第四夜 拷問室の哀歌
スタジオ出入り口の、重くてモコモコしたドアを押し開ける。
わたしは、思わず息を飲む。
頭上の鉄骨から、鎖で吊り下げられたひと。
巨大な歯車のようなものに、背中を反らせて括り付けられたひと。
内側にトゲがいっぱいついた、鉄製の人形に挟まれたひと。
ギロチンにかけられ、いまにも首を切り落とされそうなひと……
そんなものたちが、スタジオのあちらこちらに置いてあるのだ。……まぁ、どれもこれも、なかなかに凝った造りの人形の数々だった。さながら、田舎の縁日のお化け屋敷と言ったところか。
それらの隙間を縫うようにして、おっきなアンプだのスピーカーだの、ドラムセットやキーボード、マイクスタンドなんかがずらっと並べてある。
……なんだコレ。
そう考えながらすみっこに立ち尽くしていると、さっきの出入り口がふたたび開き、ドヤドヤと、数人の男たちが入ってきた。
その誰もが、奇妙な白塗りのメイクを顔面に施していた。そして、マントに鎧に軍服にの、やたらと仰々しい衣装。
先頭を切って歩いている男には、見覚えがあった。
CMやらバラエティ番組やらでたまに見かける、わけのわからない見た目とは裏腹に、妙に理知的なことをダミ声で喋る、変わったひと。……名前は、確か【ファラオ大関】だったか。ここにいるって事は、このひと、歌手だったのか。
そして、その珍妙な集団の殿を務めて入って来たのは、さっきの【伯爵】だった。細い長身を少し丸めるような猫背にして、大股に歩いている。
わたしと、目が合い、伯爵は八重歯を見せて微笑んだ。
「あ、あの。さっきはありがとうございました」
わたしがそう言って頭を下げると、
「あぁ。どう? うまくいった?」
と、伯爵は訊いてきた。
うまく……は、いってないかな……
わたしが、なんと答えたものかと窮したその時、横から、白井マネージャーが口を挟んだ。
「はじめまして。この度はウチのSUMIKAがお世話になったようで」
名刺を出しながら、頭を下げた。
伯爵は、あまり興味がなさそうな顔でそれを受け取り、両目を細めるようにして、名刺の表面の字面を眺めた。
そして、
「白井さん、ね。老婆心ながら言わせてもらうけど、もうちょっとはタレントさんへの対応を考えた方がいいと思うよ。本番直前にスタジオの前でほったらかしなら、この子、事務所に所属してる意味がないでしょう」
と、白井マネージャーに向けてピシャリと言った。
「し、失礼しました!」
白井マネージャーが、慌てた様子で頭を下げる。その場面を、わたしはまるで他人事のような感じで、すぐ隣で眺めていた。
「では、本番はいります!」
例のADの女の子が、向こうで声を張り上げた。
「さて……と。いきますか」
そうボソッと言うと、伯爵は、ツカツカとスタジオセットの向かって右側、スタジオマイクとモニタースピーカーの前に陣取った。そこに、さっきの『テラちゃん』が、ギターを持って歩み寄った。
真っ赤な、とても綺麗なギターだった。
中央のスタンドマイクの前に立った【ファラオ大関】氏が、ふたつ咳払いをして、右手を挙げた。
いきなり、轟音と音圧がスタジオを埋め尽くした。
伯爵と、ステージ左側のもうひとりのギタリストが、ガリガリと手元のギターをかき鳴らす。そこに、ドラムとベースの重低音が、少し遅れて混ざり合った。
すご……
初めて感じる「音の洪水」に、わたしは、呑まれそうになる。
「フハハハハ……! モンスター・リズム・セクション! 拷問室の哀歌!」
中央のファラオ大関氏がダミ声でそう言うと、伯爵のギターが、奏でるメロディをがらりと変えた。