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わたしのいとしいヴァンパイア  作者: 油布大助


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33/62

第三十三夜 成り行き

 左半身にぴったり張り付いていた肌と重みと体温が、不意に離れた。そのはずみで、おれはうっすら目を覚ました。


 薄明かりの下で、人影が動いた。

 ライターが着く音がした。それから、煙草を吸い付ける鼻息。ちいさな吐息。紫煙。


 おれも、のっそりと上半身をベッドに起こす。


「ごめんね。起こしちゃった?」


 と、煙草を吸っていた人影の主は小声で言った。


 おれは、


「いや」


 と、ちいさく返して、ぼりぼりと頭を掻いた。


 ゆっくりとベッドから降りた。そのまま、薄暗闇の中を、便所に向かう。


 見慣れないトイレマット。


 見慣れないスリッパ。


 見慣れない、ちいさな観葉植物。


 ……ここは、どこだったかな。


 おれは便座に腰掛けると、まだ回らない頭でゆっくりと考えた。


*****


 二軒目にふたりが訪れたのは、おれがたまに行くジャズバーだった。


 カウンターだけのちいさな店で、やたらとジャズに詳しい初老のマスターが、ひとり黙々とやっているところだ。

 そこでレコードを聴きながら、ワイルドターキーのニ、三杯は飲んだだろうか。


「さすが。氷瑞様は、素敵なお店をご存じで」


 店内にゆったりと流れる「ウイップラッシュ」を聴きながら日野マネージャーはそう呟いた。


「その"様"ってのと敬語、よかったらやめてもらえませんか」


 おれは、笑ってそう言った。


「おれたち、そんなに年の差ないでしょう?」


「あら」


 日野マネージャーは、おれの顔を覗き込みながら笑った。


「女性に年齢を訊くタイプ?」


「そんな事はないですけど」


 おれも、笑ってそう返す。


「そうね。なら、ここからは氷瑞君で。……確か、わたしの方が上ね。二十六になるから」


 日野マネージャーが、グラスを口に運ぶ。


「一応、公称は"三百二十三歳"なんですけどね」


 おれがそう言うと、日野マネージャーはけらけらと笑った。


「で、どう? 年上の女と飲む事は多いの?」


 おれは、


「さぁ。どうですかね」


 と、はぐらかした。


「なら、年上の女と寝た事は?」


 日野マネージャーが、からかうような視線を向ける。


「……さぁ。どうですかね」


 おれは、もう一度はぐらかす。


「じゃあ……富希子フッコとは? あの子と寝たいとは思わないの?」


 その質問に、おれはちいさく笑って答える。


「おれは、ロリコンじゃないですから」


「あら。十七歳は、立派な女じゃない?」


 おれは、となりのスツールにちょこんと腰掛けて、瞳をきらきらさせながら微笑む薗田富希子の顔を、頭の中に描いた。それから、ちいさく首を横に振った。


「かわいいですよ。だけど、ちょっとそういう対象ではないかな」


 そう言って、日野マネージャーの顔を見つめた。彼女は、ちいさく笑って、グラスを傾けた。


*****


 その後、さらにニ、三軒の店をハシゴして、それから、大通りでタクシーを拾って。


 そうか。


 結局そのまま、日野マネージャーの住んでいるマンションに泊まったのだ。


 ところどころに、記憶の断片がある。


 他愛もない会話。


 肩を抱くようにして歩いた夜の街。


 タクシーの中で重ねた唇の温度。


 肌の感触。柔らかな乳房。甘く潤った性器。


 おれは、用を足し終えてトイレから出た。


 薄明かりの中、全裸の日野女史がベッドの端に腰掛けていた。おれも、裸のままだった。


「なにか、飲み物ある?」


 おれが訊くと、


「冷蔵庫に」


 と、日野マネージャーは部屋の端を指し示した。扉を開けると、何本かの缶ビールが並べてあった。バドワイザーだ。


「わたしもちょうだい」


 日野マネージャーの言葉に頷き、おれは、二本の缶ビールを取り出し、ドアを閉めた。


 ふたりで、裸のままビールを飲む。


 ふた口ほど飲んだところで、日野マネージャーはビールの缶をサイドボードの上に置いた。


 それから、ゆっくりとおれの首に両腕を回してきた。


「いま、何時くらいだっけ」


 おれがそう訊くと、


「まだ三時」


 と日野マネージャーは答えた。


 それから、おれの唇に、自分の唇を重ねてきた。


 おれたちは、ゆっくりと、互いの舌を味わった。


「……夜はまだこれからでしょ?」


 唇を離して、日野マネージャーが囁いた。


 おれは、彼女の身体をゆっくりとベッドに横たえらせた。

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