第二十二夜
「あ。ありがとうございました」
薗田富希子は、そう言いながらおれにウォークマンを返してきた。
それをおれが受け取ると、
「そのうち買おうとは思ってたんですけど、今、決めました」
と、彼女はなにやらを決意したような貌で、うなずいた。
「わたし、今日の帰りにウォークマン買いに行きます」
「そうか」
おれは、笑ってそう答えた。
「そしたら、そのJourneyのカセット、また、聴かせてもらえませんか?」
「もちろん」
おれは、薗田富希子にちいさくうなずいて見せた。
「あの……」
薗田富希子は、少しうつむいて、
「こちらのスタジオには、いつぐらいまでお越しになるんですか?」
と、おれに訊ねた。
「そうだな……」
おれは腕を組んで、レコーディングの進行具合を考え、それから答えた。
「まぁ、あと三日くらいはこの辺にいると思うよ」
「三日」
薗田富希子の瞳が、輝いた。
「また明日、お会いできますか」
「あぁ……」
おれは、ぽりぽりと鼻の頭を掻いて、
「大丈夫だよ」
と、答えた。
その時、
「富希子」
という女性の声が、おれたちの横から聞こえて来た。
おれたちふたりがそちらに目を向けると、そこには、黒いパンツスーツ姿の、黒縁眼鏡を掛けた若い女が立っていた。
「もう……探したのよ」
黒縁眼鏡の女が、おおきく息を吐いてそう言った。
「ごめんなさい」
薗田富希子は、そう答えて頭を下げた。
「先生が待ってる。スタジオに戻るわよ」
黒縁眼鏡の女の言葉に、薗田富希子は素直に「はい」とだけ答えた。
薗田富希子はふわりと立ち上がり、それから、おれの方に向き直った。
「お名前をうかがってもいいですか?」
薗田富希子が、そう訊いた。
「……氷瑞。氷に瑞々しいで、氷瑞」
おれがそう答えると、彼女は口の中でちいさく「ひみずさん……」と、呟いた。
それから、きびきびした仕草で頭を下げて、
「いろいろありがとうございました。また明日、氷瑞さん!」
と言って、黒縁眼鏡の女の元に、駆け寄った。
また、喫煙所に静寂が戻った。
おれの中にも、なにやら妙な元気とやる気がみなぎっているような気がした。
おれは、立ち上がった。
「パワーをもらったのは、こっちかもな」
おれは誰にともなくそう呟くと、ひとつ伸びをして、また、レコーディングスタジオの方へ歩き出した。




