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わたしのいとしいヴァンパイア  作者: 油布大助


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24/62

第二十四夜

 その次の日。


 明日からしとしとと小雨が降り続ける、なにやらパッとしない天気の日だった。


 おれは昼飯を済ませると、また、信濃町のスタジオに足を運んだ。


 実のところ、昨日のうちにおれの仕事は終わってしまっていた。やたらと調子良く、我ながら納得も満足もいくギターが弾けたのだ。モンセクに加入して以来、初めてと言っていいほどの、手応えを感じたプレイだった。


 ただ、昨日の別れ際に「また明日」と薗田富希子に言われたのが気に掛かって、ついつい、電車に飛び乗ってしまった。

 ……もう、話す機会もないかもしれないし、まぁ、別れの挨拶くらいはしておくかと、おれは、柄にもなくそう考えていた。


 いつもの喫煙所に、おれは向かった。


 角を曲がると、先客がいるのがチラリと見えた。


 それは、薗田富希子ではなかった。


 黒いパンツスーツに、黒縁眼鏡の、若い女。昨日一昨日と、薗田富希子を迎えに来ていた、あの女だ。


 おれは、女に軽く会釈をすると、灰皿の前、長椅子に腰を下ろした。


「ひみずさん……で、いらっしゃいますか」


 いきなり、女が声を掛けて来た。


 おれは尻ポケットから煙草を取り出す手を止めて、


「はい」


 と、答えた。


 女は立ち上がると、おれに向けて頭を下げて、一枚の名刺を差し出した。そこには、


ムーンミュージック

タレントマネジメント部 日野真琴


 と、記してあった。


 おれはそれを受け取ると、


「すいません。おれ、名刺をもってなくて」


 と、少し申し訳なくなって、頭を掻いた。

 女……日野女史は「いいえ」と、ちいさく言った。


「で、なんの御用ですか」


 おれは、煙草を咥えて、そう訊ねた。

 そこに日野女史が、ライターを持つ手を伸ばして来た。

 おれは少し恐縮しながらも、口元の煙草へ、日野女史に火を着けてもらった。


「単刀直入に言います。もう、薗田富希子とはお会いしないようにお願いします」


 日野女史は、強い口調でそう言った。

 おれは、その口ぶりに思わず面食らった。


 ……まぁしかし、女史の言い分はよくわかる。


 大規模なオーディションを開催して発掘し、これまでもこれからも、多額の金と膨大な時間、多くの人員を割いて育てていくのであろう金の卵。それに、デビュー前から、どこの馬の骨ともわからん悪い虫が付くのは、大手芸能事務所としては、まぁ、非常に困った事だろう。


「わかりました」


 おれは、あっさりとその言葉を了承した。


「え?」


 日野女史は、スカを食らって、拍子抜けした顔を見せた。


「おっしゃる事はわかりますよ」


 おれはそう言うと、深々と煙草を吸い付けた。


 なんだか気の抜けた表情になった日野女史が、少し離れた位置に腰掛け、胸元から、自分の煙草を取り出した。女史がそれを口に咥えた時、おれは、横からライターの火を差し出した。


 日野女史は一旦煙草を口から離し、


「すみません」


 と、言ってから、おれの火を煙草で受けた。


 しばらく、ふたりで無言のまま、煙草をふかした。


「富希子から聞いた時は」


 いきなり、日野女史が口を開いた。


 おれは、ゆっくりと彼女の方を向いた。


「さっそく、悪い虫が寄って来た……と、思いました」


 その言葉に、おれは思わず吹き出した。


「ひでぇ言われようですね」


 おれが言うと、


「今まで、さんざんな目に遭って来ましたから。……でも、氷瑞様がいいひとでよかったです」


 と、女史は笑った。


「聞き分けが、ですか?」


 と、おれが軽く混ぜっ返すと、女史は、


「意地悪」


 と、苦笑いをして呟いた。


 やがて彼女は、灰皿で煙草を揉み消し、立ち上がった。


「ご無礼をお許しください、氷瑞様。……では、失礼いたします」


 そう言って、頭を下げた。


 おれも軽く立ち上がり、頭を下げた。そして、


「あの子に、"頑張って"と、お伝えください」


 と、言った。


 日野女史は、


「承知しました」


 と言うと、満面の笑みを見せた。


 それから、もう一度深々とおれに頭を下げた。


 そして、踵を返し、彼女は、向こうの通路へ消えていった。


 おれの背中の窓の外は、相変わらず、くすんだ灰色に染まっていた。

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