第9話 水蛇と氷狐(後編)
ハルカside
魔道開眼を果たし、そのお祝いということでナナさんの奢りによる、豪華な夕食。メインディッシュは僕が頼んだハンバーグ。それ以外に、ローストビーフに、フライドチキン、ポテトサラダ、コーンスープ、ライス、パン、デザート各種。肉料理が多いな。好きだけど。特に今回は魔道開眼の儀式で疲れたからね。肉をガッツリ食べたい気分。それにしても、ナナさんの奢りとはいえ、エーミーヤさん張り切ったな。
「ほら、さっさと席に着きな。遅くなったけど、晩飯にしようじゃないか」
ナナさんに促され、全員、席に着く。そうだね。今は夕食を食べよう。
「それじゃ、いただきます」
「いただきます」
「作ったのは私だがね。いただきます」
ナナさんが代表していただきますを言い、それに僕とエーミーヤさんが続いて夕食開始。まずはハンバーグから。うん、美味しい。エーミーヤさんの作る料理は本当に絶品だな。僕も料理の腕には自信が有るけど、エーミーヤさんと比べたら、まだまだ。もっと腕を上げたい。
美味しい夕食を堪能していると、ナナさんからの言葉。
「ハルカ。食べながらで良いから聞きな。あんたは魔道開眼を果たした。それは結構な事だよ。だけど、それはあくまでスタートラインに立ったに過ぎない。にもかかわらず、自分は凄い力を得たと履き違える馬鹿が多くてね」
「まぁ、無理もない。それまで使えなかった『魔力』を使えるようになったのだ。全能感に酔いしれもする。愚行だとは思うがね」
「忠告痛み入ります」
ナナさんは僕が魔道開眼した事を評価しつつ、その上で、あくまでスタートラインに立ったに過ぎないと釘を刺してきた。エーミーヤさんも魔道開眼した者が全能感に酔いしれる事を、愚行と切り捨てる。
「ともあれ、これで本格的に戦闘の鍛錬に入れるってもんだ。魔道と戦闘術。徹底的に叩き込んでやるよ。特にあんたは下級転生者抹殺の任を受けた身。さっさと下級転生者を殺らないと、死神ヨミが何を言い出すかわかったもんじゃない。神ってのは身勝手だからね」
「あの連中は下界の者など、幾らでも替えの利く駒としか思っていないからな」
「早めに結果を出さないといけないということですね」
「そういう事さ」
そして、本格的に戦闘の鍛錬に入ると言われた。魔道と戦闘術を徹底的に叩き込むと。僕は死神ヨミから、転生する代償として下級転生者抹殺の任を受けた身。いつまでも結果を出さないままではいられない。早めに結果を出さねばならない。でないと、死神ヨミがどう出るかわからない。エーミーヤさんも、神は下界の者など、幾らでも替えの利く駒としか思っていないと。
…………人を殺した事は無いけど、やるしかない。
理屈ではわかっていても、やはり気が重い。クズは死ぬべきとは思うけど。
「ハルカ。これまで平和な国で殺しとは無縁に生きてきたあんたには、酷な話だとは思うよ。でも、割り切るしかない。少なくとも、下級転生者はあんたの気持ちだの、何だの汲んだりはしないよ。自己正当化と他責思考の権化の気狂いだからね。そんな概念自体が無い。平気で殺しに掛かってくるよ。はっきり言おう。下級転生者は人じゃない。人型のゴミだ。ゴミは処分一択」
ナナさんは僕の胸の内をお見通しだったらしい。その上で割り切れと。
…………そう言われても、やはり複雑な気分だ。するとナナさんは更にこう言った。
「でも、あんたが間違っているとは言わないよ。殺しを忌避するのは真っ当な人間の証。それを忘れたら、単なる殺人鬼だ。下級転生者の馬鹿共が正にそれ。過去にもいたからね。私よりひどい大量虐殺犯が」
「真っ先に名前が挙がるのは、自称、魔王のナグモだな。三百年程前に現れた、史上最悪の大量虐殺者。あれは人間の持つ狂気と醜悪さの権化。君の師匠も大概だが、ナグモと比べたら可愛いものだ」
「失礼だね! あんな陰キャのクソオタ野郎と一緒にするんじゃないよ! ま、陰キャのクソオタが突然、『力』を得るとどうなるかという意味では、役に立ったね。……悪い意味でね」
何か、ひどい奴が過去にいたらしい。ナナさんが説明してくれた。
「元はどこぞの高校生で、いじめられていたらしくてね。でも、いじめられて当然の奴。根暗で執念深い上に、無駄にプライドだけ高く、態度が悪いオタク。そんな奴が下級転生者としてこの世界に来たのさ。能力は『吸収』。他の生物を吸収し、その能力を得るのさ」
いじめは悪いし、本人に非が無くてもいじめられる事は有る。だけどナグモの場合は、本人に明らかに非が有る。こんな奴、いじめられて当然。犯罪者予備軍でしかない。事実、大量虐殺者になった訳だし。
ナナさんの後を引き継ぎ、エーミーヤさん。
「ナグモは片っ端から魔物を吸収。力を増大させた。そのことが野心に火を着けたようでね。世界征服の野心を抱き、手始めにあちこちの犯罪者達を襲撃し、傘下に収め、勢力を拡大。遂には『魔王ナグモ』を名乗り、各地へと侵略を始めた。そのやり方たるや、ひどくてね。徹底的な破壊と略奪と殺戮。男は皆殺し。女は若く美しい者は無理やりハーレム入りさせ、それ以外は皆殺し。ハーレム入りしても、少しでも反抗したら殺す。気分次第でも殺す。本人曰く、『敵は全て殺す。神も魔王も殺す。魔王ナグモが世界を支配する』だそうだ。とにかく、種族を問わずすぐ殺す、狂った虐殺者だったよ」
冷静なエーミーヤさんが初めて怒りと嫌悪の表情を見せた。
「まぁ、死んたがね。その報せを聞いた際には、心底、スカッとさわやかな気分になったよ」
「死んだんですか。良い事です」
本当に良い事だ。クズは全て死ね。特にナグモみたいな性根の腐り切ったオタク。本当に害悪、ろくな事をしない。人権? 他人の人権を踏みにじる奴に人権なんか無い。
「多元宇宙の秩序の番人。『抑止力』が来てね。ナグモから全ての異能を剥奪。元の無力なオタクに成り下がったナグモを外に放り出した。そこには、ナグモに虐殺された各種族の生き残り達がいてね。当然、彼らはナグモに対し、怒り心頭、恨み骨髄。その者達から徹底的に報復されて死んだよ。それにしても、抑止力も味な真似をする。異能に物を言わせ、他者を見下し虐殺してきたナグモにとって、異能を全て失った上、見下してきた他者に殺されるのは最大の屈辱的な死だな。自業自得だが」
『抑止力』……某有名作品で出てくる名だな。本当にいたとは。しかし、これはフィクションと違い、現実。あと、ナグモはいい気味だ。クズにふさわしい最期。スカッとさわやかな気分になれた。
「さて、ハルカ。あんたの事だから、抑止力とは何か? そして抑止力が来る基準が気になっている事だろうね。自称、魔王のナグモは抑止力に抹殺されたが、私の元には来ず、私は生きている。その差はどこに有るのか? 説明してやるよ」
ナナさんは僕の考えを読み、抑止力とは何か? そして、抑止力が来る、来ないの基準について説明してくれる事に。
「抑止力とはエーミーヤの言ったように、多元宇宙の秩序の番人。多元宇宙の秩序を乱す者が現れると、それを抹殺しに来る。ちなみに滅茶苦茶強い。私より強い。でなけりゃ、多元宇宙の秩序の番人なんて務まらないからね。そして世界には、世界を成り立たせる骨子たる理。『界理』が有る。これを無理に変えようとするのは、抑止力出動案件。先のナグモの場合、魔王を自称した事も良くないが、何より、神、魔王を殺し、自分が成り代わろうとしたのが命取り。神、魔王は世界の力のバランスにかかわる存在。軽々しく殺してはいけないんだよ。大体、嫌われ者の陰キャのオタク風情に魔王なんて大役務まるものか。馬鹿が」
多元宇宙の秩序の番人たる抑止力。多元宇宙の秩序を乱す者が現れると、それを抹殺しに来る。しかも滅茶苦茶強い。そして世界には骨子たる理。『界理』が有り、これを無理に変えようとすると、抑止力が来る。なるほど、調子に乗った馬鹿な下級転生者の天敵。
自称、魔王のナグモの場合、世界の力のバランスにかかわる神、魔王を殺し、自分が成り代わろうとしたが故に、抑止力に抹殺された。確かに、嫌われ者の陰キャのオタク風情に世界の力のバランスなんか任せられない。危険極まりない。そりゃ、抹殺一択だ。
「で、私が抑止力に抹殺されない理由は、界理に手出ししないからさ。下手に触ると危ないし。何より抑止力を敵に回すなんて、御免だからね。……私は強いけど、最強だの、無敵だのとは思っていない。魔王を名乗る気も無い。面倒。抑止力が来る可能性も有るし。そうとも知らず、魔王を名乗る下級転生者の愚かさよ」
「賢明な判断だと思います」
要するに、馬鹿と有能の違い。馬鹿は際限なく暴走し、最終的に抑止力に抹殺される。それに対し、有能なナナさんは抑止力が来るラインに触れないから生きている。
「勘違いの無いように言っておくけど、界理は絶対不変って訳じゃない。時には変わる。改良はされるんだ。逆に言えば、下級転生者はろくな事をしないから、認められない。あいつらが真っ当な界理改良案を出していたなら、抑止力も来ないはず。ま、クズに真っ当な意見なんて出せないんだけどね」
「それができる程、優秀なら、上位転生者になれますよね。所詮、下級転生者。クズ」
界理は不変ではない。だが、下級転生者みたいなクズの意見は却下。どうせ、自分に都合の良い意見しか出さないのがわかりきっているし。だから、下級転生者は周囲に認められないし、嫌われる。単なる自業自得なのに、そんな当たり前のことがわからない辺り、本当に馬鹿だ。
自称、魔王のナグモが正にそれ。何が敵は全て殺すだ。性格と態度の悪さで全方位に喧嘩を売り、自分から敵を増やしているだけじゃないか。本当に頭の良い奴は無駄に敵を作らない。争わない。無駄だからね。少なくとも、僕はナグモみたいな愚行はしない。
「ちなみに、ハルカ。あんたも未来の抑止力だからね。死神ヨミから受けた下級転生者抹殺の任がそれ。あのクズ共は後先考えず、とにかく滅茶苦茶して界理を乱すからね。さっさと殺さないと世界がやばい」
「確かに死神ヨミもその辺を話してくれました。下級転生者が好き勝手するせいで、世界の理が乱れると。最悪、世界が崩壊すると。だからこそ、僕を下級転生者抹殺の任と引き換えに転生させた」
ナナさん曰く、僕も未来の抑止力。死神ヨミから受けた下級転生者抹殺の任がそれだと。
「ハルカ。繰り返すけど、割り切れ。下級転生者は多元宇宙を蝕む害悪だ。抹殺一択。何より、あんたは下級転生者抹殺の任を受けるのと引き換えに転生したんだ。やらなければ契約違反になる。神との契約違反はやばいよ。単なる契約と違い、本当に強制力が有るし、違反したら神罰が下る。特にあんたの契約相手は冥界の支配者、死神ヨミ。契約違反したら、あんたを冥界に戻しかねない。下手すりゃ、地獄送りにするかもね」
「確かにやりかねません」
ナナさんは改めて、割り切れと言う。下級転生者は抹殺一択。何より、僕が転生した代償が下級転生者抹殺の任を受ける事である以上、やらなければ契約違反となる。
「ままならないのが世の中さ。嫌だろうが、やらなきゃならないことは有る。……ま、それを理解せず、何もかもが自分の思い通りにならないと気が済まないのが、下級転生者の馬鹿共。幼稚極まりないね。ハルカ、あんたはそんな幼稚なガキなのかい?」
「……意地悪な言い方ですね」
ナナさんの言う通り。ままならないのが世の中。嫌だろうが、やらなきゃならないことは有る。何もかもが自分の思い通りにはならない。……もっとも、もしそうなったら、なったらで、その先に待つのは間違いなく、退屈という地獄だろうけど。
ままならない世の中だからこそ、目的を果たした際の達成感、満足感が有る。何もかもが自分の思い通りになったら、最初は良くても、いずれ飽きる。人生は料理と一緒。スパイスがいる。甘ったるいだけでは胸焼けする。
「ま、今はしっかり飯を食いな。食事は身体作りの基本。食えない奴は死ぬだけさ。何より、今をしっかり生きない奴に、未来は無い」
「そういう事だ、お嬢さん。現実に目を背け、耳を塞ぎ、逃げたところで、何も変わらん。現実は常に残酷で非情だ。誰も助けてはくれない。自分の生きる道は自分で切り開くより他は無い。その為にも、強くなれ。君に危害を加えんとする輩全てを討て」
「忠告痛み入ります」
ナナさんとエーミーヤさんからの言葉。今をしっかり生きない奴に、未来は無い。自分の道は自分で切り開くより他は無い。その為にも、強くならねば。改めて、覚悟を決める。ここは異世界。楽園でも理想郷でもない。弱者、愚者は死ぬだけだ。
それからしばらく、エーミーヤさん作の美味しい夕食を食べる事に専念。たくさん有った料理だけど、瞬く間に平らげられて、夕食終了。締めのお茶をエーミーヤさんが出してくれて、一息付く。
「さて、今後の予定について話そうか。やるべき事は山積みだけど、何事にも順序ってもんが有るからね。一足飛びは良くない」
ナナさんから、今後の予定についての話。
「既に話したけど、まず最初の半月は準備期間。それが済んだら、初夏ぐらいまでは私の指導の元、鍛錬。今、四月だから、早くて六月ぐらいになるね。それが済んだらいよいよ実戦に出るよ。後、近い内に冒険者ギルドに顔を出す。敵に回すと面倒だからね。特に今は」
「確かに今のギルドを敵に回すのは得策とは言えないな。歴代最強所長の『銭ゲバ豚』にその右腕たる秘書の『白鴉』。更に『魔猫』と『凶兎』を始め、優秀な新人が揃い、黄金世代と呼ばれているからな。全く、恐ろしい人材が集まったものだよ」
ナナさんから語られた、冒険者ギルドの存在。ファンタジー物の定番だけど、実在したんだ。しかもナナさん曰く、敵に回すと面倒だと。エーミーヤさんも、今のギルドを敵に回すのは得策ではないと。何か、凄い実力者達が揃っているらしい。
「はっきり言うよ。今のあんたじゃ、ギルドの平職員にすら勝てないよ。冒険者と言えば聞こえは良いけど、その実態は単なる無法者、ならず者の集まりさ。そんな社会不適合者を相手取るんだ。当然、ギルド職員はそいつらより強い。ギルド職員採用条件は、異能持ちが絶対なんだよ。なおかつ、異能無しでも戦える事が条件。異能に頼り切りの奴は即、足切り」
「なるほど。納得です」
冒険者、その実態は無法者、ならず者の集まり。そりゃそうだ。真っ当な者なら、冒険者なんてならない。リスクが大き過ぎる。一攫千金を狙うなんて、ろくな奴じゃない。ゲームや小説に書かれているような格好良い存在じゃないんだ。そして、そんな連中を相手にする以上、ギルド職員はそいつらを上回る実力が求められる。やっぱり最後に物を言うのは暴力か。
「ハルカ。何度も言うけど、異世界は理想郷でも楽園でもない。異世界に来て、無双だの、改革だの、成り上がりだの言う馬鹿は多いけど、そんな連中は皆、非業の死を遂げた。自業自得だけどね。死にたくなけりゃ、必死になれ。真剣にやれ。でないと死ぬよ。あっさり死ぬよ。現実に主人公補正なんて御都合主義は無いからね」
「当たり前ですね」
「だが、それをわからん馬鹿が最近、多くてね。下級転生者と言うのだが」
ナナさんは改めて、異世界は理想郷でも楽園でもないと。異世界に来て、無双だの改革だの成り上がりだの言う連中は皆、死んだと語った。
当たり前だ。だけど、その当たり前をわからない馬鹿が最近、多いと語るエーミーヤさん。言わずと知れた、下級転生者。迷惑極まりない連中だな。
ナナside
「さて、そろそろお開きにするかね。ハルカ、あんたも今日はさっさと風呂を済ませて寝な。魔道開眼を果たしたは良いけど、かなり消耗しているからね。何事も身体が資本。健康管理も実力の内さ。後片付けはエーミーヤに任せておけば良い。その為に高い金出して雇ったんだし」
魔道開眼を果たしたは良いが、やはり、ハルカはかなり消耗していた。エーミーヤの作った美味い飯をたらふく食べていたからね。まぁ、食欲が有るのは良い事だ。食事は身体作りの基本だからね。今はしっかり食べて、ゆっくり休んで英気を養え。
「そういう事だ。後片付けは私に任せて、今日は早く休みたまえ。先は長い」
「わかりました。お言葉に甘えます」
エーミーヤも後片付けは自分に任せて、今日は早く休めと言い、ハルカもそれに素直に従う。歳の割には素直だね。この歳頃のガキは総じて生意気なのが多いのに。扱いやすくて助かるよ。
さて、ハルカは風呂に向かい、エーミーヤは後片付け。そして私は今後について考えていた。
「死神ヨミが最高傑作と言うだけは有るね。大したもんだよ、あの子は」
実際、大した才能だ。魔道に関して全くの素人でありながら、ぶっつけ本番で魔道開眼を果たした上、水の『蛇』という形で魔力を扱ってみせた。普通は数年掛けて、魔道開眼を果たし、そこからまた数年掛けて、ようやっと魔力に形を持たせるに至るのに。正に天才。天才って奴は、努力で越えられない壁をあっさり越えていきやがるからね。そりゃ凡人は嫌になる。
……だからこそ、きちんと育てないといけないね。強大な『力』は諸刃の剣。使いこなせれば、この上ない武器になるが、酔いしれれば、破滅への片道切符になる。ハルカは天才だが、まだ若い。ほんの十数年しか生きていないガキだ。きちんと指導してやらなきゃならない。あれほどの逸材を無為に死なせたとあっては私の名折れだ。
「こりゃ責任重大だね。同時に私の腕の見せ所でもある。ハルカを立派に一人前に育て上げないと」
改めて責任重大だと実感する。何の因果か私の元にやってきた、上位転生者という最高の原石。弟子を取る気など無かったし、私一代で終わらせるつもりだったけど、予定変更。私の後継者たるにふさわしい者が現れたんだ。この類稀なるチャンスを逃すのは馬鹿のやること。ま、世の中には、弟子の才能に嫉妬して弟子殺しをする師匠もいるけど。
「私はそんな馬鹿な事はしないよ。師より優れた弟子、大いに結構。むしろ、そうでないと困る。でないと、その流派は衰退の一途を辿り、最終的には滅ぶ」
師匠から弟子へとアップデートしていかなきゃならないのに、それをつまらない嫉妬で潰すとは馬鹿の極み。
「それにしても、上位転生者ってのは凄いね。さすがは長期運用が前提の存在。使い捨て前提の下級転生者。ハルカの世界じゃ、なろう系とか言うらしいけど、あんなクズ共とは文字通り、次元が違う。生物として格が違うね」
私は過去に何人かの上位転生者に会っているし、その実力も知っているけど、こうして弟子に取ると、改めてその凄さがわかる。生前から負け組のクズの下級転生者と違い、上位転生者は生前から優秀な奴が選ばれる。
ハルカも生前から優秀だったらしい。確か、県内屈指の進学校に通っていて、成績で学年十位以内を常にキープしていたそうだ。しかも本人曰く、その気になれば一位も取れるだろうが、周囲の恨み妬みを買いたくないから、あえて十位以内に抑えていたとか。事実、午前の授業においても、理解が早い早い。恐ろしいまでの早さで知識を吸収していく。質問もガンガンしてくるし。地頭の良さを感じたね。
何より異世界に来た事の怖さをちゃんと理解している。くどいが、異世界は理想郷でも楽園でもない。異世界に来て、最強だの、ハーレムだの、成り上がりだのと浮かれる下級転生者共は、救いようのない馬鹿だ。何もわかっていない。そしてそんな馬鹿に現実は容赦しない。等しく死を与える。
この世界において、異世界から来たハルカは一切の身分、立場を持たない根無し草。それはとても恐ろしい事。戸籍、国籍の無い奴は人にあらず。どんな扱いをされても、文句は言えないし、誰も聞かない、認めない。
だからこそ、死神ヨミはハルカを私の元に送り込んだ。異世界におけるハルカの居場所として。ハルカもまた、自分の居場所を確保すべく、必死に頑張っている。ま、そうでなければ即座に叩き出すけど。馬鹿はいらないんでね。
「……さて、ハルカの今後について、ちょっと占ってみるかね」
あまりやらないけど、私は占術もできるんでね。久しぶりにやってみる事に。
「さてさて、どんな卦が出るかね?」
取り出したるは、一枚の紙と灰皿。灰皿の上に紙を置き、火を点ける。すぐに紙は火に包まれ、灰が残る。そして灰が何かの形を取り始める。これが私の『灰占い』。灰の形で占う。で、今回できた形は……。
「こいつは驚いたね。ここまではっきり形ができるとは。蛇と……犬? 狼? いや、この尾の形と太さは狐か」
灰占いは灰の形状を見て占うんだけど、強い力がかかわる事柄程、はっきり形に出る。で、今回は灰が二体の動物が相対する形を取った。しかも立体。ここまではっきり形に出るとはね。非常に稀な事。片方は蛇。これはまぁ、わかる。多分、ハルカ。問題はもう片方。狐らしい奴。しかし、ただの狐じゃない。
「尾が三本有るね。三尾の狐か」
三尾の狐。複尾族だ。複尾族はその名の通り、複数の尾を持つ上位獣人族。一尾しかない普通の獣人族とは別格の存在であり、過去に何人もの優れた実力者を輩出している。故に最強種族談義において、必ず話題に上がる種族でもある。そして尾の数が多い程、格が高く、強い。特に頂点である九尾は神魔に匹敵、あるいは凌ぐと言われる程。……昔、九尾の猫族の魔女と殺り合ってね。えらい目に遭ったよ。どうにかこうにか、ギリギリで勝てたけど、もう御免だと思ったね。
「三尾の狐とハルカがぶつかるって事かね? ……ありえないとは言えないか。上位転生者のハルカと、これまた上位種族の三尾の狐。こっちにその気は無くても、向こうはどうだかわからない。ハルカに目を付けて、仕掛けてくるかもしれないね。何せ、希少な上位転生者だし」
灰の形はあくまで、蛇と三尾の狐が相対する形を示しただけ。だが、これまでの経験から、それは両者の激突を暗示していると判断。正直、ありがたくない暗示。複尾族の強さ、恐ろしさはよく知っている故に。伊達に伝説になっていないんだよ複尾族は。
「厄介だね。下級転生者は所詮、雑魚。ハルカなら、じきに勝てるようになるだろうけど、複尾族となれば話は別。筋金入りのエリート種族。比較的下級の三尾とはいえ、下級転生者如きとは格が違う」
全く、頭が痛いね。この占いが外れてくれたら、ありがたいんだけど、ここまではっきり形が出るという事は、ほぼ、確定の未来。実力者同士は引き寄せ合うってか。
「こりゃ、気合いを入れて掛からないといけないね。相手は三尾の狐。半端な実力じゃ話にならない」
ハルカと三尾の狐との激突は不可避の未来。さすがに今日、明日来るとは思わないけど、そう遠い未来でもない。
「全く、因果だねぇ。できる事なら、私が代わってやりたいけど……」
三尾の狐の相手を代わってやりたいのは山々だけど、それはできない。両者の激突は必然。言い方を変えれば、必要な事。果たして、両者の激突がどういう結果を生むかはわからないけど、この件に関して、私が口出し手出しをしてはいけない。
「だが、見方を変えれば、貴重な機会。希少種族たる複尾族と戦えるなんて、そうそう無い。ハルカにとって大きな糧となるだろうね。……死ななきゃね」
ハルカと三尾の狐の激突は避けられない。しかし、これは好機でもある。実力者との激突は最高の学び。死ななければだけど。
「その時までにハルカを鍛え上げないとね。せっかく取った弟子にあっさり死なれてたまるか」
私は私のやるべき事をやろう。師としてハルカを鍛え上げよう。来たるべきハルカと三尾の狐との激突に向けて。
今回は後編。ハルカ編。
魔道開眼を果たしたハルカ。そのお祝いの席で改めて異世界の過酷さを語るナナさん。
過去存在した愚かな下級転生者。自称、魔王のナグモの末路。世界の骨子たる理。『界理』と多元宇宙の秩序の番人『抑止力』。多元宇宙の秩序を乱す愚か者には、抑止力が死の制裁を下す。そしてハルカもまた、未来の抑止力だと。
更に今後についても語るナナさん。基礎を固め、初夏ぐらいに実戦に出ると。それと近い内に冒険者ギルドにも顔を出すと。ナナさん曰く、今のギルドを敵に回すのは得策ではない。エーミーヤも歴代最強所長に、その右腕たる秘書。優れた新人達が揃っていると補足。
夕食後、ハルカの今後について占ったナナさん。その結果は、ハルカと三尾の狐の激突を暗示するものに。そのあまりに明確な形から、不可避の未来と悟る。
今回の新要素
『冒険者ギルド』∶ファンタジー物定番の組織。この世界にはあちこちにダンジョンが存在しており、それらダンジョンを探索する者達が、冒険者の始まり。
しかし、作中、ナナさんの語ったように、そういう連中は無法者、ならず者でしかなく、周囲の迷惑、被害をわきまえず、やりたい放題。挙げ句、無為に死んでいく始末。あまりにひどいその現状を見かねた各地の実力者達が協力し、立ち上げた組織がギルドの祖。もちろん、善意からではなく、打算有りきではあるが。
そうしてできたギルドは無法者、ならず者揃いの冒険者達を力ずくでねじ伏せられるだけの職員が採用され、最低限の法と秩序をもたらした。更には冒険者達のバックアップも引き受けた。
それまでは法も秩序も無く、各々、好き勝手に行動し、情報共有もしなければ、協力もしない。何かと言えば衝突、足の引っ張り合い、仲間割れ。仮にダンジョンで重傷を負っても医療など受けようが無かった。おかげで情報を得る事もできず、犠牲者が増えるばかり。物品売買も滅茶苦茶。法外な値段、いい加減な品質、在庫管理もなっていない。
しかし、ギルドが成立した事で、それらが改善。法や秩序を犯す者はギルドが処罰。負傷者はギルド病院で治療を受けられるようになり、犠牲者も減り、更には彼らから情報を得て、それらをギルドを通じて冒険者達に広める事で情報を共有。その結果、より犠牲者軽減へと繋がる事に。
犠牲者が減れば、ギルドを通じての経済、物流も発展。ギルドは冒険者達を相手に物資、情報を売買。ギルドは冒険者達を相手に商売繁盛。冒険者達はギルドという安定した取り引き先を得てありがたい。
こうして冒険者ギルドは拡大。今や、世界最大クラスの巨大組織へと発展。一応、どの国家にも所属しない中立公正な組織と銘打ってはいるものの、実際は世界各地に散らばる支部ごとに、派閥争いが存在。しかし、現状、本部にいる歴代最強所長を始め、精鋭揃いの本部一強の状況故に、派手な争いは起きていない。
ちなみに現ギルド本部長はかつてナナさんと戦い、引き分けた過去を持つ。歴代最強所長は伊達じゃない。だからこそ、ナナさんは今のギルドを敵に回すのは得策ではないと判断。
では、また次回。