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わたしのいとしいヴァンパイア  作者: 油布大助


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35/62

第三十五夜 流星雨

 その日は、朝からバラエティ番組の収録の予定が入っていたらしい。しかし、約束の時間になっても、薗田富希子は待ち合わせ場所に現れなかったのだそうだ。

 部屋に電話を掛けても、呼び出し音が鳴るばかり。誰の、なんの応答もなかった。


 サブのマネージャーが、薗田富希子の部屋に走った。


 マンションの部屋の前に着くと、そこには、ちょっとした人集りが出来ていた。同じ階の住民が何名かと、ふたりの、制服を着た警察官。


「ガスのような臭いがする」


 と、隣室から通報があったのだ。


 サブマネージャーが、慌てて合鍵を挿し込んだ。


 ドアを開くと、ムッとする都市ガスの臭気が廊下に溢れた。警察官が慌てて部屋に飛び込み、ひとりが換気を、もうひとりが開かれたままの元栓を手早く閉めた。


 薗田富希子は、浴室にいた。


 手首に、横に裂かれたような傷があった。

 足元には、使用した文化包丁が転がっていた。


 薗田富希子は、ただ、しゃがみ込んで、しくしくと泣いていた。


 サブマネージャーになにを訊かれても、ただ泣くばかりで、なにも答えなかった。


*****


 救急搬送された彼女は、大事には至る事もなく回復した。しかし、とても仕事を出来る状況ではなかった。


 無期限の休養が、ムーンミュージックから発表された。


 おれは、事務所で記者会見をさせられた。


 いままでブラウン管の向こう側で何度も観てきた、あの、弾劾裁判。

 言葉による絞首刑。

 テレビカメラで組まれたギロチン台。……おれは、あれにかけられた。


 キチンと「ヴァンプ氷瑞伯爵」としての姿で会見に出席した事で、まずは非難の声を浴びせられた。

 

 謝罪する気があるのか。


 ふざけているのか。


 こんな時くらいは素顔で来るべきではないのか。


 ……好き勝手に、罵られた。


 薗田富希子との関係は?


 いつから交際を始めたのか?


 ふたりに、申し訳ないという気持ちはあるのか?


 矢継ぎ早に、質問が飛んできた。


 四方から休みなくたかれるストロボフラッシュで、おれはその後、三日ほど目の調子がおかしくなった。


 芸能人がサングラスのままで取材を受けているのをテレビで観ていて、いままでは「偉そうに」なんて思っていたのだけれど。なるほど、あれはこういう理由があったのかもな……なんてな事を、頭の中で考えた。


 結局、自分でもよくわからないまま、時間が来て会見は御開きになった。ブーイングとフラッシュの豪雨を背中に浴びながら、おれは、ほうほうの体でその場を離れた。


 それから、事務所も大変な騒ぎになった。


 薗田冨希子のファンから、剃刀入りの脅迫状や誹謗中傷罵詈雑言の書かれた手紙、抗議文や殺害予告が、どんどんどんどん事務所に届いた。


 レコードの売り上げが、落ち始めた。


 サバトの観客動員数が、目に見えて減った。


 事務所の社長には厭味を言われ、レコード会社には、契約の打ち切りをチラつかされた。


 そして、おれたちモンセクは、しばらくの活動を、休止する事になった。


*****


 そして、その日がやってきた。


*****


 おれは、開店前のいつもの店の、いつものカウンターの端っこで、ひとりでジャックダニエルを飲んでいた。


 ここ何日かは、ずっとこの調子だった。


 夕方になると、起き出して。

 シャワーだけ浴びて、ここに来て。

 飯と酒を済ませて、家に帰る。


 他はどこにも出かけないし、誰とも会おうとしなかった。


 髭もまともに剃っていないし、髪の毛も、手櫛で軽く整えるだけ。まぁ、ちょっとした世捨て人だ。


 ママは、あの騒動について、おれになにひとつ言ってこなかった。


 マスコミから取材を求められる事も幾度かあったようだが、完全無視を貫き通した。


 その行動と態度に、おれは、まぁ、甘えてしまっていた。


 ジリジリと、店の電話が鳴った。


 ママが受話器をあげた。

 それから、ひとつふたつの受け答えをした。


「氷瑞ちゃん」


 いきなり、おれに声が掛けられた。


 おれは、澱んだ目でママを見た。


「フッコちゃん……」


 ママがちいさくそう言って、おれに受話器を差し出した。


 おれは、少しの間を躊躇って、それから、ゆっくりと立ち上がり、受話器を受け取った。


「……もしもし」


 そう呟いた。


 受話器の向こうで、ざわざわと大勢のひとの気配がしている。遠くに聞こえる、女性によるアナウンスの声。


「もしもし」


 おれは、もう一度そう言った。


「……もしもし」


 受話器から、か細い声が聞こえた。


 薗田富希子だ。


「どこにいる?」


 おれが訊くと、


「空港です」


 と、彼女は答えた。


「空港?」


 おれは、続けて訊いた。


「はい……」


 薗田富希子は、答えた。


「どこに行く?」


 おれは、掠れた声で訊く。


「大阪です」


 薗田富希子は、そう答えた。


 そういえば、彼女の実家は、確か立花の辺りだと言っていた。おれが神戸の出だから、その辺の話で盛り上がった事もあった。


 もう、遠い昔の事のようだ。


「……氷瑞さん……」


 彼女は、ちいさく震える声で、そう言った。


 おれは、ただ黙ってそれを聞いていた。


 薗田富希子の、時折、鼻を啜る音と、周囲の騒めきが、まだ、耳に残っている。


 唐突に、電話が切れた。


 おれは、どうする事も出来ずに、受話器を戻した。


 もう二度と、彼女から電話が掛かってくる事はなかった。


*****


 八月十二日。

 午後六時五十六分。


 薗田富希子が乗った飛行機は、群馬県、鷹ノ巣の尾根に、墜落した。


 乗客乗員五百数十名が亡くなるという、未曾有の大惨事だった。

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