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第17話 ハルカ、外の世界へ 冒険者ギルド編3

 イナバside


 大変な事になった。以前からきな臭い動きの有った第八十四支部。その管轄エリア内でスタンピード発生。しかも危険度特級。すなわち世界存亡級。所長は即座に私とネコちゃんに出動を命じた。戦力の逐次投入なんて悪手はせず、初手から最強クラスの戦力投入。とにかく判断が早い。こういう辺り、所長はさすが。







 そもそもの始まりは、あの悪名高い『名無しの魔女』がギルド本部に来るという一報から。


 伝説の三大魔女の一角にして、『生きた災害』『歩く災厄』等と呼ばれる、危険極まりない人物。そんな魔女が何の用かは知らないけど、今日の昼頃に来ると本人から連絡が有ったそう。


 そんな訳で本日、ギルド本部は厳戒態勢。全業務を停止。『名無しの魔女』来訪に備えていた。突然の全業務停止に当然、冒険者達は騒いだが、無視。しつこい奴は実力行使で黙らせた。







 で、連合名物。大鐘楼の鐘がお昼を知らせた辺りで『名無しの魔女』がやってきた。……銀髪碧眼のメイドを引き連れて。来て早々、大声で来訪を告げると、すぐさま所長が対応。その後、所長と『名無しの魔女』による交渉開始。


 彼女が来た理由はギルドと弟子の顔合わせ。そして、弟子に冒険者免許が欲しいとの事。


 交渉の末、話はまとまり、今度は所長がギルドの有望株として、私とネコちゃんを紹介。しかし、ここで『名無しの魔女』とネコちゃんの間で一悶着。


『名無しの魔女』を怒らせるという最悪の事態だけは何とか避けられたものの、雰囲気は良くない。どうしたものかと思っていたら、そこへ突然の緊急事態警報。一気に事態が急変。







 緊急出動命令を受け、職員用ロッカーに向かう。こういう緊急出動に備え、一式揃えたリュックサックが全職員に支給されている。


「イナバ、悪いんだけど第八十四支部を『聞いて』くれる?」


 向かう途中でネコちゃんに頼まれる。


「……ん。わかった」


 まずは情報収集。『異能(スキル)』発動。第八十四支部と……。


「どうだった?」


「……状況は最悪に近い。既に第八十四支部は壊滅。被害は拡大中。急がないと本当に世界が危ない」


 ネコちゃんにどうだった? と聞かれ、わかった事を話す。本当に緊急事態。世界が危ない。得体の知れない『何か』が凄い勢いで増えている。


「どうしてそんな事に……」


「……それはわからない。でも、第八十四支部だから」


「……まぁ、恥晒しの第八十四支部だからね。あそこの奴らなら、何やらかしてもおかしくない」


 スタンピード発生の原因は今はまだわからない。でも、第八十四支部管轄エリア内で起きた事から、疑わしいのは第八十四支部。


 そもそも、第八十四支部は、ギルド内でやらかした連中の左遷先。一度ここに左遷されたら、完全に出世は断たれる。死ぬまで飼い殺し。だから、ギルド内では恥晒しの第八十四支部と呼ばれ、蔑まれている。


 で、しばらく前に前支部長が死んで、新支部長が就任したけど、こいつがまた、評判の悪い男。前支部長も大概だったけど、こいつは更に下。


 元、第一級冒険者だったんだけど、あまりにも自己中な性格と態度で問題ばかり起こし、冒険者パーティーに入っては、クビにされるを繰り返していた。


 そして、遂に事件を起こした。所属していた冒険者パーティー内で報酬の分け前を巡って揉めた挙げ句、第一級危険物に指定されている魔王竜の鱗。厳重に封印されているそれを解放した。どうやら、どこかのダンジョンで手に入れ、ずっと隠し持っていたらしい。もちろん、違法。


 魔王竜。本来は魔界にのみ生息する竜であり、竜族最強と恐れられている。


 その強さもさることながら、何より恐ろしいのが鱗より発する瘴気。実はカビの胞子で、生物に寄生すると、一気に増殖し、食い尽くしてしまう。そして、更に胞子を撒き散らして果てしなく増殖する。


 故に魔王竜の鱗は厳重に封印、保管が鉄則。所持もギルドの許可を得なくてはならない。そんな危険物を酒場の中で解放。自分は空間転移呪符で逃げた。鱗から放出された胞子をまともに浴びたパーティーのメンバーはたちどころにカビに食い尽くされて死亡。


 ただ不幸中の幸い、鱗が古かったせいでカビが弱っていて、カビによるパンデミックは起きなかった。でなければ、辺り一帯、カビに覆い尽くされて壊滅していた。


 しかし、犠牲者が出た事。無許可で魔王竜の鱗を所持していた事。これまでの問題行為も有り、本来なら死刑だけど、第一級冒険者としての功績を鑑み、罪一等、減免された結果、冒険者免許剥奪、永久追放に処された。


 ……後出しジャンケンだけど、やはり死刑にすべきだったと思う。







 その後、どうしていたかは知らないけど、少し前に第八十四支部の新支部長に就任。どうも、前支部長の娘とやらの差し金らしい。ちなみに前支部長は、ギルドの資金を横領していた事が発覚して第八十四支部に飛ばされ、失意の内に死んだとか。その娘の差し金。……目的は本部への復讐か。


 でも、その第八十四支部は壊滅。本当に何が起きたのか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()……。今の私は異能(スキル)の出力をかなり下げているから。







 ロッカーからリュックサックを取り出し、出た所で魔女師弟と遭遇。


「中々、面白そうなんでね。私達も行くよ」


「ナナさん、緊急事態なのに不謹慎ですよ!」


 どうやら、彼女達も来る気らしい。


「……邪魔さえしなければ」


「言われずとも」


 下手に断れば、間違いなく怒りを買う。余計な敵は増やさない。少なくとも今は彼女達は敵じゃない。







 ともあれ出発。私とネコちゃんの任務は現地確認、情報収集、可能なら事態解決。それが無理なら、時間稼ぎ。ギルド最終兵器、所長が来るまでの。


「イナバ、いける?」


「……ん。ネコちゃんは?」


「大丈夫」


 お互いにいけるか確認。よし、行こう。


「ハルカ、私達も行くよ」


「やっぱり行くんですね……」


「危険度特級のスタンピードなんて、そうそう見られるもんじゃないからね。貴重な体験だよ」


「……帰りたい」


「……泣き言言う奴はいらないよ?」


「わかりました! 行きます!」


 ……ひどいパワハラ。あの銀髪碧眼メイドも苦労しているらしい。


「私とイナバは私の異能(スキル)で第八十四支部まで行きますが、あなた方はどうします?」


 第八十四支部に向かうに辺り、魔女師弟はどうするのか聞くネコちゃん。まぁ、相手は伝説の魔女。自力でどうにかするだろうけど、一応、確認は取る。でないと後が怖い。


「自力で行くさ。第八十四支部って言ったら、悪い意味で有名だからね。座標は知ってる」


「あ、そうですか。とりあえずはぐれると困るんで、行き先の座標を教えます」


 自力で行くとの事。第八十四支部は悪い意味で有名なだけに、座標も知っていると。とはいえ、はぐれると困るからと、行き先の座標を伝えるネコちゃん。


「じゃ、行くよ」


「……うん」


 準備も終わり、いざ第八十四支部へ。いつものようにネコちゃんと手を繋ぎ、ネコちゃんの異能(スキル)発動。


次元魔猫(チェシャーキャット)


 私達は即座に指定した空間座標へと跳ぶ。







 ナナside


 第八十四支部管轄エリア内でスタンピード発生。危険度特級ね。……以前から、評判の悪い所だったが、何をやらかしたのか。しかし、これは不味いね。その方角から異様な気配を感じる。しかもこの気配、覚えが有る。……千里眼発動。気配のする辺りを『見る』。そこには……。


 最悪の事態だ。私の知るあれがいた。これは不味い。世界存亡どころじゃない! しかし、妙にも感じた。確かあれは、どんどん増殖するはず。だが、私の知るそれと比べると、増殖速度が遅い。かつては、こんなもんじゃなかった。


 ともあれ、現場に行こう。ハルカを連れ、現地に向かう。行き先は猫に教えられた座標。はぐれたら困るし。


 しかし、今回のスタンピード、これは本当に危険。最悪、抑止力出動案件。そうなる前に片付けたい。おっと、その前に……。


「ハルカ。今回、あんたの出番は無い。おとなしく引っ込んでな。足手まといにしかならないからね。これから向かう先はガチの命の取り合い。素人の出る幕じゃない」


 事前にハルカに釘を刺す。ハルカは天才。しかし、素人。とてもじゃないが、実戦に参加させられない。


「……わかりました」


 ハルカは素直に聞き入れる。助かる。自意識過剰のバカは自分も参戦させろとごねるからね。


「その代わり、私やギルドの二人の事をしっかり見て学ぶんだ。()()()だよ。良いね?」


「はい」


 本当に素直で助かる。上位転生者にして、天才であるハルカ。しかし、経験の無さ。これだけはどうしようもない。だから、今は学べ。それは必ず将来の糧になるから。さて、私達も行くか。


 ハルカの手を握り、猫から教わった座標へとテレポート。久しぶりに真面目に戦うか。







 ハルカside


 予想外の展開。突然の緊急事態。ギルドの第八十四支部管轄エリア内にてスタンピード発生の報せ。しかも危険度特級と。それは世界存亡級の事態と教わった。一体、何が起きたんだ?


 ギルドのトップである所長さんは、ただちにギルド若手のツートップ。チェシャーさんとイナバさんに出動命令を下した。ナナさんも面白そうだと付いていく事に。当然、僕も。


 それにしても、いきなり世界存亡級の事態なんて……。これがゲームならとんでもないクソゲー。だけど残念ながら、現実。放置はできない。そんな事をしたら、文字通り、世界滅亡。事は一刻を争う。


 ただ、ナナさんから言われた。今回、あんたの出番は無いと。


 悔しくないと言えば嘘になる。しかし、今の僕では足手まといにしかならないのも事実。所詮、僕は戦いの素人。ベテランのナナさんや、プロであるギルドのお二人にはとてもかなわない。そんな僕が出しゃばったところで、『無能な味方』にしかならない。『有能な敵』より恐ろしいのが『無能な味方』と言うぐらいだし。僕は『無能な味方』になりたくない。


 ナナさんはその上でこう言った。私やギルドの二人の事をしっかり見て学べと。見習いだと。


 それが今の僕のやるべき事。学ぼう。ある意味、これはチャンス。伝説の魔女と、ギルド若手ツートップの戦いぶりを直接見る事ができるのだから。これは貴重な体験。


 しかし、実戦はそんな甘いものではなかった。







 チェシャーside


 私の異能(スキル)次元魔猫(チェシャーキャット)』で第八十四支部付近に位置するギルドのセーフティエリアに到着。ギルドは世界各地に拠点となる、セーフティエリアを所有している。ここもその一つ。贅沢はできないけど、必要不可欠な物は一式揃っている。


 少し遅れ、魔女師弟が虚空から現れる。さすがは伝説の魔女。テレポートぐらいお手の物。


「ふん。豚らしいね。派手さは無いけど、必要不可欠な物は一式揃ってる。良い拠点だね。こりゃ使える」


『名無しの魔女』は内部を見渡し評価する。その辺りは同感。


 現所長が就任した際、真っ先にやったのが、無駄の削減と必要不可欠な物事への出資。無駄な贅沢品は全て売り飛ばし、逆に必要不可欠な物資は幾ら高くても、迷わず即、購入。一括払い。


 このセーフティエリアも、以前は豚小屋よりひどいと言われていたそう。それが今では、凄く快適とまではいかないけど、拠点としては十分。


 さて、全員揃ったところで、今後について打ち合わせをしないと。時間は無いけど、打ち合わせは必要。それぞれが勝手に動いたら、収拾が付かなくなる。


「では、改めて。冒険者ギルド、探索部、窓口担当。チェシャー・ネコです。ギルド代表として、この場の司会を務めます。さて、事態は一刻を争いますが、あえて打ち合わせをします。勝手な行動は困るので。それと意見の有る方は挙手をお願いします」


 ギルド代表として、私がこの場の司会を務める事を伝え、打ち合わせを始める。すると、さっそく、『名無しの魔女』が挙手。


「あんた達に伝えなきゃならない事が有る。今回のスタンピードで出てきた奴。多分、私の知っている奴だ。情報を出すから、見な」


 ナナは今回のスタンピードで出てきた奴に心当たりが有るらしい。そして、情報を開示。その場に立体映像が出る。







「何ですか、これ? ヒマワリ? じゃないですね。蔓が有るし……それに足みたいな三本の根っこ……まさか!」


 ハルカが疑問の声からの、驚愕の声。彼女も何か知っているのだろうか? ただ、彼女の反応から見て、明らかに不味い状況。


「ナナさん! これ、ナナさんの言っていた、危険な植物なんじゃ?!」


「多分、そう。こりゃ不味い。最悪、抑止力が来るよ」


 ちょっと待て! 抑止力が来る?! 抑止力って、多元宇宙の番人。こいつらが動くって、一大事。どういう事なのか、私は『名無しの魔女』に聞いた。情報共有をしなければならない。


「失礼。『名無しの魔女』、説明をお願いします。私とイナバはこの植物らしき怪物について何も知りません」


「……うん」


「そうだね。あんた達は知らないね。じゃ、話すよ。実はね……」







「あ〜〜〜〜っ!! もうっ!! これだから、下級転生者はっ!! 本当に全部死ねば良いのにぃっ!!」


『名無しの魔女』によると、その昔、とある下級転生者が失敗して生み出してしまった怪物だと。そして、最終的に抑止力四人掛かりで宇宙ごと処分されたと。下級転生者のやらかしに心底、嫌になる。本当に全部死ねば良いのに!! 見つけたら、絶対、殺してやる!!


「……世界どころか、宇宙が危ない」


 イナバも淡々と語る。語り口こそ淡々としているけど、事態のヤバさがわからないイナバじゃない。彼女は既に武装している。


「この怪植物。『トライフィート』だけど、極めて厄介な特性を持つ。よく聞きな。でないと死ぬよ。奴らの養分にされちまうよ」


 この中で唯一、怪植物。トライフィートについて知る『名無しの魔女』。彼女はトライフィートの厄介な特性について説明を始めた。







「トライフィートの厄介な所は、まず頑丈な所。耐刃、耐衝撃、耐熱、耐寒、耐電、耐毒、とにかくあらゆる攻撃に耐性が有る。その上、アホみたいにしぶとく、凄まじい繁殖力で増える。更に、蔓が変化した触手を武器としていてね。これがまた、厄介。突けば槍。払えば、鞭兼、刃。そして、突き刺した所から、エネルギーを吸い取る。そうやってまた増える。しかも、あいつら、根っこの変化した三本足で、悪路もへっちゃら。どこにでも行くよ。早く始末しないと、この星が食い尽くされる」


『名無しの魔女』の口から語られた情報の数々に、思わず頭を抱える。本当になんて事をしてくれたのよ、下級転生者!! 何が、チートよ! 何が農業改革よ! あんたみたいなクズにできる訳ないじゃない!! このクズ!!


 ギルドでも下級転生者は賞金首として手配しているけど、改めて、あいつらは害悪でしかないと痛感する。


「気を付けな。奴らは魔力さえ吸収する」


「……つまり、物理系しか効かない」


「そういうこった。ただ、おかしい点も有る」


 嫌な情報の追い打ち。奴らは魔力さえ吸収する。魔力を使った攻撃は使えない。物理系しかない。その上で、おかしい点が有ると『名無しの魔女』。


「どこがおかしいんですか?」


 メイドちゃんが師に問う。


「奴らの増殖が遅いんだ。私が知るトライフィートなら、もっと爆発的な勢いで増える。それぞれが次々と種をばら撒き、すぐに発芽、成長する。切れ端もまた、一個体として再生する。そうやって、凄まじい勢いで増えるんだ。少なくとも、こんな所で悠長に話している暇なんか無い程にね」


「どういう事なんでしょうか?」


「さぁね」


『名無しの魔女』が言うには、怪植物トライフィートの増殖速度が遅いと。自分が知るトライフィートなら、もっと爆発的な勢いで増えると。しかし、その理由は彼女にもわからないらしい。だからといって、悠長にはしていられない。一刻も早く事態を鎮めないと。最悪、抑止力に宇宙ごと処分される。


「……ネコちゃん。ちょっと良い報せ。たまたま近くにスイーツブルグ侯爵家の三女が来ていて、生き残りを率いて、トライフィートと交戦中。とはいえ、このままじゃ長くはもたない。早く合流しよう」


 そこへ異能(スキル)を使い情報収集していたイナバから、新たな情報。たまたま近くに()()スイーツブルグ侯爵家の三女が来ていて、生き残りを率いてトライフィートと交戦中との事。合流しようと提案。


「へぇ。()()スイーツブルグ家か。役立たずはいらないけど、スイーツブルグ家の奴ならば、使えるね」


「やはりご存知でしたか」


「当たり前だろ? 魔道を知る者なら、誰もが知ってる、名門スイーツブルグ家。昔、やり合った事も有るし」


「ナナさん、スイーツブルグ家って?」


「悪いけど、悠長に説明してる暇は無い。とにかく行くよ。場所はわかるかい? 兎」


 弟子の質問は切り捨て、出発を告げる『名無しの魔女』。


「……ん」


 それに対し、口数少なく、座標を示すイナバ。


「準備は良いね? じゃ、行くよ!」


 イナバが示した座標に向かい、全員テレポート。……無事終わったら、絶対、所長に特別ボーナス請求してやる。







 令嬢side


「ちょっとそこ! 火力が足りませんわよ! 死にたいんですの?!」


「無茶苦茶言わないでください!」


「えぇい! 仕方ないですわね!」


 スイーツブルグ家の家宝、魔槍プロミネンス……のレプリカ。プロミネンスツヴァイを振るい、炎を放ち、怪植物を焼き払う。しかし、なんてしぶとさですの!


 レプリカとはいえ、プロミネンスツヴァイの火力は絶大。これまであらゆる魔物、怪物を焼き尽くしてきたのに、今回の怪植物は燃えながらも、こちらに向かい攻撃してくる。こんな事は初めてですわ。


 燃えながらも向かってくる怪植物に対し、槍の薙ぎ払いを繰り出してとどめを刺す。突きではあまり効きません。バラバラに切り刻むのが効果的。しかし、その分、体力を消耗します。何より、現状、事態はジリ貧。向こうは次々と新手が出てくるのに、こちらは削られる一方。このままでは、いずれ……。


 全く、どうしてこんな事に……。突然のスタンピードに巻き込まれた我が身の不運を呪います。







 私の名はミルフィーユ・フォン・スイーツブルグ。アルトバイン王国、スイーツブルグ侯爵家の三女。


 我がスイーツブルグ家はアルトバイン王国内でも五指に入る大貴族にして、魔道の名門。これまでにも何人もの優れた使い手を輩出しています。


 それだけにスイーツブルグ家に生まれた者は幼い頃より徹底的に英才共有を受け、できない者は容赦なく切り捨てられるのです。そうしてより優れた者を残し、その者が優れた者と結婚し、子を成し、その子がまた英才教育を受け……。こうして、スイーツブルグ侯爵家は、成長してきました。


 さて、この度、私はこの近辺に有るスイーツブルグ侯爵家の領地の視察に来ていました。当家はあちこちに領地を持っていますので。それら領地の視察もまた、貴族の務め。


 本来なら、当主たるお母様がなさるのですが、大変多忙な身。そして後学の為にも私が任されました。念の為、執事のエスプレッソも同伴しての視察。


 この辺りはグープレ(ブドウに似た作物。ワインの原料になる)の名産地であり、この地域産のワインは最高級品として名高いのです。それだけに、この領地からの収入は大きく、おろそかにはできません。誰だって、利益の大きい領地は欲しいですから。


 幸い、領地の視察は無事に済み、さぁ、帰ろうかと思っていたその時でした。突然、奇妙な植物の大群が襲ってきたのです。


 見た事の無い、本当に奇妙な植物。天辺に咲く、大きな黄色い花。太い茎。そこから複数の蔓、いえ、触手。更に三本の太い根を足代わりに歩く。それだけならまだしも、怪植物は手当たり次第に生物を襲い出したのです。


 人間も家畜も無差別に触手で突き刺す。そして刺された者はみるみる内に干からびて死んでしまう。生命力を吸い取っているようです。


 更に邪魔な柵や壁に向かって触手を振るうと、まるで熱したナイフでバターを切るようにあっさり切り裂く。なんて切れ味。


 もちろん、周囲の者達とて黙ってはいませんでした。怪植物に武器や魔法で挑みましたが……。


 まるで効きません。剣や槍で斬ろうが、突こうが、びくともせず。魔法に至っては、逆に吸収する始末。そして次々と新手がやってくる。


 村は地獄絵図と化しました。私は生き残りを率い、近くに有った、冒険者ギルドのセーフティエリアへと逃げ込み、籠城戦に。そして今に至ります。







「ミルフィーユお嬢様、先ほど、冒険者ギルド本部と連絡が取れました。先遣隊を派遣したとの事。『魔猫』『凶兎』の両名だそうです」


 そこへ、私が全幅の信頼を寄せる執事からの一報。ギルド本部が動きましたか。しかも『魔猫』と『凶兎』を派遣する辺りはさすがですわね。やはりできる男ですわね、あの豚は。


「更に、ショコラお嬢様、エクレアお嬢様からも助力の報せが。ただし、後、三時間は掛かるとの事です」


「仕方ないですわね。お二人共にダンジョン探索中ですし。むしろ三時間で来られる辺りが驚異的ですわね。……もっとも、三時間後に私が生きている保証が無いのが問題ですが」


 姉二人からも助力の報せが有りましたが、少なくとも三時間後。果たして三時間後、私は生きているのでしょうか?


「……ミルフィーユお嬢様、最悪、ここの者達を見捨て、脱出する事もご検討を。御身を第一にお考えください」


 執事、エスプレッソは最悪の事態に備えての進言。……最悪の場合はやむを得ませんわね。貴族としてあるまじき、非道な振る舞いではありますが……。などと考えていたのが悪かったのでしょうか。


 バキャアッ!!!!


「大変だ!! バリケー、ギャアアアアッ!!」


 激しい破壊音と共に、怪植物の侵入を防いでいたバリケードが破られた。そもそもが急拵え。どんどん増殖する怪植物の圧力に耐えられなかった。


「全員、迎撃しつつ退避!! もう少しでギルドから援軍が来ます!! 諦めないで!! 向こうの古城の廃墟を目指しなさい!!」


 我ながら無責任だとは思いますが、皆を鼓舞しつつ、退避行動に。しかし、一番防御に優れていたこのギルドのセーフティエリアを破られるとは……。いよいよもって、後が無くなってきました。もう少し離れた場所に有る、古城の廃墟。ここを落とされたら、もうおしまいです。


「ミルフィーユお嬢様。あの廃墟に退いたところで長くはもちますまい。脱出のご検討を」


 改めて、脱出を進言するエスプレッソ。執事という立場上、仕方ない事ですが……。


「進言、ありがたく思いますわ。ですがまだ最悪の事態ではありませんわね。ならば、私は戦います。戦わない者に明日は来ないのですから」


「……やれやれ。相変わらず頑固であらせられる。まぁ、だからこそ私はあなたに仕えているのですが。わかりました。最悪の事態となるその時まではお付き合いしましょう。ただし、最悪の事態と判断したその時は、私の独断でミルフィーユお嬢様を連れて脱出いたします。文句は受け付けません」


「……ありがとう、エスプレッソ」


「礼には及びません。私は執事として、当然の務めを果たしているだけですので」


 とにかく、今は古城目指して退避。私は諦めませんわよ。何としても、怪植物を討つ。


 襲い掛かってくる怪植物にプロミネンスツヴァイの炎をお見舞い。更に薙ぎ払う。


 戦ってみてわかったのですが、怪植物は確かに魔力を吸収します。ですが、無制限に吸収できる訳ではなく、一度に吸収できる量には限度が有る模様。つまり、吸収しきれない魔力を叩き込めば倒せる。


 ですが、それはあくまで、理論上。実際にやったら、たちどころに魔力切れになります。


 何せ、この怪植物、一度に吸収できる魔力の量が多い上、しぶとい。プロミネンスツヴァイの炎に焼かれながらも、私を襲おうとしてくる。触手で突き刺そうと、切り裂こうとしてくる。こんな怪植物は初めてです。一体、なぜ現れたのか? どこから現れたのか? 残念ながら、今の時点ではわかりません。


 ……もし、誰かの仕業だったら、絶対に許しませんわよ!


 ですが、この一件が元で、私は運命の出会いを果たす事となります。素晴らしい生涯の友、そしてライバルと。







 狐月斎side


「……随分と派手な事になっているな」


 私は上空から地上を見ていた。地上には奇妙なヒマワリ擬きの大群が移動中。道中の生物を片っ端から食らい尽くしながら進む。


 今もシェルターらしき建造物に攻め込んでいる。……落ちたか。生き残りが撤退していく。行き先は……向こうの廃城か。だが、長くはもつまい。


「どうなさいます師匠?」


 隣の吹雪に聞かれる。ふむ……。


「吹雪、手を貸してやれ。あのヒマワリ擬きは生かしておけん。処分せねばならん」


「師匠なら楽勝でしょう?」


「私がやってもつまらん。だから、お前がやれ」


「……わかりました」


 渋々ながらも地上に降りる吹雪。さて、私は文字通り、高みの見物としゃれこもう。


「……まぁ、最悪、私が出張れば済むからな」



第八十四支部管轄エリア内で発生した、スタンピード。その事態を収拾すべく、ギルド若手ツートップのチェシャーとイナバが出発。魔女師弟も同行。


そしてナナさんから、今回のスタンピードで現れた怪物についての説明。かつて、 地方領主の娘として転生した下級転生者。要は、なろう系転生者がいた。


そいつは植物を改造できるチートを持っており、それを使って農作物の品種改良を行い、農業改革をしようと浅はかな考えを実行。


結果は大失敗。制御不能の化け物を作ってしまい、真っ先に自分が食われて死ぬ始末。化け物植物は爆発的な勢いで増殖、進化。遂には星をも食い尽くし、宇宙に進出。更に幾つもの星を食い尽くし、最終的に抑止力四人掛かりで宇宙ごと処分の大惨事に。


ところが、生き残りがいた。それが目覚め、増殖開始。浅はか、愚かな、なろう系転生者の負の遺産。


だが、その一方でおかしいと語るナナさん。ナナさんの知る怪植物トライフィートは、もっと爆発的な勢いで増える。明らかに増殖速度が遅い。


後、ナナさんは知りませんが、トライフィートと交戦中の令嬢、ミルフィーユ。彼女の炎をトライフィートが吸収しきれない。本来なら、即座に魔力を吸収され無効化されているはず。


最後に、黒巫女師弟。ミルフィーユ率いる生き残り達の戦いを見た師の狐月斎は、弟子の吹雪を助っ人として派遣。自身は高みの見物。


いざとなれば、自分が片付ければ良いと考えています。


以下、今回の新要素。


チェシャーの異能(スキル)次元魔猫(チェシャーキャット)』。空間操作能力であり、攻撃、防御、移動を始め、非常に汎用性が高く、かつ強力。空間使いは強い。これは定番。もっとも、あまりに便利故に、所長にこき使われる始末。イナバの異能(スキル)はまだ秘密。


トライフィート。かつて、とあるなろう系転生者が生み出した怪植物。見た目はヒマワリっぽい。葉の代わりに複数の触手。三本の太い根っこを足代わりに歩く。


非常に耐久力、生命力が強くしぶとい。しかも、爆発的な勢いで増殖、進化する。


しなやかかつ、頑丈な触手が最大の武器。表面に有る無数の細かい毛が高速振動し、いわゆる高周波ブレードと化しており、恐るべき貫通力、切れ味を誇る。


更に生命力、魔力を吸収する能力を持ち、魔法や異能の使い手の天敵。しかもトライフィートは強い生命力、魔力を持つ者を優先して狙う。


しかし、なぜ、今になってトライフィートが現れたのか?


では、また次回。





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