第16話 ハルカ、外の世界へ 冒険者ギルド編2
ナナside
バニゲゼ通商連合。世界一の経済力を誇る通商国家。その首都、リーカモマッカ。ここには、ちょくちょく来ていたけど、この場所は随分と久しぶりだねぇ。中々に感慨深いものがある。
リーカモマッカで一番大きく立派な建物。冒険者ギルド本部。そこへハルカを連れてきた。ギルドを敵に回すと色々面倒だからね。特に今のギルドは。
かつて私が殺し損ねた数少ない一人である、現所長『銭ゲバ豚』。その秘書にして右腕。鴉族の英雄『白鴉』。兎族のイレギュラー。悪名高いヴォーパル家の娘。そして、あの忌々しい『妖猫』の子孫までいやがる。他にも粒揃いときた。無駄に敵は増やすべきじゃないからね。早めに顔合わせをしておこうと思ったのさ。さ、行くか。
「ハルカ、行くよ。何度も言うけど、舐められるんじゃないよ。オドオド、ビクビクするな。良いね?」
「……はい!」
やはり、緊張しているハルカ。仕方ないね。こればっかりは、場数を踏んで慣れるしかない。
ゴーン……ゴーン……
バニゲゼ通商連合名物。大鐘楼の鐘が昼を告げる。ちなみに、これ、午前八時に一回。正午に二回。午後五時に三回鳴らすのが決まり。じゃ、行くかね?
別にコソコソする理由は無いから、正面から大手を振って堂々と行くよ。
「ギルド本部長、ミシェル・コダギア・キネガスカはいるかい?! 『名無しの魔女』が来たよ!!」
こういうのは初手が肝心。一気に主導権を握る。
「ちょっとナナさん! 失礼ですよ!」
ハルカがうるさいが無視。相手はギルドのトップ、ギルド本部長。しかも、歴代最強所長にして、現ギルド最強の実力者。私が殺し損ねた数少ない一人。油断ならない相手だ。ハルカがいる手前、これでも相当加減した。でなけりゃ、何人か見せしめに殺している。
で、私の口上にギルド内に一斉に緊張が走る。しかし、パニックを起こす奴はいない。
この世界において『名無しの魔女』の名は生きた災厄、恐怖の象徴。その名を聞けば、人々は恐怖と絶望に震え上がり、錯乱する奴が後を絶たないんだけどね。それが通じない。あの豚、銭ゲバのクソ野郎だが強いだけじゃない、組織運営にも長けている。所長の教育が職員に行き渡っているね。厄介な豚だよ。
「わざわざ大声を出さんでも良いわい。久しぶりだな、『名無しの魔女』。相変わらずの傲慢尊大、傲岸不遜ぶり。本当に変わらん」
「ふん。あんたこそ変わらないね豚。相変わらず脂ぎったデブ親父だね」
秘書の『白鴉』こと、鴉族の英雄。ヤタ・カラスを連れて、本人が出てきたよ。相変わらず、無駄が嫌いだね。まぁ、話が早くて助かる。こういう時、一番嫌なのが、たらい回しにされてダラダラと無駄な時間を食う事。こういう辺り、できる奴なんだよね、この豚。
「ふむ。その娘が……」
明らかに値踏みする目でハルカを見る豚。当のハルカは脂ぎったデブ親父に見られるのが嫌らしく、私の後ろに隠れる。可愛いね。後、嫌なのはわかる。
「こんな所で立ち話も何だ。応接間に案内しよう。そっちとて遊びに来た訳じゃあるまい」
「そうさせてもらうよ」
豚はこんな所で立ち話も何だと、応接間で話をする事に。こちらとしても異存はないので乗る。
豚の案内でギルド本部、応接間に来た私達。相変わらず、ハルカは私の後ろに隠れている。舐められるんじゃないとは言ったが、やはり無理が有ったかね? ともあれ、革張りのソファーに座る。……ふん、良いの使ってやがる。豚らしいね。ドケチの銭ゲバだが、金の使い所は決して間違えない。
そして、テーブルを挟んで対面のソファーに豚が座る。その傍らには秘書のヤタが控える。利き腕の右腕を失い、義手になったが、その腕前に衰えは無い。むしろ、現役時代より研ぎ澄まされてやがる。私といえど、油断ならない相手だ。しかも今は、はっきり言って足手まといのハルカがいるからね。
「どうぞ」
ヤタが紅茶と茶菓子のクッキーを出す。ふん、良い品だ。そつがないね。……何も盛られていないか。それを確認し、隣に座るハルカを一回軽くつつく。事前に取り決めていた合図。飲食物を出されてもすぐには口にするな。私が確かめる。大丈夫なら一回。危険なら二回つつくと。とりあえず、交渉の席に着く気は有るみたいだね。
「では、改めて。久しぶりだな、『名無しの魔女』。息災で何より。しかし、いきなり手紙をよこしてきた際には、さすがの儂も驚いたぞ。まさか、お前が弟子を取るとはな。しかも、連れてくるときた。ぶっちゃけ、爆笑したわい」
「そっちこそ変わらないね、豚。いや、ミシェル・コダギア・キネガスカ。本当に変わらないね。最初に出会った千年前から何一つ変わらない」
「ブヒャヒャヒャ! あれからもう千年か! 早いものだな!」
こいつ、一応、人間なんだけど、少なくともただの人間はとっくにやめている。人間の上位種。『超人』。それがこの豚の正体。少なくとも千年以上、生きているのは確か。長生きしているのは伊達ではなく、知略、武力、兼ね備えた実力者。性格は銭ゲバのクソ野郎だけど。まぁ、こいつの異能を考えれば当然。
「さて、本題に入ろうか。この子が私の弟子だ。上位転生者でね、将来有望な逸材さ。ほら、ハルカ、挨拶しな」
まぁ、私としても別に遊びに来た訳じゃない。目的はあくまでハルカを紹介し、伝手を作る事だ。という訳で、ハルカに挨拶するよう促す。しかし、気乗りしない模様。
「ハルカ、私は言ったよね? 恥をかかせるなと」
こんな脂ぎったキモいデブ親父なんて相手にしたくない気持ちはわかるが、文句は言わせない。横目で睨みながら、改めて挨拶するよう促す。すると、ハルカは渋々ながら、席を立ち、自己紹介。
「……はじめまして。師より紹介に預かりました、ハルカ・アマノガワと申します。この度、縁あって『名無しの魔女』に弟子入りしました。浅学非才の若輩者ですが、よろしくお願いします」
う〜ん。百点はやれないが、ま、失礼ではないぐらいには挨拶できたハルカ。元々、一般家庭出身で、こういう交渉の場に出た事は無いそうだし。経験を積むしかないね。
「丁寧な自己紹介、痛み入る。ならば、儂も名乗るのが礼儀。儂はミシェル・コダギア・キネガスカ。冒険者ギルド本部長を務めておる。普段は尻で椅子を磨くのが仕事のおっさんに過ぎん。よろしく頼む」
「こちらこそ、ギルド本部長程のお方にお目に掛かり恐悦至極です」
ハルカの自己紹介に返す形で、豚も名乗る。……豚の性格からして、無価値な奴ははなっから相手にしない。逆に言えば、ハルカの自己紹介に名乗りを返したという事は、ハルカを認めたという証拠。
「ふん。お互いに自己紹介は済んだね。ならば、さっさと話を進めたいんだけど。こっちも暇じゃないんでね」
まず、掴みは良し。少なくとも悪印象は持たれなかった。ハルカが素直な良い子で助かる。この豚に上っ面の演技は通じない。ハルカが脂ぎったデブ親父を嫌がっていた事がかえって、ハルカの素直さの証明になった。下手に上っ面を装っていたら、間違いなくバレていた。
「では、そちらの要求を聞こうか。単に弟子の紹介に来た訳ではあるまい?」
お互いに自己紹介を済ませたら、さっさと本題に移る。さすがに豚は話が早い。余計な前置きなんぞ全てすっ飛ばして、話を切り出した。
「話が早くて助かるね。私の要求は、この子に冒険者免許が欲しい。無いとダンジョン探索とかで面倒だからね。私なら、そんなもん無くても力ずくで押し通すが、この子はそうもいかない。それが無理なら、せめて相互不干渉。ただとは言わないよ。対価は払う。そっちの言い値で構わない」
「ほう。このお嬢さんに冒険者免許をくれ、か。ふむ……」
今回、ギルド本部に来て、ギルドの最高権力者である豚に直談判した理由がこれ。ハルカに冒険者免許を持たせる事。
冒険者免許が無いと、ダンジョン探索とかで面倒。ダンジョンはハルカの育成にうってつけだが、この世界のダンジョンは基本的にギルドの厳重な監視、管理下に有るからね。
私ならともかく、ハルカじゃ力ずくで侵入するのは、物理的にも、性格的にも、無理が有る。故に合法的にダンジョンに入る為に冒険者免許が欲しい。
それが無理なら、最低限、ギルドとの衝突は避けたい。負ける気は無いが、ハルカがね……。
で、私の要求を聞いた豚は鼻の下のちょび髭を右手でしごきながら、思案中。頭の中で損得勘定をしている。さて、どう出るか……。
「ヤタ、すぐに免許交付の書類一式持ってこい。ギルド本部長権限で、免許を即日交付する」
「わかりました」
豚はヤタにそう命じ、ヤタは必要書類一式を取りに応接間を後にした。本当に判断が早いね。
「さすがは豚。判断が早い」
「儂はこの特例で被る損失より、得られる利益が上と判断したまでだ。無能ならともかく、お前が弟子に取った者なら優秀に決まっておるからな。また、儂の金が増える。ブヒヒヒヒ!」
「本当に銭ゲバだねぇ」
本当に全ての判断基準が『金』。自身の金が増えるか減るか。それがこいつの行動理念。その一方で、目先の金には囚われない。一時的に損をしても、最終的に利益が上回るなら良し。大局を見る目が有る。
だから、怖いんだよねこいつ。馬鹿はすぐ感情的になるけど、こいつは一切の私情を挟まず、利益になるか否かだけが判断基準。利益が出るなら、味方の犠牲すらいとわない。
『利益の為なら、損失すら許容する』
口で言うのは簡単だけど、実際にやれる奴はそうそういない。恐ろしい奴だよ。
じきにヤタが必要書類一式を持って戻ってきた。その書類一式を豚に渡し、豚が改めて確認。そしてハルカに渡す。
「ふむ。では、お嬢さん、この書類に直筆で頼む。書ける所だけで構わん。君は上位転生者。住所やら、何やら書けといわれても、困るだろうしな」
その際に、ハルカに書ける所だけで構わないが、直筆でと説明。書類を渡された時、困惑顔だったからねハルカ。
ハルカは上位転生者。本来、この世界には存在しない異物。故にハルカには、住所やら、戸籍やらといったものが無い。書きたくても書けない。それがわかっているから豚は書ける所だけで良いと言った。地味にありがたい心遣い。ハルカも一安心。書類に直筆で書ける所だけ書く。
「これで良いでしょうか?」
そして書き終わった書類を豚に渡す。で、豚が確認。
「ふむ。良かろう。認可する」
渡された書類の内容を確認し、直筆の認可のサイン。すぐに傍らに控えるヤタに渡す。
「ヤタ、すぐに免許作成の手続きを始めろ。大至急だ」
「わかりました。ただちに」
書類を受け取るや、すぐさま退室するヤタ。豚の秘書だけに、こいつも仕事が早い。
「後、お嬢さん、免許作成に辺り写真撮影を始め、各種手続きが有るからな。案内の者を呼ぶから、そいつに従ってくれ」
「わかりました。お手数を掛けて申し訳ありません。ありがとうございます」
豚はハルカに今後の指示を出す。幾ら私の弟子とはいえ、初対面の小娘に対し破格の厚遇。そして、ハルカもその辺はわかっていたらしい。
「……で、対価は何ですか?」
対価は何か? と豚に問う。やはり、頭の良い子だ。大抵の奴はギルド本部長という大物に厚遇されれば、自分は認められたと浮かれるだろうに、ハルカは冷静に対応。厚遇される裏を聞いた。
「さすがは上位転生者。下級の馬鹿共とは違うな。ま、そうでなくては話にならん」
ハルカが自身を厚遇する事の裏を知ろうとしてきた事に、豚は満足そうな笑みを浮かべる。……どう見ても悪い顔にしか見えないけどね。
「大した事ではない。こちらから回す仕事をしてほしいだけだ。安心しろ、いきなり大仕事を回しはせん。だが、いずれは頼む」
「なるほど」
まぁ、そうだろうね。上位転生者が現れたなら、敵に回すより、味方に引き入れたいだろうさ。仮に私が同じ立場でもそうする。
「ところで、お嬢さん。君は上位転生者な訳だが、どんな役目を持っている?」
わりと友好的な雰囲気で話が進んでいた中、豚が本題を切り出してきた。そりゃ、一番聞きたい事だろうね。
所詮、下級神魔の餌にして、使い捨ての下級転生者と違い、上位転生者は上位神魔が何らかの大きな目的の為に生み出した存在。ハルカも上位転生者である以上、役目が有る。冒険者ギルド本部長としては、見過ごせない事だ。何せ、上位転生者は絶大な力を持つ上、善良な存在とは限らないからね。事実、過去に上位転生者による大惨事が幾つも有った。
しかし、ハルカとしても、聞かれたからといって、即答する訳にはいかない。
「どうしましょう?」
私に聞いてきた。……そうだね。
「別に話して困る内容じゃないさ」
ハルカの上位転生者としての役目は、世界を乱す害悪である下級転生者の抹殺。ギルド側からしても下級転生者は邪魔でしかない以上、少なくとも敵対する理由は無い。
「わかりました。ではお話しします。実は……」
私の許可を得た事で、ハルカは豚に自分の事情を説明。
「なるほど、よくわかった。お嬢さん、君も大変な任を引き受けてしまったな。だが、少なくとも、我らギルドと君は敵対する理由が無い。我らギルドにとっても、下級転生者共は邪魔でしかない。優先的に抹殺する対象だ。しいて問題を挙げるなら、標的が被りかねん事か」
「その際には、そちらと交渉したく思います。私(人前でのハルカの一人称は私)の任はあくまで下級転生者抹殺。対し、そちらは組織である以上、単に下級転生者を抹殺すれば良いというものでもないはず」
ハルカの役目が下級転生者抹殺と知り、豚としては一安心。上位転生者を敵に回すと厄介だからね。その上で、お互いに落し所を決める。敵対はしていないが、逆に言えばそれだけ。余計なトラブルはお互いに避けたい。
「君は良い子だな。上位転生者、力有る者にもかかわらず、謙虚だ。きちんと法、秩序に従おうとしている。全く、ギルド本部職員に欲しかったわい。最近、ギルドもたるんでいてな。つい先日も、『残業が嫌』という理由で、ギルド規定を無視して、勝手にソロ討伐をしていた受付嬢がいてな。処断したばかりだ」
「……残業が嫌なのはわかりますが、だからといって、規定を無視しての独断行動は駄目です。組織を乱し、それはやがて取り返しの付かない事態を招きかねません」
「本当にギルド本部職員に欲しいな。君がここに来なかった事が口惜しいぞ」
「ハルカはやらないよ。私の弟子なんだから」
ハルカに対し、ギルド本部職員に欲しかったと抜かす豚。誰がやるか。
「冗談だ。『名無しの魔女』を敵に回したくはないからな。とにかく、ギルドとしては、そちらと敵対しない事を約束しよう。利害が衝突せん限りはな」
「良いだろう。その条件で手を打つ」
結局、ハルカに冒険者免許を交付する代わり、ギルドからの依頼を受ける。ハルカとギルドは基本的に敵対しない。この条件で契約が交わされた。とりあえず、落し所としてはこんなもんか。
「さて、今度はこちらの番だな。儂からも紹介したい者達がいてな。将来有望な若手達だ」
どうにかギルドと話を付けられたと思ったら、今度は豚が紹介したい者達がいると言い出した。将来有望な若手達だと。……予想は付く。
「すぐ呼ぶから少し待ってくれ」
豚はそう言うとタブレット端末を取り出し、操作。じきに部屋の外から声が聞こえてきた。
「いーやー!! 『名無しの魔女』に会うなんて、絶対嫌ーー!!」
「……ネコちゃん。所長命令。逆らったら、最低でも減給。最悪クビ」
「クビでも殺されるよりはマシーー!!」
何か騒がしいねぇ。しかし……片方は何か妙に聞き覚えの有る声。
「何をゴチャゴチャ騒いどるか!! さっさと入ってこい!!」
外でゴチャゴチャ騒いでばかりな事にキレた豚が一喝!! すると、ドアが開き、二人の女性ギルド職員が入ってきた。一人は猫族。もう一人は兎族。見た目でわかった。『魔猫』と『凶兎』だ。黄金世代と名高い、若手の中でもツートップの二人。それにしても……似てるねぇ。
名前からして、わかってはいたけどね。しかし、似てる。あいつに見た目も声もそっくりだ。さすがに尾の数は違うけど。それはともかく、豚が二人を紹介する。
「まぁ、お前なら既に知っていようが、うちの若手のツートップだ。ほら、お前達。さっさと自己紹介しろ」
豚に促され、渋々ながら、自己紹介を始める猫娘。
「…………はじめまして。冒険者ギルド本部、探索部所属、窓口担当。チェシャー・ネコです」
続いて名乗る兎娘。
「……冒険者ギルド本部、情報部所属、イナバ・ヴォーパル」
…………なるほどねぇ。既に知ってはいたけど、こりゃ確かに逸材だ。猫の方は、あいつの子孫。しかもこの力。もしかしたら、初代を超えるかもしれないね。
兎の方もまた凄い。あのヴォーパル家の奴か。猫の方も大概だけど、よくヴォーパル家の奴なんか採用したね。実力は確かだけど……。いつ爆発するかわからない爆弾なんか、手元に置けるか。
少なくともそんじょそこらの奴に扱える奴らじゃない。豚だからこそか。本当にやり手だよ、銭ゲバ豚め。
チェシャーside
別室で待機中だった私とイナバ。できれば、このままでいたかったけど、そうもいかず。
ビーッ! ビーッ!
ギルド職員全員に貸与されているタブレット端末が着信を知らせるバイブ音を鳴らす。送り主は所長。
「……行くよ、ネコちゃん」
「……会いたくない! 帰りたい! 先祖のせいで、私の命が危ないじゃない!」
「……仕方ない。下手に逃げたら、余計怒るかも」
「そうかもしれないけど、やっぱり嫌ーーっ!!」
「……わがまま言わない。所長から、力ずくでも連れてこいと言われた」
逃げたいのは山々ながら、それはできない。本来なら、私の異能ですぐさま逃げるけど、ギルド職員は正式採用の際、悪用防止の為、異能使用の制限を受ける。そのせいで逃げられない。今回程、ギルドに就職した事を悔やんだ事は無い。
しかも単純な力なら、イナバの方が上。ズルズルと引きずられて応接間に向かう事に。
その後、応接間のドアの前で揉めていたもの、所長に一喝され、渋々入室。伝説の三大魔女が一角。『名無しの魔女』と初対面。……殺されないかな?
初めて見る『名無しの魔女』。見た目は長い黒髪の妙齢の美人。しかし、その実態は、遥かな太古より生き続ける大魔女にして、生きている災厄。
所長に促されて自己紹介した後、向こうも名乗った。
「とりあえず名乗ろうか。私は『名無しの魔女』。今はナナ・ネームレスを名乗っている。今回、来た理由は私の弟子を紹介しようと思ってね。ほら、挨拶しな」
そんな大魔女が来た理由が、弟子の紹介との事。彼女の隣には、銀髪碧眼のメイドの少女がいた。これまた、美少女。そんな彼女は名乗った。
「はじめまして。『名無しの魔女』こと、ナナ・ネームレスの弟子の、ハルカ・アマノガワと申します。よろしくお願いします」
礼儀正しく名乗り、一礼。少なくとも、非常識ではなさそう。でも、油断はならない。何せ、あの悪名高い『名無しの魔女』の弟子だから。
ともあれ、事を荒立てたくないので、できるだけ穏便に済ませたい。でもって、さっさとお引き取り願い。というか、来るな。厄ネタでしかないの、あんた達は!
……と、言えたらどんなに良かったか。悲しいかな、私はギルド職員。そんな事言ったら、間違いなくクビ。それも物理的に首にされる。下手すると首が残るかすら怪しい。
「……弟子の手前、これでも相当、穏便にしているんだけどね?」
「すみません!!」
慌てて謝る。さすがは大魔女。普通に考えを読んでくる。怖い。
「馬鹿が。心を読まれぬようにしろと、常日頃から言っておるだろうが。反省しろ」
更に所長からの叱責。踏んだり蹴ったり。もう、本当に帰りたい。
「うちの馬鹿が機嫌を損ねた事は詫びよう。だが、先に話した通り、うちの若手のツートップ。必然的にそっちのお嬢さんと組む事も多かろう。お前達、そのお嬢さんと仲良くするんだぞ? 機嫌を損ねてみろ、師匠が出張ってくるぞ。良いな?」
「わかりました!!」
「……了解」
私は命が惜しいので即答。イナバも一応、了承。
クッソ、こんな事なら、ギルド本部職員になんかならなきゃ良かった。飛び級で入学した大学を二年で修了し卒業する際、大学で教授をやらないかと誘いを受けていたから。その誘いを蹴って、ギルド本部入りしたんだけど、後悔先に立たず。
「そりゃ、悪かったね!」
「すみません!!!!」
「ナナさん、やめてあげてください! さすがに、かわいそうです!」
「……仕方ないね」
またしても考えを読まれた。明らかに不機嫌になる『名無しの魔女』。だが、弟子のメイドが止めてくれた。本当に帰りたい。辞表書こうかな?
「言っておくが、辞表を出しても、受理せんからな。お前程の逸材、逃してたまるか。伊達に高い給料払っている訳ではない。その分、働け。ギルドに利益をもたらせ。儂の金を増やせ」
「この銭ゲバ!! 守銭奴!!」
今度は所長が私の考えを読む始末。しかも辞表を出しても受理しないと。確かに高い給料貰っていますがね? その分、大変なんですからね? 後、最後は完全に所長の都合でしょうが、この銭ゲバ!!
「……ネコちゃん。諦めが肝心」
「……そうだね」
現実の厳しさが突き刺さる。私、名家出身のエリート中のエリートなんだけどな……。何でこんな目に遭うの?
「それにしても、似てるねぇ。本当にそっくりだよ。尾の数が違ってなけりゃ、あいつが生きていたのかと思った程にね」
その後、お互いに打ち解けるべきと、雑談の時間に。そんな中、『名無しの魔女』は私の事に触れる。……まぁ、言うだろうとは思っていたけどね。
「……私、そんなに初代に似てますか?」
「あぁ、似てるよ。見た目も声もそっくりさ。かつて、私をさんざんに苦しめた魔女にして、ネコ家初代。九尾の妖猫。『シュレディンガー・ネコ』にね」
「私は一尾ですけどね」
「そうだね。だけど、大した腕前らしいじゃないか。評判は私の耳にも入っているよ。どんな奴か、興味は有った。で、こうして直接会って、確信したね。あんたはまだまだ伸びる。もしかしたら、あんた達の一族の悲願。初代再来を果たせるかもね。何せ、前の奴は失敗……」
『名無しの魔女』が怖いのでおとなしくしていた私だけど、彼女が口にした言葉に思わずキレた!!
しかし、さすがは生きながら伝説となった大魔女。彼女と弟子の座るソファーの隅が丸く切り取られたみたいに抉られて終わり。
「……危ないねぇ。ハルカに当たったらどうすんだい?」
「ちょっ!! ナナさん、何ですか今の?!」
「……ネコちゃん!!」
「この馬鹿者が!! お前はギルド本部を潰す気か?!」
ゴッ!!!!
『名無しの魔女』は余裕をにじませながらも、怒りを見せ、イナバも責める。挙げ句、所長から右頬を打ち抜くストレートを頂戴し、応接間の隅までふっ飛ばされる羽目に。
「大丈夫ですか?!」
そんな中、慌てて私に駆け寄るメイド。
「えっと、確かリュックサックの中に、応急治療キットが……」
更に持ってきていたリュックサックを漁り、応急治療キットを探し始める。……あきれたお人好し。
「放っときな。そいつ、私に攻撃を仕掛けたんだ。本来なら、即座に殺すけど、今回はギルドと話を付けに来たんだ。それに豚がぶん殴ったからね。とりあえず勘弁してやる」
「……ナナさんの言おうとした事に怒ったように見えましたが?」
師匠に放っときなと言われたにもかかわらず、私の手当てを続けるメイド。応急治療キットから取り出したシップを殴られた右頬に貼ってくれた。しかも、私がキレた理由に気づいた。
「察しの良い子だね。実は……」
「待ってください。私から話します。赤の他人に言われたくないので」
まだ右頬は痛いけど、赤の他人に言われたくない事ではある。だから、私から話す。我がネコ家の汚点を。
「私には姉がいました。五歳上の姉。名は『ニャーン・ネコ』。初代のシュレディンガー以来の複尾。二尾でした。その将来を嘱望された逸材でしたが……悪い男に引っ掛かり、道を踏み外してしまいました。挙げ句、ネコ家の異能を使い、大量殺人テロを起こしたんです。しかも最終的に捨てられて死にました」
「その男はどうしたんですか?」
「逃げて、それっきり。多分、下級転生者じゃないかと」
我が姉にして、ネコ家最大の汚点。そんな彼女の末路を話した。メイドはそもそもの原因たる男はどうしたんですか? と聞いてきたが、残念ながら、逃げられてそれっきりと伝えた。
「……ハルカ。あんたが殺さなきゃならない奴らがどんなもんか、少しはわかったかい?」
「お嬢さん、下級転生者は世に害悪しかもたらさん。ためらわず殺せ。でないと犠牲者が増えるぞ。しかも、奴らは幾ら犠牲者が出ようが、屁とも思わん」
「……最低最悪のゴミ。処分一択」
その上で、所長達が下級転生者の悪質さ、危険性をメイドに語る。
「……参考になります」
彼女は静かにそう言う。と、その時だった。突如、サイレンの音が本部内に響き渡る。更に緊急連絡。
『緊急事態! 緊急事態! 第八十四支部管轄エリア内にて魔物大発生発生! 危険度特級! 繰り返す! 第八十四支部管轄エリア内にて魔物大発生発生! 危険度特級!』
「は?!」
それまでの重苦しい空気を完全破壊する、一大事。危険度特級の魔物大発生?!
危険度特級となれば、世界存亡級! 一体、第八十四支部管轄エリア内で何が? だけど、悠長にしている暇は無い。事は一刻を争う。
「チェシャー・ネコ! イナバ・ヴォーパル! 本部長命令だ! ただちに第八十四支部に『跳べ』! 手段は問わん! 何としても事態を抑えよ! 準備が整い次第、儂らも行く!」
まさかの事態だけど、所長はすぐさま指示を出す。
「チェシャー・ネコ、了解しました!」
「……イナバ・ヴォーパル、了解」
私とイナバは大急ぎで支度に向かう。こういう時の為に、ギルド職員全員、緊急出動用リュックサックを支給されている。
「面白そうだね。ハルカ、私達も行くよ」
「僕達も行くんですか?!」
「何? 文句あんの?」
「無いです!!」
その一方で、魔女師弟も来る気らしい。厳密には師匠が無理やり弟子を巻き込む形で。ひどいパワハラを見た。あの子も大変だな。
ともあれ、今は第八十四支部に『跳ばないと』。
ハルカ達が第八十四支部に向かった数分後。
「何か騒がしいですね、師匠」
「……………………」
「師匠?」
「吹雪、予定変更だ。少々、厄介な事態だ。急ぐぞ。掴まれ」
「……師匠がそう仰るなら」
バニゲゼ通商連合首都、リーカモマッカに有る冒険者ギルド本部に来た、魔女師弟。
所長と直談判をするナナさん、その目的はハルカにに冒険者免許を持たせる事。この世界のダンジョンは大部分をギルドが押さえている為、免許が欲しいとの事。
所長はその要求をあっさり了承。特例で免許を与える事による損害より、将来的な利益が上回るとの打算。
そして、遂に対面した、魔女師弟と、チェシャー。チェシャーがナナさんに会いたくない理由は、ネコ家初代にして、九尾の妖猫と呼ばれた魔女。『シュレディンガー・ネコ』のせい。かつてシュレディンガーは、ナナさんと戦っており、最終的にはナナさんが勝ったものの、ギリギリの勝利。
しかもチェシャーはシュレディンガーによく似ているとの事。そりゃ、嫌がる。
その後、チェシャーの地雷をわざわざ踏むナナさん。ネコ家の汚点。チェシャーの姉にして二尾。『ニャーン・ネコ』。初代以来の複尾にして、将来を嘱望された逸材ながら、男に入れ上げ、利用されて大量殺人テロを起こした挙げ句、捨てられ死亡。
チェシャーがキレるのもやむなし。
そこへ、突然の緊急事態発生。危険度特級の魔物大発生。場所は本部への反逆を企んでいた、第八十四支部の管轄エリア。一体、何が起きたのか?
最後にハルカ達と入れ違いになる形で登場の黒巫女師弟。彼女達もまた、第八十四支部管轄エリアへ。
では、また次回。