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わたしのいとしいヴァンパイア  作者: 油布大助


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30/62

第三十夜 節目

 A面とB面を入れ替え(まぁ、要はラベルやパッケージがちょいと変わっただけなのだが)て再プレスされたおれたちのシングル盤は、結果として何千枚かを追加で売り捌いた。

 薗田富希子の雑誌インタビューの効果は、てきめんだった。


 それをきっかけに、おれがメインで作曲を仕切る、新アルバムの企画がスタートした。


 おれはここぞとばかりに、自分が今まで聴き込んで来たさまざまなジャンルの音楽エッセンスを詰め込んだ曲を、十曲以上も提出した。


 他でプロデビューを果たしていた、古い仲間であるキーボード弾きの【恩田】をサポートメンバーとして引っ張り込み、いままでのモンセクの音楽にはなかったシンセサイザーの音色を、楽曲に大胆に取り入れた。


 メジャーコード進行の曲もどんどん書いた。既存のヘヴィメタル、そして、いままでの浜屋の作った楽曲の数々とは、明らかに毛色の違う作品ばかりだった。


 当然、選曲会議では、レコード会社や所属事務所は良い反応をくれなかった。


 あまりにもいままでと雰囲気が違いすぎる。これでは、せっかく集めた信奉者達が離れてしまう……それが、両者の言い分だった。


 しかし、バンドのメンバーは、意外にも全員がこの挑戦を面白がった。


 そもそも今のモンセクのメンバーで、ゴリゴリのヘヴィメタル信者というのは、実はひとりもいなかった。


 大関はいつも浜屋にくっついてはいたが、基本的には、ロックもポップスも歌謡曲も、オールジャンルの曲を歌えるシンガーだった。更に言えば、劇団で芝居やコントなども修行し、こなせる……まぁ、なかなかに芸達者なやつだった。


 ギターの中村とドラムの津川は、どちらかといえばハードロックやプログレが好きで、それらをずっとやってきた奴らだし、おれとベースの岸和田は、もともとはジャズやフュージョンのバンドにいくつか在籍していた。


「ヘヴィメタルの枠に囚われない新しい音楽へのアプローチ」というのは、全員が、ひっそりとその胸の中には秘めていたのだ。


 自分達が作る、新生モンスターメタルセクション。


 その楽曲で、デビュー曲「拷問室の哀歌」の売り上げを超えたい。世間の印象を変えてやりたい。


 その思いは、全員が持っていた。


 喧々諤々のミーティングは幾度も繰り返され、最終的には、既存の「浜屋モンセク」の世界観を継承する曲と、おれたちが作った「新生モンセク」路線の曲、それらを半々で収録するという形で決着した。


 おれは、必死で曲を書いた。


 これは、チャンスだ。


 おれの培った音楽、おれが紡いだ楽曲が、ついに世に問える。


 敵は、国内のアーティストだけではない。


 クイーンだろうがエアロスミスだろうがマイケルジャクソンだろうが……おれの曲を一度でもその耳で聴いたら、どこの誰でも唸らせるだけの自信はある。


 この頃は、いままでのおれの人生で、最も濃密に音楽に向き合った時期だった。


 そうして発売されたモンスターメタルセクションの新譜【NEW MILESTONES】は、世間に結構な物議を醸した。


 まず、目に見えてサバトの客層が変わった。


 男性客が明らかに減り、入れ替わるように、若い女性客の割合が増えた。


 評論家の意見も綺麗に分かれた。


 いわゆる「ヘヴィメタル専門誌」には、このアルバムは散々にこき下ろされた。


「売るためにポップス路線に転向。早くも化けの皮を剥がしたモンセク」


 など、なんとも辛口の批評、評価をうけた。


 反面、作品としての出来を褒めてくれた識者も、大勢いた。


「新たな世界を切り拓いたモンセク。イロモノヘビメタの枠を跳び越え、技巧派バンドとしての実力を、余すとこなく世に示した」


 そう、最大級の賞賛を送ってくれる音楽評論家もいた。


 その後、そのアルバム曲の数々を引っ提げて全国主要都市ツアーも敢行された。


 新たな客層で、千人規模のホール会場が全て満員御礼の大盛況となった。


 新譜の売り上げは、最終的には十万枚をやや越えるほどのセールスに留まり、目標である「拷問室の哀歌超え」を、果たす事は出来なかった。

 それでも、おれたち全員は、モンスターメタルセクションが、新たな節目に突入した事を、ひしひしと肌で感じていた。


*****


 全国ツアーを無事に終えたおれは、ほんの少しの休息を挟んで、もう、次の作品作りに取り掛かっていた。


 バンド全体の士気も高く、メンバー全員がおおきな使命感と一体感を持って活動していた。


 そんなある日、恩田がやっているバンドの新譜にゲストプレイヤーとして参加が決まり、おれは、例の信濃町のスタジオに足を運んだ。


 いくつかのパターンで演奏を試み、それなりに納得できる仕事を終えたおれは、ひと息をつくため、いつもの喫煙所に向かった。


 尻ポケットからタバコを取り出し、廊下ですれ違う顔馴染みのエンジニアやらミュージシャンやらと挨拶や言葉を交わしながら歩く。もう、勝手知ったるホームタウンだ。


 喫煙所には、先客がいた。薗田富希子のマネージャー、日野真琴女史だった。


「こんちは」


 おれが、そう声を掛けて長椅子に腰を下ろすと、


「こんにちは」


 と、日野マネージャーも言葉を返した。


「今日も、モンセクの仕事ですか?」


「いや」


 おれが煙草を咥えると、また、日野マネージャーが火を着けてくれた。


「今日は、友達のバンドの助っ人で」


 そう答えると、


「なんだか、もうすっかり業界の一線級ですね」


 と、日野マネージャーはちいさく口の端をあげた。


 「いやいや」


 おれは、軽く首を横に振る。


薗田富希子フッコ効果ですよ。宣伝してくれて、流れがこっちに向きました」


 おれは、そう言って笑った。日野マネージャーは、その言葉を聞いて目を細めた。


「……日野さんがここにいるって事は、今日は、その富希子ちゃんも歌入れですか」


 短くなった煙草を揉み消しながらおれが訊くと、


「いえ」


 と、日野マネージャーはちいさく答えた。


 それから、おれの方へ向き直り、姿勢を正してこう言った。


「……今日は、氷瑞さんにお願いがあって来たんです」


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