第十八夜
「実は……ぼく、モンセクをクビになるんです」
浜屋が、俯いたままそう言った。
「クビ?」
おれは、隣のテーブルから紙ナプキンを束で抜き取り、ふたりに渡しながらそう言った。
「なんだよクビって。お前が作ったバンドで、お前がリーダーだろう。なんで、それがクビになるんだ」
おれが訊くと、ふたりは事情を話し始めた。
「……先週から、おれたちデビューアルバムのレコーディングを始めたんです。で、おれたちのレコードのディレクターってひとが、まぁ、ものすごく厳しくて……」
続けて、大関が口を開いた。
「で、いざ演奏を始めたら、そのディレクターがカンカンになって怒り出して……」
浜屋が、話を引き継ぐ。
「"お前たち、いくらなんでも下手すぎる"と。……で、何回やってもディレクターの納得いくレベルには達する事が出来なくて。結局、事務所の先輩の、すごい上手いフージョンバンドの人たちに、代わりに演奏してもらう事になって」
あぁ。
まぁ、そういう話は、よく聞く話でもある。
「……だから昔そう言ったろ。セットや衣装に凝るのもいいけど、もうちょい練習もしておけよって」
おれがそう言うと、浜屋と大関は揃ってうなだれた。
「……まぁ、過ぎた事は置いとこう。それで?」
話の水をおれが向けると、浜屋が続きを語り出した。
「事務所が言うには、ぼくの楽曲と大関のタレント性は買っている。ただし、このままでは、バンドとしては面倒をみれない……と」
「……」
「で、"事務所が新しいメンバーをオーディションして探す"って話になって」
大関が、泣きそうな顔でそう言った。
「このままだと、ぼくが作ったモンスターメタルセクションが、知らないメンバーばっかりの別物になる。……そんなの、ぼくは我慢できません」
浜屋が、絞り出すようにして、そう呟いた。
「……それならいっそ、自分たちの周りで一番上手いひとたちに頼んでみようかと……」
気がつくと、浜屋はちいさく身体を震わせていた。
たしかに、こいつが、どのくらいの情熱と時間、覚悟と愛情を注いで「モンスターメタルセクション」を育ててきたのかは、側から見ていてもよくわかっていた。やっと掴んだチャンスを、自分の力のなさで失う事になるのは、あまりにも辛すぎる。
「で、ほかにはアテはあるのか」
おれが訊くと、
「はい。他所からウチのサークルに来てるやつらなんですけど、めちゃくちゃ上手いのに燻ってるのが何人かいて……」
浜屋が告げた三人の名前と顔は、確かにおれも知っていた。ちょっと、大学生とは思えないレベルの演奏をするやつらだ。
……おれが、あいつらとバンドを組んで、レコードを?
なるほど。
確かに、なにかしらの化学反応が起きそうな予感はある。おれは、いちギタリストとして、そこに素直に興味を抱いた。
なにより、メジャーレーベルからレコードデビューできるチャンスだ。こんな事など、そうそうあるもんじゃない。滅多に転がり込んでこない。
……だが。
「おまえは、それでいいのかよ」
おれは、浜屋の顔を真っ直ぐ見つめた。
「おまえは、それで納得してバンドを抜けられるのかよ」
その言葉を聞いて、浜屋は寂しそうに笑って見せた。その目には、涙が浮かんでいた。
「……わかってたんです。自分には、はじめからプロでやっていくような実力がないって事は」
隣の大関が、嗚咽を漏らした。浜屋は、その震える肩を優しく叩いた。
「ここら辺が、潮時だと思います。また大学に戻って、もう一度、教師の道を目指します」
おれは黙って横を向き、取り出したセブンスターに火を点した。うっかりもらい泣きしそうになったのを、こいつらに見られたくなかった。
「お願いします。なんとか、ぼくたちに氷瑞さんの力を貸してください」
ふたりが、揃って頭を下げた。
おれは、ゆっくりと煙草の煙を吐き出した。テーブルの上に、薄い紫色の雲が浮かんで、それから消えた。
「……わかった」
おれは、ふたりに向かって、ゆっくりとそう言った。
「おれが、モンスターメタルセクションを一流のバンドにしてやるよ」
まるで、自分に宣言するかのように、おれはそう言った。




