第二十八夜 大成功
未使用だった多目的ルームの中に、おれと大関、モンセクのマネージャーに、イベントプロデューサー。それから、薗田富希子と、日野真琴マネージャーが立っている。
「言っていただければ、真っ先に関係者席をご用意しましたのに……」
と、プロデューサーが揉み手をしながらそう言うと、
「いえ、完全なプライベートで来ましたので。こちらこそ、お騒がせして申し訳ありません」
日野真琴マネージャーは、そう言って頭を下げた。
「滅相もない! どうか、頭をお上げください」
と、プロデューサーは、その更に下までぺこぺことお辞儀を繰り返す。
あの薗田富希子が、この会場にいる。
はじめに気付いて騒いだ数人から、あっという間に、その情報の波は会場中に拡がった。
帽子を被り、眼鏡を掛けての軽い変装はしていたものの、さすがは、いまをときめくスーパーアイドル。その程度では溢れる美貌とオーラを消せなかったのだろう。
すぐに周りがざわつき始め、その姿を一目見ようと、人垣の中を無理矢理に移動する者達が現れた。
そうなると会場のそこかしこで、足を踏んだの踏まれたの、肩を押したの押されたの、腕を引かれただの暴言を吐かれただの……ちいさなトラブル、小競り合いが同時多発的に巻き起こった。
その騒ぎがどんどん大きくなり、会場はちょっとしたパニック状態になりかけていたらしい。
それで、これ以上の騒動を防ぐために、薗田富希子は、こうして関係者側の通路に誘導されたのだ。
「二階バルコニーの関係者席がご用意できました。どうぞ、そちらでゆっくり楽しんでください。良い席ですよ」
プロデューサーはそう言うと、薗田富希子と日野真琴マネージャーを促した。
薗田富希子はプロデューサーに笑顔でお辞儀を返すと、いきなり、おれの前に歩み寄った。それから、
「頑張ってください」
そう笑うと、また、軽く会釈をした。それから小走りに、プロデューサーと日野マネージャーの後を追いかけて行った。
「なんすか。薗田富希子って氷瑞さんのファンなんすか?」
隣の大関が、そう訊ねた。
おれは、
「さぁ……」
と、シラをきった。
*****
モンスターメタルセクション初の【大サバト】は、大成功のうちに幕を閉じた。
多少の機材トラブルや進行のもたつきは起こったものの、それすら笑いに変える大関の話術と適応力、優秀なサポートスタッフの迅速な対応に助けられ、それらも、大したステージングの妨げにはならなかった。
なにより、客席の反応が良かった。
千人規模の客席が、大関の歌に拳を突き上げ、おれのギターに酔い、中村のギターで跳ね、津川と岸和田の作るリズムに身を委ねた。
大袈裟でもなんでもなく、ここまで盛り上がったライブというのは、おれ自身も初体験だった。
二度目のアンコール演奏を終え、おれたちは、ステージ裏に引き上げた。客席から聞こえる歓声と拍手は、まだまだ止みそうになかった。
*****
小瓶のビールをラッパ飲みしながら楽屋に向かうと、扉の前に、小柄な少女の姿があった。
薗田富希子だ。
「お疲れ様でした」
薗田富希子は、そう言うと笑顔を見せた。
「……こっちこそ、お疲れ様」
おれは、顎から首筋に伝う汗をタオルで拭き取りながら、そう返した。
「やっぱり、あの時の氷瑞さんだった」
薗田富希子は、手元のバッグを開けながら、そう言った。そして、そこからなにかを取り出すと、おれの前に差し出した。
おれのサインが書かれた、ウォークマン。
「まさか、あの時のひとが吸血鬼だなんて知りませんでした」
そう言って、薗田富希子は悪戯っぽく笑った。おれは、鼻をぽりぽりと掻きながら、
「"実はおれ、人間じゃないんだ"って言い出す奴と、仲良く出来る?」
と返した。
ふたりして、けらけらと笑い合った。
「今日は、どうして来たの」
ビールをひと口飲んでおれが訊くと、
「どうして?」
と、薗田富希子は眉間に皺を寄せた。
「どうしてじゃないですよ。約束すっぽかしたの、氷瑞さんじゃないですか」
唇をちいさく尖らせるようにして、彼女は言った。
「約束?」
「そうですよ」
キャップを脱ぎ、前髪を手櫛で整えながら、言葉を続ける。
「また明日って言ったのに、来てくれなかった」
あぁ。
あの時の、信濃町のスタジオの話か。
結局、おれがすっぽかしたというふうに、周りの人間が彼女に伝えたのだろう。
「ごめん」
おれは、ちいさく呟いた。
「でも、もういいです」
薗田富希子は、またキャップを被って、笑って見せた。
「氷瑞さんのカッコいいとこ見られたし、わたしの事も忘れてなかったから。今日は、満足です」
その時、少し離れた位置に、日野マネージャーの姿が見えた。一礼をされて、おれも、ちいさく頭を下げて返した。
「……でも、ほんとは、氷瑞さんの曲も聴きたかったです」
その様子に気づいて、薗田富希子はちらりとマネージャーの方を見た。
「おれの?」
「新曲のB面。氷瑞さんが作曲してる【VANISING GROUND】」
薗田富希子は、もう一度、おれのサインが書かれたウォークマンを見せると、それから、それをゆっくりとモンセクの公式グッズのポーチに入れて、さらにバッグに仕舞い込んだ。
「あの曲だい好きで、わたし、ずっと聴いてるんです。だから、今日も生で聴きたかった」
「……次は演奏させてもらえるように、頑張るよ」
おれが答えると、薗田富希子は満面の笑顔になった。テレビで見せるよりももっと明るい、年相応の少女の、眩しいような笑顔だった。
「そしたら、次のライブも観に来ますね」
ぺこりと頭をさげると、
「さようなら!」
と言い残して、薗田富希子は小走りにマネージャーに駆け寄った。




