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第18話 ハルカ、外の世界へ 冒険者ギルド編4

 吹雪side


 全く、人遣いの荒い! なぜ、私が助っ人なんかしなくてはいけないんですか! ……とはいえ、さすがに師匠の指示には逆らえません。後が怖いので。


 眼下の地上では、奇妙な植物の大群が古い城塞の廃墟へと攻め込もうとし、廃墟に立てこもった連中と交戦中。しかし、多勢に無勢。このままでは怪植物軍団に押し切られるのは時間の問題。基本、戦いは数の暴力ですから。やられる前に助けてあげますか。


 師匠の指示は不満ですが、逆に言えば、できると判断されたからこその指示。何より、この凍月 吹雪、任された仕事に対し、私情は挟みません。きちんとやりますよ。それがプロです。さ、雑草の処分に掛かりましょう。







 ミルフィーユside


 状況は悪くなる一方。次々と犠牲者が増え、どんどん追い詰められます。もはや、まともに戦えるのは私とエスプレッソを含めても片手で足りるでしょう。何人かは逃げ出しましたが、すぐに断末魔の悲鳴が聞こえてきた以上、結果はお察しですわね。しかし、このままでは私も……。


「どうも。助っ人です」


「キャッ?!」


 突然、背後から声を思わず悲鳴を上げてしまいました。って、助っ人?!


 振り返った背後には見知らぬ狐人の少女がいました。見た目は私と同年代。ただし、単なる狐人ではありません。


 普通、狐人は茶色の髪に茶色の瞳。そして一尾。ですが彼女は銀髪にエメラルドグリーンの瞳。何より臀部から三尾が生えていました。……複尾族!


 話には聞いたことが有ります。獣人族の上位種。複数の尾を持ち、尾の数が多い程、格が高く、強い。特に最高位の九尾の力は神魔に匹敵するとも、凌ぐとも。ただし、複尾族は極めて少なく、幻の種族と呼ばれています。


 最強種族談義において必ず出てくる。そんな複尾族が私の前に現れるとは。しかも、彼女、助っ人と言いましたわね? どういう事でしょうか? とりあえず、話を聞きたいところですが、そうも言っていられませんわね!


 突如、床が切り裂かれ、崩落。下の階へと落ちる。チッ! やられましたわ! 立ち込める砂ぼこりが視界を塞ぎます。 何より、突然の崩落で受け身を取り損ねましたわ。


 立とうとしたところ、右足首に痛みが。……折れてはいませんが、捻挫したようです。そして、そんな私を見逃す怪植物ではありません。触手を突き刺そうとしてきましたが……。


 次の瞬間、バラバラになりました。しかも凍って粉々に砕け散る始末。


「雑魚ですね」


 そう言って現れたのは、さっきの銀髪三尾の狐人の少女。私達があれ程苦戦した怪植物をいともあっさりと倒し、更に雑魚呼ばわり。


「助けていただきありがとうございます。しかし、あなたは一体、何者なんですの? しかもその服装。黒巫女ですわね」


 ともあれ、助けられた事は確か。その事に感謝の言葉を述べつつ、警戒は怠りません。まだ、味方と決まった訳ではありません。それに彼女の服装。黒い着物に青い袴。闇の巫女たる、黒巫女の服装。必ずしも悪しき存在とは限りませんが、警戒すべき相手ではあります。


「まぁ、警戒する気持ちはわかりますし、当然の対応だとは思いますが……。とりあえず、今は共闘しましょう! とりあえず、これを右足首に貼りなさい! 師匠お手製の湿布です!」


 彼女の素性が気になるところですが、今はそれどころではありません。新手が来ました。狐人の少女は即座に戦闘に入りつつ、私に向かい、湿布を投げてよこしました。右足首の捻挫を見抜いていたようです。多少迷いましたが、湿布を右足首に貼り、すかさず包帯で固定。包帯は常に持ち歩いていますので。


 それにしても、とんでもない湿布。右足首に貼って包帯で固定したら、痛みが即座に引きました。これなら戦えます。近くに落ちていた槍、プロミネンスツヴァイを手にし、杖代わりにして立ち上がる。


「立ったなら、さっさと手伝ってくれます? ただし、無理は禁物。師匠お手製の湿布は即効性の痛み止め効果のおかげで、痛みは取れますが治った訳ではないので。とはいえ、治癒促進効果は有りますから、しばらくすれば治るはず」


「十分ですわ。あなたとあなたの師匠に感謝を。事が済んだら、スイーツブルグ侯爵家より謝礼を支払いますわ」


「へぇ。装備が良いからどこかのお金持ちとは思っていましたが、貴族ですか。ならば謝礼も期待できますね。師匠もお喜びになるでしょう」


 彼女の素性は気になりますが、今はこの状況を切り抜ける事が最優先。死んだらおしまいですもの。







 しかし、強い! 狐人の黒巫女少女に対する、私の率直な感想。あれ程私達が苦戦した怪植物をいともあっさりバラバラに切り刻み、凍らせ粉砕。彼女の手にする小太刀。明らかに魔剣。しかもかなりの業物。本当に何者なんでしょうか?


 とはいえ、私も負けてはいられません。魔槍プロミネンスツヴァイを手に、怪植物に挑む。


「掛かってきなさい! 片っ端から灰にしてあげますわ!」


 助けられてばかりなど、私のプライドが許しません。スイーツブルグ家の家訓は『道は切り開くもの』。逆に言えば、それができない者などいらないのです。他者の後塵を拝するだけの者は、決してその先には行けないのですから。


 炎を纏うプロミネンスツヴァイを手に、怪植物相手に大立ち回り。次々と切り刻み灰にしていく。


 しかし、数が多過ぎる! きりがない! 早く! 早くギルドの援軍が来てくれないと!


「この程度でへばらないでくれます?!」


 涼しい顔で怪植物達を倒していく、狐人の黒巫女少女。まだまだ余裕が有る様子。……悔しいですが、彼女の方が私より上にいるのは間違いなさそうです。


「下がっていなさい! 大技を使います!」


 挙げ句、大技を使うから下がれと言われる始末。そして……。


 小太刀に魔力を集中させ、一気に振り抜く! 無数の銀色の三日月が放たれ、怪植物、そして前方の全てをバラバラに切り裂いた。


「ふぅ。とりあえず、この場はしのげましたね。さすがは師匠直伝の狐月剣。大量、広域殲滅にピッタリです。とはいえ、師匠のと比べたら、まだまだ。私も修行が足りませんね」


 言葉が有りませんでした。あまりにも強過ぎる。ですが、彼女のおかげでこの危機を切り抜けられたのもまた事実。あと、彼女の師匠は更に強いらしいですわね。


 そういえば、まだ、お互いに名前すら知りませんでした。助けられておきながら、名前すら知らない、名乗らないなど、礼儀に反します。


 そんな状況ではないといえばそこまでですが、少なくとも、お互いの名前を知らなくては、意思の疎通で困ります。一々、狐人の黒巫女少女だの、金髪の貴族令嬢だの呼んでいられませんから。


「ありがとうございます。助かりましたわ。申し遅れました。私、アルトバイン王国、スイーツブルグ侯爵家、三女。名をミルフィーユ・フォン・スイーツブルグと申します。以後、よしなに」


 とりあえず急場はしのげましたので、助けられた礼を言いつつ、自己紹介。


「礼を言われる程ではありません。私は師匠の指示に従っただけ。とはいえ、名乗られた以上は私も返すのが礼儀。私は黒巫女見習い、凍月 吹雪。我が師、夜光院 狐月斎の指示で助っ人に参上した次第。しかし、生き残りは私とあなた以外では、一人だけのようですね。まぁ、仕方ない事。弱者は死ぬ。それだけです」


「……そうですか」


 狐人の黒巫女少女改め、吹雪さん。彼女が言うには、生き残りは私と彼女以外では一人だけと。私達以外で生き残りそうな心当たりは一人だけ。


「ミルフィーユお嬢様! ご無事でしたか!」


 向こうからやってきたのは執事のエスプレッソ。別の区域を担当してもらっていたのですが、やはり生き残っていましたか。


「申し訳ございません。私以外は全滅しました」


「いえ、あなたが無事なだけでも僥倖です。ご苦労でした」


 エスプレッソ曰く、自分以外は全滅。その事を謝罪されましたが、仕方ない事です。


「ところで、そちらの方は?」


 そして当然、吹雪さんの事を聞いてきます。当初のメンバーにいませんでしたからね。


「助っ人だそうです。事実、私は窮地を彼女に救われました。でなければ、死んでいたでしょう」


 助っ人である事、彼女に助けられた事を伝えると、本人から自己紹介。


「はじめまして。私は黒巫女見習い、凍月 吹雪。我が師、夜光院 狐月斎の指示で助っ人に参上した次第」


 私に言ったのと同じ内容を語る彼女。


「これはご丁寧に。では私も名乗りましょう。私はスイーツブルグ侯爵家に仕える執事。エスプレッソとお呼びください。そしてミルフィーユお嬢様を助けていただき、感謝の極み」


 それに対し、名乗りついでに、私を助けてくれた事への礼も言うエスプレッソ。


「それ程でもありません。それよりも、今後について考えましょう。打って出るか。はたまた、退くか」


 その上で彼女は今後についてどうするかと。打って出るか。はたまた、退くか。







 ハルカside


 怪植物トライフィートによるスタンピード。それに抵抗している人達がいるらしい。よって、合流する事になった。で、テレポートで向かった先は、ギルドの所有するセーフティエリアの一つ。しかし……。そこは滅茶苦茶に破壊され、既に攻め落とされていた。


「遅かった……」


 悔しそうなチェシャーさん。もう少し早く来ていれば……。だけど時間は戻せない。


「そうみたいだね。でも、感傷に浸っている場合じゃなさそうだよ!」


 だからといって、感傷に浸らせてはもらえない現実。新手だ! 向こうから大挙してやってくる、歩くヒマワリ擬き。怪植物トライフィート。……何か、大きくなってないか?!


「チッ! 恐れていた事が起きた。奴らめ。進化を始めやがった。まずは巨大化か。こりゃ、急がないと。いずれ、空を飛ぶし、しまいにゃ、宇宙にまで進出するよ。言ったろ? 奴らは幾つもの星を食い尽くしたと。とりあえず、ハルカ、あんたは下がれ。絶対に私より前に出るな。猫、兎、やるよ!!」


「了解!!」


「……ん」


 足手まといにしかならない僕は下がれと言われ、ナナさん、チェシャーさん、イナバさんの三人が前に出る。


 そういえば、ナナさんが戦うところはまだ見た事が無い。どんな戦い方をするんだろう? そう思っていると、ナナさんはナイフを取り出した。前に見せてもらった、アーティファクト。旧世界の金属、オブシダイト製の本体に魔宝石を嵌め込んだ、強力無比な武器。


 チェシャーさんは銀色の金属製手甲。


 イナバさんは同じく銀色の金属製ブーツを履いていた。怪植物トライフィートは魔力、生命力を吸い取る能力を持つ。下手に魔法、異能(スキル)は使えない。逆に力を与える事になる。物理攻撃しかない。







 ナナside


「事前の打ち合わせ通り、物理攻撃で。下手に魔力を使うな。奴らに餌を与えるだけだ。余計強くなる上、優先的に狙われるよ。奴ら、魔力、生命力が大好きだからね」


「だから、メイドちゃんを下げたんですね」


「……格好の餌」


「そういう事。じゃ、やるよ。絶対に通すな。ここで奴らを潰す」


 足手まといにしかならないハルカを下がらせ、トライフィート達を迎え撃つ。少なくとも今来ている奴らは潰す。しかし、元凶を絶たないと解決にはならない。奴らが現れた原因が有るはずだからね。


「まぁ、とりあえず。雑草にはお引き取り願おうか!」


 昔、大変な苦労の末に手に入れたアーティファクト。『紫電壊(シデンカイ)』の力、とくと味わいな! オブシダイト製の漆黒のナイフに魔力を通す。


「ちょっと! あなた魔力を使うなって!」


 猫が騒ぐ。確かにトライフィート相手に魔力を使うのは不味い。魔力を吸収される。だったら、()()()()()()()を使うまで。


 私が最強の魔女と恐れられた理由の一つが、このナイフだ。本当に苦労して手に入れたかいが有るよ。


「まぁ、見てな。あんた達、ラッキーだよ。何せ、アーティファクトを使うところを見られるんだからね。ハルカ! あんたもよく見てるんだよ!」


 後ろに下がって見学しているハルカにも聞こえるように大声で告げる。


「さすがは『名無しの魔女』。アーティファクトですか。だったら、有りですね」


「……アーティファクトの力は単なる魔力じゃない。概念攻撃。だったら、魔力を吸収するトライフィートにも有効」


「さすがギルド本部職員。よく知ってるね。そういう事さ。欠点は、やたら燃費が悪い事。だから、あんた達には期待してるよ、『魔猫』『凶兎』。特に兎。ヴォーパル家の力を見せとくれ」


「……ん」


 確かにトライフィートに魔力は効かない。吸収される。だが、概念攻撃は無理。あれは理論理屈を無視して、無理やり結果を押し付けてくる。それを可能とするからアーティファクトは強いし、欲しがる奴は多い。


 ……もっとも、燃費最悪だから、そんじょそこらの奴には使えない。ハルカにも言ったけど、下手に触ると、全ての力を吸い尽くされて死ぬ。正に、ハイリスクハイリターンなんだよ。


 さて、猫と兎だけど、これまた良い装備をもっている。アーティファクトではないけど、第一級装備。さすが、ネコ家とヴォーパル家。オリハルコン製の装備を持っているか。そんな貴重な品を持たせる辺り、いかに期待されているかわかる。


「私が先制の一撃を入れるから、あんた達は各々の判断でやれ! あと、奴らの触手には気を付けな! 魔力、生命力を吸収される上、切れ味抜群だよ!」


「了解!」


「……ん」


 猫と兎に指示を出し、了解の返事を聞いた上で、戦いの口火を切る。


「それじゃ……死ね!!」


 紫電壊を手にした右腕を大きく振りかぶって……一気に払う!


 紫電迸る紫の閃光の刃が、迫りくるトライフィートの大群を横一文字に一刀両断。単に斬られただけなら、すぐに再生。それどころか増殖するトライフィートだが、そうはならない。


 断面からひび割れ、砕け散る。これがアーティファクト、紫電壊の力。『崩壊』。斬った対象を断面からひび割れさせて、崩壊させる。死を撒き散らす魔宝石。紫死晶(デスアメジスト)の力を利用した恐るべき武器。ま、紫死晶(デスアメジスト)の力はこんなもんじゃない。


 ともあれ、先制の一撃で連中を崩す事はできた。しかし、わかってはいたけど、アーティファクトは燃費最悪。ごっそり魔力を持っていかれた。……やはり、最盛期と比べたら私もなまったね。最盛期の頃なら、連発できたんだけど。


 まぁ、それは言っても仕方ない。何より、アーティファクトの攻撃を連発したら、辺り一帯壊滅だ。それでは本末転倒。


 白兵戦に切り替え、トライフィート達を片付ける。こいつらはここで潰す。どこにも行かせない。特にハルカの元には絶対に行かせない。行かせてはいけない。


 トライフィートは生命力、魔力を吸って成長、進化する。今まで、どこでどうしていたのかは知らないけど、奴らは飢えている。増えるより、食らう事を優先しているみたいだ。故に奴らは質の良い餌を求めている。すなわち、強い生命力、魔力を持つ奴を。その条件に見事に当てはまるのがハルカな訳だ。


「行かせないよ!」


 ハルカの元へ向かおうとするトライフィート達を紫電壊で切り刻む。


 猫は手甲から伸びた四本の爪でトライフィート達を切り裂き、兎は華麗な蹴りでトライフィート達をまとめてなぎ倒す。やるねぇ。さすがギルド本部職員。異能(スキル)無しの白兵戦でも強い強い。ま、でなけりゃ、ギルド本部職員にはなれないからね。


 しかし、失礼な雑草だね。私、猫、兎と実力者が三人いるのに、トライフィートは私達より、ハルカを優先して狙っている。さすが上位転生者。生命力、魔力も極上ってか。トライフィートも希少種を食いたいらしい。私達に殺られても殺られても、執拗にハルカを狙う。


「ある意味、楽ですね。連中の狙いがはっきりしている上、ぶっちゃけ、私達の事は眼中に無いみたいなんで」


 手甲の爪でトライフィートを切り裂きつつ、猫が語る。トライフィートがハルカ狙いで私達なんぞ眼中に無い事を察しているか。


「……どこに向かっているのかわかれば、対策できる」


「確かにね」


 兎の言うように、敵の目的がわかっていれば対策できる。この世で一番怖いのは『知らない』『わからない』事だ。対策のしようがないからね。


 今回の場合、明らかにハルカを狙っているのが、丸わかり。実に楽。トライフィート達を徐々にだが減らしていく。この分なら、そんなに掛からず片付く。


 そう思っていたんだけど……。世の中、そんなに甘くなくてね。







「もう大丈夫! なぜかって? 最強の俺が来たから!」







 お呼びでない馬鹿が来たからさ!







 ハルカside


 ナナさんに下がっているように言われ、見学に徹する。まずナナさんの放った一撃がトライフィートの大群をなぎ払い、大群が崩れたところへ、ナナさん、チェシャーさん、イナバさんの三人が切り込む。正に獅子奮迅の戦いぶり。数は圧倒的に向こうが上なのに、むしろ三人が押している。


 トライフィートの大群対、ナナさん達三人の戦いを見ている内に気付いた。トライフィート達は僕を目指していると。トライフィートは生命力、魔力を吸収し、成長、進化する。そうか。奴ら、僕の魔力、生命力を狙っているのか。上位転生者である僕は奴らにとって、格好の餌。


 恐らく、ナナさんはその事も込みで僕を下がらせた。僕の安全を確保するだけでなく、奴らの狙いを絞る為に。狙いがわかれば対策もしやすい。


 どうもトライフィート達は飢えているらしく、とにかく僕の元に来ようとする。奴らは邪魔者であるナナさん達の排除より、飢えを満たす事を優先。しかし、それはナナさん達に対し隙を晒す行為でしかない。そして、そんな隙を見逃すナナさん達じゃない。


 ナナさんが漆黒のナイフを振るえば、トライフィート達が切り刻まれ、更にひび割れ砕け散る。


 チェシャーさんはトライフィート達の大群の中を目にも止まらない速さで飛び回り、手甲から伸びた爪で瞬時にトライフィートを細切れに。


 イナバさんは小柄で細身ながら、凄まじい蹴りでトライフィート達を倒していた。回し蹴り一発で、トライフィートを吹っ飛ばし、上空に飛び上がってからの急降下飛び蹴りでまとめて粉砕。着弾点にクレーターができる。着地の際に背後を狙われたが、後ろ向きのサマーソルトキックで一刀両断。確か、格闘ゲームで見たな、あの蹴り技。


 三者三様、それぞれの戦い方でトライフィート達を倒していく。さしもの大群も徐々に数を減らしていき、この分なら、そう掛からずに終わると思っていた所へ。問題発生。


 戦いにおいて『有能な敵』より『無能な味方』の方が怖いと言う。僕が今回、見学に徹したのは、未熟な僕が参戦しても『無能な味方』にしかならないから。


 そして、その『無能な味方』が勝手に乱入してきた。


 最強、チート、ハーレム、成り上がり等でおなじみ。力は有れど、性根はクソ。


 百害あって一利なしの存在。下級転生者。要は、なろう系転生者が乱入してきたんだ。こいつのせいで、一気に事態は悪化する事に……。この一件で僕は改めて、なろう系転生者抹殺の決意を固める事となる。絶対に滅ぼしてやるって。







 そもそもが見た目からして痛々しい。ゴテゴテと飾り立てた悪趣味な金ピカの鎧に、これまた派手に飾り立てた大きな剣。……実用性って言葉知ってる? 何より、この状況で乱入してくるな!


 どうもこの馬鹿、怪植物出現の報せを聞き、やってきたらしい。で、案の定、余計な事をした。ナナさん達が馬鹿を止めようにも、トライフィート達の相手をしているせいで、できなかった。


「この俺が来たからにはもう大丈夫! 食らえ!!破魔滅神黄金閃光破(ゴールデンシャイニングボンバー)!!!!」


 悪趣味極まりない大剣を振りかぶって、くだらない技名を叫び、巨大な金色の()()の斬撃をトライフィート達に向けて放つ。


 そう()()を。


「この大馬鹿野郎!!!!」


 ナナさんが鬼より鬼な形相で怒鳴るがもう遅い。


「あの馬鹿!!」


「……不味い!!」


 チェシャーさん、イナバさんも血相を変える。


「チッ! 逃げるよ!」


 次の瞬間、僕はナナさんに抱かれ空中に。近くにチェシャーさん、イナバさんもいる。


 そして地上は大変な事になっていた。なろう系の馬鹿が放った巨大な金色の魔力の斬撃。それを吸収し、トライフィート達は一気に活性化。せっかくのナナさん達の頑張りが全て台無し。


 ちなみに馬鹿は自信満々に放った大技が全く効かないどころか、逆に吸収され、トライフィート達を強化してしまった事に理解が追いつかなかったらしく、呆然としていたところを、即座に食われてしまった。その結果、更にトライフィートが強化、進化する羽目に……。


「あんの、クソ馬鹿がぁっ!!!! 余計な事しやがってぇ!!!!」


 鬼でも泣いて謝るんじゃないかという程、怒り狂うナナさん。トライフィートの恐ろしさを知るだけに、なろう系転生者の愚行で全てを台無しにされた怒りはひとしお。


 地上はもはや降りられない状況に。一気に成長し、大増殖したトライフィートに埋め尽くされてしまった。しかも……。


「不味い! 奴ら、飛行能力を!」


 チェシャーさんが指摘する。恐れていた事態。とうとう、トライフィートは飛行能力を得た。大きな葉を翼にし、空へと舞い上がる。不味い! 不味い! 不味い! このままじゃ、奴らが一気に広がってしまう!!


  ナナさんは言っていた。トライフィートはそれぞれが次々と種をばら撒き、増える。ばら撒かれた種はすぐに発芽、成長すると。空から種をばら撒かれたら、もはや手に負えない。パンデミックだ。全く、トライフィートを生み出した奴といい、さっきの奴といい、下級転生者。なろう系の連中はろくな事をしない。


 そんな状況下、何かを決意した顔のナナさん。


「……仕方ない! 大技で辺り一帯ごと、トライフィートを消す! このままじゃ奴らに星が食い尽くされる! もしくは抑止力に処分される!」


「……やむを得ませんね」


「……所長がいてくれたら」


 ナナさんは大技で辺り一帯ごと、トライフィートを消すと。このままではこの星が破滅する。トライフィートに食い尽くされるか、もしくは抑止力に処分されるか。いずれにせよ、破滅だ。


 チェシャーさん、イナバさんも悲痛な表情。……僕は役立たずだ。何が上位転生者だ! 何もできない! 何の役にも立たない! 弱い自分が許せない! もっともっと強かったなら!


「ハルカ。あんたは悪くない。悪いのは、全て下級転生者だ。身の程知らずの馬鹿が調子に乗って、馬鹿な事をしたせいだ。でも、その悔しさ、惨めさ、忘れるんじゃないよ。悔しさ、惨めさを糧に強くなれ。強くなって、下級転生者を殺せ。根絶やしにしろ。それがあんたの役目」


 僕の考えを読んだのか、そう語るナナさん。わかりました。この悔しさ、惨めさを忘れません。強くなる為に。そして下級転生者は根絶やしにしてやる!


 地上でどんどん増え、上空へと舞い上がるトライフィート達。当然、狙いは僕。


「ハルカ。悪いけど、あんたを囮に使わせてもらう。ギリギリまで引き寄せ、集め、まとめて消す」


 ナナさんはアーティファクトのナイフにこれまでとは比べものにならない程、強大な魔力を収束する。


「……これ、解決しても始末書ものだね」


「……始末書で済めば良いけど。最悪、クビ。追い打ちで損害賠償支払い」


 チェシャーさんとイナバさんも暗い。……何もかも下級転生者。なろう系の馬鹿が悪い!


 辺り一帯に大被害が出る事を覚悟の上で、ナナさんがナイフを振り抜こうとした、その時。


「……まぁ、待て。そんな大技を使っては、被害甚大。本末転倒だ。私に任せよ」


 ……あれ? 今、誰が喋ったの? と、思ったら……。


 次の瞬間、妖しい紫に輝く無数の三日月がトライフィートの大群に襲い掛かり、その全てをバラバラに切り裂いた。


 しかもその断片はみるみる内に紫に変色。更には溶けて無くなってしまった。


 何より凄いのが、トライフィート達だけを狙い撃ち。他は傷一つ付けなかった。


「……他愛なし」


 ヒュッ、カシン!


 後ろを振り返ると見知らぬ人がいて、紫の刀身の大太刀を背負った鞘に納めていた。


 煌めく長い金髪。


 右が赤。左が青のオッドアイ。


 そして頭の狐耳と臀部から生えた狐の尻尾。


 狐人の女性。しかも凄い美人。ナナさんも綺麗だけど、この人は神秘的な美しさ。ただ、随分、特徴的な服装。巫女服なんだけど、色が違う。普通は白い着物に赤い袴。紅白がベース。


 それが、この人は黒い着物に紫の袴。黒と紫がベース。見るからに闇属性……巫女で闇属性? もしかしてこの人……。


「とりあえず、助けてくれた事は感謝するよ。でも……黒巫女が何の用だい?」


 ナナさんがその女性に問う。やはり黒巫女か。白巫女の対極にある、闇の巫女。


「大した用ではない。単にあの雑草は生かしておけんと判断しただけだ」


 何の用かと聞いたナナさんに、大した用ではない。単にあの雑草は生かしておけんと判断しただけと、本当に何でもなさそうに答える。……何というか、掴みどころがない人。さっきから全然、表情が変わらない。鉄面皮。


「へぇ。そうかい。じゃあ続けて聞こうか。あんた何者だい?」


  どうにも掴みどころのない相手ながら、ナナさんは彼女が何者なのか問う。


「……私の名は夜光院 狐月斎。しがない黒巫女だ」


「しがない黒巫女ねぇ。少なくとも『紫』が言う事じゃあないね」


 確か、黒巫女は袴の色で格付けされていて、最高位が『紫』だっけ。つまりこの人。夜光院 狐月斎は黒巫女の最高位。ナナさんは、『紫』と戦う事は避けていると言っていた。そんな実力者が、今ここに。


「とりあえず、殺気は納めよ。私はお前達と戦う気は無い。無用な争いは好まぬ」


 狐月斎は警戒するナナさんに、殺気は納めよと諌め、戦う気は無いとはっきり告げた。


「……ふん。嘘じゃなさそうだね。とりあえず、下に降りるよ。立ち話もなんだ。座って話そうじゃないか。ただし手短にね。こちとら、厄介事の始末の真っ最中なんでね」


 狐月斎の言葉にナナさんは矛を納め、話し合いの場を提示。


「良かろう」


 狐月斎も了承。僕達は地上に降りる事に。……ナナさんでさえ戦いを避ける、黒巫女の最高位。『紫』の夜光院 狐月斎。その鉄面皮の顔からは何も読み取れない。この出会い、吉と出るか? はたまた、凶と出るか? 今はまだわからない。



黒巫女師弟との初接触。弟子の吹雪は令嬢ミルフィーユと。師の狐月斎はハルカ達と接触。


とりあえず、両者共に初接触は穏便に済みました。ミルフィーユにしろ、ハルカ達にしろ、話し合いが通じるなら、それで済ませます。


一方的に自分の正義(笑)を押し付けてくる、なろう系がおかしいだけ。


そして、とにかくやらかす、なろう系転生者。


そもそもの原因は植物を改造できるチートで農業改革などと、浅はかな考えで行動し、失敗して怪植物トライフィートを生み出したバカ。


更に、せっかくナナさん達が魔力を使わず戦っていたのに、勝手に乱入し、魔力を使った大技を放ち、トライフィートを活性化させ事態を悪化させた大バカ。狐月斎がいなかったら、世界が危なかった。


そして、役者が揃う。魔女師弟。ギルド若手二人組。黒巫女師弟。令嬢と執事。


では、また次回。


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