からレベルは算出される。
話を戻す。つまり、三角コーン頭はその怪力でレベル三十。しかし、動きは遅いし、何より馬鹿だ。チームワーク皆無。
ならば勝ち目は有る。力では勝てなくても、速さはこちらが上だ。何よりあんな馬鹿に負けたら恥。あくまでレベルは目安に過ぎない。実力の目安ではあるが、絶対ではない。ある程度の差なら、やり方次第でレベルが上の相手にも勝てる。
……もっとも、あまりにも差が有り過ぎては駄目だけど。さすがにレベル七十がレベル七億には勝てない。
しかし、レベル十二がレベル三十に勝つ事なら、不可能ではない。少なくとも今回の場合なら、勝てる。
「とりあえず、足を潰す」
向こうがこちらを上回る点は大きく二つ。力と数。幾らチームワーク皆無といえど、五体で囲まれたら不味い。だから、足を潰す。鉄扇を開き、構える。かつての人傀儡戦。無駄ではなかった。あの戦いで、多少なり鉄扇を使った戦い方を学べた。ならば、今回はその先を行く。
まだ神楽舞でしかない御津池神楽を、より実戦的に磨き上げる。
御津池神楽は扇を手に舞うのが流儀。故に、僕の武器として鉄扇は最適解。ミスリル製の扇は軽く、それでいて頑丈。その縁は切れ味鋭い刃。元が下級転生者の武器。性能は中々のもの。
「ま、その鉄扇なら三角コーン頭にも通用する。ただし、奴ら痛覚は無いからね。少々のダメージじゃ止まらないよ」
ナナさんからのアドバイス。手伝わないけど、アドバイスはくれるらしい。ありがたい。
「アドバイスありがとうございます」
礼を言い、三角コーン頭達に立ち向かう。相変わらず、チームワーク皆無、自分勝手な行動ばかり。同士討ち、足の引っ張り合い。単にレベルが高いだけの雑魚だな。……さすがは下級転生者が素材なだけはある。さっさと終わらせよう。
開いた鉄扇を手に、まずは御津池神楽の基礎の歩法『蛇流水』。その動き、流れる水の如し。障害物をすり抜ける蛇の如し。最低限の動きで障害を躱す。この場合は三角コーン頭達。雑な攻撃だけに簡単だ。
そして、すれ違いざまに、御津池神楽『蛇尾薙』。横薙ぎ一閃! とりあえず、片足を切断する。
……いかに相手が怪物とはいえ、曲がりなりにも人型をした者の片足を切断など、生前ならできなかった。だけど、今はできる。甘い考えは捨てなくてはならない。必要と有れば、斬る!
片足を失ってバランスを崩し、倒れる三角コーン頭。起き上がろうとしてもがき、その事が他の三角コーン頭達の邪魔になる。元々、チームワーク皆無。そこへ足手まといが追加された事で、更に事態は悪化。だが、僕には好都合。
次々と三角コーン頭達の片足を切断する。じきに、全員の片足を切断してやった。本当に頭が悪いらしく、もがくばかりで、助け合おうとしない。お互いに肩を貸せば立てるかもしれないのに……。もっとも、そんな事はさせる気は無い。
続けて、両腕を切断。とどめに残りの足も切断。いわゆるダルマにする。これでもう、動けないな。三角コーン頭達の無力化に成功。しかし……。
「ふん。とりあえず無力化はできたね。だが、甘い。その鉄扇なら、初手で首を刎ねる事ができたはず。ハルカ、『敵は殺せる時に速やかに、確実に、完全に殺せ』。殺し合いにおける鉄則だよ。殺せる時に殺しておかなかったせいで、逆に殺された奴は後を絶たなくてね。覚えときな」
ナナさんからの評価は厳しかった。甘いと。その鉄扇なら、初手で首を刎ねる事ができたと。
確かに。この鉄扇なら、初手で首を刎ねる事もできた。だけどできなかった。足を切断し、動きを封じる事を選んだ。下級転生者抹殺の任を受けている身としては、あまりにも軟弱の誹りを免れない。
ナナさん曰く、『敵は殺せる時に速やかに、確実に、完全に殺せ』。殺せる時に殺しておかなかったせいで、逆に殺された奴は後を絶たないと。正論だ。反論の余地もない。
「あんたは下級転生者抹殺の任を受けている身なんだ。甘い考えは捨てな。ましてや下級転生者は狂っている。まともな奴はいない。油断してたら、何をしてくるかわからない。あいつら、狂っているから無茶苦茶するよ。周囲を道連れにするぐらい、平気でやる」
「すみません……」
敵を斬る事はできたものの、殺す事はできなかった。その甘さを厳しく指摘された。
「まぁ、良い。いきなり殺せたら、それはそれで問題だ。そんな奴はサイコパス。下級転生者がそれ。対し、あんたは上位転生者。あんなイカれた連中とは違う。命の重さを知り、その上で下級転生者を狩れ。良いね?」
「はい」
最後にナナさんからのフォロー。本当にありがたい。ともあれ、動けなくなった三角コーン頭達にとどめを刺そうと思ったら……。
いきなり燃えた!
激しい炎に包まれ、あっと言う間に灰になってしまった……。
「ルーナが後始末したか。あいつの作った生体兵器は全て、いつでも遠隔操作で焼却処分できるのさ」
あっさり自分の手駒を焼却処分。恐ろしい人だと、改めて痛感。
「さ、行くよ。この程度、序の口。院長室に着くまで、何回仕掛けてくることやら?」
「……憂鬱です」
この程度、序の口らしい。無事に院長室まで辿り着けると良いけど……。
ナナside
ルーナが差し向けてきた三角コーン頭、五体。まずは小手調べか。本気で殺す気なら、もっと上を出してくる。よって、今回は手は出さない。ハルカに任せる。ルーナもそのつもりで三角コーン頭を差し向けてきたんだし。
「……まずは回避に専念し、相手を見極めに掛かるか」
ハルカは上位転生者。その身体スペックは非常に高い。だからといって油断はしない。慎重な戦い方をする。まずは回避に専念、相手を見極め、そこから攻略法を構築し、敵を倒す。いわゆる理論派。堅実な性格のハルカらしいやり方と言える。
その一方で、思い切った手に出る事も有るけど。先日の人傀儡戦みたいに。あの時は冷や汗かいたよ……。
しばらく回避に徹していたが、どうやら見切ったらしい。攻勢に出た。早いね。やはり、ハルカの観察力、分析力はかなりのもの。
鉄扇を手に、流れる水のような最低限の動きで三角コーン頭達の攻撃を躱し、すれ違いざまに片足を切断。片足を失った三角コーン頭は当然、立てなくなり、倒れ、もがく。それが他の奴の邪魔となる。
そして、それによる隙を見逃すハルカじゃない。次々と三角コーン頭の片足を切断していく。
「大したもんだ。いかにミスリル製の扇とはいえ、曲がりなりにも生体兵器の足を切断するとはね。何より、躊躇なく切った。将来有望だねぇ。それでこそ弟子に取った甲斐が有る」
ハルカは基本的に穏やかな性格。しかし、その一方で非常に冷酷、苛烈な面も持ち合わせている。生前は殺し合いとは無縁だったにもかかわらず、今回、躊躇なく敵の足を切断した。まず、敵の足を潰し、機動力を奪うのは悪くない。初手で殺さなかった辺りはまだまだ甘いけどね。
さて、最初の襲撃を退けたものの、ルーナがこの程度で済ませる訳がない。まだまだ来る。その事を告げるとハルカはうんざり顔。そりゃ、希少種中の希少種たる上位転生者が来たんだ。ルーナからすれば、興味津々だ。あれやこれやしてくるに決まっている。
ん? 何か送られてきたね。突然、一通の手紙が来た。送り主はルーナ。どれどれ? 封を開け、中身を読む。
「……相変わらず嫌な性格してるねぇ」
読んだ後、手紙を握り潰す。遊んでやがる。その上でハルカに告げる。
「ルーナからメッセージが来た。ゲームだってさ。五階建てのホワイトホスピタルの各階に、下級転生者を素材に作ったボスを配置したから、あんたが倒せと。倒さない限り、上の階には行けない。帰す気も無いとさ。嫌なら、全て倒して院長室まで来いとの事だ。とりあえず一階の奴は倒したから、残り四体」
「……悪趣味ですね」
「そこは同感だね。あいつは昔からこうなんだ」
ルーナ主催の命懸けのゲーム。退路は無い。先に進むには勝つしかない。敗北は死だ。
ルーナ主催のホワイトホスピタル探索ゲーム。各階にいるボスを発見し、撃破せよ。退路は無い。勝ち進む以外に道は無い。不幸中の幸いは、ルーナはゲームのルールを厳守する事。ルールをコロコロ変えていては、ゲームが成立しないからね。あいつは退屈が大嫌いなんだ。で、今回のルール。
一、各階を探索し、その階のボスを見つけ、ハルカが倒せ。手段は問わない。
二、ボスは目印として、頭上に『フロアボス』マークが有る。
三、助っ人は禁止。助言は可。
四、ホワイトホスピタルに進入後、二十四時間以内に院長室に着く事。着かなければ、死。
五、以上のルールに違反した場合も、死。
とりあえず、この五つ。
「……本当に悪趣味ですね。命懸けのアドベンチャーゲーム」
「そういう奴なんだよ。あまりにも優秀なもんだから、退屈してる。自分の知的探究心を満たしてくれる存在を待ち望んでいる。特にあんたは希少種中の希少種たる上位転生者。ルーナの奴、ノリノリでゲームをプレイしているだろうさ」
「……とりあえず、会ったら抗議します」
「そうしな」
ハルカも頭に来たらしい。ルーナに会ったら抗議すると。ともあれ、先に進むよ。私達の目前に現れた階段。二階への通路。それを昇り、二階へと歩を進める。
ルーナside
「あらら〜、あっさりやられちゃったよ〜」
ルーナ様がわざわざゴミをリサイクルして作った三角コーン頭、五体。それがあっさりやられた。四肢を切断されてダルマにされた。確かに素材はゴミだけど、それでもレベル三十。にもかかわらず、レベル十二に負けた。
「ゴミは焼却処分♪」
ゴミは焼却処分♪ ゴミはきちんと処分しないとね〜。その辺にポイ捨ては駄目だよ~。マナー違反。ルーナ様はルール、マナーはきちんと守るよ♡
「でも、思ったよりやるね〜。さすが上位転生者。チートに頼り切りの下級転生者とは違う。根本的なスペックが段違い。欲しいな〜。解剖して徹底的に調べたいな〜」
素材が下級転生者とはいえ、あそこまであっさり倒すとはね。何より、三角コーン頭達を斬る際に一切の迷い、ためらいが無かった。単に強いだけじゃない。これで転生して数日とはね。早くも異世界、戦いに適応しつつある。いつまでも異世界、戦いに適応できずに死ぬ馬鹿も多いのにね。
更に驚いた事に、斬った際に一切の魔力が無かった。ミスリル製の扇を差し引いても、本人の実力の高さの証明。魔力に基づくチートではなく、実力で切断した。
以前、クーちゃん(クローネの事)に来て殺された、何でも切れるチート云々のクズとは大違い。確かクーちゃんちの執事。『骨』に異能封じを食らって、不様に命乞いした挙げ句、細切れにされたんだっけ。プッ!(笑)
『骨』って、剣の達人だからね。生前の事は何も教えてくれないけど、あれは間違いなく、一廉の人物。不世出の達人。下級転生者如きじゃ勝てない。
「無能を元にした下級転生者と違い、上位転生者は優秀な者が選ばれる。あの子もかなりの使い手だね〜。あの流水のような動き。扇を使う事。……舞の使い手か。一朝一夕で身に付く動きじゃない。相当やり込んでいるね〜」
三角コーン頭達との戦いで見せた動き。私達、三大魔女と比べたら、まだまだ未熟とはいえ、あの若さで、あの動きは大したもの。本人の才能と、積み重ねてきた努力の賜物。
「まぁ、それはそれとして、次の奴を出さないとね♪」
物理的に強いのはよくわかった。だったら、精神面はどうかな〜? ルーナ様、楽しみ〜♪
あのメイド、ハルカ・アマノガワに差し向ける新手を選ぶ。幸い、素材は腐る程有るし。
「そうだね〜。よし! 次は君に決めた! はい、いってらっしゃ~い!!」
新手を選び、送り出す。やっぱり三角コーン頭じゃインパクトが足りなかったね。だから、次はインパクトの有る奴を選んだよ♪
「離れたくないって言うから、お望み通りにしてあげたのに……。お礼も言わないなんて、ルーナ様、激おこ! だから、ハーちゃん(ハルカの事)の相手にしてあげる。頑張ってね〜♡」
対する返事は……。
「殺してくれぇ………」
「痛い! 痛い! 痛いぃぃぃぃ!」
そう叫ぶ男女の声。
「うるさいな〜。さっさと行く!」
皮膚が無い、剥き出しの身体を蹴飛ばし、二階へと転送。
「「ギャアアアアアアアッ!!」」
汚い高音の悲鳴を上げて転送されていった。あ〜うるさい。
ハルカside
ホワイトホスピタル二階に到着。やはり白一色の、誰もいない不気味な場所。ここのどこかにボスがいる。それを倒さない限り、上に行けない。退路は無い。
「さっきの三角コーン頭はほんの挨拶代わり。次はそうはいかないよ。ルーナの奴も、本腰を入れてくる。ゲームにならないから、絶対に勝てない奴は出さないけど、ろくでもない奴は出してくる。人体実験の成れの果てを投入してくるはずさ。あいつは根っからのサディスト。他人の苦痛、恐怖、絶望が数少ない楽しみなんだ」
ナナさんからのアドバイス。今回のルール上、アドバイスは許されているものの、手出しはできない。一番手の三角コーン頭は大した事はなかったけど、次からはそうもいかないだろう。
「どんな奴を出してくると思いますか?」
ルーナさんと付き合いの長いであろうナナさんに聞いてみた。
「そうだねぇ。あいつの性格からして、ホラー映画に出てくるようなグロテスクな奴は出してくるだろうね。それも悪趣味な設定付きで」
「……そうですか」
嫌な答えが返ってきた。ルーナさんはつくづく悪趣味らしい。
「それと、一つ助言してやるよ。ルーナは確かにルール厳守。だけど裏を返せば、ルールに無い事や、ルール違反ギリギリは平気でやるよ。更に、真実の一部だけ話し、全てを話さない。そうやって相手を誘導するのも、よくやる手口さ」
「向こうの言う事を真に受けてはいけないって事ですか……」
「そういう事。魔女というより、詐欺師と思いな」
「なるほど、納得です。ボスがいるとは言っていましたが、それ以外がいないとは言っていませんでしたね」
新手の敵が出てきた。しかも複数。ただし、頭上にフロアボスの表示が無いからボスじゃない。要は雑魚キャラ。しかし……。
本当に魚だよ。
手足の生えた魚。鰯っぽい、ただし、顔が人間。人面魚? 魚人間? ……どうでも良いか。しかし、悪趣味なデザインだな。クトゥルフ神話に出てきそう。インスマウスと良い勝負。
悪趣味なデザインだけど、油断はしない。こいつら、武装している。三叉の銛を持っている。さっきの三角コーン頭と違い、明確な武器。
「水陸両用の『両生魚』だね。さっきの三角コーン頭よりは強いよ。レベル四十前後。あと、銛に気を付けな。私の知っている通りなら、麻痺毒が仕込まれている。こいつら肉食で、獲物を麻痺させてから食うんだ」
ナナさんから解説。やはり、三角コーン頭より強い。しかも麻痺毒有りの銛付き。そして獲物を麻痺させてから食うと。で、当然、僕を獲物と見なし、銛を振りかぶり襲い掛かってきた。数は六体。確かに、三角コーン頭よりは速い。それなりにチームワークも有るみたいだ。お互いに邪魔にならない位置取り。馬鹿ではない。
良かったね。多少は頭が良くなったみたいじゃないか、下級転生者。殺すけど。さっきみたいな甘い事はしない! 斬る!
ナナside
「…………改めて痛感するね。私はとんでもない怪物を育てようとしているのかもしれない」
二階に進んだ私達の前に現れた両生魚。人間の手足と顔を付けた水陸両用の生体兵器。麻痺毒付きの三叉の銛で武装した奴が六体。
私からすれば雑魚だが、それでもレベル四十前後。レベル約十二のハルカと比べたら三倍強、上。しかもチームワーク皆無の三角コーン頭と違い、それなりにチームワークが有る。お互いに足を引っ張り合う馬鹿な真似はしない。まともに正面切って戦えば、勝ち目は薄い。
もっとも、その事がわからないハルカじゃない。そもそも人数からして不利。
銛を繰り出し、ハルカを串刺しにしようとする両生魚達。中々のチームワーク。お互いに邪魔にならない位置取りで、次々と攻撃してくる。波状攻撃でハルカに何もさせないつもりか。馬鹿揃いの下級転生者が素材のくせにやる。だが、ハルカはその上を行った。
「わざわざ稽古を付けてくださった、クローネさんに感謝です」
ハルカはフットワークを活かし、次々と繰り出される銛の突きを躱す。そのついでに鉄扇で銛の柄を払い、突きの軌道を逸らして両生魚のバランスを崩す。
「せいっ!」
その隙を逃さず、鉄扇で斬り付ける。さすがに一撃で致命傷とはいかないが、かなりの深手を与えた。ただ、やはりハルカに誰かを殺すというのはハードルが高いらしい。
「こいつらは人間じゃない。ただの化け物。動くゴミ。ゴミは処分」
……自分に言い聞かせているね。仕方ないか。確かにハルカには冷酷、苛烈な一面は有るけど、実際に誰かを斬るとなれば、話は別。ましてや殺すとなれば。ハルカは下級転生者みたいなサイコパスや、快楽殺人者じゃないからね。
だが、必要と有れば斬る覚悟は有る。繰り返すけど、ハルカはサイコパスや、快楽殺人者じゃないからね。くだらない自己顕示欲や、快楽の為に殺す下級転生者とは違う。
自分に言い聞かせながら、ハルカは戦う。フットワークで両生魚達を翻弄し、鉄扇を振るって敵を斬る。弱らせていく。弱らせてから、確実に殺す気か。それに、あのフットワーク、稚拙ではあるけど確かにクローネの物。クローネの戦いを見、その後、軽くではあるが稽古を付けてもらったハルカ。早くもその教えを活かしつつある。恐ろしいまでの学習能力。
そして、遂にその時が来た。一体の両生魚が限界に達したらしく、動けなくなった。その両生魚に対し、ハルカは容赦なく鉄扇の横薙ぎ一閃。一刀両断した。当然、その両生魚は死んだ。所詮、雑魚。普通に殺せる。
だが、それはハルカにとって、大きな意味を持つ。相手が異形の怪物とはいえ、初めて自分の意思で敵を殺した。
「………………」
沈黙するハルカ。しかし、感傷に浸っている暇は無い。両生魚は他にもいる。素材となった下級転生者だったら逃げ出しているだろうが、それを元にルーナの作った生体兵器。一体殺したぐらいで引き下がりはしない。構わずハルカに向けて銛を繰り出す。
だが、ハルカは繰り出される銛を躱し、捌き、鉄扇で両生魚を切り刻み、弱って動けなくなった奴にとどめを刺していく。もはや、作業だね。程なくして、両生魚達は全滅。肉片と化した。不味そうな魚の切り身だねぇ。
「…………下級転生者の末路、ですか。こうはなりたくないですね」
手入れ用布を取り出し、血脂で汚れた鉄扇を拭きながら、ハルカは呟く。ま、馬鹿の末路なんてこんなもん。チート、最強、ハーレム、成り上がりなんて浮かれた結果がこれ。負け組のクズにはお似合いさ。
「さっきよりはマシになったね。だが、こいつらは雑魚。ボスじゃない。勝ったからって浮かれるんじゃないよ。気を引き締めな」
「……はい」
少し間が有っての返事。やはり、人ならざる怪物とはいえ、命を奪った事を引きずっているらしい。普段は美徳である真面目な性格も、こういう時には仇になる。対し、下級転生者は性根が腐り切っているから、屁とも思わない。クソが。
ルーナの方でも終わった事を確認したらしい。両生魚達の肉片が炎に包まれ燃え尽きる。用済みになったら、処分。
「見知った顔ばかりだったねぇ。ルーナに捕まるとは運の悪い」
ハルカが殺した両生魚。その顔を私は知っていた。どれもここ数年で姿を消した下級転生者達。チートで無双と抜かしていた馬鹿共。ルーナに異能封じを食らったか。所詮、無能。チートを封じられたら即、詰む。
あと、下級転生者は人間性も腐り切っているからね。下級転生者に従う奴は馬鹿か、でなけりゃ、利が有るから。故に異能封じされたら、馬鹿はともかく、利で従っている奴は即、掌返しをかまして逃げる。馬鹿は使いものにならない。
ま、不快不愉快極まりないクズが減ったのは良い事。
……殺すように言ったのは確かに私だし、ハルカ自身、やはり迷い、ためらいは有った。だが、最終的には殺した。ハルカは敵を殺すという一線を自身の意思で踏み越えた。つい先日まで、戦いとは無縁に生きてきたハルカが。
「天賦の才だね」
誰かを殺した場合、幾つかのパターンに分かれる。
一、快楽殺人者になる。下級転生者がこれ。
二、殺人の罪悪感に潰される。なまじ、真面目な奴がなる。
三、とにかく現実逃避。
四、必要な事と割り切る。
ハルカは四番だね。罪の意識が無い訳ではないにしろ、必要な事と割り切った。これが難しい。まともな人間性なら、罪悪感に苛まれる。かといって、サイコパスも困る。無差別殺人、大量虐殺に走る。三百年前の大量虐殺者。自称、魔王の、ナグモが代表格。見境なしに殺しまくる、狂った虐殺者だった。これだから下級転生者は……。
ま、最後は、抑止力に全ての異能を剥奪された上で、これまで虐殺してきた種族達の生き残りの前に放り出され、徹底的に報復されて死んだ。自業自得。
対し、上位転生者であるハルカ。罪悪感が無いではないにしろ、折り合いを付けた。そうだ、それで良い。何しろ、ハルカは転生の対価として、下級転生抹殺の任を受けている。ハルカを転生させた死神ヨミとの契約。ちゃんと契約書も有る。一枚はハルカ。もう一枚は死神ヨミが持っている。
故に契約違反は許されない。もし、契約違反をしたら、恐ろしい報いを受ける。神との契約だからね。安っぽい婚約破棄物とは違うんだよ。
「……行きましょうか。ボスを見つけて殺さないと」
冷静に語るハルカ。力に酔いしれず。かといって、罪悪感に潰されもせず。大した自制心だ。これが、上位転生者と下級転生者の決定的な差。
下級転生者は自制心が無い。目先の利益に囚われ、欲望のままに暴走しては破滅する。猿にも劣る。
上位転生者は強大な力を強靭な自制心で律し、先を見据えて事を成す。
如何なる状況においても揺るがない、絶対的な理性。それこそが上位転生者が上位転生者たる理由。ハルカは転生したばかりの頃から、この僅かな時間でその域に達した。正に天才。獣にも劣る下級転生者には、望むべくもない。
……私が言えた筋合いじゃないか。ま、私は、下級転生者と違って強いからね。所詮、下級転生者は使い捨てのクズ。破滅が約束されている。(下級転生者は三年後に強制的に死ぬ)
ルーナside
「あらら、両生魚もやられちゃった」
とりあえず差し向けた両生魚五体。全部、切り身にされちゃった。不味そう。不味そうだから処分ね。
「ポチッとな」
リモコンの焼却処分ボタンを押す。不味そうな魚の切り身は全て、綺麗さっぱり燃え尽きる。
「あれで転生して数日なんだから驚くね〜。大した適応力。大抵は異世界キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!! って浮かれるか、現実逃避するかなんだけど、あの子はそのどちらでもない」
上位転生者は伊達じゃない。異世界に来るのは大部分が下級転生者。あと、何らかの理由で異世界に来た異界人。
だけど、こいつらは基本的に役立たず。下級転生者は最初から使い捨て前提のクズ。
異界人は当たり外れが有るけど、大部分は外れ。極稀に当たりがいて、そういう奴は生き残るけど。最後に見た当たりは百年程前。
原始人みたいな奴で、ジャングルで一人、自給自足の暮らしをしながら、生涯を全うした。
まぁ、こういう例外はともかく、基本的に、どちらも異世界に対応できずに死ぬ。
総じて、軽薄浅慮。異世界を舐めて掛かって死ぬ。よくいるのが、浅いサバイバル知識でドヤ顔する奴。異世界でそんな知識通用する訳ない。浅い知識を過信し、失敗して死ぬ。
過去、一番笑ったのが、宝くじで四十億当たったとかいう馬鹿な男。
その金で田舎の古い屋敷を買ったら、その屋敷の地下室で異世界に通じる『門』を発見。それを通って異世界へ。
着いた先は典型的な中世レベルの世界。男は元の世界から持ち込んだ、家電や、食料、嗜好品で異世界人の心を掴み、その地において、神と崇められた。
元の世界では宝くじが当たるまでブラック企業の下っ端だった男は、異世界での周囲に神と崇められる生活にすっかり味を占めた。
次々と元の世界から様々な物資を持ち込み、更なる支持を得た。正に我が世の春。得意の絶頂を極めた。
男は異世界に入り浸り、ろくに元の世界に帰らなくなった。元の世界の身内や友人、知人に留守がちを心配されても聞く耳を持たなかった。元の世界じゃ大金持ちとはいえ、異世界では神扱い。そりゃ異世界を選ぶ。
……でもね、この男。一つ、致命的な間違いを犯していた。
そして、その時は来た。
男は酒が切れたから、しばらくぶりに元の世界に戻って酒を補充しようとした。ところが、戻れない。何度試しても戻れない。
実は、元の世界で大地震が発生。屋敷が崩壊。地下室も崩れ、そこに有った『門』も当然、崩壊。異世界と元の世界の繋がりは断たれた。
ルーナ様なら、世界間での移動もできるけど、宝くじが当たって大金を得ただけの男にはできない。そして補充できない以上、いずれ物資は底を尽きる。家電も充電切れ、故障とかで動かなくなる。
つまり、男の価値が無くなる。
男は焦った。自分が神と崇められたのは、元の世界から持ち込んだ家電や、物資のおかげ。それが無くなれば、自分に価値は無い。所詮、ブラック企業の下っ端。無能。宝くじで当たった、元の世界の金、四十億なんか、異世界ではゴミ。
最初はごまかしていた男だけど、異世界の者達だって馬鹿じゃない。男が焦っている。何か隠していると気付いた。酒、食料、嗜好品が減っていき、家電も次々と動かなくなっていった。何より、男の態度で丸わかりだった。異世界の者達は、男をもはや利用価値無しと見限った。
男は『金なら有る!! 幾らでも出す!!』と言ったものの、元の世界の紙幣なんか、異世界では『ケツを拭く紙にも使えない』ので誰も相手にしなかった。
神から一転、ドン底に転落し、男は一人、惨めに飢え死にした。ちなみに元の世界では行方不明として処理された。
この件を聞いた時は、久しぶりに大爆笑したっけ。馬鹿の極み。
こういう奴って、すぐに調子に乗るから。この男の場合、屋敷の『門』が機能している事が最前提。それを忘れて神気取り。結果、『門』が壊れて詰んだ。所詮、ブラック企業の下っ端。無能。利用価値が無くなれば、皆、掌返しをして去る。
前置きが長くなったけど、要は異世界は甘くないって事。異世界に来た奴は大部分が全く無意味に、無価値に死んでいく。生き残るのは、極一部。
「さ〜て。君はどうかな? ハルカ・アマノガワ。ナッちゃん(ナナさんの事)が選んだ弟子。ここまで来られるかな〜?」
二階のボス。両面宿儺がお相手するよ。
三大魔女、最後の一人。『冥医』ルーナ・イメナトアに会うべく、東方の禁足地である大きな湖、『冥鏡止水』に来た魔女師弟。
そしてルーナの住処。病院兼、研究所。『ホワイトホスピタル』へと招かれる。
内部は白一色の不気味な病院。そして襲撃。ルーナが暇潰しに、下級転生者を素材に作った生体兵器。『三角コーン頭』。自分以外、全て実験台としか思っていないルーナの思想を形にした存在。
レベルだけはハルカより上ながら、所詮、下っ端。各自好き勝手するばかり、チームワーク皆無。足の引っ張り合い。結果、レベルが下のハルカに完敗。
しかし、ナナさんからは叱責。『敵は殺せる時に速やかに、確実に、完全に殺せ』。初手で殺さなかった事を責められた。
そしてルーナからゲームの通達。『各階に配置したボスを倒し、五階の院長室まで来い』
一階のボス、三角コーン頭を倒した事で、二階へ。新手、『両生魚』と遭遇。戦闘へ。三角コーン頭戦を反省し、今度は殺すハルカ。初めて自身の意思で敵を殺すという一線を越えた。
その一方で院長室から全て見ているルーナ。二階のボス。生体兵器、両面宿儺を送り出す。
では、また次回。




