表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
わたしのいとしいヴァンパイア  作者: 油布大助


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

58/62

第五十八夜 鷹ノ巣

 細くて、狭くて。

 そして、所々で、山肌から流出した土砂が片道を塞いでしまっている道。


 そんなところをひたすらに通って、わたしたちは、群馬県は鷹ノ巣山の尾根に向けて、車を走らせていた。


 今日の運転手は、テラちゃんさん。


 わたしが「群馬県まで行ってきます」と言うと、


「自分が送ります。地元っスから」


 と、言って、彼がエスティマちゃんのハンドルを握ってくれた。

 わたしは、その申し出に素直に甘えた。


 鷹ノ巣山に向かう車中、わたしたちは、ほとんど口をきかなかった。


 誰も、機嫌も具合も悪くなどない。だけども、誰もが口を閉ざして、ひたすらに車外の景色を見つめていた。


 お昼をずいぶん過ぎた頃に、エスティマちゃんは停まった。


 鷹ノ巣山、事故現場と慰霊碑へと向かう、登山道の駐車場だ。他には、一台も車はいなかった。


「これ……」


 と、テラちゃんさんは、わたしたちの荷物にそれぞれちいさな鈴を付けてくれた。


 わたしと伯爵が戸惑っていると、


「熊除けっス」


 と、テラちゃんさんは呟いた。


「自分は、ここで待ってます」


 と、言うテラちゃんさんに手を振って、わたしたちは、ゆっくりと登山道を登り始めた。


*****


 たくさん置いてある中から、自分に丁度いい長さの登山杖を選んで、わたしたちは、黙々と斜面を登った。


 鳥の声。

 生ぬるい風。

 湿り気を帯びた、土の匂い。


 わたしの田舎と似てるような気もするし、それでいて、絶対的に違う、張り詰められたなにかが、そこかしこに佇んでいるような…… 。

 そんな、不思議な感覚を、わたしは覚えた。


 ところどころに、ちいさな墓標や慰霊碑、お地蔵様が点在している。それはつまり、この辺りでも亡くなったひとがたくさんいるという事だ。

 わたしは、それらを目にするたびに、瞳を閉じて、故人の冥福を心で祈った。


 しばらく登ると、青色のテント生地の屋根で雨風から守られた、休憩用のベンチがあった。

 わたしたちは、そこに座って、それぞれ水分を補給した。乾いた喉と身体に、冷たいお茶が染み込んだ。


 また、登り始めた。


 堆積している枯れ葉や小枝、くすんだ色の木の実なんかを踏みしめながら、わたしたちは黙々と歩く。ふたりのちいさな息遣いと、地面を踏み締める音、熊除けの鈴の音が、なんだかやけに耳に響いた。


 ぽつりぽつりと設置してある、熊除けの鐘。

 沿道で寂しげに回る、風車。

 錆びた手すり。色褪せたベンチ。


 そこに在るものすべてが、さびれて、くすんで、疲れていて……。なにか、知らぬ間に自分がモノクロームの世界に迷い込んでしまったような、そんな気持ちになった。


 伯爵は、わたしの少し前を、なにも言わずに歩いている。

 ……なにを思い、なにを想い、そして、なにを感じているのだろうか。わたしには、わからなかった。


 事故の日付け、時間、便名、そして、亡くなった方の人数、生存者の人数が刻まれた石碑。

 静かに佇む如来像。

 入り口を夥しい数の千羽鶴で飾られた、犠牲者の方々の生前の写真や愛用品が祀られている、プレハブの小屋。


 それらを過ぎて、さらに登って。

 わたしと伯爵は、同時にそこで足が止まった。


 そこには、真っ黒に焼け焦げて、ところどころが炭化した、見るに堪えない姿をした、太く短い木があった。

【沈黙の木】と書かれた木札が、掛けられていた。


 そのあまりにも生々しい有り様に、わたしは、足がすくんでしまった。


 その時だった。

 また、例の耳鳴りが、わたしを襲った。


 いままでで、いちばん酷かった。


 痛みと、吐き気と、立っていられないほどのめまいとが、同時に来た。


 思わずしゃがみ込んだわたしに、伯爵が駆け寄った。


「大丈夫か」


 伯爵が戸惑ってそう訊いた。


 これ以上は来ないで


 と、薗田富希子に言われている気がした。なんとなく。


「……わたしは、下で待ちます」


 精一杯の力で笑顔を見せて、わたしは言った。


「きっと、薗田富希子さんが待ってる。伯爵、行ってあげて」


 伯爵は、わたしの手を優しく握って、


「……わかった」


 と、答えた。


 そして、わたしは少し下のベンチに向かって、ゆっくりと戻った。


 伯爵は、その、さらに上を目指して、進み始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ