表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
わたしのいとしいヴァンパイア  作者: 油布大助


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/62

第五十夜 共犯者

 淡いクリーム色の、鈍く輝く廊下をどんどん進む。そして、突き当たりのドアをくぐって、左の方へ。


 さっきの若い看護師に習ったとおりにおれは歩き、やがて、目的の場所へ辿り着いた。


 二人部屋らしいが、名札はひとつしか掛かっていない。もうひとつのスペースは、空いているようだった。


 みっつ、ノックをする。


「どうぞ」


 か細い声がそう返事をした。おれは、ドアノブを掴むと、ゆっくりとそれを押し開けた。


 窓のおおきな、明るい部屋だった。


 開け放たれたそこから、優しい風が流れ込んでいた。よく洗濯がされた真っ白なカーテンを、柔らかい風が揺らしていた。


 ベッドのうえに、痩せた女が上半身を起こして座っている。


 白髪混じりの髪、ちいさな肩。


 ずいぶんと変わってしまったが、その華奢な身体のラインは、あまり変わっていないような気がした。


 日野真琴だ。


「氷瑞君……」


 日野真琴が、目を細めて笑った。


「ご無沙汰してます」


 おれは、そう言いながら頭を下げた。


*****


「何十年経つのかしらね、いったい」


 日野真琴が、呟くようにそう言った。


「数えたくもないですね」


 おれは、丸椅子に掛けながらちいさく笑ってそう答える。


「あら。吸血鬼も年齢を気にするの?」


 日野真琴は、昔と同じようにおれのセリフを混ぜっ返した。変わっていない。なにも。


「どうですか、調子は」


「ぜんぜんダメね」


 おれの問いに、彼女は笑って答えた。


「癌よ。末期のね」


 そう言うと、傍らの机の上から、飲みかけらしいペットボトルを手に取った。


「もう、転移に転移を重ねちゃって。自分がなに癌だったのかも忘れちゃった」


 中身を、ひとくち飲んだ。


「ご家族は?」


 おれが訊くと、


「旦那と、娘がふたり。もうとっくに結婚して、どっちも遠くに行っちゃったわ。孫も三人いるのよ」


 日野真琴は、笑いながら答えた。


「氷瑞君は、まだひとりなの?」


 その問いに、おれは、無言でうなづき、応える。


「……いまでも、富希子のことを考えてるの?」


 彼女の言葉に、おれは、ちいさく首を横に振った。


「そんなんじゃないですよ」


「……わたしはね、考えてる」


 日野真琴は、視線をゆっくりと宙に向けて、そう言った。


「考えてるっていうか、忘れられない」


 なにもない、その宙の一点を見つめるようにして、彼女は続ける。


「姉のように慕って、信頼してくれてたのに。裏切って、好きなひとを奪っちゃった」


 おれは、なにも言えずに黙り込む。


「夢にね、出てくるの」


「夢に?」


 おれは、思わずそう訊いた。


「もうずっとよ。あれからずっと」


 日野真琴は、宙を眺めながら言う。


「いつも、悲しそうな貌で、座ってるの。富希子が」


 不意に、彼女はおれの顔を見た。


「だけど、最近、笑ってくれるの」


 日野真琴は、微笑んだ。


「去年くらいからかな。夢の中の富希子が、笑ってくれるようになった」


 おれは、黙ってその話を聞いた。


「それでわたし、なんだか勝手に許してもらえたような気分になって。そしたら、なんだか無性に君に会いたくなって」


 その時、不意に出入り口のドアが三度ノックされた。


「どうぞ」


 日野真琴が、声を掛けた。


「……失礼します」


 そう言いながらドアを開けて病室に入ってきたのは、中里花純だった。


「あ、よかった。合ってた」


 おれの顔を見て、ホッとした貌を中里花純は見せた。


「どうしてここに」


 おれは、思わずそう訊いた。


「いや。伯爵、スマホ忘れてて」


 中里花純が、慌てた様子でそう言った。


「届けなきゃと思って、看護師さんとかその辺のひとに訊きまくって……」


「あなたは?」


 日野真琴が、柔らかい口調でそう訊いた。


「あ。すみません、勝手にお邪魔して。伯しゃ……じゃなくって、社長の氷瑞の下でいろいろ勉強させてもらってます。中里花純と申します」


 中里花純が、腰を曲げて深々と頭を下げた。


「ちょっと、ここに来てもらえる?」


 日野真琴が、中里花純にそう言った。


「あ、はい」


 中里花純は一瞬おれの顔を見て、それから、日野真琴のベッドのそばに立った。


 その手を、日野真琴がゆっくりと両手で握った。

 ずいぶん痩せて、骨張った手になっていた。


「なんだか、富希子が笑ってくれるようになった理由がわかった気がする」


 中里花純の手を握ったまま、日野真琴は、うっとりとそう言った。その目に、薄く涙が浮かんでいた。


 意味がわからず戸惑いの貌を見せた中里花純に、


「こっちの話」


 と、ちいさく言って、日野真琴は手を離した。


「あなたも、歌手なの?」


 そう訊いた。


「はい」


 中里花純が、ちいさく、しかし、はっきりと答えた。


 それを聞いて、日野真琴はまた微笑んだ。


「頑張って。きっと大丈夫、あなたなら」


「あ、ありがとうございます」


 中里花純が、また、頭を下げた。


「氷瑞君」


 日野真琴が、おれに話しかけた。


「はい……」


 おれは、答えた。


「幸せになって。富希子も、そう願ってる」


 そう言って、日野真琴は笑った。


 開け放たれた窓から、また、優しい風が入ってきて、真っ白なカーテンを、ゆっくりと揺らした。


*****


「あのひと、お友達ですか?」


 車を出しながら、中里花純はおれにそう訊ねた。おれは、窓の外を眺めたまま、


「……共犯者だ」


 と、短く答えた。


*****


 それから三日後に、日野真琴は、旅立った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ