第二十三夜 かわいい逢瀬
次の日も、薗田富希子は喫煙所にいた。
爽やかな青色のワンピースに身を包み、両膝を揃えるようにして、ちょこんと長椅子に座っていた。
現れたおれに気付くと、
「こんにちは」
と、はにかむようにしてそう言った。
「こんにちは」
おれもそう言葉を返すと、昨日と同じように、彼女とすこし離れた場所に、腰を下ろした。
今日の彼女は、右目の眼帯をしていなかった。おおきくて黒目がちな瞳が、ふたつ並んできらきらと輝いている。
「昨日は、目、どうしてたの?」
おれは、タバコを取り出しながら、そう訊いた。
「えっと、ものもらいです。一週間くらい眼帯して目薬さしてて。今日の朝、もう大丈夫ってお医者様が」
薗田富希子は昨日とはうってかわって、とても明るい表情で、そう答えた。
「ものもらいね。アレ、めちゃくちゃ痒いのに掻いちゃダメって言われるし、結構辛いよね」
おれがそう呟くと、
「そうなんですよ! おまけに、病院では『あまりあちこち触らないで』とか、病原菌みたいに扱われちゃって」
と、少し膨れてそう話し、それから彼女はまた笑った。
「……レコーディングはどう? うまく行ってる?」
おれは、彼女にそう訊ねた。
「はい! 昨日、あの曲を聴いて、氷瑞さんに励ましていただいてから、なんだかすごくやる気が出てきて」
そこまで話すと、薗田富希子は、傍らのトートバッグをなにやらゴソゴソとまさぐり始めた。
「これ、昨日の夜に買っちゃいました」
そう言いながら彼女がおれに見せたのは、ピカピカと真新しい、おれのと同じ型のウォークマンだった。
「おお。ホントに買ったんだ」
おれがそう言うと、薗田富希子はなんだか、照れ臭そうに微笑んだ。
「それなら、コレ」
おれは自分のウォークマンから昨日のカセットテープを取り出し、薗田富希子に差し出した。
「あげるよ」
「え?」
薗田富希子は、ただでさえおおきな瞳を、さらにまん丸にして驚いた。
「いいんですか?」
そう言いながら、恐る恐るといった様子で、こちらに手を伸ばした。
「もちろん」
おれが差し出したカセットテープを、薗田富希子はやけに丁寧に受け取り、そして、嬉しそうに微笑んだ。
それから、自分のウォークマンにそれをセットして、なにやら神妙な面持ちで、ガチャリと閉じた。
「あ……あの、氷瑞さん」
おれが、次の煙草を取り出そうとした時、彼女はそう声をかけて来た。
「ん?」
おれがそちらを向くと、いつの間に用意したのか、彼女の手には一本のペンが握られていた。
白い、油性マジックのペンだ。
「その。わたしのウォークマンに、氷瑞さんのサインを書いていただけませんか?」
「え?」
予想外の言葉に、おれは、我ながら間の抜けた返事をしてしまった。それから、
「いいの? せっかくの新品なのに」
と、訊いた。
薗田富希子は、コクンとおおきくうなずいた。
「そう言うんなら……」
おれは彼女の真新しいウォークマンを受け取り、慎重に「Himizu 」と、書き込んだ。
それを受け取ると、彼女は尖らせた口で吹いたり、手をパタパタさせたりして、おれのサインを一所懸命に乾かし始めた。おれは、その様子に思わず笑ってしまった。
「……おれも、君のサインを書いてもらおうかな」
おれはそう言って、自分のウォークマンを彼女に差し出した。
「え、わたしのですか?」
彼女の問いに、おれは笑顔で答えた。
彼女は、また目を丸くして見せて、それから「……はい」と言ってウォークマンを受け取った。
たっぷりと時間をかけて、彼女は、自分のサインをウォークマンに書き込んだ。
「できました……」
と、おれに手渡したそれには、ちょっとぎこちないサインが描かれていた。
ハートの文字があしらわれた、アイドルらしい、可愛らしいサインだった。彼女に、よく似合っている。
「……変じゃないですか?」
不安そうな瞳をおれに向けて、彼女は訊いた。
「そんなことない。かわいいサインだよ」
おれがそう答えると、薗田富希子は、また満面の笑みを見せた。
「よかった。マネージャーさんと、ずっと考えて、練習してたんです」
彼女は、ちょっと得意げに笑って見せた。
おれも、その顔にちいさく笑みを返した。
その時、昨日と同じように彼女のマネージャーらしき女性が迎えに来た。一礼され、おれも、軽く礼を返した。
薗田富希子は、名残り惜しそうに立ち上がり、それから「また明日!」と言っておれに手を振った。
おれも、笑顔でちいさく手を振りかえした。




