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第12話 ハルカ、魔道具修行 実践編

 ナナside


「さ、午後の部。魔道具の扱い、実践を始めるよ」


「はい。よろしくお願いします」


 昼飯を食って、食後の休憩を挟んで、午後の部開始。場所は地下一階のトレーニングルーム。今回は実際に魔道具を使う修行だ。こういう事は実践有るのみ。理論理屈ではなく、身体で覚える。


「鉄扇は持ってるね?」


「はい」


 ハルカは転生する際に、死神ヨミから魔道具を与えられた。風の魔力を宿す鉄扇。厳密には鉄扇じゃなくてミスリル扇だけど。


 死神ヨミから与えられただけに、中々の品。さすがに第一級とまではいかないが、第二級よりは上。両者の間ぐらいかね。素人に与える様な品ではないけど、ハルカの才能、将来性込みで与えたんだろうと思う。


 私としても助かる。わざわざハルカに合う魔道具を探す手間が省ける。


 さて、先だって、ハルカの各属性に対する適性を調べた。


 適性は大きく分けて、七段階。上から、


 EX、S、A、B、C、D、E


 ちなみにハルカは水が最高。適性EX。水神様を祀る神官の家系と言っていたからね。納得の内容。


 次点で闇。適性S


 続いて地、風。適性A


 その一方で、火、光とは相性が悪い。適性D


 一番低い、適性Dの火、光だけど、努力次第で何とかなる。相性最悪のEだったら、お手上げだったけど。







「午後の部は実際に魔道具を使い、扱いを学ぶ。午前の部で話したけど、恒久式魔道具は使用に辺り、使い手の魔力を消費する。それに耐えうるだけの魔力、体力。そして、魔道具の力をきちんと制御し、使いこなせる技量。これらが必須。逆にこれらができないと、死ぬ。にもかかわらず、死ぬ馬鹿は後を絶たない」


「馬鹿が死ぬのは良い事です。むしろ、ちゃんとしないと死ぬという教訓になりますし」


「まぁね」


 ……ハルカは基本的に礼儀正しく、真面目で温厚な性格だけど、その一方で、馬鹿、無能に対しては非常に苛烈、冷酷な一面を見せるね。


 だからといって、否定はしない。むしろ好ましい。ハルカは博愛と非情、両方をきちんと使い分けできている。普段は博愛。敵、馬鹿、無能には非情。それで良い。二面性? それの何が悪い? きちんと使い分けできているなら良し。そもそも、人は基本的に複数の面を使い分けているものだからね。







 さて、実践を始めるかね。思考を切り替え、ハルカの指導に移る。


「あんたは既に魔道具を持っているからね。そいつを使っての実践だ。使い方だけど、鉄扇に魔力を注ぐイメージで。ただし、慎重にね。いきなり魔力を注ぐと最悪、暴走する」


「分かりました」


 我ながら、なんとも抽象的な指示だとは思う。しかし、ハルカは文句一つ言わず従う。ハルカは既に自分なりに魔力の何たるかを掴んでいる。その扱いも。全く、恐ろしい才能だよ。


 普通は数年掛けて、ようやっと魔力を感じ取り、更に数年掛けて、魔力の扱いを会得するもんだが、ハルカは既に魔力を感じ取り、扱う域に達している。これが数日前まで魔道とは全く無縁に生きてきた子かい? 正に天才だよ。


 さて、魔力の感じ取り方は人それぞれ、十人十色。ハルカの場合、水の流れの様に感じたらしい。ちなみに私は魔力が『見える』。で、今、現在はハルカが鉄扇に注いでいる魔力が見えている。


 ……本当に恐ろしい才能だね。あそこまで完璧に魔力を制御できるとは。


 ハルカの右手から『蛇』の形をした魔力が鉄扇へと流れ込む。そこに一切の揺らぎは無い。教科書に手本として載せられるレベルの見事な魔力制御。


 通常、魔力を扱える様になっても、最初の頃は魔力の形が定まらない。不定形のモヤみたいにしかならない。制御が不完全だからだ。そこから数年掛けて、制御を身に付け、ようやっと魔力に『形』を持たせられる。魔力の扱いとはそれ程までに難しい。


 逆説的に、その事がハルカの才能の破格ぶりを示している。ちなみにハルカの魔力を扱う才能は、純粋に持って生まれた才能。転生云々は関係ない。正に魔道の申し子だよ。上位転生者に選ばれるのも納得。……全く死神ヨミめ、とんでもない逸材を送り込んできたもんだ。こりゃ、私も気合いを入れてやらなきゃならないね。師としての面子に関わる。







 ハルカが鉄扇に魔力を注いだ事で、鉄扇が『起動』した。ハルカを中心に風が吹き始める。現状はそよ風か。ふむ。初めてにしては、悪くない。魔道初心者が魔道具を起動させただけでも、大したもの。しかし、ハルカの今後を踏まえ、あえて厳しくいく。


「ハルカ、魔道具の制御が甘い。周囲にそよ風が吹いているだろう? 魔道具から力が漏れている証拠だ。もっと絞れ。力を外に漏らすな。アニメや漫画なんかで、本気を出した際にエネルギーを放出しまくるシーンが有るけど、あれは私から言わせたら、まるで駄目。エネルギーが外に漏れている状態。エネルギーを無駄に浪費している。少なくとも、一流以上はそんな無駄な事はしない」


「分かりました。やってみます」


 魔道初心者に対しては厳しい注文だが、ハルカは素直に従う。すると、そよ風が収まった。……言ったそばからやるかね。これだから天才って奴は。本当に私の所に送り込まれてきて良かったよ。下手にどこかの国に送り込まれていたら、間違いなく、ろくでもない事になっていただろうさ。







「ふむ。魔道具を起動させ、安定した状態を保てる様になったね。第一段階の『起動』。そして、第二段階の『活動』をクリアした訳だ。それじゃ、魔道具の力を引き出し、使う第三段階。『発動』だ。こいつは起動、活動とは格段に難易度が高い。下手すると魔道具が暴走する。魔道具使用時における死因ランキング上位なんだ。より繊細、緻密な魔力制御が求められる。という訳で、あんたにやってもらう事はこれだ」


 魔道具の扱いにおける段階の内、第一の起動。第二の活動はクリアしたハルカ。ここからが本番。第三の発動。その為の課題をハルカに与える。取り出したのは二つのバケツ。片方には幼児用の柔らかいゴムボールがぎっしり。もう片方は空。その二つのバケツをそれぞれ離れた位置に置く。その間の距離、約二メートル。


「このバケツに入っているボールを、もう片方の空のバケツに、一つずつ風で運んで移すんだ。全部移せたら終了」


「分かりました」


 魔力の制御と操作の修行だ。ただし、もう一捻り加えさせてもらうけど。私は実戦で使い物にならない奴なんかいらないんでね。


「ただし、私が色々邪魔するからね。ボールを途中で落としたり、バケツに入らなかったら、一からやり直し」


「……実戦を想定した内容ですか」


「察しが良いねぇ。その通りさ。実戦の最中にあんたが魔力を使うからって、敵がわざわざ待ってくれる訳ないからね。むしろ、徹底的に妨害、邪魔してくる。それが普通。それでも魔力を扱える様になる修行でもあるのさ。それじゃ、始めるよ」


 私はハルカに、今回のボール運びの修行において邪魔をする事を告げた。実戦を想定した内容だ。敵の各種妨害をくぐり抜けて魔力を行使する。ハルカもその事をすぐに察し、文句一つ言わない辺り、よく分かっている。


 繰り返すけど、私は実戦で使い物にならない奴なんかいらない。その点、ハルカはよく分かっているから、ありがたい。……平和な国で生まれ育ったはずなんだけどね。単なる良い子ではない。


『蛇』か。







『一つ予言をくれてやるよ。この婆の唯一の取り柄さ。遠い未来、あんたの前に『蛇』が現れる。白銀に輝く小蛇さ。その小蛇はあんたの人生を大きく左右する事になる。どうなるかは分からないがね。ヒヒヒヒヒ!』







 遠い昔、とあるババァに言われた言葉を思い出す。


「……私の人生を左右する事になる、か。ま、どうなるかは分からないけどね」


 ともあれ、今は弟子の育成だ。風でボールを運ぼうとしているハルカの妨害をする。まずはこれだ。ハルカに向かってボールを次々と投げる。


「ほら、上手く避けな! 良いかい? ()()()んだよ。防ぐな。昔、『全てをパリィする』なんて抜かしていた馬鹿(下級転生者)がいてね。あっさり死んだよ。自分の能力を過信したせいでね。世の中には、触れただけで死ぬヤバいのが有るのにさ」


「為になる話、ありがとうございます!」


 私の投げるボールを避けつつ、風でボールを運び、しかも私に返事をするという、三つの動作を同時にやってのける器用なハルカ。しかし……まだまだ甘いね。


「ハルカ。私があんたしか狙わないと、いつ言った?」


「あっ!」


 天才とはいえ、やはりまだまだ甘い。ハルカが風で運んでいるボールを狙ってボールを投げ、撃ち落とす。慎重に魔力制御をしているだけに移動速度は遅いから、簡単に撃ち落とせる。そしてボールを落とした以上、最初からやり直し。


「はい、最初からやり直し」


「…………分かりました!」


 さすがにこれは腹が立ったらしいハルカ。それでも文句は言わず、指示に従う。そうだ。それで良い。この世は理不尽、不条理に満ちている。この程度、ぬるいぬるい。







 風でボールを運ぶハルカ対、妨害する私。はっきり言って、私が一方的に有利な状況。何せ私は一切の縛りが無いのに対し、ハルカはボールを落としては駄目。ボールがバケツに入らなくても駄目。非常に不利だ。事実、何度も最初からやり直す羽目に。しかし、それでもハルカはめげない。せっせと風でボールを運ぶ。……次の段階に行くか。


「ハルカ。せっかくだから、少し昔話をしてやるよ。馬鹿の末路さ」


 次の妨害は、話し掛けて集中を乱す。とはいえ、全くの無駄話じゃない。過去に死んだ、下級転生者を始めとする馬鹿共の話だ。反面教師として最適だからね。


「……まぁ、聞きますけど」


 ボール運びをしながら、返事をするハルカ。無視はしない辺り、律儀な性格だね。







「さて、どれから話すかね? 色々有るからねぇ。……そうだ! あの話にするか」


 色々有って迷ったが、話す内容を決める。実に不快、不愉快極まりない事件だったからね……。非常に印象に残っている。悪い意味でね!!


「三百年程、昔、よその世界での話。地方領主の娘として転生した下級転生者がいてね。こいつが盛大にやらかして、破滅した。本当に盛大にやらかしたよ。……抑止力が四人も来る程にね!!」


 通常、抑止力は一人しか来ない。なぜなら、抑止力は圧倒的に強いからね。一人いれば十分。


 ……逆に言えば、この時の一件は、抑止力四人が来る程の大事件だった訳だよ。本当にヤバかったからね。つくづく下級転生者の害悪ぶりを示す事件だったよ。あ〜、思い出したら腹立ってきた! 私もこの一件でえらい目に遭ったからね!


「……抑止力が四人も来るなんて、何をやらかしたんですか? その馬鹿」


 風でボールを運びつつ、続きを求めるハルカ。ちなみに、この間もハルカへの妨害のボール投げは続けている。それを避けつつ、ボールを運び、会話ができる。ハルカは『並列思考』ができるみたいだね。優れた才能だ。無能にはできない。ま、それはそれとして、続きを話すかね。


「下級転生者の定番。チートで改革。それでやらかしたのさ。そいつは植物を改造できる異能持ちでね。こう考えたのさ。『作物を品種改良して、農業改革をする』ってね。……馬鹿が」


「……もう、オチが見えましたが……」


「察しが良いねぇ。馬鹿と違って」


 植物を改造できる異能を使い、作物を品種改良して農業改革をすると言い出した馬鹿令嬢。実に安直、短絡的。これだから下級転生者は……。


 まぁ、地方領主の娘だけに金と地位と権力は有る。そこへ下級転生者としてのチート能力。これならば上手くいくと考えたんだろうけど、そんなに世の中甘くない。


「ハルカ。あんたはなぜ、魔道修行をしている?」


 ここでハルカに問う。


「……魔力を正しく使いこなせるようになる為です。暴走したりしないように」


「その通り。魔力の行使は一朝一夕で身に付くもんじゃない。だからこそ、修行をする。にもかかわらず、下級転生者達は自分を、自分の異能を過信し、ろくに修行もせず、魔力を行使しまくる。その結果、行き着く先は破滅。それも自分だけで済むならまだしも、周囲を盛大に巻き込む奴が多くてね」


「……先の地方領主の娘に転生した奴、作物の品種改良に失敗して、大惨事になったんですね?」


 ハルカは地方領主の娘に転生した奴のやらかしを言い当てた。オチが見えていたと言っていたしね。


「そうだよ。品種改良に失敗して、制御不能の化け物を生み出してしまった。本来は、荒れ地でも育ち、豊富な実りをもたらす作物になるはずが、三本の根を足代わりにして歩き、凄まじい繁殖力で増え、とにかくしぶとくて枯れない。そして、蔓の変化した触手で手当たり次第に生物を襲い、養分を吸い尽くしては更に進化、増殖する恐ろしい化け物になった。最初の餌食が、生み出した馬鹿令嬢さ。本当に馬鹿だよ」


「……品種改良というより、遺伝子操作ですね。失敗したせいで大変な事に」


「遺伝子操作より上。生命そのものを作り変える能力だった。極めて扱いが難しく、しかも失敗した際のリスクが甚大な危険な能力さ。少なくとも、下級転生者如きが持って良い能力じゃなかった」


 古今東西、生命そのものを弄るのは禁忌とされてきた。難しい上に、失敗した際のリスクが甚大だからだ。


 ……しかし、いつの世にも馬鹿はいる。自分を過信する馬鹿が。しかも、最近は異常に増えている。


 異世界より来たる者。()()()()()


 異世界から来るだけならともかく、どうしようもない気狂いばかり。私も大概ひどい事をしてきたが、こいつらと比べりゃマシ。どいつもこいつもろくな事をしない。災厄をまき散らしては、破滅する。特にこの一件はひどかったからね……。


「で、凄まじい勢いで進化、増殖した化け物植物は生物だけでなく、星のエネルギーさえも食い尽くし、その星は死の星となった。そして餌の無くなった化け物植物は宇宙へと進出、更に幾つもの星を食い尽くし、爆発的な進化、増殖を繰り返し、大惨事に。この事態にさすがにヤバいと抑止力四人が派遣され、最終的に宇宙丸ごと処分する形で幕を閉じた。ここまでの大惨事はそうそう無いよ。ちなみに私も化け物植物に襲われてね。えらい目に遭ったって、そういう事さ」


「……たった一人の馬鹿のせいで……」


「ハルカ。覚えときな。力を持つって事は、同時に相応のリスクも背負うって事さ。諸刃の剣。一つ間違えたら、自身の破滅。だからこそ、修行をするんだ。何せ、現実は非情でね」


 どんなに凄い力を得ようが、クズは所詮、クズ。宝の持ち腐れでしかない。使いこなせず破滅する。逆に使いこなせるのが有能であり、更にその上を行くのが天才さ。……ハルカみたいな。


 何せ、さっきからボールを投げたり、話し掛けたりと邪魔している訳だけど、もう対応してやがる。最初の内はボール運びに失敗していたものの、今では普通に運んでいる。本当に、これだから天才は……。あ、最後の一つを終わらせた。


「終わりました」


「……よくやったね。褒めてやるよ」


 正直、複雑な気持ちだね。もしかしたら、私はとんでもない怪物を育てようとしているのかもしれない。







 さて、ボール運びの修行が終わり、一旦休憩。時間にして三十分程でしかなかったが、慣れない魔力行使をしながら、妨害を避けつつ、ボールを運ぶというのはかなり消耗するからね。ハルカはハチミツと柑橘果汁入りのドリンクを飲んで一息付いている。疲労回復にはこれだよ。


 それにしても、ハルカの才能は凄まじいの一言に尽きる。これが本当に数日前まで魔道と全く無縁に生きてきた者と言っても、普通は信じないだろうね。魔力の扱いってのは、一朝一夕では身に付かないものなんだけど……。ハルカは鉄扇の補助有りとはいえ、既に風を使いこなしつつある。その内、鉄扇無しでも自力でできるようになるだろうさ。教える分には楽だけど。


「大したもんだよ。もう、魔道具をそこまで使いこなしてみせるとはね」


 ハルカは水の玉を複数作り、それを風で浮かせて曲芸飛行をさせていた。遊んでいる訳ではなく、これも修行。早々に休憩を切り上げ、独自に鍛錬を重ねる。繰り返すけど、ハルカはほんの数日前まで、魔道とは全く無縁に生きてきた子だ。それが、ここまで魔力と魔道具を使いこなしてみせるとはね。魔道学園の教師陣が見たら、軒並み卒倒しかねない光景だよ。


 それ程の才能を持ちながらも、調子に乗らないのはさすが。とにかくハルカは努力を惜しまない。何せ、転生する代償として、下級転生者抹殺の任を受けている。さっさとやらないと後が怖い。それと同時に、異能の怖さも分かっている。


 確かに異能は強力無比。下級転生者共が『サイキョー!』 と調子に乗るのも分かる。


 しかし、だ。何事にもリスクは存在する。異能は強力無比だが、その分、負担もまた強力無比。相応の実力が無ければ死ぬ。チート云々と抜かしている馬鹿共は、自分で自分の首を絞めている事が分からない。まぁ、馬鹿だからねぇ。


 馬鹿共が死なないのは、こいつらを転生させた下級神魔が与えた『加護』のおかげ。これが異能を使った際の負担を肩代わりしている。


 ただし、この『加護』。異能を使う程に減る。増える事は無い。つまり、馬鹿共が調子に乗って異能を使いまくれば、それだけ『加護』も早く減る。本当に色々いたねぇ。神様ガチャだの、万能スキルだの、チートスキルでアイテム作成だの、調子に乗った馬鹿共が。しかし、全員死んだ。異能を使いまくったせいで『加護』が尽きてね。


『加護』が尽きると、異能を使いまくったツケが一気に回ってくる。過去、何度も見てきたけど、ありゃ悲惨だね。突然、一気に老化が進行。みるみる内に年老い、痩せ衰え、髪も歯も全て抜け落ち、最終的にミイラ化、それさえ崩れ落ちて塵になる。跡形も無くなる。ま、調子に乗った無能にはお似合いの最期さ。


『うまい話には裏が有る』


 先人のありがたい言葉。もっとも、馬鹿には分からないんだけどね。馬鹿だから。







 ちなみにハルカには『加護』は無いよ。別に死神ヨミがケチった訳じゃないだろう。そもそも必要ないからね。無能のクズを使い物にする為に『加護』は有る。逆に言えば、元から優秀な奴にはいらない訳だ。さて、そろそろ次に行くかね。


「ハルカ、そろそろ次に行くよ」


「分かりました」


 風で水の玉を曲芸飛行させていたハルカだけど、即座に風と水の玉を消す。……魔道具の補助有りとはいえ、ここまで魔力を使いこなすとは。ならば、次の段階にもすぐに移れるだろう。しかし、今は魔道具の扱いを叩き込む。魔道具は魔力の扱いを学ぶ教材でもあるからね。魔道具に慣れてから、本格的な魔力の行使を学ぶ。ハルカは天才だからこそ、指導を間違ってはいけない。


「さて、次はより魔道具の力を引き出し、使いこなす修行だ。こういうのは理屈じゃなくて、身を持って会得する。という訳で、実戦形式でやるよ! 気合い入れな!」


 だからといって、ぬるいやり方はしない。ハルカには悠長にしている暇は無いからね。厳しくいく。……恨まれるのは覚悟の上。でなけりゃ、魔女の師匠なんざやってられるか。私は学校の教師じゃないんでね。


「はい!」


 厳しい内容にもかかわらず、迷わず答えるハルカ。……強い子だ。突然死んで、死神ヨミとの取引に応じ、下級転生者抹殺の任と引き換えに、見知らぬ異世界へと転生。赤の他人の魔女である私に弟子入り。こうして並べ立てると、本当にひどい内容だ。


 だが、ハルカはそれを選択した。血塗られた修羅の道を行くと決めた。ならば、師として、私も応えよう。それが私の務めだ。


 ……ハルカが自由と自分勝手、無責任を履き違えている馬鹿なガキだったら、その場で殺していたけどね。自由ってのは、自己責任とセットなんだ。自由な代わり、誰も助けてくれない、守ってくれない。


 故に人は組織に所属する。束縛と引き換えに、組織の力に守られる。自由が欲しけりゃ、一人で全てを完結させられる力を得るんだね。それができないガキは黙ってな。ともあれ、ハルカの修行だ。







「さっきも言ったけど、実戦形式でやるよ。これは実戦における魔道具の扱いを会得すると同時に、実戦そのものを想定したものだ。ルールは簡単。私が用意した敵を倒せ。今回は初めてだから、一対一のタイマン。ただし、今後は敵を増やしていくからね」


「……戦った事は無いですけど、やります」


 戦った事は無いと言うハルカ。そりゃ、そうだろう。ハルカのいた日本とやらは、七十年以上戦争をしていない国だとか。平和なこった。ハルカ自身も穏やかな性格だからね。そんなハルカに対し、いきなり実戦形式は無茶振りだと私も思う。……普通ならね。しかし、ハルカには御津池神楽が有る。天之川家に代々伝わる、神楽に偽装した武術が。故に基本はできている。ならば、実戦形式で鍛え上げる。何より……敵を討つ事に慣れさせないといけない。幾ら力が有ろうが、敵を討てなければ意味が無い。ハルカが討たねばならない相手である下級転生者は、全て気狂い。話し合いなど全く通じないからね。


「じゃ、やるよ。今回の相手はこいつさ」


 私はハルカの対戦相手を召喚する。それを見て、ハルカが驚く。……まぁ、驚くよねぇ。狙ってやったし。


「ナナさん! ちょっとこれ!」


「今回の対戦相手だよ。何か文句有るかい?」


「それは分かりますが……。これは。いえ、彼女は()()じゃないですか!」


「正確には()人間だねぇ。人間を素体にした魔道具。人傀儡(ヒトクグツ)さ。昔、私が殺した女を素体にして、私が作った。元は某国の少尉とやらでね。私に対するスパイとして送り込まれてきた。それだけに、見た目、実力共に中々に優秀だった。雑魚なら無視したけど、手駒に欲しくなってね。殺して人傀儡にしたのさ。人傀儡の性能は素体の実力に左右されるからね。実際、良い人傀儡になったよ。私のお気に入りの一つさ」


 ハルカの前に召喚した人傀儡。軍の士官服に身を包む若い女。見た目は普通の人間だから、常識人にして良識派のハルカとしては、若く美しい女性に対し暴力を振るう事は抵抗が有るだろう。……人傀儡なんだから遠慮はいらないんだけどね。所詮、()。死体なんぞ、物に過ぎない。ましてや、死体を素体にして作った傀儡。


 しかし、ハルカはそう割り切れないんだろうけど。だが、それでは困る。誰であれ、何であれ、いかなる事情があれ、敵は討たねばならない。これはその為の第一歩。若く美しい女の姿をした敵を討ってみせろ。人傀儡だから、血や内臓とかをぶち撒けないだけまだ優しい方だよ。さすがにハルカにいきなりスプラッタ展開は早いからね。とりあえず、やるか。


「じゃ、始めるよ。『起動(リアクト)』」


 人傀儡を起動させる。それまで突っ立っていただけの人傀儡が戦闘体勢を取る。こいつの生前の戦闘技術に基づく動きだ。本来は毒塗りナイフを使うが、今回は無し。素手だ。もっとも、素手での格闘術も納めてやがるが。そうでなければ軍人なんか務まらない。そして、いまだ戸惑うハルカに告げる。


「ハルカ。殺す気でやれ。こいつは人傀儡。一切の遠慮も容赦も無いよ。当然、説得も無駄だからね。死にたくなけりゃ、こいつを活動不能になるまで破壊しな」


 これは実戦形式の修行であるだけではない。色々な意味が有る。その一つが説得の通じない相手との戦い。繰り返すが、私は学校の教師じゃないんでね。優しくないよ。実戦で使えない奴なんかいらない。無能は死ね。嫌なら、実力を示せ。結果を出せ。


 何より……私は信じている。確信している。ハルカは優しく穏やかな子だが、それだけではない。


 優しく穏やかな面の裏に、苛烈、冷酷な面を隠している。恐るべき毒蛇の面を。







 さて、どうなるか? 私は缶ビールを亜空間から取り出し、行く末を見守る。片や、士官服に身を包む、若く美しい女軍人の人傀儡。対するや、銀髪碧眼のメイドのハルカ。


 人傀儡は素手に対し、ハルカは鉄扇持ち。武器の有無で言えば、ハルカ有利。しかし、ハルカは戦闘初心者。対し、人傀儡は戦闘訓練を積み重ね、実戦経験も有る、元、軍人。


 人傀儡の恐ろしさは、素体の経験、能力がそのまま有る事。ハルカは戦闘のプロである軍人に勝てるかね? 少なくとも、格闘戦に持ち込まれたら不利だね。勝ち目が有るとすれば、魔力の行使だ。魔道具である鉄扇の風を使いこなせれば……。


 ハルカはどうにも攻めあぐねているらしく、困惑顔。対し、人傀儡は全くの無表情。一切の意思、感情の無い傀儡だからね。この辺もハルカに対する試練。表情から考えの読めない敵との対戦を想定している。考えを読ませないのは、戦いの鉄則。で、困惑顔のハルカを尻目に、遂に人傀儡が仕掛けた。意思、感情は無いけど、自律行動はできる。自律行動する兵器。それが人傀儡。生前の記憶と技術に基づき、戦闘開始。


「速い!」


 両者の間には約、二メートル程の間合いが有ったが、人傀儡は即座にそれを詰め、ハルカに肉薄。予備動作の無いその動きと速さに、ハルカが驚くが、そんな事構わずに人傀儡は攻撃する。自律兵器だからね。


 ドボォッ!!


 強烈な膝蹴りがハルカのみぞおちに入る。あれはキツい。痛いより苦しい。まぁ、私が人傀儡にそう命じたからね。


『殺すな。痛め付けろ。苦しめろ』


 これが今回、人傀儡に与えた命令。ハルカには発破を掛ける為に、死にたくなけりゃ、こいつを活動不能になるまで破壊しなと言ったけどね。


 で、人傀儡にした女軍人だけど、生前なら、間違いなく私の命令を拒否していただろうねぇ。任務には忠実ながら、サディストじゃなかったからね。ましてやハルカは軍人じゃなくて、メイドだし。


 しかし、今や彼女は人傀儡。自我の無い戦闘兵器。与えられた命令を忠実に遂行する存在。よく、武器、兵器に自我、意思が有る作品を見るけど、私から言わせれば、武器、兵器に自我、意思など不要。そんな物は余計だ。武器、兵器は使い手の使いたい時に、使いたいように働く。それが全て。勝手に動いたり、肝心な時に逆らったりしては困る。


 人傀儡から強烈な一撃を受けたハルカ。考えてみれば、ハルカがこっちに転生してから初めての痛手か。みぞおちへの一撃はとにかく苦しい。ハルカも例外ではなく、その苦しみに、声すら出ない。


 そして、そんな隙だらけのハルカを見逃す人傀儡じゃない。容赦なく追撃を入れてくる。ハルカの首すじを両手で捕まえ、逃げられないように固定した上で、更にみぞおちへの膝蹴り連発。止まらない暴力。ハルカへの暴力の洗礼だ。さぁ、どうするハルカ? そいつは人傀儡。自我が無いから何を言っても通じないし、疲労も無いから止まらないよ。私は助けない。自力でどうにかするしかない。


「……この……」


 風が吹き始めた。発生源はハルカ。そうだ、それで良い。やられっぱなしの無能なんかいらない。力を見せろ。私の弟子ならば。


 ゴォウッ!!!!


 ハルカを中心にいや、()()()として、爆風が巻き起こる。ハルカと密着していただけに、人傀儡は吹っ飛ばされた。力押しで拘束から抜け出したか。


「ふん、まぁ、悪くないね」


 爆風を軽く払い除ける。爆風で敵を吹っ飛ばし、拘束から逃れる。悪くはない。だが……まだまだ甘い。普通の人間相手なら、吹っ飛ばす事で拘束を破れるだろうが、あいにく、そいつは人間じゃなくて、人傀儡。兵器なんだよ。人間の常識は当てはまらない。


「才能は有るけど、やはり、経験の無さがネックだね。こればっかりは場数を踏むしかない」


 確かにハルカは爆風で人傀儡を吹っ飛ばした。だけど、それに対応できない人傀儡じゃない。様々な状況に対応できるからこそ、人傀儡は自律兵器たりえる。ハルカ、自律兵器の恐ろしさを知れ。







 爆風で人傀儡を吹っ飛ばし、拘束から逃れた、と思いきや……。ハルカは気付いたね。いまだに自分の首すじが掴まれている事に。後、二本のワイヤーが伸びている事に。


「これは!」


 ヤバいと思ったんだろうが、遅い! そのワイヤーはハルカの首すじを掴む二本の腕から伸びていた。その先には人傀儡。ハルカの爆風で吹っ飛ばされた際に、腕を切り離していたのさ。


 普通の人間なら、そんな事はできない。しかし、こいつは人傀儡。死体を改造して作られた兵器。様々な武装、兵装を内蔵している。ワイヤー付きロケットアームもその一つ。武器を持っていないからと油断すると痛い目に遭う。


 そして当然、人傀儡の反撃が始まる。ワイヤーを伸ばした状態でハルカを振り回し、壁に叩き付けた。それも一度ならず、何度も繰り返す。壁に、床に、天井に。執拗にハルカを叩き付ける。人傀儡故に、疲れない。止まらない。しかも兵器ならではの絶妙な力加減で、ハルカが死なない程度にしている。逆に残酷とも言えるが。







 人傀儡の猛攻により、血塗れのハルカ。……さすがに止めるべきか? 人傀儡は私の命令により、ハルカを殺さない程度に加減はしているが、裏を返せば、ハルカが死なない範囲で攻撃する。瀕死の重傷を負わせても、死なない限りは命令の範囲内と判断する。殺すなとは命じたが、死ななければ良いってもんじゃない。その辺は所詮、傀儡か。


 人傀儡にやめるように命じようとしたが……。 その時、ハルカが立ち上がった。幾度となく、壁、床、天井に叩き付けられて全身血塗れだが、それでも立ち上がった。しかし、人傀儡からすれば、そんなもん知ったこっちゃない。再びハルカを振り回し、叩き付けようとするが、突如、ワイヤーが切れた。風の刃か。あのワイヤー、繊維状にしたアダマンタイトを編んで作った物で、しなやかさと強靭さを兼ね備えた逸品なんだけど、あれをあっさり切るか。


「…………やっとコツが掴めてきました……色々とね……」


 頭から血を流しながらそう言うハルカ。美少女な分、かなり怖い。しかし、何かを掴んだか。ならば、続行だね。実はワイヤーが切れた時点で人傀儡を一時停止させていたが、解除。戦闘続行だ。確かにロケットアームのワイヤーは切られたが、人傀儡の武装、兵装はそれだけじゃない。ワイヤーを切られたロケットアームは破棄。腕の断面からにじみ出てきた銀色の液体金属が腕を作る。再生能力だ。


 人傀儡が両腕を再構築し、再び両者は相まみえる。さっきの膝蹴りのお返しとばかりに、今度はハルカが仕掛けた。


 風が吹き始めた。ただし、今度はハルカ中心ではない。人傀儡だ。そよ風から、強風、暴風、遂には小規模な竜巻に。その中へと人傀儡を閉じ込める。


「傀儡であるなら容赦しません。活動不能になるまで破壊します」


 ミキサーの要領か。えげつないねぇ。相手を閉じ込め、拘束して破壊する。もう、ここまで風を使えるとは。だが、舐めるな。この人傀儡を作ったのは私だよ。魔力対策はしてある。


『マギブレイカー発動』


 竜巻の起こす音のせいでハルカには聞こえているか分からないが、私には分かる。今回、初めて人傀儡が喋った。ハルカの風の刃でワイヤーを切られ、失ったロケットアームの代わりに、液体金属で再構築した腕。その腕が黒く変色。振りかぶり、一気に振り下ろす。何かを感じたか、即座に飛び退くハルカ。良い判断だ。


 それまでハルカのいた場所にひび割れが走る。それは床だけでなく、背後の壁、天井にまで至る。直撃していたら、ただでは済まなかった。もっとも、加減はしている。でなけりゃ、ハルカは唐竹割りにされてるよ。うん、我ながら良い仕事をした。人傀儡はきちんと私の命令に従っている。


「……魔力解除、もしくは消去」


 で、ハルカは何が起きたか即座に理解。魔力で起こした竜巻があっさり破られた事に対する動揺は見えない。


 魔力を無効化するマギブレイカー。これまで数多くの異能の使い手。特に下級転生者を葬り去ってきたそれを使い、ハルカの竜巻の拘束を破った人傀儡。今回は両腕だけに限定されているが、さて、どうするハルカ?



魔道具の扱い及び、魔道具を用いての実戦形式の修行をする事になったハルカ。


まずは魔道具を起動させる所から始め、更に安定した状態を保つ活動。そして魔道具の力を引き出す発動まであっさりクリア。


その後のボール運びの修行も、じきにコツを掴みクリア。その一方で、魔力の行使における修行の大切さをナナさんより聞かされる。


ろくに修行もせず、調子に乗って異能を使いまくっては、その反動で破滅する下級転生者。神様ガチャだの、万能スキルだの、アイテム作成で店を経営だの、馬鹿ばかり。最終的に全員、死んだ。しかも自分だけ破滅するならまだしも、周囲を巻き込んでの大惨事を起こすのがまた、悪質。


植物を改造できる異能で農業改革などと、馬鹿な事を考えた、地方領主の娘になった下級転生者。その結果、制御不能の化け物を生み出してしまい、最終的に宇宙ごと処分の大惨事。馬鹿の浅知恵の末路。世の中、そんなに甘くない。


対し、上位転生者であるハルカは、優れた師であるナナさんの元、厳しい修行に励む。魔力を正しく使うには、正しい知識と技術、才能が必要。故にハルカは努力を惜しまない。一つ間違えれば、死有るのみと分かっているので。







ハルカの修行は、実戦形式へ。ナナさんの召喚した相手とのタイマン勝負。召喚されたのは、かつてナナさんが殺した女軍人を素体にした人傀儡。


傀儡であるが故に人間の常識が通じない相手に苦戦するハルカ。更に内蔵された武装、兵装でハルカを苦しめる。実はナナさんから、ハルカを殺すな、痛め付けろ、苦しめろと命じられており、その命令を忠実に遂行。ハルカは知りませんが。


ただし、あくまで殺さないだけであり、ハルカが死なない限り、止まらない。止めるには活動不能になるまで破壊するしかありませんが、魔力無効化能力。マギブレイカーで更にハルカを苦しめる。


では、また次回。

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