第14話 冒険者ギルド受付嬢 チェシャー・ネコとギルドの愉快な面々
ハルカが転生した異世界。イメムンイドーメ。その中でも最大の大陸。エウトース大陸の南方。そこに位置するのは、世界一の経済力を誇る、商業国家。バニゲゼ通商連合。
厳密には国家ではなく、大小様々な通商ギルドの集合体ながら、その経済力で事実上の国家として存在している。世界最大の港湾都市、リーカモマッカを首都とし、世界中の経済の中心として君臨している。
そんなリーカモマッカの中でも、一際立派な建物が。その門に掲げられた看板にはこう書かれている。
『冒険者ギルド本部』
ここは世界中に幾つも存在する冒険者ギルド全てを統括する、冒険者ギルド本部。選ばれしエリート中のエリートだけが所属する事を許される。
そして、今日も今日とて、ギルド本部は多忙であった……。
私の名はチェシャー・ネコ。獣人族、猫族一の名家、ネコ家の出身。御歳、十九歳。頭の猫耳と黒髪のショートカットと金色の瞳。お尻の黒い尻尾がトレードマーク。ここ、冒険者ギルド本部で受付嬢を務めている。自分で言うのもなんだけど、選ばれしエリート中のエリート!
常に首席の成績で名門校を小、中とエスカレーター式に進学。飛び級で高校を飛ばして大学へ。
その大学も二年で修了し、首席卒業。就職先に選んだのは、エリート中のエリートが集うギルド本部。私、エリートだからね。そして結果は採用。しかも、ギルドの顔たる受付嬢!
その事が書かれた採用通知が届いた時は、さすがにエリートの私も文字通り、狂喜乱舞して、母を始め、家族全員に引かれたのは黒歴史……。
ともあれ、私はギルド本部務めとなり、慣れ親しんだ実家を離れ、はるばるやってきました、世界一の商業国家。バニゲゼ通商連合。その首都、リーカモマッカに有る、冒険者ギルド本部。こうして、私のギルド本部での受付嬢務めが始まったんだけど……。
「全く! いい加減にしろってんですよ! こちとら、馬鹿冒険者達の相手だけでも大変なのに、最近は馬鹿ギルド職員まで! 最近のギルド、たるんでいませんか! 特に先日の、『残業したくないから、ソロ討伐』なんて抜かしていた馬鹿! 何の為に、ギルドがわざわざ冒険者達に仕事を割り振っていると思っているんですか?! あいつが勝手な事をしたせいで、色々台無しです! その後始末の為に残業が増えるし!」
あ〜っ! もうっ! 溜まりに溜まったストレス。思わず声を荒らげ、テーブルを叩く。そのせいでテーブルの上のお冷やのコップがひっくり返りそうになる。
「まぁまぁ。気持ちは分かるけど、落ち着きなさいチェシャー。貴女の『異能』は危険なんだから。ね?」
それを目にも止まらぬ速さの手捌きで受け止めて、そっとテーブルに置きつつ、私をたしなめるのは、向かいの席に座る先輩。……色々な意味で凄いな先輩。私より多忙な身なのに。
白銀に輝く金属製の義手で私の頭を撫でてくれる。
「貴女はよくやっているわチェシャー。でもね、仮に第一級緊急事態が発令したら、こんなものじゃ済まないわよ? 経験者としての忠告よ」
「……はい。すみませんでした」
「分かってくれれば良いのよ。さ、冷めない内に食べましょう。せっかくのランチが冷めたら台無しよ」
大人の余裕だなぁ。やはり、先輩は凄い。所長付きの秘書を務めているのは伊達じゃない。
「いただきます!」
「いただきます」
とりあえず、気を取り直して、お昼にしよう。
エリート中のエリートたるギルド本部務めを果たした私。だけど、ギルド本部務めは楽じゃなかった……。そりゃまぁ、仕事である以上、楽勝なんて訳なく、相応の苦労が有る事は分かっていたものの……。
幾ら何でも、度を越している! 馬鹿が多過ぎ!
身の程知らず、人の話を聞かない、馬鹿、強欲、自己中、その他、色々。受付嬢という立場上、私はそういう連中と直接関わる。本当に疲れる。
しかも、冒険者だけならまだしも、最近はギルド職員にまで馬鹿が現れ、不祥事を起こす始末。
つい先日も、とある支部で受付嬢を務めていた女が、『残業が嫌だ』という理由で、勝手に討伐を繰り返していたのがバレて、ギルド規定違反により処断された。
しかもこいつ、ギルドの捕縛部隊におとなしく捕まれば良いものを、自身の武器の大剣を振り回し抵抗。しかし、あえなくお縄。ギルドの捕縛部隊は犯罪者、魔物を捕らえるエキスパートにして、絶対に敵に回すなと評判の恐怖の象徴。そんなの相手に抵抗するなんて、本当に馬鹿。何でこんな女が支部とはいえ、ギルドの受付嬢になれたんだか?
抵抗した事で余計、罪が重くなり、『死刑』より重い『幽閉刑』へ。私も先輩から聞いたけど『幽閉刑』だけは嫌。
どこかに有るという、秘密の牢獄。先輩でさえ、その場所は知らないそうだ。そこに幽閉された上、崩壊と再生を繰り返す死ねない肉塊にされて永遠に苦しみ続けるのだとか。そして、その苦痛、苦悶が魔力に変換され、ギルドで運用されていると。……恐ろし過ぎる。
とまぁ、このように、ギルド職員はエリート中のエリートとして、高い給料と社会的地位が有る代わり、厳しい規定に縛られていて、違反したら、基本的に死刑。もしくは死より恐ろしい刑罰が待つ。そして、こんな自己中女、処断されて当然。組織に所属する以上、勝手な事はできない。してはいけない。そんなに残業が嫌なら、さっさとギルドを辞めれば良かった。本当に、自己中の馬鹿は迷惑極まりない。
今日も今日とて、お昼のランチタイムに、ギルド内の職員用食堂で先輩相手に愚痴をこぼす。そんな私を先輩は優しくいたわってくれる。……本当に、先輩は私の癒しだわ。先輩がいなかったら、私、ギルド務めを辞めていた。
先輩。名はヤタ・カラス。鳥人族、鴉族の出身にして、元、特級冒険者。普通、鴉族は黒髪に黒い翼なんだけど、先輩は非常に珍しい、白髪に白い翼。落ち着いた大人の色気が漂う、理知的な美人。現役時代は華々しい活躍を繰り広げ、数多くの手柄を上げ続けた本物の英雄。その功績をギルドから称えられ、『白鴉』の二つ名を贈られた。
これは大変な名誉。実力、実績、人格、それら全てを兼ね備え、なおかつ、厳しい審査をクリアできた者だけに与えられる。すなわち、二つ名は正真正銘の実力者の証。
しかし、ある事件で、その元凶を倒し、事件を解決したものの、利き腕の右腕を失う重傷を負ってしまい、冒険者を引退。その後、現役時代から付き合いの有った所長からスカウトされ、ギルド本部入り。そこでも圧倒的な実力を発揮。猛スピードで昇進し、遂には本部の第二位。所長付きの秘書の座に着く。
そんな凄い人が、なぜか私の指導職員に付き、指導期間終了後も、こうして仲良くさせてもらっている。
「それにしても、先輩。やはり、最近のギルドはたるんでいます。さっきも言いましたけど、あの勝手にソロ討伐していた奴とか……」
「まぁ、それは同感ね。最近のギルド職員の不祥事の数々は私も頭が痛いわ」
「ギルドの信用に関わりますからね。あ、そういえば、例の第八十四支部ですけど……」
「えぇ、こちらでも把握しているわ。引退した冒険者の男を新しい支部長に据えて、本部への反逆を企てているそうね。愚かな事。フフフ……」
「そんなのだから、恥さらしの第八十四支部って言われて、左遷先にされるんですけどね〜」
「とりあえず、今はまだ、泳がせておきましょう。決定的なやらかしをした時点で、取り潰すから。それが所長からのお達しよ」
「了解しました」
「それにしても、馬鹿は後を絶ちませんね先輩。先輩が入所したばかりの頃はどうでした?」
今日のランチ。私が注文したのは、日替わり定食のジア(鯵によく似た魚。美味)フライ定食。ご飯大盛り、サラダ、味噌汁付き。先輩はミックスフライ定食。ご飯並み盛り、サラダ、味噌汁付き。
タルタルソースをたっぷり付けたジアフライにかぶりつき、大盛りご飯をかきこみながら、私は先輩に入所当時の事を聞いてみた。
「そうねぇ。確かに馬鹿はいたけど、今程、ひどくはなかったわね。ここ数年からね。馬鹿が急激に増えたのは。下級転生者が」
「あいつらは馬鹿と言うより、気狂いですよ。異世界を物語の世界だと。自分は主人公だと思い込んで無茶苦茶しますからね。例えば、ほら。以前、西のアルトバイン王国で処刑された奴。乙女ゲームの世界に転生したとか言って、無茶苦茶した挙げ句、第三王子が麻薬の密造、密売をしていると宮殿に忍び込んだけど捕まって、しかも第三王子はシロだったから、大逆罪適用で、裁判諸々すっ飛ばして斬首」
「あれは呆れたわね。最後までゲームの世界に来たと思い込んでいた辺り、本当に救えないわね。架空の世界には行けないのに」
「本当に馬鹿ですよね。架空の世界は存在しない。存在しない世界には行けない。そんな当たり前の事が分からないなんて。何より、馬鹿が活躍できる訳ないじゃないですか。馬鹿だから、負け組。優秀なら、生前の時点で勝ち組ですよ」
「そうね」
とにかく迷惑極まりない下級転生者。さっさと死んでくれないかな? あんた達、余計な仕事ばかり増やすんだから。
その後もあれこれ世間話をしながら昼食を食べる。
「大体ですね~。所長は私をこき使い過ぎなんですよ。残業、長期出張を何回やらせるんですか? 先日も急な長期出張で、休みが潰れたんですよ! 本当にもう!」
「その代わり、所長から特別ボーナスが出たんでしょう? 所長はドケチの銭ゲバだけど、無駄な事は絶対にしないわ。常に問題解決に向けて、最速最善の手を打つ。貴女を派遣するのは、それが最適解と判断したから。それだけ所長は貴女を評価しているのよ。事実、貴女の異能の優秀さは本部屈指だし。さすがは猫族一の名家。ネコ家の血は伊達じゃないわね」
「元、特級冒険者。『白鴉』の二つ名持ちの先輩にはまだまだ及びませんが。……まぁ、特別ボーナスとして、給料三ヶ月分いただきましたけどね」
「貴女も既に陰では『魔猫』と呼ばれているじゃない。入所一年で早くも異名が付くなんて、本部でも久しぶりの快挙。所長が重用するのも納得ね」
「あくまで冒険者達が勝手にそう呼んでいるだけで、先輩みたいにギルドから正式に認められ、与えられた訳じゃないですけど」
「大丈夫よ。いずれ与えられるわ。良いのが有ったら言ってちょうだい。私から所長に伝えておくわ」
「う〜ん。考えておきます」
二つ名は確かに名誉だけど……。同時に重いからね〜。
さて、そろそろ昼休みも終わり。持ち場に戻らないと。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま」
私と先輩は両手を合わせて、ごちそうさまを言って食事終了。空になった食器を載せたお盆を手に返却口へ。
「では、持ち場に戻ります」
「頑張ってね」
食堂を出て先輩と別れ、持ち場へ。ギルド本部、受付窓口。冒険者達とギルドの接点。最前線。さっそく、自分の担当する窓口の席に着き、休憩中の札を片付ける。
「お待たせしました! 一番窓口、再開します! 御用の方は一列に並んでください!」
そう声を張り上げると、待ってましたと、冒険者達がやってきて行列を作る。さて、やりますか!
ギルド本部、受付窓口。と一口に言っても、幾つかの部署に分かれている。
探索部、依頼部、商業部。特に主要なのがこの三部署。
まず、探索部。ダンジョンを始めとした、各地の探索を紹介、斡旋する。単に紹介、斡旋するのではなく、その冒険者の要求、実力に見合う所を見繕い、紹介、斡旋しなくてはならない。私が所属している部署がここ。
続いて依頼部。各地から集まった、様々な依頼を取り扱っている。ちょっとした採取依頼から、危険な魔物、賞金首の討伐まで、難易度もバラバラ。
初心者はまず、ここへ行けと言われる。簡単な依頼をこなして、経験を積んで、より難易度の高い依頼を受けるなり、ダンジョンに向かうなりするのが王道。
最後に商業部。冒険者相手に各種情報、物品の売買を担当している部署。三部署の中で一番、忙しい。そして、一番揉める。どこの部署も少なからず揉めるけど、ここは直接、金が絡むから……。
「おい! どうして俺が第一級ダンジョンに行けないんだよ?! おかしいだろ!!」
「そう申されましても、貴方は第三級冒険者。しかも、二日前にギルドに登録されたばかり。第一級ダンジョンを紹介するには、第一級冒険者である事。ギルドに登録して三年以上経過している事。これまでギルド規定に違反していない事が条件です。これら全ての条件を満たさない限り、第一級ダンジョンを紹介する事はできません。悪しからずご了承ください」
「ふざけんな! 俺は村で最強なんだ! 良いから、第一級ダンジョンに行かせろ!」
「何と言われようが、規則は規則です。お引き取りを」
やれやれ、また馬鹿が来た。いるんだよね〜、こういう身の程知らずの馬鹿。ギルドに登録された個人データによると、どっかの田舎の村出身。村最強の実力者で、それなりに戦果は上げているが、そんな程度じゃね。世の中舐めるな。
「おい、これが最後だ! さっさと第一級ダンジョンに行かせろ!」
案の定、こちらに剣を向けてきた。こういう奴は、なまじ強いだけに、全てが自分の思い通りにならないと気が済まない。
「武器を納めてください。さもなければ、ギルド規定に基づき、実力行使をします」
すると、馬鹿がこちらを馬鹿にする。
「笑わせんな! たかが、ギルドの受付程度に何ができるんだよ?!」
ちなみに周囲の冒険者達は、誰も止めない。冒険者は自己責任が基本。誰も助けてくれない。『あ、あいつ死んだわ』『馬鹿だ、馬鹿がいる』『見ておきなさい。ギルド職員に喧嘩を売るとどうなるか?』等と小声で話している。
「これが最終通告です。武器を納めて、お引き取りを」
私はあくまでギルド規定に従っての対応をする。しかし、馬鹿は聞く耳を持たない。
「うるせぇ!! 俺に指図すんな!! もう良い!! ぶっ殺してやる!!!!」
最終通告をしたのに聞く耳を持たず、遂に斬り掛かってきた。が、斬られたのは馬鹿の方。背中からバッサリと斬られた。鮮血を大量に噴き出し倒れる。
「……え?……何で……だよ?……」
何が起きたか分からないまま、死にゆく馬鹿。
「自業自得です。さっさと死ね」
うっとうしいので、異能で細切れにしてとどめを刺す。更に、コンポスト送り。あんな馬鹿でも堆肥としては役立つでしょ。
「皆様、お騒がせして申し訳ありませんでした」
もちろん、事が済んだら周囲への謝罪も忘れない。私はエリートだからね。周りの冒険者達も別に何も言わない。冒険者は自己責任が基本。馬鹿な事をするのが悪い。
ギルド職員は全員、異能持ちであり、特にギルド本部職員となれば、第一級冒険者にすら勝てる実力者揃い。だから冒険者達は基本的にギルドとは喧嘩をしない。あの馬鹿はその辺を知らなかった模様。無知は罪。
「ふ〜、終わった〜」
ようやっと、本日の業務は終了。ギルドは二十四時間、三百六十五日、年中無休。その為、八時間勤務の交代制。交代メンバーと入れ替わりで、席を離れる。ここ最近、残業やら、出張やら、まともに帰れなかったからね〜。久しぶりに部屋でゆっくりできそう。ロッカーに戻り、私服に着替える。
外に出たら、夕暮れ空。この分だと、明日も晴れかな。
「……ネコちゃん」
と、その時後ろから声を掛けられた。この声は……。
「イナバ! あんたも上がり?」
「……うん」
声の主は私と同じくギルド本部職員にして、私の同期。獣人族、兎族のイナバ・ヴォーパル。兎族特有の長い兎耳と丸く短い尻尾。白い髪、赤い瞳がトレードマーク。ギルド本部、情報部に所属する裏方担当。
無口で物静かな性格ながら、私とは気が合う。更に私と同じく飛び級組。同い年な事もあり、同期の中では一番仲が良く、プライベートではよく一緒に遊ぶ。仕事でも組む事が多い。で、私とイナバは同じギルドの職員寮で暮らしていて、必然的に帰り道も同じ。
「……馬鹿が無茶苦茶するせいで大変」
「情報部も大変だね。何せ、ギルドの耳目。ある意味、一番大事な部署。しかもイナバの異能を考えるとね」
情報部はその名の通り、情報全般を管理している部署にして、ギルドの耳目。中でもイナバは一番のエース。彼女の異能は情報収集に最適だから。
「……ネコちゃんの異能の方が凄い。汎用性では本部随一と言われてる。いずれ二つ名をもらえるって」
そう言って、落ち込むイナバ。ヤバい! イナバはとにかく後ろ向きで、すぐに落ち込む。しかも、一度落ち込むと中々、戻らない。
「いやいや! イナバの異能有ってだから! あれのおかげで、ギルドの業務が滅茶苦茶はかどるようになったって、先輩も言ってたし! 私にしたって、イナバの助けが無いと困るし。イナバのおかげで、効率良く動けるんだから。情報部のエースなんだから、自信持って。ね? ね?」
私が必死にイナバの機嫌を直そうとするのは、単に落ち込んで欲しくないだけじゃない。
イナバは落ち込むを通り越すと、今度はキレる。そうなったら、止まらない。ヴォーパル家の血は伊達じゃない。私が『魔猫』と陰で呼ばれているように、イナバは陰で『凶兎』と呼ばれている。他にもヤバい異名が有る。
「よし! ご飯食べに行こう! 私の奢り! 焼肉行こう! 焼肉!」
こういう時は、飯! とにかく満腹になるまで食べる! 満腹になれば、大概の不機嫌は収まる。
「……ステーキが良い」
この……! 地味にランク上げてくるか。しかし、私は金より命が大事。
「よし! ステーキ行こう! ステーキ! イキリトステーキで良い?」
「……あそこ不味いし、社長のイキリトがウザい。行くなら、竜肉ステーキの名店。ステーキリューオー。ネコちゃん、この前の長期出張で特別ボーナスもらったんでしょ? 給料三ヶ月分」
「んぎぎ……分かった。ステーキリューオーね。でも、入れるかな?」
「……駄目なら、次点でダイシンカンステーキ。竜肉じゃないけど、とにかく客席が多い。名物の破壊神盛りステーキ丼を食べる」
さすがは情報部のエース、イナバ。私が先の長期出張で特別ボーナス、給料三ヶ月分をもらった事を知っていて、高いステーキを要求してきた。兎族のくせに肉好きで大食いのイナバ。その割には細い。色々と。
「……ネコちゃん?」
あ、ヤバい。余計な事を考えた事に気付かれた。これ以上機嫌が悪くなる前に、行こう。
「ほら! 行くよ! まずはステーキリューオーね!」
「……うん」
私はイナバの手を引き、スマホで一番近いステーキリューオーの店を検索。空き状況も確認。……よし、いけそう! すぐさま予約を入れ、向かう。正直、私も最近、ストレスが溜まっているからね。今日は竜肉ステーキをたらふく食べるぞー!!
ヤタside
「例の第八十四支部の支部長ですが、遂にやらかしましたね。小規模な魔物大発生が発生。それを片付けたは良いですが、その巻き添えで、商店街に大きな被害が出ました。それに対する抗議に怒り、商店街の店主達を殺害。支部の資金を盗んで逃亡中です。いかがなされますか?」
ギルド本部。その中でも、ごく一握りの者だけが立ち入る事が許されるエリア。そこに位置する部屋。冒険者ギルドの最高権力者。ギルド本部長のおわす部屋。通称、所長室。そこで所長付きの秘書である私は、所長に第八十四支部での事件を報告していた。やらかすとは思っていたけどね、遂にやらかしたか。
「ふん。馬鹿な奴だ。案の定、やらかしたか。だが、これで第八十四支部を潰す正式な理由ができた。まずは、やらかした馬鹿。更に、前支部長の娘。あの男を支部長に据えた女を捕らえよ。その上で第八十四支部は完全に潰す。関係者一同、全員処刑だ。腐った果実は完全処分せねばならん。でなければ、全体が腐る。そんな事になったら、儂の得る金が減る」
そんな私の報告を聞いても怒る事もなく、淡々と語る所長。まぁ、所長も予想していた事だものね。
「更にもう一件。本日、昼頃にアルトバイン王国、北部の村にて発生した殺人事件ですが、どうなされますか? 既に報告書に上げましたが、下手人は狐人の黒巫女二人組。金髪の大人と、銀髪で三尾の少女。少なくとも、少女の方は複尾族。私見を述べれば、関わるべきではないと思います」
続けて、今日の昼頃に起きた殺人事件。単なる殺人事件ではない。殺害されたのは、アルトバイン王国王立騎士団剣術指南役、カタ・イナーカと、その弟子達、二十四名。計、二十五名。それがどこの馬の骨とも知れない輩に殺された。
王国からすれば、自分達が王立騎士団剣術指南役に選んだ者があっさり殺された事で面子を潰された。そんな事を許すわけにはいかない。何としても、下手人を捕らえようとしている。しかしねぇ。あまりにも無謀。
そんじょそこらの雑魚ならともかく、曲がりなりにも、王立騎士団剣術指南役を務める程の実力者を、金髪の大人の方は素手で、しかも一瞬で、サイコロステーキ状に切り刻み殺した。
残りの弟子達も決して雑魚ではないのに、銀髪の少女一人に皆殺しにされた。
何より、そもそもの原因は被害者側に有る。弟子達の一人が金髪の狐人をひどく侮辱したらしい。その事で怒りを買い、殺された。
その後、剣術指南役が弟子の非礼を謝罪するも、直後に金髪の狐人に斬り掛かろうとして返り討ちに。
最後に弟子達が師の仇討ちをしようとして、銀髪の狐人の少女に皆殺しにされたというのが事件の内容。
要は他人を侮辱した結果、起きた事件。私から言わせれば、単なる自業自得。
しかし、そうもいかない。面子を潰されたアルトバイン王国は怒り心頭で、すぐさま下手人二名を賞金首として手配。更に、ギルドに対しても、同様にするように圧力を掛けてきた。
「ふん。まぁ、仕方あるまい。手配はしておけ。しかし、深追いはするな。余計な事に手を出しても金にならん。被害が出て金が減る。報告書を読んだが、そいつら、積極的に犯罪をしておらんのだろうが。むしろ、法、秩序を遵守しておる。少なくとも、下級転生者ではないな」
「それは同感です。狐人の黒巫女二人組は、一般人には一切、危害を加えていませんし、法、秩序も遵守しています。買い物等の際も、きちんと代金を支払っているのが確認されています。下級転生者と比べれば、格段に危険度は低いと思われます」
「王国に対しては賞金首として手配する事で義理立てしておけ。何か言ってきても、のらりくらりでかわせ。何せ、ギルドはいかなる国家にも所属しない、公平、中立の組織だからな」
「確かに仰る通り。では、そのように手配します」
「うむ。任せたぞ、ヤタ」
これにてこの一件に関しては終わり。所長の言う通り、深追いしても利益にはならないわね。
冒険者ギルドにおける最高権力者。ギルド本部長。ミシェル・コダギア・キネガスカ。種族、人間。年齢不詳。少なくとも、百年前からギルド本部長を務めていて、その頃から全く姿が変わっていないらしい。本当に人間かしら?
見た目は黒髪をピッチリ七三分けにして、鼻の下にちょび髭を生やした脂ぎった肥満体のおっさん。とにかく、口を開けば金、の徹底的な銭ゲバにして守銭奴。金を増やすのが何より好きな反面、金の減る事は何より嫌う。
故に、無駄を嫌う合理主義者であり、問題が発生したら、常に最速最善の手を打つ。最低限の被害で済むように。
そして、 歴代最強所長と呼ばれている実力者。かつて、現役時代。最盛期の私が本気で挑んでも勝てなかった、唯一の相手。
更に、私が現役引退する羽目になった、右腕を失った、あの事件。世間では私が解決した事になっているが、本当は所長が解決した。あの時私は、右腕を失い、出血多量で動けなかった。そのままなら、死を迎えていただろう。
そこへ駆けつけたのが所長。その時言われた言葉は決して忘れない。そして、所長の戦いを。
『調子に乗るなよガラクタ風情が。こいつはお前みたいなガラクタと違い、替えが利かん。ガラクタはガラクタらしく、儂が異能で処分してくれるわ! お前みたいなガラクタにはもったいないがな!』
初めて見た所長の異能。その圧倒的な威力の前に、敵は消滅した。私の全力でさえ通じなかったのに。
その後、所長は右腕を失った私に応急処置を行い、全ての手柄を私に譲り、去っていった。余計な面倒事は金にならないと。
戦いの後、私は失った右腕に義手。『銀の腕』を移植。冒険者を引退した。幸い、金は十分に稼いていたし。とはいえ、遊んで暮らすのも性に合わない。どうしたものかと考えていたら、所長からギルド入りを打診され、承諾。現在に至る。
「それにしても所長は一切、ブレませんね。結局、金ですか」
「ブヒヒ! 金こそ力。金こそ全て。それが儂だ。文句有るか?」
「いえ。他の者が言えば嫌な言葉ですが、所長に限れば、事実ですから」
「不便でもあるがな! 全く、儂の異能は強力だが、割に合わん! お前の異能が羨ましいわい」
「ですが、かつてのあの事件。私が冒険者を引退する羽目になった事件。あの時、私が命拾いしたのは、所長の異能のおかげです。でなければ、私は死んでいました。それに……世間ではあの事件を解決したのは私と言われていますが、本当は所長、貴方が解決した」
「ふん。儂は余計な手間を増やしたくないからな! 時は金じゃ!」
本当に所長はブレない。それがこの人の強さの秘訣なんだろう。と、その時、突然、所長の机の上に一通の手紙が現れた。何者かによる転送。
「所長、下がってください!!」
何重もの厳重な物理的、霊的防御に守られている所長室。それら全てをくぐり抜け、送り込まれてきた手紙。もしや、所長を狙ったテロ?!
しかし、所長は一切動じていなかった。手紙を手に取り、その封蝋を見る。
「……久しぶりだな。まだ生きていたのか、『名無しの魔女』め。わざわざ手紙をよこすとは、どういうつもりだ?」
手紙の送り主は、悪名高い伝説の魔女。『名無しの魔女』。かつて、所長は彼女と戦い、引き分けたと聞いた事が有る。そんな魔女が所長に何の用で手紙を送ってきたのか?
所長はペーパーナイフで封筒を開け、中の手紙を読む。
「…………ブッ! ブヒャヒャヒャヒャ!!」
と思ったら、今度は笑い出した! もしや、何かの呪詛? すると所長は私の動揺を見て、手で制する。
「大丈夫だヤタ。単に笑えたのでな」
良かった、無事でしたか。しかし、ならば手紙には何が書かれていたのか? その疑問に所長は答えてくださった。
「ヤタ、明日の昼頃に『名無しの魔女』が来る。弟子を取ったそうでな。弟子を連れてくると。弟子の為に顔合わせをしたいそうだ。最高級の茶と茶菓子を用意しておけ。しかし、あの魔女が弟子を取るとはな! 天地がひっくり返っても無いと思っておったが! ブヒャヒャヒャヒャ!!」
『名無しの魔女』が弟子を取った。その弟子を連れてくると。さすがに私も耳を疑った。魔女にとって、弟子取りは生涯において、一度だけ。一人だけ。一期一会の重大な事。それをあの『名無しの魔女』が。しかし、所長はそんな事で嘘をつく方ではない。『名無しの魔女』が弟子を。果たして、どんな者なのやら?
「承知しました。すぐに買ってきます」
「うむ。任せたぞ。支払いは儂が持つ。ケチるな。あの魔女は味にうるさいからな」
「は!」
茶葉と茶菓子を買いに所長室を後にする。幸い、高級茶葉、茶菓子を取り扱う店は幾つか知っているし、最悪、ギルド権限を使う。
「『名無しの魔女』の弟子、ね」
まだ見ぬその人物に思いを馳せ、私は店に向かった。
今回、初めてナナさんの屋敷外。
南方のバニゲゼ通商連合。そこに位置する冒険者ギルド本部が舞台。以下、今回の登場人物紹介。
チェシャー・ネコ∶獣人族、猫族一の名家。ネコ家出身の十九歳。
飛び級で進級し、大学も二年で修了。ギルドに就職。ギルドの顔たる受付嬢に。
入所一年ながら、その優秀さから、早くも『魔猫』の異名を取る。しかし、優秀であるからこそ、仕事を押し付けられる。特に所長にこき使われる日々。ただし、その分の金はもらっている。
ヤタ・カラス∶鳥人族、鴉族の出身。年齢不詳。
鴉族において非常に珍しい白鴉。かつては特級冒険者にして、数々の手柄を上げ続けてきた、本物の英雄。
しかし、とある事件において、事件解決をしたものの、利き腕の右腕を失い、冒険者を引退。その後、現役時代から付き合いの有った所長にスカウトされてギルド入り。そこでも辣腕を発揮。スピード出世を果たし、遂にはギルドの第二位。所長付きの秘書に。チェシャーに期待している、良き先輩。
イナバ・ヴォーパル∶獣人族、兎族の名家、ヴォーパル家出身。十九歳。
情報部所属にして、チェシャーと同じく飛び級組にして、同期。良き友人。良く言えば物静か。悪く言えば後ろ向きな性格で、すぐ落ち込む。
しかも落ち込むを通り越すと今度はキレる。チェシャーはそれを非常に恐れている。
ミシェル・コダギア・キネガスカ∶種族、人間。年齢不詳。
冒険者ギルド本部長。ギルドの最高権力者。とにかく金にうるさい、銭ゲバの守銭奴。ただし、ケチではない。必要な出費は惜しまないし、問題が発生すれば、常に最速最短の手を打つ。非常にやり手の人物。
そして、歴代最強所長にして、現ギルド最強の実力者。ヤタ先輩が現役引退する羽目になった事件。世間ではヤタ先輩が解決した事になっているが、実は所長が解決した。その異能を使い、元凶を討ち倒した。しかし、面倒事を嫌い、手柄をヤタ先輩に譲って去った。
かつてナナさんと戦い、引き分けた、数少ない一人。