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第三夜 提案

 スタジオの中央、床に白いテープで「×」の印が付けられた場所に立つ。


 立ててあるマイクを通して、誰にともなく「よろしくお願いします」とわたしは言う。左耳に嵌めたイヤモニから、いま出した自分の声が返ってくる。

 

 何度やっても、まだ慣れない。


 自分に向けられる照明、カメラ。

 業界人の皆様の視線、しせん、シセン……。


 まぁ、これで最後なんだ。もうこんな機会もないだろうし、最後くらいは開き直って歌ってみよう。わたしは、伯爵から借りた立派なギターのネックを、ぎゅっと握った。


 ……なんだか様子がおかしい。


 スタジオの空気がいつもと違うのに、わたしは気付いた。

 だいたいは忙しなく収録が始まって、歌い終わればとっとと撤収……まぁ、そういう流れなのだ。けれども、なかなか撮影がスタートする気配がない。


 なんか、不具合でもあったのかな。


 わたしがそう考えていると、突然、ディレクターの村岡さんと、マネージャーの白井さんが近づいて来た。


「ごめんね、SUMIKAちゃん。悪いんだけど、急に企画が変わっちゃってさ」


 村岡さんが、丸めた台本を握って笑う。


「企画……ですか?」


 わたしが訊ねると、


「そう」


 ディレクターの村岡さんが、台本を孫の手代わりに使って背中を掻きながら答えた。


「突然で申し訳ないんだけど、若手とベテランのコラボ企画の一環で。追加で一曲歌ってもらいたいんだよ。【BACK OFF】をさ」


 いや、わたしは別に構わないけど……

 そう思いながら、申し訳なさそうな笑みを浮かべる村岡さんの顔を見る。


 この手のことは、デビューして一年で何度も経験してきた。


 一所懸命に練習を積んで披露した新曲を、なんとも興味なさげな顔で聴いている人たち。その、虚ろな表情。


 結局、世間のみなさんが聴きたいのは、いっとき世間を騒がせたデビュー曲【BACK OFF】だけであって、ほかの曲をドヤ顔で歌われても、なんの興味も湧きはしないのだ。曲の内容、出来の良し悪しなんか関係ない。知っているか、いないのか。


 一発屋なんて、まぁ、そんなもんだ。


 かく言う自分だって、その手の先輩方の曲は同じようなスタンスで聴いてきた。流行った曲だけをそのひとから切り取って、他の面など見向きもしない。他にどんな歌を歌っているのか、興味も持たない。……これもあれだ、因果応報ってやつだ。たぶん。


 マネージャーの白井さんは、いつも通り「お金になるならなんでもやって」という表情をしている。そうだよね。最後なんだから、稼げるだけは稼ぎたいのだろう。


「……わかりました」


 わたしは、いろんな感情を押し殺して、笑顔を作ってそう答えた。上っ面だけの。


 合図がなって、わたしの新曲のカラオケがスタジオに響き始めた。


 わたしは音程をトチらないように、いつも、イヤモニからボーカルの主旋律を電子音で流してもらっている。あとは、それに沿って丁寧に歌い上げるだけ。……いつものように。


 それっぽく見えるように、ギターのネックに指を這わせ、ピックで弦を爪弾いて、わたしは、誰からも期待されてない、新曲であり引退作であるその歌を、それでも、一所懸命に歌った。途中でなんだか涙が滲んで、それが瞳から流れ出ないようにするのに手を焼いた。


 歌が、終わった。


 スタジオのあちこちから、パラパラとちいさな拍手があがった。


 なんとも事務的な、寂しい拍手だった。


「いや〜、よかったよ、SUMIKAちゃん」


 そう言いながら、卑屈な笑みを浮かべた村岡ディレクターが、歌い終わったわたしに近寄ってきた。


「これなら、デビュー曲以来の大ヒットもあるんじゃない?」


「そうですね! 是非ともよろしくお願いします」


 わたしが答えるより早く、白井さんが横からそう言った。そうだね。売れたらいいな。そしたらわたしは、もう少しだけ歌手でいられるかもしれない。

 わたしは、手元のギターに視線を落とした。

 

 せっかく貸してもらったのに、あんまりうまく使えなかったな……。


 わたしの頭に、さっき見た、八重歯を見せてはにかむように笑う伯爵の白い顔が浮かんだ。


「じゃ、さっそくだけど隣のスタジオに行こうか」


 村岡ディレクターはそう言うと、丸めた台本を手にスタスタと出入り口に向かって歩き始めた。白井さんが、その後に続く。


 わたしもその後を追って歩き出し、それからふと、後ろを振り返った。


 さっきまでわたしが歌っていた場所は、大勢のスタッフの手であっという間にバラされ、次の出演者用に作り替えられていた。


 まるでそれは、自分がいなくなってもいくらでも代わりがいるという当たり前の事実をあらためて突きつけられている様な感じがして、わたしは、なんだかとても悲しい気持ちになった。


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