第四十七夜 レコーディング、終了!
少し歩くと、某大手カラオケチェーンの店舗があったので、わたしたちはそこに入った。
他の部屋からちいさく漏れ聞こえる歌声を耳にしながら受け付けを済ませ、きびきびとした所作の若い店員さんの、案内の後を追う。
通された部屋は、結構な広さのパーティールーム。軽く、十人以上は入れそうだった。
わたしのオーダーを確認すると、小峯文香はてきぱきとした動きでそれらを注文し終え、まるで、少しの時間も惜しいかのように、すぐに端末機で曲の予約を始めた。
「……カラオケでいいの?」
わたしは、思わずそう訊ねた。
「まだ、外で遊ぶ時間もあるよ? もっと行きたいとこない?」
わたしがそう言うと、小峯文香は黙って首を横に振った。
「ううん。……今日はありがとうね、初号機ちゃん」
小峯文香が、そう言ってにこりと笑った。
「行きたかったところ、食べたかったもの。いっぱい遊んだ。こんなに楽しいの、初めてだった。初号機ちゃんが気を遣ってくれて、誘ってくれて。わたし、ホントに嬉しかった」
そう言うと、小峯文香はふたたび端末機の操作を始めた。
「だから、ここからは、練習の時間」
画面に、入力された曲名が大写しされた。
そこには、
「BACK OFF」
と、表示されていた。
わたしの、SUMIKAとしての、唯一で最大のヒット曲だ。
「初号機ちゃん。残りの時間、思いっきりわたしを鍛え直して!」
小峯文香こと二代目SUMIKAは、マイクを握りしめて、力強くそう言った。
*****
二度目の延長を終えたわたしたちはさすがにへとへとになり、
「そろそろ、帰ろうか」
と、どちらからともなく言い出した。
ドリンクのおかわりを頼む事すらほとんど忘れて、わたしたちは、ひたすらに「BACK OFF」をはじめとする「SUMIKA」名義曲を、歌い合った。
ここは、こうすればいいよ。
これは、こう喉を開ければ声が出るよ。
ここは、腹圧を掛けてしっかりと歌って。
わたしに出来る範囲、教えられる限りの事は、すべて伝えた。小峯文香も、頑張って歌った。
ふと見ると、なにやらドアの外がざわついていた。ガラス越しに、何人ものひとたちが中の様子を覗っている。……え、なに? 怖かとけど。
小峯文香が、壁の受話器を取ってフロントに連絡する。しばらくすると、その、ドアに群がっていた人たちが追い払われた。
ドアがノックされて、お店のひとが入って来た。三十代くらいの、女のひと。
「ご迷惑をお掛けしました」
女のひとは、丁寧に頭を下げてそう言った。その胸元には「店長」と肩書きが書かれた名札が付いていた。
「"中で歌っているのは本物のSUMIKAなのではないか?"と、一部のお客様が言い出して、騒ぎになってしまったようで」
あ、なるほど。
わたしと小峯文香は、思わず顔を見合わせて、笑ってしまった。
「あの……」
女店長さんは、申し訳なさそうな顔で、身体の後ろに回していた両手を、前に出した。
そこには、油性マジックとサイン色紙。
「もし、ご本人でしたら、その、サインなんかは戴けませんでしょうか」
女店長さんが、頭を下げたまま、そう言った。
*****
「よし。オッケーだ」
伯爵のそのひと言で、小峯文香のレコーディングは、終了した。
ブースから飛び出して来た彼女は、真っ先にわたしに飛びついて来た。
修学旅行と特訓の翌日。
伯爵の個人スタジオだ。
「お疲れ様」
わたしがそう言うと、
「うん! ありがとうね。初号機ちゃん!」
と、彼女は答え、抱きついて来た。ふわっと甘い良い香りがして、わたしは、なんだかちょっとドキドキした。
「氷瑞先生、恩田先生。ありがとうございました」
小峯文香は、そう言ってふたりに頭を下げた。恩田さんが笑顔で拍手を送り、わたしやテラちゃんさん、白井マネージャーもそれに続いて手を叩いた。
小峯文香は、涙を流しながら、何度もなんども頭を下げ「ありがとうございました」と言い続けた。
*****
「初号機ちゃん、一緒に写真撮ろう!」
小峯文香が、そう言って肩を組んで来た。スマホを高く掲げて、角度を調整する。
えっと、こんな可愛い子と並んで写るの、少し恥ずかしいとけど。
わたしの羞恥心などお構いなく、小峯文香は、後ろに座る伯爵までがバッチリ入る絶妙な構図を手早く捉えて、パシャリと写真を撮った。
それから「見て。バッチリでしょ」と、わたしにそれを見せた。なにやらの作業をしている伯爵の端正な横顔も、綺麗に撮れていた。
彼女は、さらにスマホを続けて操作し始めた。
「……小峯、なにしてる?」
伯爵が訊ねた。
「え?」
あっけらかんとした貌で、彼女は答えた。
「SNSにあげるんですよ。"レコーディング最終日!"って」
伯爵の顔が、見る見る青くなった。
「花純、スマホを取り上げろ! 顔バレする!」
そう叫んだ。
あ、そうか。
ヴァンプ氷瑞は「人間としての仮の姿」を、世間には公開していないのだ。これは、マズい。
「だめ、文香ちゃん! 待って!」
わたしは慌てて、彼女からスマホを奪おうとした。
「え。ちょっと、やめてよ初号機ちゃん!」
事情を知らない小峯文香が、ムキになってそれを取り返そうとする。
その様子を見て、恩田さんやテラちゃんさん、白井マネージャー、他のスタッフのみんなが、そろって、おおきな笑い声をあげた。




