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わたしのいとしいヴァンパイア  作者: 油布大助


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第二十夜

 少女の前の灰皿に、煙草の先端で伸びた灰をポトリと落とす。


「ごめんなさい」


 同じ台詞をもう一度言って、少女は、灰皿の前から少しずれて座り直した。


「いや、こっちこそ」


 と、おれは言葉を返して、少女が開けてくれたスペースに腰をおろした。


 また、空間を沈黙が支配した。


 おれは、首に掛けたままにしていたヘッドホンを耳に当て、尻ポケットからウォークマンを取り出した。再生ボタンを押す。耳の中で【Journeyジャーニー】の曲が流れだす。

 なにかに行き詰まりそうな時などに、よく、聴いてその楽曲から力や閃きを借りる……Journeyは、おれの中での、そんな位置付けのバンドのひとつだ。


 その時だった。

 軽く目を閉じて聴き馴染んだメロディに身を委ねていると、その向こうから、なにやらの異音、不協和音が聞こえたような気がした。


 目を開き、周囲に目を配る。


 さっきの少女が、いつの間にかおれの隣りに座っていた。

 眼帯をしてない方の目をおれに向け、なにかを訴えかけている。


「え、なに?」


 耳からヘッドホンを外して、おれはそう訊ねた。


「……あ、ごめんなさい」


 少女は、申し訳なさそうに目を伏せた。


 それから顔をあげ、


「それ、なにを聴いてらっしゃるんですか?」


 少女は、おれにそう訊ねた。


「あ、これ?」


 おれは、イヤホンを手に取って答える。


「Journeyっていうんだけど……わかるかな」


 おれがそう言うと、


「あ、はい。わかります」


 と、少女は、顔をパッと明るくしてそう言った。


 初めて見せてくれたその笑顔は、なにやら、この場所の重っ怠い空気を一掃してくれるような、明るい絵の具でささっと塗り替えてくれるような……そんな、眩い魅力に溢れていた。


「へぇ。わかるんだ」


 意外な発言におれが驚いてそう言うと、


「わかります。シブがき隊とか、マッチさんとか、トシちゃんさんとか……」


少女は、屈託のない笑顔でそう答えた。

 おれは、その言葉に思わず吹き出した。


「え……え? なにか間違ってます?」


 慌てた様子で少女がそう言う。


 なんとか笑いを抑えたおれは、


「そっちじゃなくて。アメリカのバンドの名前な、Journey」


 と、少女に言った。


「ジャーニー……」


 少女は、口の中でもう一度それを呟いた。


「……聴いてみる?」


 おれが訊くと、少女はもう一度おれに明るい笑顔を見せて、


「はい」


 と、にこやかにそう言った。


 おれは、彼女にイヤホンを渡した。少女はそれを慎重に両手で受け取り、さらに慎重に、そのちいさな頭の両端の耳に押し当てた。


 おれは、再生のボタンを押した。


 少女は、一瞬おどろいた表情を見せて、それから、静かにゆっくりと目を閉じた。そして、ヘッドホンから流れるメロディーに全身を委ねるようにして、背後の壁に背を預けた。


 おれは、ウォークマンを椅子に置き、そっと、次の煙草を取り出して、火を点した。


 今日、このスタジオに来てからはじめて自分の周りに穏やかな空気と時間が流れているのを、おれはかすかに、しかし、確実に感じ取っていた。

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