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第21話 ハルカ、外の世界へ 死の聖女編

 ハルカside


 挨拶回りの初っ端から、大変な目に遭った。怪植物トライフィートによるスタンピード。いきなり、世界存亡の危機に出くわすとは思わなかった。ゲームだったらクソゲー。しかし、これはゲームじゃない。現実。改めて、現実の恐ろしさを痛感。


 一時はどうなる事かと思ったけど、突然現れた、金毛九尾の狐人の黒巫女。夜光院 狐月斎さんの活躍によりトライフィートの始祖が討たれ、どうにか事態は解決。


 そして、それぞれが別れを告げ、僕とナナさんもまた、挨拶回りを再開。次は南の大陸。ロピルカ大陸に住んでいるという、『死の聖女』と呼ばれる魔女の元。ナナさんと並び称される魔女らしい。


 ナナさんの駆る大型バイクは南を目指して空を疾走する。現在、南のロピルカ大陸目指して、海の上。今回の挨拶回りは僕の紹介兼、僕に外の世界を見せる意味も有る。だから、あえて全速力は出さずに走っている。ただ、そのせいで時間が掛かり、日が暮れ始めた。


「ふむ。今日はここまでかね。向こうに島が見えるね。ハルカ、地上に降りるよ」


「はい」


 日が暮れてきたので、今日はここまでらしい。近くに島が有ったのでそちらに向かう。そしてバイクは高度を下げ、着地。更に野宿に良さそうな場所まで走る。


「この辺が良さそうだね。ほら、ハルカ。テントを張るよ。手伝いな」


「本当に野宿するんですね」


 空中からテント一式を取り出し、野宿の準備を始めるナナさん。


「言ったはずだよ。魔法や異能(スキル)は便利だけど、万能じゃない。頼り過ぎるな。いざって時、本当に頼りになるのは、自身に刻み込まれた知識、技術、経験。という訳だから、野宿の経験を積みな。手本は見せてやるから、あんたもやる」


「わかりました」


 ナナさんの言う通り。魔法や異能(スキル)は便利だけど、頼り過ぎてはいけない。もし、使えなくなったらどうする? その時点で詰み。


 だから、正しい知識、技術を身に付ける。経験を積む。という訳で、テントを張る経験を積もう。実はテント泊は初めて。






 ナナさんの指示の元、テントを張る。


「そこにペグを打ち込みな。良いかい? しっかり打ち込むんだよ? スッポ抜けたら困るからね」


「はい」







「よし、ロープを引っ張れ。しっかり引っ張って、ペグに固定するんだ」


「はい」







 そうこうしている内に、テント張り完了。


「まぁ、こんなもんかね」


「三角の奴じゃないんですね」


「実用性を考えると、こいつになるんだよ。ドーム型」


 ナナさんのテントはよく有る三角の奴じゃなくて、ドーム型。そういえば、登山チームとかが使っているのを見た事が有る。


「さっさと中に入りな。本当は食料調達と修行を兼ねて、狩りの一つもしたかったんだけどね。まぁ、良いさ」


「すみません」


「謝る事はない。いずれはやるし。さっさと入る」


 本当は食料調達と修行を兼ねて狩りをしたかったらしい。未熟者ですみません……。







「じゃ、火を点けるから見てるんだよ。いきなり薪に火を点けようとしても駄目。コツが有る。まずは、火口を作って……」


 ナナさんは新聞紙を細く捻った物にオイルライターで火を点ける。それを枯れ葉に燃え移らせる。更に小枝、薪へと。そして焚き火ができた。


「よし。これで良い。じゃ、飯を炊くよ」


 ナナさんは飯盒と米を取り出し、炊飯を始める。


「この世界にも飯盒が有ったんですね」


「世界は違えど、人の考える事は同じらしいね」


 ナナさんの言うように、世界は違えど人の考える事は同じ。収束するらしい。


「おかずは缶詰めだよ。しかし、次は狩りで得物を仕留めたり、食べられる野草を探して食料調達するからね。……こういう風にね」


 次は自力で食料調達と告げるナナさん。そして突然、小石を拾って投げつける。


「ギャッ!!」


 小石を投げた先から悲鳴が聞こえた。その方へ向かうナナさん。僕も付いていくと、そこにはダチョウっぽい、茶色の鳥が横たわっていた。頭が砕かれている。即死だろう。近くに血塗れの小石が落ちていた。ナナさんが投げた奴。


「ふむ。上出来。ハルカ、こいつは南方の固有種ジバシリ。その名の通り、飛べない鳥。ただし、滅茶苦茶速く走るし、気性も荒い。ついでに食い意地が張っててね。大方、私達の食事の匂いを嗅ぎつけて来たんだろう。私達を殺して奪う気でね。ま、こうして私達の食料になったんだけどね。さ、血抜き血抜き」


 ナナさんは仕留めた鳥について説明。そしてその場で鳥の首をナイフで切り裂き、血抜きを始める。傷口から鮮血が噴き出し、辺りに血なまぐさい匂いが立ち込める。


「……ハルカ。目をそらすんじゃないよ。今回は初回だから私がやったけど、次はあんたにやらせるからね。ちゃんと見て、やり方を覚えろ。これは必要な事なんだ」


 残酷な光景だけど、目をそらすなと言うナナさん。ちゃんと見て、やり方を覚えろ。必要な事だと。だから、必死に我慢して、そのやり方を見て学ぶ。


「……血抜きはまぁ、こんなもんかね。捌くのは後でやろう。とりあえず、飯」


 血抜きを済ませた鳥を担ぎ、テントに帰るナナさん。この状況で飯と言えるのは凄いと思う。僕は食欲が失せた。


「……飯はきちんと食べるんだよ。如何なる状況であれ、飯を食える事。これが肝心。食えない奴は死ぬ。無理やりにでも食わせるからね」


「食べます」


 こちらを振り向きもせずにそう言うナナさん。厳しい。しかし、正しい。食べられなければ、弱って死ぬだけ。







「さて、飯っと」


 戻ってきたら、飯盒のご飯が炊けていた。しばらく蒸らして、皿によそう。缶詰めをおかずに夕食。


「……ハルカ。何度も言うけど、この世界はゲームや小説じゃない。現実だ。ゲームや小説なら、痛みも無けりゃ、血も流れない。だが、現実は痛みが有り、血も流れる。目を背けるな」


 ナナさんからの厳しい言葉。


「まぁ、こればかりは場数を踏んで慣れるしかない。どんな天才だろうが、経験だけはどうしようもないからね」


 その上でフォローも入れてくれる。


「という訳で、後でさっき仕留めた鳥を捌くからね。ちゃんと見て学ぶんだよ。獲物を解体するのはサバイバルの必須技能。できません、やりませんは聞かないよ。言ったら、即、追い出す」


「……わかりました」


 ……やっぱり厳しい。でも正しい。サバイバル知識と技術を身に付ける必要が有る。その為にも経験を積まないと。……嫌だけど。


「ハルカ。平和な国で生きてきたあんたには、酷だと思う。でもね、ここはあんたのいた世界じゃない。正しい知識と技術。経験が生きていく上で最大の武器となる。下級転生者定番の『前世の知識ガー』なんか、クソの役にも立たないよ。大体、あんな負け組のクズの知識なんか、たかが知れてる。仮に凄い知識や技術を持っていても、あいつらじゃ、ろくな事にならない。無能だからね」


「僕の世界のことわざで『宝の持ち腐れ』って言います」


「良いことわざだねぇ。下級転生者の馬鹿共はそれがわからないと」


「同感です」


 なろう系定番の、前世の知識云々なんか役に立たないとナナさんはバッサリ切り捨てる。そりゃそうだ。あいつらは所詮、無能、クズ。そんな奴らの知識、技術なんか程度が知れる。百歩譲って、凄い知識、技術を持っていても、ろくな事にならない。馬鹿だから。怪植物トライフィートを生み出した馬鹿が正にそれ。


 何がチートで農業改革だ。トライフィートの暴走からの、最終的に抑止力により、宇宙ごと処分の大惨事を招いた。本当に無能が力を得るとろくな事をしない。ナナさんのモットー『無能は死ね』。僕は全面的に賛成する。なろう系は死ね。


 はっきり言ってやる。ゲームや小説は全てフィクション、作り話、要は嘘。よって、そんな世界は存在しない。異世界と架空の世界を一緒にするな。現実を舐めるな。現実はクズに忖度しない。容赦なく切り捨てる。


 僕はそれが嫌だから、ナナさんの元で学んでいる。……少なくとも無様な破滅はしたくないから。







 夕食も終わり、後片付けを済ませて、テントの中へ。少々、狭いけど我慢。残念ながら、お風呂は無し。濡れたタオルで身体を拭くだけ。


「今日は我慢しな。これも修行。遠征ともなれば、こんな程度じゃ済まないよ」


「遠征するんですか?」


「古代の遺跡なんかを調査する時とかね。何日も掛けての調査になるから、必然、こういう事の知識、技術が必要となる」


「古代の遺跡ですか……」


「特に私が調べているのは、旧世界の痕跡。今では失われた知識、技術、物が有るからね。危険だけど、それだけの意味と価値は有る。いつか連れていってやるよ。それだけの実力を身に付けたらね。ま、頑張りな」


「はい」


 いつか、遠征にも連れていってくれると。ただし、それだけの実力を身に付けるのが条件。頑張ろう。







 そして、今日一日を振り返る反省会。


「ま、私が言うのも何だけど、初日からどえらい目に遭ったね。いきなり世界存亡級の騒ぎが起きるとは思わなかったよ」


「ゲームだったら、開始直後にラスボスが出てきたようなものですからね」


 まずは怪植物トライフィート騒動について。本当に一時はどうなる事かと思った。


「最悪、あんたを連れて、この世界から脱出も検討してた。トライフィートの恐ろしさは嫌と言う程、知っているからね。不幸中の幸いは、奴らにかつて程の力が無かった事。でなけりゃ、本当にこの星は終わっていたよ」


「僕から見れば、十分過ぎる程、脅威だったんですが、あれでもかつてよりは弱いんですか……」


「弱い。かつてのトライフィートはあんな程度じゃない。あらゆるエネルギーを吸収し、爆発的な勢いで増殖する。そして数の暴力に物を言わせて、更にエネルギーを吸収、増殖。この繰り返しで星を食い尽くしてきたんだ。とんでもない厄災だったよ。……これだから、下級転生者は嫌いなんだ。私より、ろくな事をしない」


「下級転生者は悪い意味で天才です。わざわざ最悪の結果を招く」


「アッハッハ! 違いない! 悪い意味で天才だよ、あいつらは。でもって、破滅する訳だ」


 下級転生者は悪い意味で天才と評したら、何かナナさんにウケた。大笑いしてるよ。それにしても、なぜ、下級転生者はわざわざ最悪の選択肢を選び、最悪の結果を招くのか? ……馬鹿だからだろうね。







「だが、思いがけない収穫も有ったね」


「スイーツブルグ侯爵家のお二人と、黒巫女師弟ですね」


「そうだよ。あいつらと面識を得られたのは、正に値千金に勝る価値が有る。ああいう実力者とのコネは作りたくても中々作れないからね。特に、金毛九尾に会えるとは……。これは私も完全に予想外だった。今回、奴を敵に回さずに済んだのはありがたい。もし、敵対していたら、正直、勝てる気がしない」


 話題は今回の件で出会った、スイーツブルグ侯爵家の二人。そして、黒巫女師弟の事に。


 ナナさんは彼女達と面識が得られた事を、値千金に勝る価値が有ると語った。特に金毛九尾、夜光院 狐月斎さんに会えた事を。


 そして今回、狐月斎さんと敵対しなかった事をありがたいと。もし、敵対していたら、正直、勝てる気がしないと。







 ナナside


 全く。初日からえらい目に遭ったよ。だが、得られたものもまた大きい。今後に向けて活かさないとね。ま、それはそれとして、今日一日を振り返る反省会。その上で少々、ハルカを試す事にした。


「ハルカ。あんたに聞こう。あの狐。狐月斎の戦い方。あれ見てどう思った? 難しく考えなくて良い。率直な意見を言いな」


 お題は金毛九尾、夜光院 狐月斎の戦い方を見て、どう思ったか? さぁ、どう答える?


「狐月斎さんの戦い方ですか。そうですね~」


 私の問いにハルカは思案顔。その上でこう答えた。


「…………見た目、背中に背負った大太刀、使う技。どれを取っても派手。特にあの紫の三日月を大量に放つ技。本当に派手でした。まるでアニメやゲームの超必殺技です。だからこそ僕は思います。あれは見せ札だと。アニメやゲームなら、見栄え重視で派手な必殺技も有りでしょう。しかし、これは現実です。現実であんな派手な技を使うなんて、単なる愚行です。わざわざ自分の存在をバラしているに等しいです。そしてそんな事がわからない人じゃない。ならば、あれは見せ札。本当の手の内は隠していると考えます」


「確かにね。アニメやゲームならともかく、現実であんな派手な技を使ったら、ただの馬鹿だ。私達、魔法使いも、詠唱省略からの術発動は必須技能だからね」


 ハルカは狐月斎の三日月を放つ技を、見せ札と語った。アニメやゲームなら有りだが、現実では愚行と。その通り。あんな派手な技、自分の存在をバラす愚行でしかない。殺し合いに派手さは無用。いかに無駄を省くかが肝心。私達、魔法使いも詠唱省略からの術発動は必須技能。


 なぜなら、呪文詠唱は時間が掛かるわ、わざわざ声を出すから自分の存在がバレるわ、詠唱中断したら無意味だわ、とにかく詠唱は不便。故に、詠唱省略は徹底的に研究された。


 で、昔、『沈黙の魔女』とか抜かす馬鹿魔女がいた。随分と魔道のレベルが低い世界出身だったらしく、詠唱省略からの術発動ができる奴が他にいなかったらしい。そんな世界で自分だけが詠唱省略できる事で、自分は特別な存在、最強と思い上がった。事実、その世界においては最強だった。ただし、ひどいコミュ障で周りから嫌われていたらしい。


 そして『沈黙の魔女』は異世界に渡った。自身の最強を異世界の連中に見せつける為に。しかし、そこは詠唱省略当たり前の世界。


 自分は特別な存在、最強と思い上がっていた『沈黙の魔女』だったが、その世界ではただの雑魚。詠唱省略当たり前。しかも奴より強い奴がゴロゴロいる。そして『沈黙の魔女』はあっさり殺され、永遠に沈黙する羽目になった。つまらないオチさ。


 狭い世界しか知らないくせに、最強を気取った馬鹿の末路。最強ってのは、途轍もない高みに有る。私ですら手が届かない程にね。……噂に聞いた全ての神魔の頂点。『真十二柱』。こいつらこそ多元宇宙に君臨する最強の存在だそうだ。会った事は無いけどね。なぜなら……。


『真十二柱』が出てくる事は、()()()()()()()()()()()()()()を意味するからさ。


 もし、出会っていたら、私は今ここにいない。







「では続けて聞こう。あれが見せ札なら、奴の本当の技はどんなものだと思う?」


 三日月を大量に放つ技は見せ札。見られる事前提の、見られても構わない技。ならば、本当の技は?


 私の問いに、ハルカはしばらく黙って考えてから答えた。


「あの人、見た目や技の派手さに目を奪われますが、その本質は、徹底的に無駄を削ぎ落とし、効率化した殺人剣の使い手だと思います。根拠は巨大トライフィートを斬った時です。初戦と違い、とても静かな斬り方でした。いつ斬ったのか。そもそも抜刀すらわかりませんでした。それも、あんな扱い辛い大太刀で。僕にはできません」


「上出来だよ。よく観察していたね。褒めてやるよ」


 本当によく観察していた。ハルカは狐月斎の見た目や技の派手さに惑わされず、その本質を見抜いていた。


 狐月斎の剣は、長い年月を掛けて徹底的に無駄を削ぎ落とし、磨き上げ、効率化された、殺人剣の完成形の一つ。要は単純に純粋に強い。


 更に奴の剣は物理法則すら超越している。煙管で空間を切り裂き、鏡面世界への道を開いてさえみせた。一体、どれ程の歳月と鍛錬を重ねてきたのか? 『二十九剣』二位。四剣聖筆頭は伊達じゃない。


 ……それに引き換え、下級転生者の愚かさよ。所詮、チート頼みのクズ。じきにメッキが剥がれて破滅する。最近、また、湧いてきたらしい。元、漫画家とか? 描画スキルで無双、ハーレムとか抜かしているらしいね。今度狩るか。ハルカに下級転生者狩りの手本を見せてやろう。下級転生者なんか、幾ら殺しても構わない。むしろ、積極的に殺すべき。賞金も出るしね。(冒険者ギルドは下級転生者抹殺を呼び掛けており、賞金を掛けている)賞金が入ったら、ハルカに美味い物を食わせてやろう。






「ところでナナさん、次に会いに行く『死の聖女』ってどんな方なんですか?」


 次の挨拶回りの相手。『死の聖女』と呼ばれるあいつについて聞いてくるハルカ。そりゃ、気になるよねぇ。まぁ、話してやるか。


「名は、クローネ・シローネ。一言で言えば破戒シスター。元は聖職者でね。そりゃ、凄い魔力を持っていて、しかも素手で魔物だろうが、悪霊だろうが、全てぶちのめす。人呼んで『剛拳聖女』。とにかく強かった。でもね……」


「その人、聖女じゃないですよね? ナナさん言いましたよね? 聖女の力は守護と癒しだって」


 さすがはハルカ。よくわかっている。その通り。あいつは聖女じゃなかった。幾ら強くても、聖女じゃなかった。


「そうだよ。クローネは聖女じゃなかった。それにあいつはやり過ぎた。いつだって、やり過ぎた奴は潰される。その影響力を恐れた教会の上層部により、魔女認定されてね。火刑に処される事になった。その当時は魔女狩りが盛んでね。とはいえ、ほとんどが魔女じゃなかった。魔女だと言いがかりを付けての処刑だった。しかも、周囲の連中もこれまで散々助けられてきたくせに、見事な掌返しをしやがった」


「ひどい!!」


 抗議の声を上げるハルカ。


「確かにひどい。だが、上層部は更にひどい事をしたのさ。クローネの教会で保護していたガキ共も魔女の手先として火刑に処したのさ。()()()()()()()()。要は見せしめさ」


 人間の敵は人間ってね。人間の悪意は底無しさ。でもね、上層部は一つしくじった。致命的なしくじりさ。


「自分の目の前でガキ共を焼き殺され、次は自分の番となったんだが、クローネはここで遂にキレた」


「どうなったんですか?」


 続きを待つハルカ。


「ハルカ。私は言ったよね? クローネは聖女じゃなかったと。じゃあ、何なのか? 世間一般じゃ、拳一つで魔物、悪霊を打ち倒す『剛拳聖女』と呼ばれていたけど、それはクローネの本質じゃなかった。あいつの本質は死者を操るネクロマンサー。聖女とは真逆の存在だったのさ。戦いの中、偶然知ってずっと隠してきたその力を、遂に解放した」


 聖女と呼ばれていたクローネは、実はネクロマンサーだった。さすがにこれは明かせない。しかし、教会上層部のあまりにひどい仕打ちにキレたクローネはネクロマンサーの力を解放。


「ハルカ。魔道の使い手の中でも、ネクロマンサーは非常に恐れられ、忌み嫌われている。なぜかわかるかい?」


 私はここでハルカになぜ、ネクロマンサーは恐れられ、忌み嫌われているか聞いた。


「死者を操る事。……いえ。死者が増える程、戦力が増す事。死者が死者を生み出す。そうして、どんどん増える。敵からしたら悪夢ですよ」


 それに対するハルカの答え。その通り。ネクロマンサーの恐ろしさは、増殖する軍団に有る。死者が生者を殺し、そして新たな死者が加わる。こうして加速度的にどんどん増える。痛みも疲労も無い。水、食料もいらない。敵からすれば悪夢そのものの軍団さ。


「その通りだよハルカ。死者が死者を生み出し、どんどん増殖する死者の軍団を率いる。圧倒的な数の暴力。それがネクロマンサーの恐ろしさ。クローネは『剛拳聖女』としてこれまで葬ってきた魔物達。更には国中の死者を片っ端から蘇らせたのさ。……後はわかるね?」


「……はい」


 その光景を想像したのだろう。真っ青な顔色のハルカ。死者が生者を食い殺し、食い殺された者もまた、死者の仲間入りしては生者を食い殺す。正に地獄絵図。こうして、クローネを嵌めた連中はめでたく死者の飯となり、国は滅びた。







「そもそもクローネはね、聖職者になんかなりたくなかったんだと。だけど、孤児で教会で育てられた恩義が有るから、渋々、聖職者の道に入ったんだってさ。もっとも、オチがこの有り様。笑えないねぇ」


「全く笑えません」


 本当に笑えないオチだよ。さて、後日談をするか。


「その後、クローネは聖職者をやめて、ネクロマンサーとして活動。そして、いつしか『死の聖女』と呼ばれるようになった。で、今はロピルカ大陸に居を構えている。基本的に誰も近付かない。怖いからね。たまに下級転生者を始めとする馬鹿が来るけど、誰一人、生きて帰ってこないんだってさ」


「それ、わざと来られる場所に居を構えているでしょう? でなければ、ナナさんみたいに、立ち入れない場所に居を構えるはずですから」


「だろうね。ネクロマンサーからすれば、労せずして、良い死体が手に入る。特に下級転生者は馬鹿だが、力は有る。クローネがアンデッド化して使えば、恐るべき戦力となる」


 クローネはあえて、他人が来られる場所に居を構えている。侵入者を殺し、手駒にする為に。特に下級転生者。あいつら馬鹿だし、クズだが、力は有る。アンデッドの素体として最適なんだよ。生前より、アンデッド化してからの方が強いからね。


 アンデッドを操るクローネの手腕もさることながら、いかに下級転生者共が自身の力を使いこなせていないかよくわかる。ハルカ曰く『宝の持ち腐れ』か。良い言葉だ。







「さて、そろそろ寝るよ」


 飯も食ったし、身体も拭いた。後は寝るだけなんだけど……。


「すみません、少しやりたい事が有って。寝る前の日課なんです」


 ハルカが寝る前の日課をやりたいらしい。


「……別に良いけど、何するんだい?」


「御津池神楽を一通り舞うんです」


「……まぁ、別に良いけど」


「ありがとうございます。ちょっと外に出ますね」


「私も付き合うよ。万が一って事も有る」


 さすがにテントの中じゃ神楽舞はできない。外に出ると言うので私も付き合う。


 さて、開けた場所に出たハルカは、腰のホルダーから鉄扇を取り出し、構える。そして舞い始める。


 演奏は無い。観客は私だけ。そんな中、ハルカは舞う。御津池神楽。天之川家に代々伝わる神楽舞。その実態は、舞に偽装された武術。いつ、誰が、何の為に編み出したのかはハルカも知らない。


 しかし、美しい舞だね。月明かりの下、銀色に煌めく鉄扇を手に、ハルカは舞う。銀髪碧眼のハルカに銀色の鉄扇がよく似合う。死神ヨミは良い仕事をしたよ。


 ハルカは三十分程、舞い続け、最後に締めをして終わった。


「ふぅ……。やっぱり、寝る前にこれをやらないと一日が締まらないんですよ」


「美しい舞だったよ。三歳から続けてるのは伊達じゃないね」


「ありがとうございます」


 見るのは二回目だけど、本当に美しい舞。ハルカの才と、積み重ねてきた鍛錬の賜物。……楽して得る事ばかり考えている下級転生者共じゃ、絶対に至れない領域。ま、天才たるハルカと無能な負け組のクズじゃ、そもそも比較にならないね。


「さ、今度こそ寝るよ。明日はクローネの所に行くからね。寝不足じゃ困る」


「はい」


 さ、ハルカの用も済んだし、今度こそ寝よう。明日はクローネに会うんだ。寝不足じゃ困る。赤っ恥だよ。







 明けて翌朝。簡単な朝食を済ませたら、昨日仕留めた鳥の解体。まず羽根を毟り、ナイフで解体していく。


「逃げるんじゃないよ。ちゃんと見て学べ。大体、あんたが食ってる肉だって、こうして動物を解体して店に出回っているんだからね」


 残酷な光景とは思うが、あえてハルカに見せる。これもサバイバル技術。できません、やりませんは聞かない。嫌でも仕込む。今後に備えて、確かな知識と技術が必要。ハルカもそれがわかっているから、顔色が青いながらも、私の一挙手一投足を見て学んでいる。やる気の有る子で助かる。


 しばらくして、鳥の解体完了。各部位の肉ごとに分けてパック詰め。モモ肉はクローネへの土産にする。あいつ、酒、煙草、肉、博打大好きな破戒シスターだからね。


「生臭シスターですね」


 ハルカもあきれている。まぁ、破戒シスターだしね。


「クローネに言わせりゃ、神の教えなんざクソ喰らえだってさ。真面目に『剛拳聖女』やってきた結果があれだしね」


「確かに」


 真面目に神の教えを守り、『剛拳聖女』として世に尽くしてきたのに、盛大に裏切られたんだ。そりゃ、神に向かって中指立てるさ。







「さぁ、行くよ。乗りな」


「はい」


 後片付けを済ませ、バイクに跨る。ハルカも後ろの座席に跨り、私にしがみつく。


「出発!」


 バイクは空へと飛翔。ロピルカ大陸を目指して走る。


 その後は海の上だったが、遂に陸地が見えてきた。ロピルカ大陸だ。


「見えたよ。ロピルカ大陸だ。ここから、もう少し西寄りだ。基本的に誰も寄り付かない、汚染地域が有ってね。そこにクローネが居を構えている」


「そうなんですか」


 昔、その辺り一帯は豊かな土地だった。しかし、下級転生者がやらかした。


 その下級転生者、他の世界からエネルギーを呼び込み、土地を更に活性化するなんぞと抜かしたらしいが、結果、エネルギーを呼び込むどころか、地獄門を開きやがった。そして地獄門から噴き出した大量の瘴気により辺り一帯、死の土地と化してしまった。元凶の下級転生者? 真っ先に瘴気の直撃食らって死んだよ。馬鹿が。


 で、長らく開いていた地獄門を閉じたのがクローネ。しかし、一度、地獄の瘴気に汚染された土地は元には戻らない。だが、クローネは構わずそこに居を構えた。


 土地柄、雑魚は来られない。逆に来られる奴は相応の実力者だって事。ネクロマンサーであるクローネからすれば、労せずして、質の良い死体が手に入る寸法さ。


「とにかく危険な場所。瘴気に汚染された土地だからね。私から離れるんじゃないよ。死ぬよ」


「わかりました! 絶対離れません!」


 本当に危険な場所だからね。今のハルカじゃ、瘴気に当てられたら死ぬ。だから、ハルカに私から離れるなと警告。ハルカも素直に従う。死にたくないだろうし。







 進路を西寄りに変えて空を走るバイク。すると前方に異様な光景が。何もかもが枯れ果てた、死の土地。クローネの領域だ。


「見えたよ。あれがクローネの領域。『死の聖域』だよ。下手に踏み込んだら、死有るのみ」


「怖いですね……」


「ま、そこの主に会いに行くんだけどね。さて、そろそろ降りるよ。後は陸路。ここまで来たらじきに着く」


「はい」


 目的地が近付いてきたので、高度を下げて陸路に変更。着地し、大地を走る。『死の聖域』に近付くにつれ、徐々に草木が減っていく。そして、遂に無くなった。『死の聖域』に入った。







「…………何か嫌な感じがします。何と言うか……墓地に来たみたいな……」


『死の聖域』に入ってしばらく。ハルカは何か嫌な感じがすると。墓地に来たみたいなと。


「瘴気の影響だね。瘴気自体は私が防いでいるけど、汚染された一帯の気配を感じているんだろう」


 瘴気の影響だと話すとハルカは顔をしかめる。


「そうですか」


「ま、仕方ない。恨むんなら、地獄門を開いた馬鹿を恨みな」


 つくづく、下級転生者はろくな事をしない。あいつら、自分は優秀、正しい、全て上手くいくと考えていて、失敗の可能性やリスクを考えない。……前世で何一つ成せなかった無能のくせにね。前世から何一つ学んでいないし、改善していない。そんな馬鹿だから、負け組なんだよ。


 要はアクセルを踏み込むばかりで、ハンドルも切らなきゃ、ブレーキも無い。周りの忠告、警告も聞かない。破滅に向かって一直線に暴走する。しかも周囲を盛大に巻き込んで破滅する。破滅するのは勝手だけど、周囲を巻き込むな、クソが。







「……お出迎えのようだね」


『死の聖域』をバイクで走る事しばらく。向こうから団体様のお出ましだ。熱烈歓迎ぶりが泣けるねぇ。


「……あれはお出迎えじゃなくて、襲撃と言います。普通はそうです」


 冷ややかなハルカの反応。ユーモアが足りないよ、ユーモアが。とはいえ、ハルカの言い分もわかる。


 身体のあちこちが欠損している、一目で死者とわかる連中が大挙して向かってくるんだ。中には、下級転生者もいるね。見知った顔がチラホラ見える。ギルドが指名手配しているからね。笑えない状況。この状況で笑えるとしたら、天才か馬鹿だ。ま、ここは私の出番だね。


「大丈夫。私に任せな」


 ハルカにそう言い聞かせ、私はバイクをアンデッドの大群の先頭に向かって走らせ、その直前で停める。その上で名乗った。


「盛大な歓迎、ご苦労さん。私は『名無しの魔女』。『死の聖女』クローネ・シローネに会いに来た。通してくれるかい?」


 するとアンデッドの大群の進行が止まった。そして、大群が二つに割れ、奥から執事服を着て、ステッキを手にした骸骨が出てきた。そいつは丁寧に一礼した後、こう言った。


『これは失礼を致しました。ようこそおいでくださいました『名無しの魔女』様。お変わりないようで、何より』


「久しぶりだね『骨』。あんたも変わらないねぇ」


 クローネの右腕たるアンデッド。『骨』。いわゆる骸骨、スケルトンだが、そんじょそこらのスケルトンとは違う。明確な自我と高度な知性を併せ持つ、ハイ・スケルトン。クローネ配下のアンデッド軍団を束ねる長でもある。


 見た目は、貧相な骸骨だが、そこはクローネの右腕。ステッキに仕込んだ剣で主人に仇なす者を次々と葬り去ってきた、凄腕の剣士。執事としても敏腕。生前の情報は謎。聞いた事は有るが、はぐらかされてしまった。


『ハハハ。なにぶん、私、骨ですから。それにしても……そちらのお嬢さんはお連れ様ですかな?』


 骸骨故、表情の変わらない『骨』だが、ハルカを見るその眼差しに油断は無い。こいつはクローネの右腕。主人に怪しい奴を近付ける訳にはいかないからね。


「私の弟子だよ。今回は、私の弟子の紹介のための挨拶回りをしていてね。という訳だから、クローネへの目通り頼むよ」


 警戒する『骨』にハルカが弟子である事を告げ、その上でクローネへの目通りを頼む。


『……は、『名無しの魔女』様のお弟子様とあれば、クローネ様もお許しになられるでしょう。ささ、長旅お疲れでしょう。ご案内致します」


 すると『骨』も納得したらしく、了承。そしてクローネの居へと案内してくれる事に。バイクを降り、『骨』が率いるアンデッドの大群に護衛されながら進む。


「……嫌な護衛です」


「文句言わない」


 アンデッドの大群に囲まれての移動が嫌なハルカ。確かに嫌な光景だけど、我慢しな。で、向こうに建物が見えてきた。クローネの住居だ。


『あちらに見えるのが、クローネ様のお住まいでございます』


 ハルカの為に説明する『骨』。


「……あれが」


「クローネなりの教会上層部に対する嫌味だよ」


 本当にいつ見ても嫌味だね。何せ、教会を住居にしているんだから。ネクロマンサーが教会に住んでいる。これ以上無い、嫌味さ。


 そして教会に到着。


『ささ、こちらへどうぞ。クローネ様がお待ちです』


『骨』に案内され、教会内を進む。着いた先は教会の長、司教の間。ま、今の主人はネクロマンサーなんだけどね。


『骨』が二回ドアをノック。


『クローネ様。お客様をお連れしました。『名無しの魔女』様と、そのお弟子様でいらっしゃいます』


 しばしの沈黙の後、ドアの向こうから返事。


「通せ」


『かしこまりました』


 了承の返事を受け、『骨』がドアを開ける。


『どうぞ』


「ん」


「ありがとうございます」


 そして、ドアをくぐった途端、酒瓶がハルカの顔面に向かって飛んできた!


「わっ?!」


 バシッ!!


 間一髪、ハルカに当たる寸前に、受け止める。


「……ぬるい。この程度の不意打ちぐらい対処しろ」


「相変わらずご挨拶だねぇ。だからといって、私の弟子の綺麗な顔を傷物にされちゃ困るんだよ」


「知るか」


「本当に相変わらずだね。破戒シスターが」


 私の視線の先。豪奢な椅子にふんぞり返り、これまた豪奢な机に足を投げ出して、ウイスキー瓶片手にラッパ飲みしている、シスター服を着た、ロングの栗毛の女。


『死の聖女』クローネ・シローネ。


『クローネ様! お客様に対し、何をなさるのです!』


 クローネの暴挙に怒る『骨』。ハイ・スケルトンだけに、単に主人に従うだけのスケルトンとは違う。


「うるさいぞ『骨』。この程度、対処できん奴など使い物にならん。すぐ死ぬ」



『骨』の箴言もどこ拭く風。全く気にも止めない。そしてクローネは名乗る。


「とりあえず……。久しぶりだな。『名無しの魔女』。そして初めまして。その弟子よ。私はクローネ・シローネ。『死の聖女』と呼ばれている。何も無い所だが、歓迎しよう」


「歓迎する奴は、のっけから酒瓶投げないよ」


 歓迎するとは言うものの、どこまで信じて良いのやら? ともあれ、挨拶回り二軒目。




怪植物トライフィート騒動が終わり、次の目的地。『死の聖女』クローネの元へ向かう魔女師弟。


道中の野宿で、狐月斎についてハルカに問うナナさん。それに対し、ハルカは狐月斎の三日月を放つ技は見せ札。アニメやゲームならともかく、現実であんな派手な技は愚行。本質は徹底的に効率化された殺人剣と答えた。


その後、ナナさんが仕留めた鳥の解体も学ぶ。魔法や異能に頼りすぎるな。正しい知識、技術を身に付けろとの師の教え。


そして、遂に『死の聖女』クローネと対面。のっけから酒瓶を投げつけられる、ひどい初対面。どうなる事か?




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