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わたしのいとしいヴァンパイア  作者: 油布大助


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第三十六夜 別れ

 あきれるほど、青い空がひろがっていた。

 じりじりと、太陽とアスファルトがおれを挟んで蒸し焼きにでもしようとしているような、そんな日だった。


 街路樹では、蝉たちがやかましい鳴き声をあげ続けていた。身体中からぬるぬると際限なく溢れ出る汗は、喪服の下に着込んだシャツを、あっという間にびしょ濡れにした。


 おれは、のろのろと重い足取りで、中野の町を歩いていた。


 葬儀会場の寺が近いのか、だんだんと、喪服を着たひと達の姿が増えてきた。


 薗田富希子のファンが、大勢並んでいた。

 男も女も、若いひとから結構な年配の者まで、多種多様だった。


 おれは「一般弔問最後尾」と書かれたプラカードを持った警備員が立つ列の、いちばん後ろに着いた。


 全員が、うつむいて歩いていた。


 ある者は人目もはばからずに涙を流し、また、ある者は同席した友人と支え合うようにして。そこにいる全員が、深い哀しみの底に沈んでしまって、それでも、這うようにして前に進んでいた。


 沿道には、大勢のマスコミがいた。


 その中には、つい最近に見た顔もちらほらしていて、おれは、ことさらにうつむいて、歩を進めた。


 そのうちに、おおきな写真パネルが見えて来た。


 縁を色とりどりの花々で飾られた、モノクロの遺影。はにかむように微笑む、薗田富希子。


 損傷が激しく、医者が歯形を照合して、なんとか彼女の遺体だとわかったのだという。

 まず、荼毘に付されて、その小柄だった身体をさらにちいさな骨壷に詰められて。それから、薗田富希子はこの葬儀会場にぽつんと佇んでいた。


 なんだか、嘘のような光景だった。


 誰かが後ろからおれの肩をポンと叩いて「はい、冗談でした」と、笑ってくれないだろうか。


 あるいは、ハッと目を覚まして。

 そこが、自室のベッドの上だったりはしないだろうか。


 そんな事を考えながら、おれは歩いた。


 焼香の順番が、近付いて来た。


 延々と続く読経が、煩わしかった。


 間近に、薗田富希子の遺影を見た。


 足がすくんだ。


 こめかみが激しく痛んだ。


 呼吸が、止まりそうだった。


 そして、おれは、


 焼香をする事なく、その列から逃げ出した。


*****


 角の酒屋の軒先に自販機を見つけて、おれは、ポケットをまさぐった。


 数枚の硬貨を挿れ、ボタンを押した。


 がらがらと騒がしい音を立てて、取り出し口に缶ビールが落ちて来た。


 おれは、それを取り上げると、プルタブを引き開けた。たちまち、真っ白い泡が缶から溢れ出した。


 袖口が濡れるのもまるで構わず、おれは、それに口をつけた。


 一息に、半分ほどを飲んだ。


「氷瑞君」


 後ろから、おれに声が掛けられた。


 声の主はすぐにわかった。日野真琴だった。


「……もう、帰ります」


 おれは、なにも訊かれぬうちから、そう言った。

 もう、なにもかもが面倒だった。

 無言で、踵を返した。


「富希子の、遺書があるの」


 日野真琴は、穏やかな口調でそう言った。


 おれは、その言葉に思わず振り返った。


 日野真琴はおれに歩み寄り、それから、透明なクリアファイルを差し出した。


 おれは、震える手でそれを受け取った。


 そこには、一枚の紙が収められていた。


 航空会社のロゴが入った、座席に備え付けのメモ用紙だった。


 端がところどころ焦げ付き、黒いなにかがこびりついた跡があった。


「……最期に書いたみたい。バッグの中に、いちばん奥にしまってあった」


 日野真琴は、涙を流しながらそう言った。


 おれは、震えながらそれを読んだ。


 弱々しく、ところどころがブレた文字だった。しかしそれは、紛れもなく薗田富希子のすこしクセのある文字だった。




「ひみずさん あいたいです


 ひみずさん だいすきです


 ひみずさん いきたいです」




 それを見た瞬間に、おれを今日一日支えていたなにかが、壊れた。


 おれは歩道の石畳に両膝を着き、号泣していた。

 

 涙と鼻水は、後から後から、まるで止まる事なく溢れ続けた。

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