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第13話 蛇と傀儡

 ハルカside


 魔道具を扱う為の修行。最初のボール運びは無事に済んだけど、その次の実戦形式の修行。しかし、その内容は僕が考えていたよりも、遥かに厳しいものだった。


 ナナさんが召喚したのは、士官服に身を包む、若く美しい女性。どこかの軍人だと思われる。さすがに若い女性相手に暴力を振るうのは良くないと思い、抗議したら、ナナさん曰く、これは人傀儡だと。人間の死体を改造して作った自律兵器。


 かつて、ナナさんに対するスパイとして送り込まれてきた彼女を殺して、人傀儡にしたと恐ろしい事をサラッと言われた。改めて、我が師が正義の味方なんかではなく、魔女だと痛感する。……そして僕もまた、その魔女の一人な訳だ。まだ、一番下の見習いだけど。







 かくして始まった、人傀儡相手の実戦形式の修行。誰かと戦うなんて初めて。だけど、僕に拒否権は無い。死神ヨミとの契約。異世界転生の代償として、下級転生者抹殺の任に着く。その為にも、戦闘技術を身に付けないといけない。


 しかし、傀儡と言われても、普通の女性にしか見えない相手。暴力を振るうのは気が引ける。だが、その認識の甘さを思い知らされた。どんなに美しかろうが、か弱そうだろうが、兵器は兵器。そして兵器は()()()()()()


 ドボォッ!!


 僕の戸惑いなど一切、無視の先制の一撃。即座に間合いを詰めてからの、強烈な膝蹴りが僕のみぞおちに突き刺さる!


 痛いより、苦しい! 呼吸ができない! 強烈な苦しみに声すら出ない。そして、そんな隙だらけの状況を見逃す人傀儡じゃなかった。容赦なく追撃を入れてきた。


 首すじを両手で捕まえ、逃げられないようにした上で、みぞおちへの膝蹴り連発。正に拷問。しかしナナさんは助けてくれない。静観を決め込んでいる。……自力で何とかするしかない。正直、こんな状況で考え事ができる事に驚く。普通は無理。これも転生して得た、この身体のおかげか……。


 ……それはそれとして、何か腹が立ってきた。相手が若い女性の姿故に戦う事をためらったせいで、隙を突かれてやられた。それは僕のミス。だからといって、やられっぱなしは気が済まない。どうにかして、一矢報いる。しかし、どうやって……? 今も拘束され、 みぞおちへの膝蹴り連発を受けているこの状況でどうやって?


 その時、僕の右手に握る鉄扇を思い出す。この状況でも落とす事なく、握りしめていた。我ながら、よく落とさなかった。だが、反撃の手掛かりは得た。


 武術の達人なら、拘束された状況から反撃する技を持っているだろうけど、あいにく、僕は知らない。ならば魔力を使うしかない。攻撃系の魔力の使い方はまだ教わっていないし、ぶっつけ本番だが、やるしかない!


 魔力を扱う上で大切なのは、イメージ。使い方を強く、明確に思い浮かべる。師であるナナさんの教え。魔道においては、イメージが力となる。それが魔道の基本にして、極意。足りない経験は魔道具で補う。頼む、力を貸して!


 右手に握りしめた鉄扇に魔力と願いを込める。この状況を打破できる力を。障害を吹き飛ばす風を!







 右手の鉄扇から風が吹き始めた。それはそよ風から、強風、そして暴風となり、遂には爆風となる!


 吹き飛べ!!


 膝蹴り連発を受ける苦痛の中、必死に繰り出した状況打破の一手。鉄扇の力を借り、爆風を起こして人傀儡を吹き飛ばした。密着した状況だけに爆心点となり、直撃だ。これで拘束から逃れる事ができたと思いきや……。


 首すじをまだ掴まれている! 離れていない! そして気付く。二本のワイヤーの存在に。


「これは!」


 そのワイヤーは人傀儡の腕に繋がっていた。肘から先の無くなった腕に。では、肘から先はどこに有る? 僕は自分の失策を悟る。しまった! 相手は人間じゃない。兵器である人傀儡。武装、兵装が内蔵されていて当然。人間にできない事もできる。だが、気付いた時には遅かった。


 人傀儡は吹き飛ばされた際に、腕を切り離していた。しかもワイヤー付き。距離を離す事はできたが、いまだ、人傀儡に首すじを掴まれている状態だ。そして、人傀儡は戦法を変えてきた。凄い力で僕を振り回し、床、壁、天井と、叩き付けてきた。それも執拗に。







 一体、どれぐらい経ったのか? 正直、全身が痛いを通り越して、痛覚が麻痺している感さえ有る。いわゆる、脳内物質が分泌されているのかな? 身体中、血塗れで、濡れた感触が気持ち悪いな、などと、ズレた感想を抱く自分に笑いそうになる。


 人傀儡は僕がもう動けないと判断したのか、攻撃の手を止める。確かにひどい状態だからね。


 ……だけどね、まだ終わってないんだな、これが。


 死神ヨミに感謝する。本当に優秀な身体を与えてくれた。全身血塗れで、痛いを通り越して、麻痺しているけど、骨折は無さそう。欠損部位も無い。五体満足で動ける。頑丈な身体だ。普通の人間なら、こうはいかなかった。というか、明らかに()()()()()()()、この身体。


 単に優秀という域に収まらない。人間の姿をした何か。だけど、それは今、問題にする事じゃない。今は、いかにして人傀儡に勝つかだ。


 つくづく、今の身体の優秀さに感謝する。魔力の扱い、魔道具の扱いを理屈ではなく、感覚的に理解できた。まだまだ未熟なのは分かっているけど、今、できる事をやる。もう、相手を女性だなんて思わない。あれは傀儡、兵器、物に過ぎない。ナナさんも言っていた。活動不能になるまで破壊しろと。ならば、そうさせてもらう!


「…………やっとコツが掴めてきました……色々とね……」


 渾身の気合いで立ち上がる。すると、人傀儡は再び僕を振り回し、叩き付けようとする。させない! まずは厄介なワイヤーを切る。風よ、刃となってワイヤーを切れ! この手の攻撃はアニメ、漫画とかでよく見たから、イメージしやすい。イメージ通りの風の刃が発生し、ワイヤーを切る。よし、これで今度こそ、拘束から逃れられた。


 ワイヤーが切れると共に、首すじを掴んでいた両手から力が抜け、床に落ちる。念の為、向こうに蹴飛ばす。急に掴まれたりしたら困る。これで、拘束から逃れると同時に、人傀儡の両腕を奪った。でも油断はしない。何をしてくるか分からない。すると、人傀儡は両腕の断面から銀色の液体金属らしき物を出す。それは失った両腕を作り出した。……再生能力か。自律兵器だけはあるな。







 拘束を逃れた僕と、両腕を再生させた人傀儡。決着を付けないといけない。手加減なんかしない。完全破壊してやる。


「傀儡であるなら容赦しません。活動不能になるまで破壊します」


 イメージするのは竜巻、そしてミキサー。人傀儡を取り囲む形で風が吹き、たちどころに小規模の竜巻となる。……さすがにキツい! 消耗が激しい上、制御が難しい。気を抜いたら、すぐに消えてしまうだろう。その前に終わらせる。竜巻をより細く絞っていき、それと共に回転速度も上がる。このままバラバラに破壊してやる。


 だが、その時。吹きすさぶ風の音に紛れて聞こえた声。


『マギブレイカー発動』


 背筋が凍る感じ。反射的にその場を飛び退いた。直後、竜巻が霧散し、それまでいた場所にひび割れが走る。それは一直線に、その先の床、壁、天井にまで至る。何が起きた?!


 その答えはすぐに分かった。人傀儡の両腕。さっきまで銀色だったのが、黒に変わっていた。更に、さっき聞こえた声。『マギブレイカー』。言葉の意味から考えると、魔力破壊、消去って事か。これは厄介だ。


 僕は格闘戦においては素人。対する人傀儡は元、軍人。戦闘のプロ。格闘戦に持ち込まれたら、僕に勝ち目は無い。勝算が有るとすれば、魔力戦に持ち込む事。しかし、人傀儡が魔力を消去する能力を持っている以上、一気に不利になった。でも諦める訳にはいかない。何せ、ナナさんは『無能は死ね』がモットー。結果を出し続けなれば、切り捨てられる。ナナさんはあくまで『魔女』。正義の味方じゃない。


 …………格闘戦は素人だけど、僕には御津池神楽が有る。神楽に偽装した武術が。三歳から始めて、現在、十六歳。十三年間、磨き続けてきた。僕が今、頼れる武器はこれだけ……いや、もう一つ有るな。右手の銀色に輝く鉄扇。風の力を宿す魔扇が。この二つで人傀儡を討つ。


 ナナさんは缶ビール片手に何も言わず、ただ見守っている……。何を考えているのかな?







 黒い両腕の人傀儡と、銀色の鉄扇を手にする僕。相変わらずの無表情で考えは読めないけど、先程、僕に両腕のワイヤーを切られた事を警戒してか、仕掛けてこない。ならば、こちらから仕掛ける。まずはこれだ。鉄扇を振るい、六つの風の刃を放つ。


 ボボボボボボッ!!


 すると、目にも止まらない速さの拳で全て迎撃された。見えない風の刃を落とすか。……飛び道具系は駄目っぽい。となれば、接近戦しかない訳だけど、不利だね。


 その一方で分かった事が有る。先程の風の刃を迎撃したのは拳。それ以外は使っていない。黒く変色した腕のみ、魔力消去の力が有るみたいだ。……手加減されているね。ナナさんの指示だろうけど。


 間違いなく、人傀儡は僕を殺さないようにナナさんに命じられている。逆に言えば、僕が死ななければ良いと。だから、ああも痛め付けてきた訳だ。


 向こうは疲労も痛みも無い傀儡。長期戦は不利。短期決戦しかない。どうにかして、的の大きい胴体に致命の一撃を打ち込む。しかし、どうやって? 僕には実戦経験は無い。戦いの駆け引きなんて分からない。







 だから何?







 それでもやらなければいけないんだ。みぞおちへの膝蹴り連発を受けた事、ワイヤーで振り回されて叩き付けられた事のダメージは有るが、それでも無理やりに呼吸を整える。はっきり言って隙だらけ。にもかかわらず、何もしてこない人傀儡。無表情に僕を見つめている。


 …………こんな時にこんな事を言うのもなんだけど、綺麗な女性だな。生前はどんな人だったのかな? なぜ、軍人に? ナナさんの元にスパイとして潜入するなんて、相当な実力者だったに違いない。でなければ、ナナさんがわざわざ人傀儡にする訳ない。殺して処分で終わり。


「ハルカ、集中しな。まぁ、気持ちは分からないでもないけどね。美人だもんね。そうだねぇ。後で、この人傀儡をあんたにやるよ。あんた用に調整してね。命じれば何でもするよ。裸を見せてと言ったら見せてくれるし、何なら、夜伽の相手もしてくれるよ。遠慮はいらないよ。所詮、傀儡だからね」


 ……不純な考えをナナさんに見抜かれた。恥ずかしい。でも、僕は身体は女になったものの、性自認は男。やっぱり、綺麗な女性には惹かれる。ちなみに僕の好みのタイプは歳上の女性。……一番は母さん。


「…………マザコン」


「僕の考えを読まないでくれます?!」


 呆れ顔のナナさん。放っといてください! 僕は母さんが一番の好みのタイプなんです! 理知的な美人で、仕事ができて、優しくて、甘えさせてくれて……。


「………………引くわ〜〜」


「だから、読まないでくれます?!」


「……弟子がマザコンなんて恥ずかしいんだけど」


「大きなお世話です!」


 ナナさんに僕の好みを知られた。すみませんね! マザコンで! ともあれ、集中、集中。……人傀儡をもらったら、何をしようかな?


「とりあえず、赤ちゃんプレイはやめな。恥ずかしいから」


 もう、言い返すのはやめた。







 ナナさんとの言い合いの最中も何もしなかった人傀儡。恥ずかしい思いはしたけど、おかげで回復の時間は稼げた。呼吸も整い、戦う準備ができた。では、改めて御津池神楽の基本から。とにかく雑念は捨てる。集中、集中。


「人傀儡だけどね。良いおっぱいしてるよ。存分に吸わせてもらいな」


「本当に邪魔しないでくれます?!」


「おっぱい好きマザコンが。十六にもなって、まだ乳離れできてないなんてね〜。ママ大好き〜」


 気のせいかな? 人傀儡にまで呆れた目で見られている気が……。


『マザコン』


 今、喋った! 今、絶対、人傀儡が喋った! 人傀儡にまで呆れられるなんて……。泣きたい気分だけど、我慢。とにかく、雑念は捨てて、集中!


 御津池神楽の基本にして、極意。『明鏡流水』


『明鏡止水』じゃない。


『雑念を捨てよ、水となれ。水は無形にして、千変万化なり。時には鏡の如く。時には激流の如く。その極意を掴んだならば、もはや、いかなる事態も恐れるに足らず』


 天之川家に御津池神楽と共に代々、伝えられてきた言葉。まだまだその極意には至らないものの、努力はする。


 僕の御津池神楽は少なくとも、まだ実戦で使えるレベルじゃない。魔道具の補助を得て発動する風もまだまだ未熟。


 ならば、合わせれば良い。ついでに言えば、僕は勝つ為なら、手段は選ばないからね。特に今回みたいな場合。







 まずは、現状分析。敵は人傀儡。見た目は若い女性ながら、実態は、様々な武装、兵装を内蔵した人型自律兵器。感情、痛覚、疲労は無いと見た。後、黒く変色した腕で触れる事で魔力を消去できる。


 つまり、煽りといった精神攻撃は効かないし、痛みで怯まないし、疲労で動きが鈍る事も無い。


 後、組み付いての攻撃も危ないな。下手に密着したら、どんな武装、兵装で反撃されるか。…………やっぱり、()()()だと苦しいな。せめて水を使えたら……。水ならば、もっと有利に……。


「ハルカ。私は今回は魔道具の扱いを鍛える修行だと言ったはず。余計な事をするんじゃないよ。私の指示に従えないなら、そんな奴はいらない。即座に追い出す」


「……すみません。でも、一々、考えている事を読んで指摘するのはやめてくれませんか?」


「うるさいね。これも修行だよ。心を読まれないようにしな。やり方は考えろ」


 また、考えている事を読まれた。気分は良くないけど、言われた事は正論。実戦形式ではあるが、あくまで修行。指定された条件に従わなくてはならない。何らかの理由で水を使えない。もしくは水が効かない場合も有る。……後、心を読まれない方法も考えよう。







 さて、本題に戻る。現在、人傀儡と接近戦の真っ最中。飛び道具系は全て迎撃される。一撃必殺の大技はまだ撃てない以上、接近戦でチャンスを伺い、渾身の一撃を叩き込むしかないと判断。一応、どんな攻撃かは決めている。できるかどうかは分からないけど、やる価値は有ると思う。


 お互いに打撃戦の応酬。向こうは拳。こっちは鉄扇。液体金属製の腕の敵相手に素手で対抗する気は無い。しかし、本当に不思議な感覚。繰り返すけど、僕は誰かと戦った経験は無い。なのに、戦える。身体が戦い方を教えてくれる。


 しかし、問題も有る。幾らやり方が分かっても、それを実行できるかは別問題。身体が教えてくれるは良いけど、肝心の僕がそれを実行できない。基本的な事はともかく、発展、応用はまだ無理。


 そもそも、今のこの身体は何なんだろう? 死神ヨミは優秀な身体を与えると言っていたけど、優秀過ぎる。下級転生者抹殺の任が有るといえど……。


 どのみち、このままではジリ貧だ。向こうは疲労しないのに対し、こっちは先程の振り回しからの叩き付け攻撃連発で大ダメージを受けている。正直、立っていられるのが不思議。長くはもたない。どうにかして人傀儡の動きを止めて、渾身の一撃を叩き込まないといけないけど、どうすれば……? まさか、『動くな』『止まれ』なんて言えないし。言っても無駄だろうし。


 手足を切断しても、再生するのは既に分かっている。仮に風で手足を拘束できたとしても、魔力消去で消されそう。


 どうすれば、人傀儡の動きを止められる?







 待てよ? 逆の発想をするんだ! 人傀儡の動きを止めようとするんじゃない。()()()()()()()()()()()()()()()()


 正に天啓。ただし、これは修行だから。()()()()()()()()()()という条件を人傀儡が受けているからこそ、使える手段。実戦では使えない。もし使ったら、ただの馬鹿だ。


 この思考を巡らせている間も、人傀儡との拳と鉄扇の応酬は続けていた。……戦いながら考え事をする。並列思考。生前からできたけど、今の身体になってからは、更に冴えるようになった。ともあれ、やろう! 体力、魔力から考えても、やり直しは利かない。一回で決める!







 ナナside


「ふむ。何か仕掛ける気か」


 どうやら、何か思い付いたらしいハルカ。何をする気だろうね?


 人傀儡との実戦形式の修行は一進一退。まずは先制の膝蹴りからの人傀儡の猛攻。


 そこへハルカの反撃。爆風で人傀儡を吹き飛ばす。


 しかし、人傀儡はハルカの首すじを掴んだ状態でワイヤー付きの両腕を切り離していた。その状態でハルカを振り回し、あちこちに叩き付けた。


 正直、これで終わりかと思いきや、ハルカは立ち上がった。全身血塗れながら、まだ目が死んでいない。あれは諦めない目だ。……ああいう目をしている奴は厄介なんだ。とにかくしつこい、しぶとい。


 そこからがまた、凄い。ハルカは鉄扇を手に、人傀儡と正面切っての打撃戦に突入しやがった。なんて無茶を! 確か、まともに戦った経験は無いはず。


 しかし、ハルカは人傀儡相手に退かない。畳んだ鉄扇で殴ったり、突いたり、開いた鉄扇で人傀儡の打撃を受け流したり。急激に上達している。さすがにノーダメージではなく、幾つかヒットをもらうが、それでも倒れない。


 そんな中、仕掛けようとしている訳だ。振り回し攻撃のダメージが有る上、相手は疲労も痛みも無い人傀儡。早めに終わらせないと負けるからね。


 風が吹き始めたよ。さぁ、何をする気だい?







 ハルカside


 残された力は少ない。この一手に全てを賭ける。右手に握りしめた鉄扇に魔力を注ぐ。今回、最大出力! 魔力を注がれた鉄扇が応え、風が巻き起こる。荒れ狂う暴風が。その暴風を制御。幾つかに分ける。一つは右手の鉄扇に。畳んだ状態の鉄扇に暴風を纏わせ、円錐状にして高速回転。風のドリルを生み出す。


 更に二つは両足に。荒れ狂う暴風を溜め込み、いつでも後ろに噴射可能にする。こっちは風のロケットエンジン。


 風のドリルを纏わせた鉄扇を前に突き出し、いわゆるクラウチングスタートの姿勢を取る。御津池神楽、蛇襲突に他の技を合わせる。……読んでて良かった、ダ○まち。るろうに○心。後、見てて良かった、グ○ンラガン。複数作品のパクり技を受けてみろ!


 人傀儡も僕が何をしようとしているのか分かったらしい。動きを見せる。


「行けぇーーーーーーっ!!!!」


 クラウチングスタートの姿勢から、両足の暴風を解放。風のロケット噴射の勢いに乗り、風のドリルを纏わせた右手の鉄扇を突き出しての全速力の突撃。たとえ人傀儡だろうが、バラバラに破壊してやる!


 対する人傀儡はその場に踏ん張り、両腕を前に突き出し、受け止める構え。


 良かった良かった。()()()()。第一の賭けに勝った。


 暴風のロケット噴射の加速と高速回転する風のドリルによる突撃。対するや、それを受け止めんとする人傀儡。


 一瞬で間合いを詰め、風のドリルと人傀儡の液体金属製の両腕が激突する。


 ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ!!!!!!!!


 耳障りな甲高い金属音が響き渡る!! ……はっきり言ってうるさい。しかし、風のドリルは消えない。よし、第二の賭けも勝ち。人傀儡の魔力消去は強制的に魔力を消す能力じゃない。強い魔力はすぐには消せないんだ。


「うるさいよ! この馬鹿!」


 ただ、ナナさんにもうるさいと叱られる。すみませんね!


 ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ!!!!


 風のドリルによる突撃で人傀儡を貫かんとする僕。それを受け止めんとする人傀儡。僕の突撃を受けた人傀儡はそれを受け止めたものの、そのまま後ろに押されていく。床に人傀儡の足による二本の線ができ、摩擦による焦げ臭い匂いが漂う。そして壁まで押しやられる。


 お互いに譲らない。


『絶対に壊す!!』


『絶対に止める!!』


 お互いに言葉は無い。そんな余裕は無い。だけど、お互いの気持ちというか、考えというかは、分かった。お互いに絶対に譲れないんだ。


 しかし、いつまでもは続かない。


 ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ!!


 ガリガリガリガリガリガリガリ!


 ガリガリガリガリ


 ガリガリ……


 遂に風のドリルが消えた。魔力切れ。我慢比べは人傀儡に軍配が上がった。もはや、新しいドリルを生み出す魔力は残っていない。人傀儡は僕の意識を刈り取らんと、右手を振り上げる。


 待っていたよ! この時を!


 ()()に圧縮した状態で隠していた風。それを人差し指と中指の指剣に纏わせ円錐状にして高速回転。圧縮式、風のドリル! 勝利を確信し、隙だらけ。しかも、壁際まで押しやられた人傀儡の腹に向けて渾身の力を込めた最後の一撃を打ち込む。


 高速回転する小さな風のドリルは、たやすく人傀儡の胴体に突き刺さる。しかも圧縮空気製のそれは、人傀儡の胴体内で一気に解放され、暴威を発揮。


 ドパァァァァァァァン!!!!


 人傀儡は木っ端微塵に爆発した。やった! でも爆心点にいた僕もただでは済まない。爆風に吹き飛ばされる。あ、しまった。当たり前だよね。相手に密着した状態で爆発を起こしたら。


 やはり、血を失い過ぎて、頭が回らなかった。とんだヘマを……。吹き飛ばされる中、やっちゃったなと思う。そして意識が遠のいていった……。







「…………やっと起きたかい、この馬鹿弟子。無茶しやがって」


 気がついたら、僕の部屋でベッドに寝かされていた。そして、ナナさん。見回してみれば、全身の傷は完治。どこも痛くない。ナナさんが治してくれたのか。まずは迷惑を掛けた事への謝罪と、治してもらった事への感謝を言わなきゃ。


「すみません。それと、治療ありがとうございます」


 深々と頭を下げ、謝罪と感謝。礼儀は大事。礼儀は社会の潤滑油。


「別に大した事じゃないさ。それにしても、だ…………この馬鹿がっ!!!! 無茶苦茶するんじゃないよっ!!!! 一度死んだくせに、また死ぬ気かい?! 反省しな! 反省っ!!」


「すみません!! 本当にすみません!!!!」


 迷惑を掛けた事、治療をしてもらった事は別に大した事じゃないと言われたものの、無茶をした事については凄く叱られた。平身低頭、ひたすら謝る。







「ふん。まぁ、今後は気をつけな。ともあれ、よく勝ったね。そこは褒めてやるよ。しかしだ。人傀儡に勝つ為とはいえ、よく、あんな無茶をしたね。あれだけの威力の突撃だ。下手すりゃ死んでたよ」


 ひたすら平身低頭で謝罪しまくった末に、どうにか許してもらえた。その上で、改めて無茶をした事に触れられる。そろそろ答え合わせの時間かな。


「その質問に答える前に、僕からも質問する事、お許し願います」


「……まぁ、良いさ。何を聞きたい?」


「あの人傀儡、僕を殺さない、死なせない指示を受けていましたね。戦っている内に分かりました。殺す気なら、もっと殺傷力に優れた攻撃をしているはず。違いますか?」


「察しが良いね。そうだよ。あの人傀儡にはあんたを殺すなと指示しておいた。……ふん、だからこそか」


 さすがはナナさん、すぐに分かった。


「お察しの通りです。あの人傀儡は僕を殺せない。死なせられない。そこを突きました。あれだけの強敵、半端な攻撃では倒せませんし、当たらなければ意味が有りません。どうやって人傀儡の動きを止めて致命の一撃を当てるか考えた結果があれです。動きを止めるのではなく、止まらざるを得ないようにしました」


「あれだけの威力の突撃。外せばあんたはただじゃ済まない。あんたを死なせる訳にはいかない人傀儡としては、避ける選択肢は無い。受け止めるしかなかった。突撃で倒せれば良し。倒せなくても、左手に隠した圧縮空気製のドリルを打ち込む。その為に人傀儡を壁際まで押し込んだ訳だ。逃さず、当てる為に」


「はい、その通りです。ただ、最後の最後でしくじりました。反省しています」


「全くだよ、この馬鹿! 幾ら敵を倒しても、自分も死んだら意味無い。生きて帰ってこその勝利だよ。本当に反省しな!」


 今回の答え合わせ。全ては人傀儡が僕を殺せない。死なせられない事を利用しての勝利。しかし、反省点も多い。ナナさんの言う通り、幾ら敵を倒しても、自分も死んだら意味無い。生きて帰ってこその勝利。







「とりあえず、今日はもう遅い。寝ている間に栄養点滴を打っておいたから、後は風呂に入ってさっさと寝な。人傀儡との戦いで相当消耗しているはずだからね。じゃ、解散」


 今日はここまで。始めての実戦形式。大変だったけれど、得るものも大きかった。もう、お風呂に入ってから寝るか……っと、その前に。やる事が有る。


「ナナさん、お願いが有ります」


「何だい?」


「今日戦った人傀儡を出してください。回収しているでしょう?」


 今日戦った相手の人傀儡。それを出してほしいとナナさんに頼む。怪訝な顔をするナナさん。


「……そりゃまぁ、回収はしているし、あんたにやるとは言ったけど……。あんたの攻撃のせいでバラバラになっちまったからねぇ。あんたの好きなママのおっぱいチューチューはできないよ?」


「余計なお世話です!! それに、そんな事の為に出してほしい訳じゃありません!! とにかく出してください!!」


「……本当の事を言っただけじゃないか。乳離れできないマザコンがキレるんじゃないよ……」


 余計な事を言うものの、ナナさんは人傀儡を出してくれた。確かにバラバラの状態だ。傀儡だけに、血は流れていない。そして首は、ほぼ、無傷で有った。……やっぱり綺麗な女性だな。……って、本題はそこじゃない。ナナさんに質問。


「ナナさん、人傀儡の動力源は何ですか?」


「……なぜ、そんな事を聞く?」


 何か気まずそうなナナさん。しかし、構わず続ける。


「気になるので。もう一度聞きますけど、人傀儡の動力源は何ですか?」


 するとナナさんは、ため息一つつくと、教えてくれた。


「素体となった人間の魂さ。魂を『核』に封じ、組み込んで人傀儡の動力源とするのさ。ぶっちゃけ、核さえ無事なら、身体は新しく作れば良いからね。しかし、私からももう一度聞くけど、なぜ、そんな事を聞く? 別にあんたがどうこう言う話じゃあるまい」


 ナナさん曰く、人傀儡の動力源は素体となった人間の魂。核に魂を封じてそれを組み込み、人傀儡の動力源とする。核さえ無事なら、身体は新しく作れば良いとの事。その上で、なぜ、そんな事を聞くのか? と問われた。だから、答える。


「人傀儡の中から『熱』を感じました。それも心臓の辺りではなく、頭から。後、純粋に好奇心ですね。人傀儡の動力源は何か? と。で、魂と分かった事で、一つ分かった事が有ります。多分、僕は魂を熱で感じ取れます。こうしている今も、感じます。ナナさん、人傀儡。少し離れてエーミーヤさんでしょうね」


 するとナナさんは厳しい顔をする。


「ハルカ、その力、止められるかい? そういう探知系能力は発動中は常に魔力を食うからね」


「分かりました。やってみます」


 ナナさんに言われ、魂探知能力を切る事をイメージ。すると、無事に切れた。試しにもう一度、発動をイメージするとできた。その後、しばらくオンオフを切り替え、きちんと制御できる事を確認。


「全く、大したもんだよ。予想外の能力を身に付けるとはね」


「ありがとうございます」


 ナナさんは呆れ半分、称賛半分といった感じ。さて、本題と。


「ナナさん、この人傀儡、僕にくれると言いましたよね。今すぐ、ください。したい事が有るので」


「欲しけりゃやるけど……さっきも言ったけど、バラバラだよ? 使いものにならないけど? あんたマザコンだけど、猟奇的な趣味じゃないだろ?」


「マザコンは余計です!! 僕は彼女の魂を解放してあげたいんです。いい加減、解放してあげても良いでしょう? この人は軍人。殺人を犯しているかもしれません。しかし、魂の熱を感じての直感ですが、この人はゲスではないと。ならば、解放してあげたいんです」


「……好きにしな」


「ありがとうございます」


 ナナさんは渋々という感じながらも許可をくれた。







 人傀儡の動力源にされた魂の解放。言うのは簡単ながら、どうやれば良いのか?


「ナナさん。人傀儡の動力源の魂の解放ってどうやるんですか? 核を壊せば良いんですか?」


「そうだよ。核を壊せば中に封じられた魂は解放される。核は頭の中に有る。さっさと出して壊しな。……ったく、甘いねぇ」


 やっぱり、渋々といった態度のナナさんながら、きちんと教えてくれた。ナナさんに借りたナイフで、慎重に人傀儡の頭を切り開くと、脳の代わりに鎮座する赤いビー玉みたいな物を見つけた。これが核か。


「それが核だよ」


 ナナさんもそれが核と言う。そっと取り出し、鉄扇で叩き割る。すると、光の玉が現れ、そのまま天へと昇っていった。……別に礼は言われなかった。


「終わったね。じゃ、今度こそ、さっさと風呂に入って寝な。明日の予定だけどね。あんたも最低限の自衛はできる域だから、挨拶回りに行くよ。早めに顔合わせを済ませておきたいからね。ついでに、この世界を直に知る意味も有る。まずは冒険者ギルドだね。きちんと出掛ける支度をしておくんだよ? 良いね?」


「はい、分かりました」


 明日は挨拶回りか。異世界に転生してから、ずっとこのお屋敷の中にいたけど、遂に外の世界に出る。果たして、何が有るのかな? 何が待っているのかな? ……良くも悪くも、未知に満ちている。







 ナナside


「全く、天才ってのは怖いね。恐ろしい早さで成長しやがる。魂の熱を感じる能力か……」


 私はハルカが風呂に向かったのを見送ってから、物思いに耽っていた。ハルカの魂の熱を感じる能力。あれは『蛇』の能力だね。熱を感じるピット器官。それの魂版か。まだ、そんなに範囲は広くないし、精度もまだまだだけど、磨き上げたら、役に立つ。


「この分だと、更に『蛇』の能力を身に付けそうだね。あの子の家。天之川家は間違いなく『蛇』の血を引いている。いずれ、折を見て聞いてみるかね」


 ハルカは単に、上位転生者なだけではなさそうだ。明らかに人外の血を引いている。天之川家の過去に一体、何が有ったんだろうね?



人傀儡との実戦形式修行、後編。


痛みも疲労も無い自律兵器の人傀儡に苦戦するハルカ。しかし、その中で、自身の明らかに人間を上回る耐久力に、今の自分の身体が人間ではないと悟る。


更に、人傀儡が自分を殺せない、死なせられないと悟り、一計を案ずる。


その一方で茶々を入れるナナさん。ハルカがマザコンである事。いまだに乳離れできていない事を指摘しては、ハルカをおちょくる。しかし、これも修行の一環。心を読ませない。


最終的に、ハルカの風のドリル突撃二段構えの前に人傀儡は破壊され、ハルカの勝利で決着。


その後のナナさんとのやり取りで、ハルカは魂の熱を感じ取れるようになったと。その力で人傀儡の動力源が人の魂と悟り、その魂を解放。


そしてナナさんから、明日の予定。ハルカが最低限の自衛ができるようになった事で、挨拶回りに行く事に。異世界転生してから、初めて外の世界に出るハルカ。果たして、外の世界には何が待っているのか?







一方で、ハルカの家。天之川家の過去に関心を持つナナさん。ナナさん曰く、ハルカは『蛇』の能力を身に付けている。魂の熱を感じる能力は、蛇の熱を感じるピット器官の能力の魂版だと。


そして、天之川家は過去に人外の血を引いていると。いずれ、折を見てハルカに聞くつもり。




では、また次回。





ハルカ、いい加減、乳離れはしよう。十六歳にもなって、ママのおっぱいチューチューは恥ずかしいから。



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