第二十七夜 接近遭遇
それからのおれは、あまり積極的にモンセクのミーティングには参加をしなくなった。
皆のやりとりを黙って見つめ、適当なところで相槌を打ち、キリが良いところで真っ先に退席をする……そういう事が増えた。
もちろん年長者だし、大学やサークルでいえば一番の先輩にあたるわけなので、場の空気を乱したり、悪くするような態度は決して取らない。
実際、ディレクター氏の語る『業界論』はよく理解出来るし、大関の、タレントとしての発想力や思考の瞬発力、バンドをセールスするプロモーション力には感心しきりだった。
なのでおれは、いまの良い流れを邪魔しないように、ただ、自分を殺して【モンスター、ヴァンプ氷瑞】に徹し続けた。演じ続けた。
その後も、拷問室ほどじゃないにしてもレコードは順調に売れ、、メディアへの露出も変わらずに多かった。
そうそう。
あれから薗田富希子と歌番組で共演することも結構あったが、なにせ、あちらは今をときめく超新星アイドル。
レコードの売り上げは我らモンセクをはるかに凌ぎ、出すシングル出すシングルがオリコンで一位に輝くような、正真正銘の売れっ子になっていた。
当然、楽屋でも徹底的にガードされていて、テレビ局の廊下ではすれ違う事すらなかった。おれに気づいているのかいないのかはわからないが、あれ以降、取り立てて接点はない。
まぁ若い女の子だし、もうとっくに、おれのことなど忘れている事だろう。
そんなこんなで、空っぽな充実で満たされた日々が続き、ついに、現メンバー初の、そしてモンセク史上で最大の、千人規模のホールを使った、初の【大サバト会】……いわゆるライブが、催される事になった。
*****
楽屋付近でうろついていても、客席のざわめきがここまで届いてくるのがわかった。
「客入れはじめます!」
というスタッフの声から十五分ほどは経っただろうか。そのざわめきはさらに大きくなり、ちょっとした地響きにすらなって、こちらまで伝わってくる。
チケットもよく売れたと聞いた。残してあったいく枚かの当日券も、まぁ、この様子ならおそらく捌けた事だろう。
あとは、しっかりと「仕事」をするだけだ。
おれは経歴上、同程度の規模のイベントでギターを弾いた事は幾度かある。なのでまぁ、ゼロとは言わないが、緊張するって事は、あまりない。
だが、他のメンバーは、これが初めての体験だ。
全員が明らかに浮わついているし、そわそわと落ち着かないでいる。
特に大関なんかは、どうも自分で決めたサバトの「段取り」が少々複雑すぎたらしい。
昨日のゲネプロ以降も、その白塗りされた顔で赤くなったり青くなったりしながら、さまざまなスタッフと熱心なやりとりや打ち合わせを、まだまだ本場直前までみっちりと繰り返していた。
おれは、身支度を済ませると、ステージ裏の一角に設置されたコーヒーメーカーに向かった。紙コップに熱いコーヒーを適量注いで、それから、取り出した煙草にゆっくりと火を着ける。
気のせいか、客席のざわめきが、先程よりも大きくなっているような気がする。
「こりゃ、今日は盛り上がりそうだな」
とおれは呟き、深々と煙草を吸い付けた。
その時、大関が血相を変えて近寄って来た。
「氷瑞さん! 聞きました? 氷瑞さん!?」
慌てふためいた様子で、早口でそう言った。なんだお前は。うっかり八兵衛か。
「いや……。なんかトラブったの?」
おれは、面倒な事でも起こったのかと、顔をしかめて見せた。
大関は、一回深呼吸をして、それから言った。
「薗田富希子が、観にきてるらしいんです!」
その言葉を聞いたおれは、大関の顔に向けて、思わず、口に含んでいたコーヒーを噴き出してしまっていた。




