第六夜 セッション
え……っと。
わたしがマイクの前でキョロキョロしていると、
「ほんじゃ、いこうか」
と、ヴァンプ伯爵がなんとも無造作にそう言った。
村岡ディレクターがその言葉に頷き、例のADの女の子が、丸めた台本を振り上げた。
いこうか?
もう??
いま???
「ま、まってください!」
わたしは思わず、自分でもびっくりするほどのおおきな声をあげてしまった。
キョトンとした貌でわたしを見る伯爵と、モンセクのメンバー。スタジオ中のひと、ヒト、人。
「どうした、眼帯のお嬢ちゃん」
「いや。“どうした“じゃなくて」
わたしは、自分でもわかるくらいにテンパって言う。
「リ、リハとかはいいんですか?」
「リハ」
伯爵はそう言うと、モンセクのほかのメンバーの顔を見渡した。みんなの口から、ちいさな笑い声が洩れた。
……なんがおかしかとよ。
わたしは、彼らの態度にちょっとイラついた。
その気配を察知したのか、伯爵は笑ってこう言った。
「いまなんか流行ってるじゃない。なんだっけ、一発録りするYouTubeとか」
それなら、わたしも知っている。……だけどさ、そういうことじゃないんだよ。
「っていうか、いきなり弾けるんですか? わたしの曲」
わたしがそう言うと、モンセクのメンバー全員がまた笑った。
伯爵が、自分の手元を指す。そこには、マイクスタンドに備え付けられたタブレットがあった。
「みんな長いからね。こいつがあれば、大概は初見でいける」
彼は、あくまで笑顔を崩さず、そう言った。
「いいっスか? では、本番いきます!」
例のADの子が叫んだ。
わたしは、覚悟を決めて……というか、半ば自暴自棄で耳の中のイヤモニに集中した。
背中で、音が弾けた。
いつものカラオケ音源とはまったく違う、とてつもない大音量。大音響。重低音。しかし、紛れもない自分の歌。
わたしは、思わず伯爵の方に視線を向けた。それを横目でチラリと受け止めた彼は、ニヤリと、真っ白な八重歯を見せてちいさく笑った。
その笑顔に、わたしはなにやら背中をぐいと押されたような気がした。
よし、いける。
わたしは、鼻から目いっぱいの空気を吸い込み、おおきくお腹を膨らませた。