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第15話 ハルカ、外の世界へ 冒険者ギルド編

 異世界生活五日目の朝。


 今日、僕は異世界に転生してから初めて、外の世界に出る。


 転生初日から、僕はナナさんの屋敷内で過ごしてきた。ちなみにナナさんの屋敷が建っているのは、荒れ狂う北の海に浮かぶ絶海の孤島。基本的に外部との交流は無い。


 窓から外を見ても陸地など見えない。見えるのは海と流氷と氷山。遊びに来た訳じゃないけど、せっかく異世界に転生したのに、異世界をろくに知る事ができない事は少なからず残念に思っていた。


 それが遂に叶う。しかも、今回の行き先のバニゲゼ通商連合は世界一の経済力を誇る国。どんな所かワクワクしている。


「ハルカ、浮かれるんじゃないよ。これまで何度も言ったけど、異世界は理想郷でも楽園でもない。油断してたら、すぐ死ぬよ。特に今日行くバニゲゼ通商連合は、金こそ全て。金の為なら何でもする奴らがゴロゴロしている。あんたみたいな上玉は絶対に狙われるからね?」


「……はい。すみません」


 浮かれる僕に冷水をぶっかけるナナさん。そうだった。確かにバニゲゼ通商連合は、世界一の経済力を誇る反面、金こそ全ての恐ろしい一面も持つ。


 金さえ払えば、何でも買える。金になるなら、何でも売れる。人身売買なんか当たり前だと聞いた。ナナさんは言っていた。もし、僕がナナさんの元ではなく、バニゲゼ通商連合に来ていたら、売り飛ばされていただろうと。


「それにだ。今回は遊びに行くんじゃない。顔合わせの挨拶回りだよ。私に恥をかかせるんじゃないよ。後、舐められるんじゃないよ。良いね?」


「わかりました」


 今回の外出の目的は僕を紹介する、顔合わせの挨拶回り。世界各地のナナさんの知り合いの所を巡る。さすがに一日では無理で、数日掛けて回ると言われた。みっともない真似をして、ナナさんに恥をかかせる訳にはいかない。後、新人だからって、舐められてもいけない。浮かれている場合じゃなかった。気を引き締めていかないと!


 やはり、どこかで気持ちが緩んでいたらしい。異世界に来てから僕はずっと、ナナさんの屋敷に。安全な場所にいた。だけど、遂に外に出る。未知なる世界に。油断は死に繋がる。無能と見なせばナナさんは即座に僕を切り捨てる。


「あの、ナナさん。お願いが有ります」


「何だい?」


 出発に向けて準備中のナナさんにお願い事。


「僕をビンタしてください。異世界に来てからずっと安全な屋敷内にいたせいで、僕は緩んでいました。今一度、気合いを入れ直す為にビンタしてください」


「……本気かい?」


「はい」


 人間、痛い目に遭わないと反省しない。だから、僕はナナさんにビンタをお願いする。


「……言っとくけど、遠慮はしないよ? 痛いよ?」


「上等です。痛くなければ意味が有りません」


 そりゃ、痛いのは嫌だけど……。でも、痛くなければ意味が無い。


「……わかったよ。じゃ」


 パァンッ!!


 ナナさんの右腕を振りかぶっての強烈なビンタが左頬に炸裂!!


 わかってはいたけど、痛いを通り越して、衝撃的!! たまらず倒れてしまう。


「しまった! 思いっ切り、良いのが入った! 大丈夫かい?!」


 ナナさんとしても予想外の会心の一撃だったらしい。倒れた僕に慌てて駆け寄る。


「……大丈夫です。痛いですけど……」


「それは大丈夫と言わないんだけどね」


 ビンタを受けた左頬は痛いけど、逆に言えばそれだけ。他に痛い所は無い。何より、浮かれた気分が吹き飛んだ。ならば良し。


「ほら、見せな。せっかくの綺麗な顔が腫れてちゃ台無しだからね。それに、これから挨拶回りに行くんだし」


 腫れた左頬にナナさんが手をかざすと、たちどころに痛みが引く。腫れも治まった。回復魔法。既に体験済みとはいえ、やはり凄い。


 これ、ゲームの定番だけど、現実の場合、敵からしたらたまったものじゃないな。極端な話、死なない限り、相手は復帰してくる。


 ちなみに僕はまだ使えない。実は回復魔法は難しい。力加減が難しいそうだ。足りないと治らない。過剰だと細胞組織が暴走して癌になったり、最悪、化け物になる。だから、優れた回復術士は重宝される。……なろう系の作品みたいに粗末に扱われるなどありえないとナナさんは言っていた。所詮はフィクションか。







「さて、そろそろ行くよ。準備は良いかい?」


「はい、大丈夫です」


 朝食を食べ終わり、午前八時前。屋敷の玄関先の庭に来ていた。僕はナナさんから渡されたリュックサックに必要な物一式を詰め込んで、背負っている。魔道具ではなく、あえて普通のリュックサック。


 その中には、ナナさんから渡された、スマホ、タブレット端末、オイルライター、ライター用オイル、水筒、携帯食料三日分、懐中電灯、雨具、防寒具、応急治療キット一式、サバイバルキット一式、工具セット一式、裁縫セット一式、革手袋、発煙筒、長いロープが入っている。今後、実際に使ってみて、内容を吟味するつもり。


 そして腰のホルダーには鉄扇。いつでも持ち運びして使えるようにと、ナナさんお手製の品。


 色々持ち運ぶ理由は単純。確かに魔法や異能(スキル)は強力、便利。だけど万能じゃない。不測の事態への備え。備え有れば憂い無し。


 ちなみに下級転生者、なろう系の馬鹿は、魔法や異能(スキル)といったチートを過信し、ろくに備えをしないから、チートが効かない、使えない状況になると即、詰む。馬鹿の末路。


「ところでナナさん、どうやって南のバニゲゼ通商連合まで行くんですか?」


 ナナさんに今回の移動方法について聞いてみた。空を飛ぶのか、はたまたテレポートか。


「単に行くだけならテレポート一択だけど、今回はあんたに異世界を見せる意味も有るからね。こいつに乗って行くよ」


 僕の問いにナナさんが答えて出してきたのは……。







「バイクですか!」


 ナナさんが空中より呼び出したのはバイク。それも原チャリではなく、大型バイク。ごっついなぁ。


「ほら、これ!」


 ナナさんから渡されたのはフルフェイスのヘルメット。


「ちゃんと被るんだよ」


 そう言ってナナさんもフルフェイスのヘルメットを被る。服装は普段の黒ジャージの上下と違い、紫のビジネススーツ。ナナさん、他の服持っていたんですね。いつも黒ジャージ姿だから。確かにジャージは楽だけど。


「今回はジャージじゃないんですね」


「挨拶回りに行くんだ。そのぐらいの礼儀はわきまえているさ。馬鹿な格好で行ったら舐められる。ハルカ、覚えときな。何も、直接ドンパチするだけが戦いじゃない。これもまた、一つの戦い。自分を相手に印象付けるというね」


「……わかりました」


 ナナさん曰く、これも一つの戦い。自分を相手に印象付ける。舐められてはいけない。


「ところで、僕はメイド服で良いんですか?」


 ナナさんはスーツ姿なのに、僕はメイド服。僕もスーツを着るべきじゃないかな?


「あんたはそれで良いんだよ。メイドの正装はメイド服。どこに出ても恥ずかしくない。便利だねぇ」


「まぁ、そうですが」


「とにかく、さっさと行くよ。ほら、後ろに乗りな」


 ナナさんはバイクに跨ると、僕に後ろに乗れと促す。……バイクの二人乗りはいけないと思います。


「うるさいね! さっさと乗れ!」


「わかりました! 乗ります!」


 本当に、すぐ考えを読むんだから。ともあれ、ナナさんの後ろに跨り、ナナさんにしがみつく。


「しっかり掴まっているんだよ。落ちても助けてやらないからね」


「薄情じゃないですか?」


「落ちるような間抜けが悪いし、そんな奴はいらない。さっさと死ね」


「もう良いです」


 これ以上の議論は無駄と判断。とりあえず、落ちないようにナナさんにしっかりしがみつく。


「それじゃ、行ってくるよ! 留守中は頼んだよエーミーヤ!」


「うむ。任された。気を付けて行ってきたまえ」


 玄関先に見送りに来てくれたエーミーヤさん。留守中の事をお願いしている。いかに信用されているかよくわかる。


「おみやげ買ってきますね。何が良いですか?」


 留守中の事をお願いする以上、おみやげぐらいは渡さないと。


「ふむ。ならば、調味料、スパイスを頼もうか。世界各地を回るそうだしな」


「わかりました」


 家事妖精のブラウニーらしい、エーミーヤさんの注文。


「もう良いかい?」


「はい」


 さ、いよいよ出発だ。ナナさんがバイクのエンジンを掛ける。


 ブォン! ブォーン!! ドッドッドッドッ!!


 大型バイクなだけに、大きな排気音が鳴る。


「ふぅ。久しぶりに出してきたからちゃんと動くか心配だったけど、大丈夫だね」


「……本当に大丈夫なんですか?」


「いざとなりゃ、私が何とかする」


 どうも長い間乗っていなかったらしく、不安。ナナさんはいざとなりゃ、私が何とかすると言うけれど……。ともあれ出発。


「行くよ!!」


 ナナさんがバイクのアクセルを回すと、バイクは一気に加速。って、その先、崖ですけど?!


「ナナさん!! その先、崖!!」


「うるさいね!! 黙ってな!!」


 しかし、ナナさんはバイクを止めない、更に加速し、バイクは崖から空中に飛び出す……そして、空中を走っていた。


「……何か言う事は?」


「ごめんなさい。でも、空を飛べるバイクなら、最初から飛んでください。本当に怖かったんで」


「そんな事したら面白くないだろ。それはともかく、見てみな。これが外の世界だよ」


 怖かったけど、遂に外の世界に出た。といっても、見渡す限り北の海。かなり北極に近いと聞いていたし、屋敷の窓から海を見たら、流氷や、氷山が見えていたけど……。


「あまり見どころは無いですね。流氷と氷山ばかりです。部屋の窓から見えていましたし。最初は新鮮でしたけど、飽きました」


「悪かったね! まぁ、良いさ。ルートとしては、北のルコード教国上空を抜け、西寄りに向かってアルトバイン王国上空を抜けてから、南のバニゲゼ通商連合に向かうよ」


「わかりました」


 ナナさんから、ルートについて説明。南のバニゲゼ通商連合に向かうに辺り、西寄りルートを選択。東の龍華帝国上空を抜けるのはリスクが高いらしい。


「帝国はとにかく攻撃的だからね。喧嘩を売られたらウザいんだよ」


「一国、敵に回すのをウザいの一言で片付けますか……」


「事実だからね」


 実にあっさりそう言うナナさん。強いからこそ許される、その言動。……僕もナナさんみたいに強くなれるかな? いや、強くならねばならないんだ。下級転生者抹殺の任を果たす為に。


 ナナさんと僕を乗せたバイクは一路、南を目指して空を走る。







「陸が見えてきました!」


 空中を疾走するバイク。南に向かう中、遂に陸が見えた。白い雪に覆われた大地だ。


「あれがエウトース大陸だよ。この辺りはルコード教国の領土だね。そうだね。ついでにルコード教国の首都、ルコーデグラードを見ていくか。中々に見応えが有るよ。何せ、ルコード教国の始祖。『聖女ルコーディア』が生まれ、そして死んだ地とされている場所だからね」


 ちょっと寄り道するらしい。ルコード教国の首都。ルコーデグラード。大丈夫かな?


「ナナさん、聖女ルコーディアってどんな人か知ってますか?」


 ルコード教国の始祖。聖女ルコーディアについて聞いてみた。


「一応、知ってるよ。直接会った事は無いから、伝え聞いた話だけど。かつてルコード教国一帯は、凍てついた不毛の地だった。それを人の住める環境にしたのが、聖女ルコーディア。その圧倒的な癒しの力で、不毛の地に活力を与え、作物を育て、それまで誰も見向きもしなかったクズ土地を、価値の有る地へと生まれ変わらせたのさ。そして、その新天地に人が集まり、ルコード教国ができたんだと」


「凄いですね」


 不毛の地を人の住める地に変えた、聖女ルコーディア。率直に凄いと思う。


「だけど、その無理が祟り、それから程なくして聖女ルコーディアは死んだ。人々は彼女の死を悼み、その偉業を称え、彼女が生まれたという場所に墓を建てた。その墓を中心に街ができて、彼女の名を取り、ルコーデグラードと名付けられた。で、彼女の墓を守る為に建物ができて、それは代を重ねる毎に増改築を繰り返し、巨大化。それが今のルコーデ宮殿。教国一の巨大建造物にして、最高権力者である、教皇の住まいさ」


 しかし、その後、無理が祟り、ルコーディアは亡くなったという。だが、人々は彼女の偉業を称え、墓を作り、更にはそれを中心に街ができて、今に至る。ルコーディアのした事は無駄ではなかった。それにしても……。


「ナナさん、聖女と魔女って対極っぽいですけど、その辺どうなんですか?」


 聖女と魔女の違いが気になったので聞いてみた。ナナさんは魔女だしね。


「ざっくり言うと、聖女は癒し、守護に長け、魔女は攻撃、破壊に長ける。ただね、聖女は滅多にいないし、何より短命。何せ、聖女の力の源は本人の『命』。命を削り、絶大な癒し、守護の力を発揮する。狂信的なまでの無私、自己犠牲精神の持ち主だけが聖女になれる。そりゃ、早死にするさ。聖女で三十まで生きていた奴は知らないねぇ。それと聖女は皆、不細工。美人はいない。死ぬと、その力は次の聖女に受け継がれる。ちなみにあんたはなれないよ。既に魔女だからね」


「わかりやすい説明、ありがとうございます」


「ついでに言うと、昔、偽聖女として追放された女がいてね。で、そいつ、隣国の王子に迎え入れられたんだよ。その王子、以前から隣国の繁栄の源である聖女を欲しがっていてね。偽聖女として追放されたのをこれ幸いと、自国に引き入れた。……その結果、国が滅びたけどね」


「……なろう系作品でよく見る追放系ですね。ただし、こっちは現実で、しかも偽聖女を受け入れた国が滅びた、と。その偽聖女、本当に偽聖女だったって事ですか?」


「そうだよ。その女は聖女じゃなかった。本物の聖女は別にいた。だが、本物は一切表に出ず、自身の存在をひた隠しにしていた。そして偽聖女が聖女面していた訳さ。その事がバレて、偽聖女は追放された。ちなみに間抜けな事にこの偽聖女、自分は本物と思い込んでいてね。追放される際、自分を追放した王子に向かって、『私が去れば、加護は失われますよ? 貴方は亡国の王子として後世まで語り継がれるでしょう』って抜かしたのさ」


「とことん、調子に乗っていたんですね。……全て、本物の聖女のおかげなのに」


「バカはそんなもんさ。その後が、また傑作でね。自分がいなくなったのに、一向に国が衰退しない、滅びない。さすがにおかしいとは思ったみたいだけど、いずれ滅ぶと考え、新しく来た隣国の為に力を振るった。結果、確かに隣国は栄えた。……そして三年で滅びた。所詮、偽聖女でしかなかったからね。自分を追放した王子に言った言葉が、自分を受け入れた隣国の王子にぶっ刺さったのさ。笑えるだろ?」


「確かに笑えますが、何が起きたのか、説明をお願いします」


 国を追放され、隣国に移った偽聖女の一連の顛末。一体、何が起きたんだろう?


「さっきも言ったけど、聖女の力は癒しと守護。対し、偽聖女の力は恵みの前借り。確かに豊かな恵みを得られるが、そんな事を続ければ、いずれ恵みが枯渇する。そうなったら、待つのは破滅。だから追放された。そうとも知らず、偽聖女を受け入れた隣国の王子は、亡国の王子として後世まで語り継がれる事になった。以上」


「……正しい知識は大切ですね」


「そういう事。あんたも真面目に学ぶんだね」


 偽聖女も、それを受け入れた隣国の王子も馬鹿だ。聖女の力を知らなかった。


「そもそも、追放ってのは非常に重い処罰。そうそう下されるもんじゃない。逆に言えば、追放されるって事はそれだけの事をやらかしたからさ。あんたの世界のなろう系作品みたいに、主人公が優秀で正しく、追放した側が無能で間違っている? くだらないね。典型的な自己正当化と他責思考だよ。そんなのだから追放される」


「ですよね」


 やはり、現実は甘くない。なろう系転生者に告ぐ。お前らみたいな負け組のクズに見下される程、世の中、馬鹿ばかりじゃない。負け組のクズが調子に乗るな。


「ところで、本物の聖女はどうしたんですか?」


 偽聖女は追放されたけど、本物は国内に残っているはず。その人はどうしたのか?


「偽聖女が追放されてから、程なくして死んだ。さっきも言ったけど、聖女は短命だからね。ま、次の奴が後を継いで、事なきを得た。」


「そうですか……」


 偽聖女は自業自得だけど、本物は気の毒。命を削ってまで国を守ったのに……。


「気にする事はないよ。聖女になる奴は皆、自己犠牲精神の塊の狂人だからね。死ぬ事を名誉と思っている。……私には理解しかねるけどね」


「はい……」


 聖女か。なろう系転生者とはまた違う狂人。僕には理解しかねるな……。


「はいはい、この話はここまで! 見な! ルコーデグラードが見えてきたよ!」


 どうにも暗い話題はここまでとナナさんは打ち切り、ルコード教国首都、ルコーデグラードが見えてきた事を告げる。確かに大きな都市が見える。特に目立つのは、一際大きな宮殿」


「あの一番大きな建物がルコード宮殿さ。ちと、挨拶していくか」


 ナナさんはバイクをそちらに向かわせる。……大丈夫かな?







 教皇side


 今日も朝からずっと、書類相手の格闘。毎日、毎日、同じ事の繰り返し。つまらんのう。何か、面白い事は無いものかのう。気分転換にベランダに出てみる。良い天気じゃ。街にくり出して、猛火酒(ブレイズ)と、スパイスたっぷりの一角熊肉の串焼きで一杯やりたいわい。しかし、そうもいかん。聖務が山盛りじゃからのう。やらんと、後で泣く羽目になるし、ヒョージュの奴がうるさい。……全く、教皇になんぞなりたくなかったんじゃが、他の候補達が全員共倒れしたせいで儂にお鉢が回ってきおった。


「全く、愚かな事じゃて。教皇の座が欲しいあまりに共倒れしておっては、意味が無かろうて」


 まぁ、愚痴ったところで、何も変わらん。さて、また書類と格闘するかのう。……おや? あれは……。


 ふと空を見上げてみれば、一台の見覚えの有る大型バイクが南に向かって走っておる。こりゃ珍しい。『名無しの魔女』じゃ。まだ生きておったか。しかし、何でバイクに乗っておるんじゃ? あやつなら、テレポートでひとっ飛びじゃろうに。ツーリングか? ……ん? よく見ると一人ではない。二人乗りしておる。もう一人は若い娘じゃな。……何やら事情が有るようじゃ。まぁ、余計な詮索はするまい。事実、向こうもそう言ってきたわい。


「……詮索無用、か。言われるまでもないわい。余計な事をして怒りを買いたくないからのう」


 突如現れた、最高級ワイン。そこには『詮索無用』とだけ書かれた手紙が添えてあった。


「せっかく貰ったんじゃ。後で飲むとするか」


 ヒョージュにバレたら、またうるさいからのう。ワインを隠し、再び書類仕事。


「南という事は、バニゲゼ通商連合。冒険者ギルド本部か。向こうも今頃、大変じゃろうて。伝説の三大魔女が一角『名無しの魔女』が来るとあってはの。さて、あの『豚』のお手並み拝見じゃ。ヒョヒョヒョ!」







 ナナside


「ふん。目ざといジジイだね。ま、私の送ったメッセージを無視するような馬鹿じゃない」


 ルコーデグラードに寄り道したついでに、教皇のジジイにメッセージ付きのワインを送りつけた。その意味がわからないはずがない。そんな馬鹿なら、教皇になれないからね。これでしばらくは教国からの干渉は抑えられる。


「何かしたんですか?」


 ハルカも私が何かしたと察して聞いてきた。


「ちょっとね、教国のトップの教皇にメッセージを送ったのさ。ほんの軽い挨拶だよ」


「……そうですか」


 それ以上、詮索はしてこないハルカ。頭の良い子だ。それで良い。余計な事に首を突っ込むのは馬鹿のやる事。


「さ、バニゲゼ通商連合に向かうよ!」


 バイクは南のバニゲゼ通商連合を目指して、空をひた走る。







 チェシャーside


「私が就職して以来、初の第一級緊急事態発令がこんなのだなんて……」


「そう言わないの。危険度、脅威度を考えれば、これでもまだ甘いぐらいよ。本来なら、特級緊急事態発令よ。でも、さすがに特級緊急事態発令は不味いと、あえて第一級に下げたのよ。ともあれ、今日は大変よ。はっきり言って『戦争』よ。下手を打てば、本部が無くなるぐらいじゃ済まないわね。バニゲゼ通商連合が丸ごと無くなるかもね。()()ならやるわよ?」


「……確かにやるでしょうね。あの伝説の三大魔女が一角。『名無しの魔女』なら」


 今朝、本部に来てみたら、第一級緊急事態発令中。所長が発令したとの事。何事かと思ったら、伝説の三大魔女が一角。『名無しの魔女』が今日の昼頃に来ると。本人から連絡が有ったそうだ。


 そんな訳で、今日は本部は臨時休業。伝説の三大魔女の一角が来る。これはとんでもない事。少なくとも、国家存亡級。本部内にいる全職員は、第一級緊急事態発令に基づき、厳戒態勢。文句を言う冒険者も少なからずいたけど、全員、力ずくで黙らせた。こっちはそれどころじゃないっての! 下手すると、本部どころか、バニゲゼ通商連合が丸ごと無くなる。もっとひどくなるかもしれない。


 後、個人的な理由だけど、私は『名無しの魔女』に会いたくない。


「先輩、私は裏方に徹して引っ込んでいても良いですか? ほら、私、個人的に『名無しの魔女』に会いたくないんで」


 最悪、『名無しの魔女』の機嫌を損ねる。私は猫族一の名家、ネコ家出身を誇りとしているけど、今回ばかりはネコ家の血が恨めしい。


「それは難しいわね。チェシャー、あなたはその若さで既に異名を取る程の逸材。それだけの逸材を彼女が知らないとは思えないわね。あなたがいなければ、どこにいる? と言い出しかねないわ。後、所長命令よ。探索部所属、チェシャー・ネコ。情報部所属、イナバ・ヴォーパル。両名は本日、午前十一時半に、所長室に出頭せよ、との事よ。じきに正式に通達が来るはずよ」


「やっぱりか! あの豚ァ!!!!」


「ままならないのが世の中よ。私も同席する事が決まっているわ。所長付きの秘書ですもの」


「……そりゃそうですよね。しかし、『名無しの魔女』は何しに来るんでしょうか? まさか、所長の友達で遊びに来た、なんて訳ないでしょうし」


「私からは何も言えないわね。その時になればわかるわ」


『名無しの魔女』がギルド本部に来る理由がわからない。先輩なら何か知っているかもしれないけど、教えてくれない。まぁ、守秘義務が有るし。


「無事に済むと良いですね」


「そういう発言はやめなさい。フラグよ」







 吹雪side


「師匠、見えてきましたよ!」


「……ふむ。到着か」


 アルトバイン王国北部から、やってきましたバニゲゼ通商連合。世界一の経済力を誇るというだけに、活気の有る大都市です。


「しかし、王国も仕事が早い。早々に私達を賞金首として手配するとは……。まぁ、王立騎士団剣術指南役を殺されたとあってはね。犯人を捕らえないと王国の面子丸潰れ。捕まってあげる気は無いですが」


「仕事の早さだけは評価しよう。仕事の早さだけはな」


「さすが師匠、辛辣」


 王立騎士団剣術指南役のおっさんとその弟子達を殺した事で、私達は殺人犯の賞金首として手配された。師匠の仰る通り、仕事が早い。で、賞金目当ての連中が来るわ来るわ。王国は随分と、賞金を弾んだようで。


 後、下級転生者も次々と湧いてきましたね。物語の主人公気取りの馬鹿が。相変わらず、現実と妄想を混同している気狂いばかり。


 ま、全て返り討ちにしましたが。九尾と三尾舐めるなってんですよ。そして、遂にバニゲゼ通商連合の首都。リーカモマッカに到着。


「大きな都市ですね~。世界一の経済力を誇る商業国家の首都だけはあります」


 感じられますね。人々の欲望の力を。金、物が集まる所、必然的に欲望が集まる。それは巨大な力となり、世の中すら動かす。……良くも悪くもね。


「とりあえず、飯だな。それから冒険者ギルド本部に向かうぞ。ここに来る道中、賞金首を何人か狩ったからな」


「賞金首が賞金首を狩って賞金貰える辺り、ギルドも緩いですね」


「ギルドからすれば、賞金首を狩るのが最優先。狩ったのが誰かは問わん。現所長の方針らしいな」


「徹底的な合理主義ですね。倫理観とか、ガン無視」


 とりあえずは食事。それからギルド本部に向かい、賞金首の賞金受け取りと、そもそもこの世界に来た理由である、私の小太刀の素材探しの為の情報収集。







 ハルカside


「ハルカ! 見えたよ! あれがバニゲゼ通商連合首都。リーカモマッカさ!」


「あれが……」


 空中を疾走するバイクに乗り、空を飛ぶ事、数時間。途中、着陸休憩を何度か挟みながらも、遂にバニゲゼ通商連合首都。リーカモマッカが見えてきた。確かに大きな都市だ。元いた世界の日本の都市にも引けを取らない。


「そろそろ着陸して、後は陸路で行くよ」


「わかりました」


 ナナさんから、そろそろ着陸すると。空中を走るバイクは徐々に速度と高度を落とし、遂に着陸。一旦、バイクから降り、飲み物を飲んで一休み。


「さて、ハルカ。既に話したけど、向こうに着いたらギルド本部に行くよ。所長と話を付ける。曲者だから、気を付けるんだよ」


「はい!」


 冒険者ギルド本部か。本当に行く日が来るとは。気を引き締めないと。


「良い返事だね。じゃ、行くよ。乗りな!」


「はい」


 ナナさんがバイクに跨り、僕がその後ろに跨り、ナナさんにしがみつく。そしてバイクは、リーカモマッカへ。


 そこで、僕は新たな出会いをする事になる。



異世界転生して以来、ナナさんの屋敷にいたハルカ。言うなれば、ずっと安全地帯にいた。


そんなハルカが遂に外の世界へ。ナナさんに連れられ、まず向かうのは南のバニゲゼ通商連合。冒険者ギルド本部。


その道中で北の大国、ルコード教国の上空を通過。ついでに教国の国家元首、教皇に対して牽制のメッセージを送りつけるナナさん。教皇もそれを理解し、不干渉を決定。


一方で、ギルド本部は大わらわ。伝説の三大魔女が一角。『名無しの魔女』が来るとあり、第一級緊急事態発令。厳戒態勢に。


ナナさんとの対面を嫌がるチェシャー。しかし、ギルド内でも屈指の実力者故に、逃げる事は許されず。


そしてバニゲゼ通商連合に来た黒巫女師弟。彼女達もまた、ギルド本部を目指す。


魔女師弟、ギルド本部の面々、黒巫女師弟。三者三様、それぞれの考えや目的の元、出会おうとしている。


では、また次回。

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