第11話 田舎のおっさん、剣聖になれず
吹雪side
「師匠、いい加減、機嫌を直してください。まぁ、気持ちは分からなくもないですが……」
「………………………………」
元々、無口な師匠ですが、今は輪を掛けて無口。これは師匠が非常に怒っている証。……全く、あの身の程知らずの馬鹿共が! 内心で悪態をつく私。よりにもよって、師匠の前で剣聖を騙った上、侮辱までするとは!
我が師、夜光院 狐月斎は剣士序列二位。この世に四人しかいない、なれない、剣聖の一人にして、その筆頭。
師匠はあまり自身の事を語られませんが、時たま、気が向いた際に話してくださる事が有りまして。四剣聖筆頭の座を得るまでには、それはもう、大変な苦労と死闘が有ったそうです。
特に先代四剣聖筆頭との、その座を賭けた死闘。『我ながら、よく勝てた』としみじみと語られていた事が印象的でした。だからこそ、師匠は四剣聖筆頭である事を非常に誇りとし、同時に剣聖の名を穢してはならないと、常日頃から心掛けておられます。そんなお方の前で剣聖を騙った上に、師匠に対し舐めた態度を取り、侮辱まで。某作品風に言えば、
『お前は剣聖を舐めた!!』
本当に馬鹿な連中です。剣聖気取りが本物の剣聖に勝てる訳ないじゃないですか。おかげで師匠は不機嫌だし。迷惑な話です。
私の小太刀の素材を求め、師匠と共に新たにやってきた世界。とりあえず近くの村に行き、食料やら何やら買い求めようとした所、村唯一の剣術道場とやらが騒がしい。
食料を買い求めた店の主人に聞けば、何でも、その道場主のおっさんが剣の達人とか。で、その剣の腕を見込まれ、王立騎士団の剣術指南役に就任し、その後、立て続けに大手柄を上げたとか。
そして故郷に錦を飾る凱旋を行い、今は宴会のようで。まぁ、その時点では別に気にも止めなかったのですが……。私達からすれば、所詮、『取るに足らない雑魚』ですし。問題はその後に道場から聞こえてきた言葉。
「さすがは先生! 正に『剣聖』の名にふさわしい!」
随分と宴会は盛り上がっているらしく、声が外に丸聞こえ。しかも私達狐人は、耳が良いですからね。実によく聞こえます。これが聞こえた瞬間、あ、不味いと思いましたね。
繰り返しますが、師匠は四剣聖筆頭である事を非常に誇りとし、剣聖の名を穢してはならないと、常日頃から心掛けておられます。故に、軽々しく剣聖を名乗る者が現れると、それはもう、激怒されるのです。
見れば、明らかに不機嫌。師匠は鉄面皮故、あまり表情が変わりませんが、微妙に変わっています。これは怒っていますね。
しかし、その場でキレる程、師匠は分別の無い方ではありません。早くその場を離れようとしたのですが……。ここで私達の目立つ外見が仇になりました。狐人としては珍しい、金髪、銀髪。狐人は基本的に茶髪ですから。しかも黒巫女。挙げ句、師匠は五尺の大太刀を背負っている。あからさまに剣士とわかる装い。
そしてまた、タイミングの悪い事に、その剣聖とやらが、弟子達と思しき取り巻き達と共に道場から出てきたのです。二次会でしょうか。更に悪い事に、取り巻きの誰かが私達を見咎めたのです。挙げ句、こう抜かしたのです。
「先生! 狐人の女がいますよ! しかも何ですか? あの馬鹿みたいに長い剣! いますよね〜! ああいう格好ばかりの素人! ああいう素人が迷惑掛けるんですよ!」
見るからに軽薄そうな若い男でした。おっさんの方は言い過ぎだとたしなめましたが、若い男は止まりません。馬鹿特有のブレーキの無さ。
「そもそも狐人の女風情が剣士だなんてお笑い種ですよ! 大方、剣士風の娼婦でしょ! おい! 一晩幾らなんだよ?!」
……馬鹿過ぎる。師匠を侮辱した上に、娼婦呼ばわり。顔が赤い事を見るに、酒が入っている様子。宴会でしこたま飲んだのでしょう。おっさんを始め、他の連中。特に女性陣が馬鹿を黙らせに掛かるが、もう遅い。師匠の逆鱗に触れた。それも全力でぶん殴るレベルで。
師匠は何も仰られませんでしたが、遂にキレた。
「……………………」
次の瞬間、馬鹿は脳天から唐竹割りになりました。師匠がやった事は単純。背負っている五尺の大太刀を片手で抜き、そのまま振り下ろし一閃。離れた位置にいる馬鹿を両断し、納刀。フィクションではよく見ますし、言葉にすれば単純ですが、実際やるとなれば、とんでもない難易度。
そもそも、人間を一刀両断、唐竹割りにするのは非常に難しい。硬い骨。弾力の有る筋肉。血脂。それらが邪魔をします。つまり、人間を唐竹割りにしようとすれば、大変な力、速度、優れた刃物が必要。フィクションならともかく、現実において人間の力で人間を一刀両断、唐竹割りにするのはまず無理。
しかし、師匠はやってのけた。愛刀の紫滅刃の性能を差し引いてもなお、余りある、恐るべき一刀。しかも単に唐竹割りにしただけではない。すぐ隣にいた私でさえ見切れない程、速く、鋭く、何より静かな一刀。いつ刀を抜いたかすらわかりませんでした。それを背負っている五尺の大太刀でやってのけたのです。扱いにくい五尺の大太刀で。敵に回したくないですね。少なくとも、今は勝てない。……いずれ、勝つつもりですが。
さて、師匠を侮辱した馬鹿が突然、唐竹割りの真っ二つになって死んだ事で、剣聖のおっさんと、その取り巻き達は大騒ぎ。目の前で突然、人間が唐竹割りになって死ねば、ね。
しかも、そこへ更なる死体蹴り。死体が紫に変色したと思ったら、ドロドロに溶け、蒸発。跡形も無く消えてしまいました。師匠の愛刀、紫滅刃の力です。斬った対象を紫=死で蝕み、徹底的に殺します。
私達としてはかかわり合う気は無いので、早急に立ち去ろうとしたのですが……。
「おい、待てよ」
剣聖のおっさんが私達を呼び止めました。当然、無視して去ろうとしましたが、そうはさせない気満々なようで。
即座に取り巻き達が私達を取り囲む形で円陣を組みました。……思ったよりやる。仲間が突然、唐竹割りになって死んだのを目の当たりにしてなお、これだけの動きができるとは。ですが、私は連中への評価を下げました。『取るに足らない雑魚』から『身の程知らずのクソ馬鹿雑魚』に。愚かな連中です。
で、その円陣を割って現れた剣聖のおっさんは、師匠の前に立つと言いました。
「確かにうちの馬鹿弟子は言い過ぎた。ひとえに師匠である俺の不始末だ。申し訳ない」
そして深々と頭を下げたのです。……そこでやめておけば良かったのに。
「だけどなぁ……あんな馬鹿でも俺の弟子なんだ。いずれは俺を超えると確信していた奴なんだ。何より、目の前で弟子を殺されて黙って帰す訳にはいかねぇんだよぉっ!!!!!!」
剣聖のおっさんは頭を下げた状態から、頭を上げざまに居合を放ってきたのです。頭を下げつつ、こっそりと腰の剣に手を伸ばしていましたか。剣聖を名乗るだけに素人ではありませんか。ついでに言えば、直剣ではなく、私達と同じ『刀』ですね。後で知りましたが、剣聖のおっさん、東方の出身だとか。
実際、中々の居合でしたよ。しかも謝罪からの不意打ちの一刀。やれ騎士道だの、武士道だのといった綺麗事を無視した実戦剣術。
でもねぇ……。
その程度の腕で本物の剣聖にかなうとでも?
勝負は一瞬。いえ、そもそも勝負自体が成立しません。四剣聖筆頭である師匠に斬り掛かった時点で、剣聖のおっさんは終わっていました。
居合を放とうとしたその直後、細切れの肉片となって崩れ落ちる形で。剣聖のおっさん改め、サイコロステーキおっさんと呼んであげましょう。
何が起きたかと言うと、師匠は右手の人差し指一本を超高速で振るい、おっさんを細切れにしたのです。師匠曰く、この程度、剣聖でなくてもできると。
さて、剣聖のおっさんをサイコロステーキおっさんにした事ですし、今度こそ立ち去ろうとしたら、取り巻き達が師匠の敵だと、一斉に襲い掛かってくる始末。……本当に救えない馬鹿共。某作品でも、命を投げ捨ててはいけないと言っているのに。
これ以上、師匠の機嫌を損ねると私としても困ります。
「師匠、私が始末します」
「……………………」
師匠は相変わらず、何も仰られませんでしたが、それは了承の意。私は腰に差している小太刀。『氷牙』を抜き放ち、馬鹿共を始末に掛かります。全く、彼我の実力差も分からない馬鹿共が。これだから馬鹿は嫌いなんです。所詮は雑魚。すぐに皆殺しにして終了。しかし、騒ぎが大きくなってしまいました。これは早急に立ち去らないと。官憲に出てこられては面倒ですからね。
そして、現在。師匠と二人、旅の空です。しかし、師匠は不機嫌なまま。一旦、不機嫌になると中々、機嫌を直してくださらないのが師匠の欠点なんですよね。……怖いので言いませんが。
私は、先の一件を振り返ります。あのおっさん。剣聖と呼ばれていただけに、中々の腕前。少なくとも下級転生者程度なら、十分勝てたでしょう。実戦経験も豊富らしく、敵を殺す事を追求した実戦剣術。王立騎士団の剣術指南役に就任したのも納得。大手柄を立て続けに上げていたそうですし、そのまま生きていれば、さぞかし大成した事でしょう。……『表』ならば、ですが。
はっきり言って、『表』の達人など『裏』では通じない。下級転生者に勝てる程度ではね。少なくとも、最下級悪魔のレッサーデーモンを狩れないと。最下級と言うと雑魚っぽいですが、強い。こいつらが十体も現れたら、都市一つぐらい軽く壊滅しますからね。故にレッサーデーモンを狩れるかどうかが『裏』における一つの基準になっています。……私は狩れますよ。
ちなみにレッサーデーモンは下級転生者が大好物。生きたまま丸かじりにして食べます。つまり、レッサーデーモンは下級転生者より強い。
結局の所、あのおっさん、剣聖を名乗るにはあまりにも実力が足りない。それどころか『二十九剣』入りすらできない。
師匠に教わった、剣士の序列。
最強にして、唯一無二の『魔剣聖』
その下に『四剣聖』師匠はここ。四剣聖筆頭。
更にその下に『八剣鬼』
一番下に『十六剣豪』
これらを全部ひっくるめて、『二十九剣』と呼称し、剣士の至高の領域とされています。師匠曰く、今の私では一番下の十六剣豪の末席にすら勝てないと。悔しいですが、師匠がそう仰る以上、それは事実。師匠はいい加減な事は仰らないので。
ついでに言えば、師匠曰く、『二十九剣』入りできない奴は全て有象無象だそうで。それ程までに『二十九剣』とそれ以外は隔絶した差が有るのです。私の目下の目標は『二十九剣』入りです。
「……とりあえず、南に向かうぞ。南のバニゲゼ通商連合とやらに冒険者ギルド本部が有るらしい。ギルドには様々な情報が集まる。お前の小太刀の素材を探す助けになるだろう」
ここでようやっと、師匠が喋ってくださいました。まだまだ不機嫌ですが、多少はマシになった様です。
「了解です」
とりあえず、目指すは南。バニゲゼ通商連合。この世界にも冒険者ギルドが有りますか。ならば利用しましょう。便利な組織ではありますからね。
この世界はオリハルコン、アダマンタイトといった希少金属が産出する希少な世界。しかし、そういう希少金属の産出する場所は当然、限られています。
金、銀、プラチナ辺りならともかく、ミスリル、アダマンタイト、オリハルコンといった希少金属は、この世ならざる金属。つまり、それらが産出する場所は、この世ならざる場所との接点。要はダンジョン。普通に魔物、怪物が出てくる危険な場所。
ただし、どのダンジョンでも産出する訳ではありませんし、ダンジョンにより、品質もまちまち。ただ、共通しているのは、高品質な物が産出するダンジョン程、危険度も増すという事。
それでも一攫千金を狙い、ダンジョンに向かう者は後を絶ちません。
つまり、希少金属が欲しければ、高い金を払うか、もしくは自分で探すか。いずれにせよ、ギルドの力を借りましょうか。素材探しの他にも、何か良い収穫が有るかもしれませんし。
ハルカside
「さて、次は魔道具の素材について教えようか。ただ、こいつは膨大な種類が有るから、全部を今、教えるのは無理。有名な奴に絞るよ」
午前の部の授業。今度は魔道具の素材について学ぶ。
「まずは、生物系素材。有名な奴だと、竜を始めとする、強い魔物、怪物の一部。牙やら、骨やら、鱗やら。強い魔物、怪物は素材の塊だからね。強い奴程、強い素材になるし、高く売れる。故に、専門で狙うハンターがいる」
「僕の元いた世界にそういうゲームが有ります。モンスターを狩って、素材を集めて、より強い装備を作っては、更に強いモンスターを狩り、素材を集めて……という内容の奴です」
ナナさんの説明を聞いて、元いた世界の大ヒット作のゲームを思い出す。
「それで大体、合ってるよ。もっとも、こっちはゲームじゃなくて現実だけどね」
「そうですね」
現実である以上、一つ間違えば重傷、更に悪ければ死ぬ。僕は魔物ハンターを本業にする気は無い。
「植物系だと、マンドラゴラが代表格。根が人の形をしていて、抜くと凄まじい悲鳴を上げる。死の呪いの悲鳴をね。対策無しで並の者がまともに聞いたら死ぬ。私でもただでは済まないね。対策無しならばだけど」
「聞いた事有ります。マンドラゴラは根が人型で、抜いたら悲鳴を上げて、聞いた者は死ぬと。だから、自分は耳栓をして犬に抜かせる。そうすれば、犬を身代わりにして自分は助かると」
「へぇ。そっちの世界でも伝わっていたのかい。多分、どこかに生えているんだろうね。実際、あちこちの世界に生えているし」
「……嫌な事実を知りました」
「抜かなきゃ無害だよ。抜かなきゃね」
僕の世界にも有るのか、マンドラゴラ。やっぱり誰かが抜いて死んだから、その話が伝わっているのだろうか?
「他にも有名な奴を上げると、金剛樹が有る。こいつは見た目はただの木なんだけど、滅茶苦茶硬いんだ。第二級装備程度じゃ傷一つ付けられない程にね。それでいて、木だから軽い。しかも魔力との相性が良くてね。故に防具や杖なんかに使われる事が多い。ちなみにこれが現物。昔、敵を殺して奪った奴」
そう言ってナナさんが取り出したのは、『ナイフ』。ペーパーナイフではなく、本当に木製のナイフ。刀身を触ると確かに木の感触だし、軽い。しかし、叩くと金属音がした。奇妙な感じだ。
「意外と便利だよ、これ。軽く、硬く、金属じゃないから電気を通さない。何らかの理由で金属系装備が使えない時にも役立つ」
「セラミック刃物が僕の世界にも有ります」
「どこの世界でも、似た様な結論に至るみたいだね」
世界は違えど、人のやる事、考える事は収束するらしい。
「更に邪玉樹。こいつは、美しい宝石の実を付ける。これがまた、優れた魔道具の素材なんだけどね……。そもそも、なぜ、こいつは宝石の実を付けると思う?」
意味有りげにそう問い掛けてくるナナさん。僕はその問い掛けに、しばし考えて答える。
「人間をおびき寄せる為では? 栄養源として」
邪玉樹という不吉な名前。しかも美しい宝石の実を付け、優れた魔道具の素材になる。強欲な人間を釣り上げる格好のネタだ。
「正解。邪玉樹はね、宝石の実で人間をおびき寄せては、地中から飛び出す根で突き刺し、血を吸い尽くすのさ。だから、邪玉樹の近くには、血を吸い尽くされたミイラや白骨が大量に有るんだよ。おかげで、それが邪玉樹の目印になるのさ。そんな訳だから、邪玉樹の実を採りに行く際は、地中からの不意打ち対策として、優れた探知能力持ちが必須」
「それを知らなかったり、費用をケチると死ぬんですね」
「その通り。私は無駄金は払わないけど、必要経費はケチらないよ」
お金の使い所を間違えてはいけない。特に命にかかわる事は。
「さて、次は鉱石、金属素材について話そうか。金、銀、銅、鉄といった一般金属素材。ミスリル、アダマンタイト、オリハルコンといった希少金属素材。これらはどう違うのか? ハルカ、あんたの意見を述べてみな」
「まず、単純に性能の差が有りますよね。硬度、剛性、弾性、そして魔力。まず、この辺りが一般金属と希少金属の差だと思います。更に産出地、及び産出量。当然、希少金属の方が、産出地、産出量共に限られているはず。精製、加工技術もより高度な物が求められる」
ナナさんから意見を求められたので、とりあえず、思い付いた事を述べる。面白みの無い内容だとは思うけど。
「……ふむ。模範解答だね。もう少し詳しく説明するけど、希少金属はこの世ならざる物。要するに魔界を始めとした、異界の物なのさ。世界には異界との接点が有り、そこで希少金属は産出する。俗に言うダンジョンさ。だけどダンジョンと言えば魔物、怪物の巣窟。大変な危険地帯。特に品質に比例して危険度も上がるからね。それらの危険を冒して採取されているから、希少金属は高い」
「ハイリスクハイリターンですね」
「そういう事。でっかく、一山当てようとするなら、相応のリスクを負わねばならない。……下級転生者の馬鹿共にはそれがわからないみたいだけどね」
「馬鹿だからわからないんですよ」
大きな利益を得ようとするなら、相応のリスクが有る。そんな当たり前の事がわからない辺り、下級転生者こと、なろう系の連中は馬鹿だ。詐欺師のカモだな。
「それじゃ、最高級の素材についてだ。こいつは既に話したアーティファクトと同じく、旧世界の遺物。今の世界じゃ産出されず、故にその入手難易度は桁違いさ。……扱いの難しさもね。下手に触ると死ぬよ? 更に言うと、アーティファクトに使われている素材でもある。最高級の品には、最高級の素材が使われているって事さ」
いよいよ、最高級の素材について。それらはアーティファクトと同じく、旧世界の遺物。今の世界では産出されないから、入手難易度も桁違いだと。更に非常に危険な物らしい。強い力を持つ素材は扱いが難しいからね。そして、これこそがアーティファクトの素材でもある。アーティファクトが強い訳だ。最高級の品は最高級の素材で作られている
「ほとんどのアーティファクトに使われている素材。旧世界の遺物にして、最高の希少金属。その名は『オブシダイト』。黒曜石みたいな、黒く、光沢の有る金属。その硬度、剛性、魔力との相性の良さ。いずれを取っても、全金属中、最高クラス。次点がオリハルコンだけど、オブシダイトと比べたら、カス。例えばオブシダイトの刃物なら、オリハルコンを絹ごし豆腐みたいに切れる。ちなみに、アーティファクトを指す隠語が『黒』。オブシダイト製を意味している」
「凄いですね。最強金属の代名詞と言えるオリハルコンより、更に凄い金属なんて。アーティファクトが強いのも納得です」
旧世界の遺物にして、最高の希少金属『オブシダイト』。凄まじい性能だ。こんな凄い素材で作られているのなら、アーティファクトの性能も納得。
「ハルカ。私は幾つかアーティファクトを確保したと言ったよね。特別に見せてやるよ。感謝しな。アーティファクトを見られるなんて、まず無いからね」
しかもナナさんは、自分が確保したアーティファクトを特別に見せてくれると。これはとても貴重な体験だ。どんな物なんだろう? するとナナさんは一振りのナイフを懐から取り出すと、鞘から抜いて僕の使っている机の上に置いた。
見た目はサバイバルナイフ。ただし、その刀身は黒曜石みたいな光沢の有る黒。これがオブシダイト。そしてアーティファクトか……。どう言ったら良いかわからないけど……。何と言うか、格の違いかな。そういう感じがする。少なくとも僕が死神ヨミから貰った鉄扇には無い、何かを感じる。
「触るんじゃないよ。あくまで見るだけ。今のあんたじゃ使えない。下手に触れば、魔力、生命力、全て持っていかれて死ぬよ。何度も言うけど、強い力の行使には相応の負担が掛かる。それに耐えうるようになる為に、努力、修行をするんだよ」
ナナさんが特別に見せてくれたアーティファクト。オブシダイト製のナイフ。あくまで見るだけ。触るなと。今の僕では使えない。魔力、生命力、全て持っていかれて死ぬと。単なる武器とは違う。使い手にも相応の実力が求められる。逆に言えば、弱い奴ははなっから、足切り。
そして、今の時点では僕もまた、足切りラインな訳だ。
触るなとは言われたけど、見るだけなら大丈夫なので、触らないようにしつつ、アーティファクトのナイフを観察。……刀身の根元に小さな『宝石』が嵌っている。紫色の宝石が。アメジストかな?
「まぁ、気付くよね。その宝石はアーティファクトをアーティファクトたらしめる『核』。大部分のアーティファクトはオブシダイト製の本体に『核』を嵌め込んで作られている。そして、その『核』となる宝石が『魔宝石』。オブシダイトさえ上回る、究極至高の素材さ。では、それについて話そうか」
ナイフの刀身の根元に嵌っている宝石は飾りではなかった。これこそ、アーティファクトの要である『魔宝石』だと。それについての話に。
『魔宝石』。その名の通り、魔性の宝石。その美しさ、硬度、魔力、そして希少性。いずれを取っても全ての素材の頂点に立つ、究極至高の素材。今も魔宝石を求める奴は後を絶たない。途轍もない価値が有るからね。……ただし、こいつは、最凶最悪の素材でもある。とんでもない危険物なんだ」
究極至高の素材にして、最凶最悪の素材でもあるという魔宝石。どういう風に危険なんだろう?
「魔宝石は何種類か存在するけど、その全てが恐ろしい災いをもたらすんだ。例を挙げると、瘴気を振り撒き、無差別殺戮を起こす『紫死晶』。伝染性の狂気を流行させ、狂乱の殺戮地獄を生み出す『紅狂玉』。その美しさで人を惹きつけては、飲み込む『蒼奈落玉』。都合の良い夢を見せて、夢の世界に捕らえては、死ぬまで生命力を吸い取る『魔夢緑柱石』。どれも本当に危険なんだ。魔宝石一つで、国一つ滅びたなんて当たり前。世界丸ごと滅びた事さえ有る」
「本当にとんでもない危険物なんですね……」
ナナさんが語った魔宝石の恐ろしさ。正に魔性の宝石。災厄の権化だ。危険極まりない。でも、それを核として使っているんだよね、アーティファクトは。
「理解が早くて助かるよ。この世界でも二百年程前に魔宝石が発掘されて、えらい事になったよ。場所はエウトース大陸を南北に縦断する天魔山脈。そこは鉱物資源が豊富でね。それらを採掘する鉱山がたくさん有るんだけど、ある時、とある鉱山で魔宝石。紫死晶を掘り当てちまってね……。それも類稀なる特大サイズ。その後の一連の騒動は、今でも語り継がれている。特大サイズの魔宝石に目が眩んだ馬鹿共が大挙して押し寄せ、紫死晶の放つ瘴気に当てられて全滅。本当に馬鹿な連中だよ。あいつら如きに魔宝石は手に負えない」
ナナさんはここで一旦、話を区切り、お茶を飲む。
「厄介な事にね、魔宝石は命を食らい、しかも食らう程に強くなる。強くなった紫死晶は強化された瘴気をより広範囲に撒き散らし、更に犠牲者を増やした。そして強くなっては、瘴気を撒き散らし、犠牲者が……。正に悪循環。どえらい数の犠牲者が出たよ。鉱山周辺一帯、壊滅さ。全ての命が死に絶えた。遂には、自力で鉱山から出てこようとしてきたんでね。私が次元の彼方に吹き飛ばして始末したよ。世界丸ごと滅ぼされたら、さすがに困るからね」
二百年程前に起きた、魔宝石による大事件。ナナさんから語られたその内容に恐怖する。
「破壊や封印はできなかった……んですね。できるならやっているはずですし」
僕の問いにナナさんは苦い表情を浮かべる。
「嫌な所を突くねぇ。そうだよ。私でも魔宝石は手に負えない。破壊、封印は無理な以上、遠くに吹き飛ばすしかなかった。あのまま放置したら、間違いなく、この世界は滅ぼされていた。でもね、これでもまだマシな方。最悪だったのが……」
さっきにも増して苦い表情を浮かべるナナさん。なんとなく、次に言う事の予想が付いた。多分、あのクズ共絡み。
「下級転生者の馬鹿が、わざわざ魔宝石に手を出した件だよ。あんな負け組のクズに魔宝石は断じて扱えない。食われるのがオチ。しかもあいつら力だけは有るから、魔宝石からすれば格好の餌。おかげで魔宝石が一気に活性化し、大惨事を引き起こしたよ。あの、ドクズが!!」
やっぱり……。予想通り、下級転生者のせいか。あの主人公気取りの気狂い共は害悪でしかないな。
「この世界じゃないけど、特にひどい被害を出した下級転生者がいてね。そいつのせいで、世界丸ごと滅びた。さっき言った、世界丸ごと滅びた件の代表格。確か、どこぞの第七王子とやらで、『気ままに魔術を極める』なんて舐め腐った事を抜かしていたらしい。私なら、こんな魔道を舐め腐ったバカ、その場で殺す!」
ナナさんは過去に起きた魔宝石絡みの大惨事について聞かせてくれた。こことは違う世界での事件。原因は下級転生者のやらかし。しかし、気ままに魔術を極めるって……。本当に舐め腐った考え方だな。真剣に魔術を極めようとする者達全てに謝れ!
しかも、こいつのせいで世界丸ごと滅びたんだから、救えない。何が気ままに魔術を極めるだ。そんな舐め腐った考え方をしているから、禁忌たる魔宝石に手を出し、破滅するわけだ。破滅するのは勝手だけど、世界を巻き込むな。死ぬなら一人で首を吊れ。
その後も授業は続く。
「さて、アーティファクト、魔宝石については話したね。じゃ、本命。アーティファクトの中のアーティファクト。神器、魔器について教えよう」
いよいよ、アーティファクトのアーティファクト。神器、魔器について。太古の神魔の魂を宿し、それを手にする事は太古の神魔の力を手にする事と同義だとか。
ただし、相応の負担も掛かる。相応の実力者でなければ、手にする事はできない。要するに、太古の神魔クラスの実力者御用達。
「神器、魔器。こいつらが他のアーティファクトとは一線を画す理由。それは二つ。一つは、太古の神魔の魂を宿す事。もう一つは、通常のアーティファクトがオブシダイト製の本体に魔宝石の核を嵌め込んでいるのに対し、神器、魔器は魔宝石そのものを本体にしている。本体に使える程大きい魔宝石は、滅多に見つからない。しかも最高級品が使われている。その希少性と性能たるや、語るに及ばないね」
「核に使われている小さな魔宝石でさえ、凄い力を宿しているんです。ましてや、魔宝石そのものを本体にしているなら、しかも最高級品なら、その力は推して知るべし、ですね。そして、その扱いの難易度の高さも」
「あんたは本当に理解が早くて助かる。バカは幾ら言ってもわからないからね」
「ありがとうございます」
理解が早くて助かると褒めてくれるナナさん。僕は当たり前の事を言っているだけなんだけど。
そうこうしている内に、お昼時。
「昼だね。午前の部はここまで。昼飯を食べたら、休憩後、午後の部を始めるよ」
「わかりました」
そこへエーミーヤさんの声。
「そろそろ昼食の時間だ。冷めない内に来たまえ」
「わかった! 今行くよ!」
ナナさんが返事をし、僕も教材、筆記用具を片付ける。
「ハルカ、午後からは実際に魔道具を使う訓練をするからね。あんた、既に魔道具を持っているし」
ナナさんから午後の予定を伝えられる。午後は実践。僕が転生する際に死神ヨミから与えられた鉄扇。あれは風属性の魔道具。その扱いを学ぶ。
僕は水属性が得意だけど、それを隠し、風属性の使い手と偽装する為。そして、手札を増やす為。後、鉄扇を使いこなせるようになる為。異世界で生き抜く為には努力有るのみ。
最強? くだらないね。そんな物に興味は無い。僕は自分のやるべき事をやるだけ。
「まだかね? 早く来ないと料理が冷める!」
「はい! すぐ行きます!」
とりあえず、今はお昼ご飯かな。
黒巫女師弟と魔女師弟。それぞれの様子。
魔女師弟のいる世界にやってきた黒巫女師弟。買い出しに訪れた村で一悶着。
村唯一の剣術道場の師範のおっさんがその剣術の腕を見込まれ、王立騎士団の剣術師範に抜擢。その後、立て続けに大手柄を上げ、『剣聖』と呼ばれる事に。そして、故郷に錦を飾る凱旋を果たし、道場で祝賀会が行われた。
……不運は、よりにもよって、本物の剣聖が来た事。しかも筆頭。更に、剣聖の名を聞かれた事。
この世に四人しかいない、なれない剣聖。その座を得るには、剣聖を倒し、奪うしかない。剣聖の座を守る為、奪う為、その戦いは毎回、熾烈を極める。
それだけに剣聖の名は途轍もなく重い。四剣聖は皆、剣聖の名を誇りとし、その名を穢してはならないと心掛けており、故に軽々しく剣聖を名乗る者は断じて許さない。
特に今回の場合、酒が入っていたとはいえ、狐月斎を侮辱し、娼婦呼ばわりまで。完全に狐月斎の逆鱗に触れた。全力でぶん殴るレベルで。
結果、狐月斎を侮辱した馬鹿は一刀両断、唐竹割りにされて死亡。剣聖のおっさんは弟子の仇討ちを挑むも返り討ち。剣聖のおっさん改め、サイコロステーキおっさんに。更に師匠の仇討ちに挑んだ弟子達も吹雪により皆殺し。
言うなれば、何より間が悪かった。運が悪かった。ただ、殺人事件を起こしてしまっただけに、黒巫女師弟は急ぎ、その場を立ち去りました。現在は二人、旅の空。……きっちり殺人犯として手配中ですが。
一方で魔女師弟。今日も授業と修行。魔道具の種類、扱いに続き、素材について。その中で語られた、旧世界の遺物にして、最高の希少金属。オブシダイト。最高位の魔道具であるアーティファクトの大部分において使われている素材。これの次点がオリハルコン。しかし、オブシダイトと比べたら、カス。それ程の高性能。
そして、オブシダイトさえ凌ぐ、究極至高の素材。魔宝石。美しさ、魔力、硬度、強度、希少性。いずれを取っても最高の素材。しかし、同時に恐ろしい災いをもたらす最凶最悪の素材。ナナさんでさえ、手に負えない。
アーティファクトをアーティファクトたらしめる、『核』。それに使われているのが魔宝石。ほんの小さな欠片でしかないのに、アーティファクトの絶大なる力の源。
最後にアーティファクトの中のアーティファクト。神器、魔器。太古の神魔の魂を宿し、それを手にする事は、太古の神魔の力を手にする事と同義。ただし、相応の実力者でなければ使えない。太古の神魔に匹敵する実力者でなければ。
そんな神器、魔器は、魔宝石そのものを素材として作られている。小さな欠片でさえ、絶大なる力を持つ魔宝石。その魔宝石を本体とする神器、魔器。正に究極至高の魔道具。
最後に作者の意見。
最強だの、剣聖だの、軽々しく名乗るな。その名はそんなに安くも軽くもない。
気ままに魔術を極めるなど、そんなぬるい考え方で極められるものか。真剣に物事を極めようとしている全ての者達に謝れ。
他にも異世界行ったら本気を出すとか、異世界でスローライフとか、世の中を舐めるな。そんなぬるい考え方をしているから、元の世界で負け組でしかない。
やはり、勝ち組は才能もさることながら、そもそも、負け組とは考え方が違う。絶対の差。
次回。ハルカ、魔道具修行、実践